凶悪!! 惑星滅菌計画!! その8
誰がどう見ても、首を傾げる様な体勢のまま、巨人は沈黙していた。
腰を捻り、左の拳を壁にめり込ませた状態。
端から見れば、前衛的な芸術に見えなくもない。
しかしながら、その大きさは馬鹿げて居た。
本来ならば、元の姿勢に戻すのが最善では在るだろう。
が、操縦士が降りてしまったのだから無理である。
そして、その操縦士がどうしているかと言えば、正座中である。
「一体全体何をどうしたらああなるんだ!? 説明しろ、説明を!!」
アナスタシアは、何とも神妙な面持ちの博士に怒声を飛ばす。
「すみません」
叱られる立場の博士だが、切腹を申し付けられたが如く神妙な面持ち。
とは言え、アナスタシアも悪気が在って怒鳴っている訳ではない。
立場上、アナスタシアは部下の命を預かっている。
戦闘に置いての犠牲ならばある程度は仕方ないとは想うが、味方に、然も事故で死んだと在っては合わせる顔が無い。
対して、女幹部の隣で立つ虎女は腰に手を当てフゥと息を吐いていた。
「勘弁してよね、これからおっ始めようって時にさ」
ロボット暴走の際には、虎女も怒り心頭だったが、それが故意でない分かれば、理解も示す。
それ故か、アナスタシアに比べると幾分か声色は優しい。
場に居る誰もが、このまま大幹部二人のお説教が続くかと冷や冷やする中。
その空気を割るように女が足を踏み入れた。
『諸君。 大変ご盛況の中、申し訳ないが伝えねばならん事がある』
女に取って、お説教に時間を喰うのは無駄でしかない。
部外者だからではなく、文字通り意味が無いからだ。
そう言われたアナスタシアだが、不機嫌さを隠さない。
「後にして! コッチにゃコッチの都合が在るんだから!」
女幹部だけあって、案外石頭な顔を覗かせるアナスタシア。
そんなアナスタシアに、女は堂々と歩み寄ると顔を合わせた。
女幹部と謎の女は、手を伸ばせば届く程に顔を近付ける。
『アナスタシア。 君の怒りはごもっともだ。 部下の事を思えばこその怒りなのだろう』
「それが分かってるなら黙ってくれる?」
部下の手前、アナスタシアも譲れない。
ヘタに誰かに下手に出ては、幹部の沽券に関わる。
が、女は下がるどころか更に顔を近付けた。
『いいや、それは駄目だ。 第一、君なら出来たか?』
「は? 何が?」
『いきなり自転車に乗れと云われた事は? そして、君は乗れたか?』
女の声に、アナスタシアが僅かに背を反らす。
女幹部が如何なる人生を歩んで来たのか、それを知っているは本人だけだが、何か思い当たる節は在るのだろう。
『失敗を責める事は、誰にでも可能だ。 が、それに意味は余りない』
先ず第一に、博士がロボットを暴走させたのは故意ではなく事故である。
然も、いきなりやったことも無い未経験の事を完璧にこなすのは不可能であった。
知識だけが在っても、いきなり自転車には乗れない様に。
ありとあらゆる事に【理屈】は存在する。
それが何であれ【何がどうしてこうすればこうなる】と。
が、身体を使う事に関して言えば、口頭にて説明は出来ても、体得は難しい。
全ては、基本を知った上で本人が体得するしかない。
それは、全ての乗り物に通じる。
操作は複雑には成るが、基本的には変わらない。
自転車とヘリコプターの違いは、その操作が複雑か否かでしかないからだ。
『今はつまらない失敗を責めて居る時ではない。 何せ、猶予は殆ど無いんだ』
女の声に、その場に居る者達からザワッと声が漏れた。
「ちょっと、猶予無いって」
そんなカンナの声に、女は振り向く。
『教えた筈だろう。 敵は既に弾道修正を始めながら此処を、君達を狙い出しているのだとね。 もう少し経てば、修正も終わる。 そうなれば、結果は云うまでもないだろう?』
機械的に事を告げる女に、誰もが焦った。
【もう少しで貴方は死にます】と云われれば、それも無理はない。
そんな中、良が歩み出る。
「するってーと……もうあんまり時間は無いって事かい?」
良に尋ねられた女は、静かに頷く。
頷くだけでなく、その顔には残念そうな色があった。
『そうだ。 私としては、楽観的な意見も言ってあげたいのは山々だ。 だが、ソレでは結果は変えられない』
女が言わんとしている事は、その場の者達も理解は出来た。
嘘や偽りを云うことは無限に出来るだろう。
【大丈夫、全然平気です】と。
しかしながら、それはお為ごかしでしかない。
その嘘で物事が解決出来るのであれば、そもそもロボットは必要無いのだ。
「じゃあさ、後、どれくらいなんだ?」
首領として、良は尋ねる。
そんな問いに、女は目を細めた。
場に居る者達に見えずとも、女には見えているモノがある。
人には見えない線で、女は外と繋がっていた。
その線を辿り、必要な情報をかき集める。
それは、時間にして数秒間で在った。
女は、スッと顔を上げる。
『長く見積もって……二時間という所だな』
回りくどい説明は全て抜きにして、答えだけを告げる。
とは言え、誰もが信じられないという顔を隠さない。
その中には、アナスタシアも含まれている。
「二時間!? それだけか?」
『そうだ。 然も、もっと速いかもしれない』
