本好きのお茶会(前編)
「ハンネローレ様、ジークリンデ様から書簡が届きました」
朝早く、転移陣の間からオルドナンツが飛んできました。エルーシアが取りに行ってくれた書簡にわたくしは目を通します。
昨日行われた図書委員のお茶会について報告したので、それに対する意見や本日のお茶会に関する注意事項が書かれていました。
「今日は本の貸し借りに終始せず、情報収集に力を入れなさい……ですって」
「それはそうでしょう。コリンツダウムとの契約魔術で辞退が叶わず、嫁盗りディッターへの参加が決まったギレッセンマイアーやハウフレッツェがどういう状態なのか、ジークリンデ様でなくても気になるところですからね」
コルドゥラの言葉にわたくしは頷きます。領地にいると簡単に他領の情報を入手できません。あの会合から他領の様子がどの程度変わったのか、ダンケルフェルガー以外の情報も欲しいと考えるお母様の気持ちはわかります。
「さすがに図書委員のお茶会ではソランジュ先生のことが最優先でしたから、他領の情報を交換できませんでしたが、今回は絶好の機会ですもの。アレキサンドリアやエーレンフェストだけではなく、クラッセンブルクやブルーメフェルトの領主候補生もいらっしゃいますから」
エルーシアがそう言うと、他の側近達も本日のお茶会でどのような情報が欲しいのか口々に並べます。
「シャルロッテ様から貴族院全体の空気感や中小領地からの情報を得たいところですね」
「えぇ、一般学生の不満が本当に解消されたのか確認しておきたいですもの。こればかりはダンケルフェルガーに直接伝える方はいませんから」
「わたくしはクラッセンブルクがどういう立場を望んでいるのか気になります」
「あぁ、ツェント・エグランティーヌのご意向に沿うのか、ダンケルフェルガーへの対抗心を優先させてコリンツダウム寄りになるのか……」
側近達が張り切るのは当然です。そのための社交期間ですから。
……わたくしはお友達と楽しい時間を過ごしたいのですけれど。
本の貸し借りを行うお茶会ではこれまであまり領地の思惑を背負わず、本についてだけ語れる貴重な時間でした。そこで他領との情報交換を……と言われると、必要だとわかっていても少し気が重くなってしまいます。
……貴族院の状況より本のお話をしたいですし、ローゼマイン様から恋のお話が聞きたいです。
何人もいらっしゃるお茶会でローゼマイン様が恋のお話をすると思えませんが、わたくしの希望を心の中で述べるくらいは許されたいものです。
「昨日に引き続き、本日もお越しくださって嬉しいです」
アレキサンドリアのお茶会室に到着するとローゼマイン様とレティーツィア様が出迎えてくださいました。席に案内されると、すでにシャルロッテ様とヒルデブラント様がいらっしゃって貴族院の現状について情報交換していらっしゃいます。
「わたくしもお話に入れてくださいませ。シャルロッテ様、貴族院の状況は落ち着きまして? 今のダンケルフェルガーと他領では入手できる情報に差があるかもしれませんから」
「貴族院内の社交がかなり落ち着いて、例年通りのやり取りが見られるようになりましたよ」
シャルロッテ様は相談を受けた領地からお礼を言われたそうです。「わたくしはハンネローレ様やローゼマイン様に相談しただけだと伝えたのですけれど」とおっしゃいますが、その相談が国境門を使った会合の後押しになったのは間違いありません。
……わたくし、本当に足りないところが多いですね。
シャルロッテ様は相談相手を見極め、最終的にツェントを動かし、貴族院の問題を解決しました。今後シャルロッテ様に相談する者は増えるでしょうし、他領との個人的な繋がりが深まったことでしょう。上位領地の領主候補生らしい見事な立ち回りだったと言えます。
ツェントへの要望を通すために空回っていた自分の言動を振り返ると、恥ずかしくてなりません。
「あの、シャルロッテ様。参加が決定した領地、ギレッセンマイアーやハウフレッツェの一般学生の不満も解消されたでしょうか?」
「……さすがに完全に不満が払拭されたわけではありませんね。嫁盗りディッターの勝敗によって将来に多少の影響はあるでしょうから」
シャルロッテ様の回答に頷きつつ、ヒルデブラント様が付け加えてくださいます。
「ただ、ダンケルフェルガーへの不満ではないようですよ。これほど辞退を促されているのにどうして辞退しなかったのかと自領のアウブへ不満が向けられていると聞いています」
「それは、そうでしょうね。エデルアーク様は三年生ですし、元は上級貴族でした。初期の、第二の女神の化