予定は未定という事もある。
もしも、敵が痺れを切らして適当に事を起こした場合も女は想定していた。
彼女が提示した時間は、可能な限り在るであろう猶予である。
場のざわつきが大きくなる。
如何に悪の組織とは言え、喜んで死にに来ている訳ではない。
「わぁったわぁった! ちょっと皆、静かに頼む!」
ただ、悪戯に騒いでも、時間の浪費に過ぎない。
良は、一声で辺りを黙らせた。
「要するに、今すぐ出ないとマズいってんだろ?」
良に問われた女は頷くが、その顔には、我が意を得たりという笑みがあった。
『そうだ、流石は話が速いな』
流石と云われても、良にその自覚は無い。
が、今すぐなんとかしなければ成らない事も理解出来る。
「よぉし! 皆! 出撃準備だ!」
首領として、良はそう声を上げた。
誰もが、首領の声にオオと声を上げる中、ただ1人、博士だけが不安を隠せていなかった。
そんな博士に、良は顔を向ける。
「おっと、博士」
「え? はい」
「じゃあ、俺達は用意どんどんするから、操縦の方頼むわ」
良の一声に、博士は愕然としてしまった。
*
いざ、ロボットの発進準備が開始されるのだが、問題が在る。
果たして、博士に操縦士が勤まるか、という事だ。
勿論、一番最初に動かしたのは博士である。
である以上、その本人に任せるという意見は多かった。
加えて、良の鶴の一声もある。
無論、構成員の何人かでも試した。
その結果、ロボットは動かせなかった。
理由は単純に、巨人の頭脳として用いたマシンは、そもそもが【良専用】に調整されている。
そう調整したのは、他でもない博士であった。
ただ、意見がどうであれ、実験がどうであれ、博士の意志とは関係が無い。
椅子に腰掛けた博士だが、まだ何もしていないのに青い顔をしている。
頭を抱えたまま、その目は必死に泳いで居た。
「無理、無理ですよ……私じゃあ」
変身も出来る様に成った、だが、博士に取ってはそれだけである。
彼女からすれば、自分は裏方という認識が強い。
にも関わらず、良は博士に【操縦頼むわ】と声を軽い声を掛けていた。
頼むと云われても、博士には自信が無い。
それどころか、簡単に決めてしまった良を内心恨んだ。
「なんで私なんですか? 他にも居るじゃないですか」
俯きながら、ボソボソと声を漏らす博士を、愛が見守る。
友人の声に、愛はフゥと息を吐いた。
「だってさ、一番最初に動かせたじゃない?」
「だからって、何で私なんですか? 他の人だって良いじゃないですか」
踏ん切りが着かない博士に、愛は目を細める。
「だってさ、他の人じゃ駄目じゃない? そりゃあ篠原さんだってさ、もしも自分で動かせたなら、とっくに出て行っちゃってると想うけど?」
愛の声に、博士は顔を上げる。
「私は! 良さんじゃないんです!」
在る意味、博士はムキに成っていた。
少女の中では、同じ意見がグルグルと迷走している。
【何故自分が? 何故他の人では駄目なのか? 何故なのか?】
「いや、でもさ、ちゃんと動いたじゃん? ちょっぴり失敗したけど」
「それは、偶々じゃないですか! それだって、あんなにやらかして……」
アナスタシアの説教が余程応えて居るのか、博士は弱音を漏らす。
そんな友人に、愛はハァと息を吐いた。
「じゃあさ、あんたはどうしたいの? ね、リサ」
「え?」
いきなり友人から突き放された様な感覚に、博士は戸惑った。
事実、愛は博士を【つまらないモノ】でも見るような目で見ている。
「皆だってさ、一生懸命じゃん? でもそれはさ、逃げる為じゃなくて戦う為でしょ? あんただけじゃん、影でグチャグチャ云ってるのって」
友人とは言え、歯に衣を着せぬ声は博士を強く打つ。
だが、如何に博士が悔しそうな顔をしても、愛は止めなかった。
「篠原さんだってさ、あんたを信じてるから任せたんじゃない?」
唇を噛む博士は、愛の声に纏う服を強く強く掴む。
「そりゃあ、私が動かせるならやっても良いよ? アナスタシアだってカンナだってさ、動かせるならとっくにやってると想うよ? でもさ……」
一旦言葉を止めた愛は、博士の衣服に手を掛け引き起こした。
「出来ないんだからしょうがないでしょうが!?」
愛に取ってみれば、歯痒い想いであった。
魔法少女としての自信は在っても、ソレではロボットは動かない。
月まで飛んでいって戦えるのかと云われれば、どうなるかはわからない。
失敗すれば、全員が死ぬ。
組織全員が、したくて博士に責任を押し付けている訳ではない。
したくとも出来ないからこそ、託すしかないのだ。
愛の怒声に、博士は足に力を込め直した。
「あんたさ、アレ動かす前に云ったじゃん? 自信たっぷりでさ。 私は! 高橋リサですって!」
愛の叱咤激励に、博士は尻が叩かれた様な気がした。
弱音を吐きたいのは山々だが、ソレをグッと飲み込む。
今までも、良の後ろを付いて来ただけの少女だが、足が動かせる様な気がした。
「やってみます………ただ」
やっとのことで、博士のやる気を引き出せたかと思った愛が、首を傾げる。
「ただ、何?」
「愛さんって、恐いんですね」
友人の率直な意見に、愛は苦く笑った。




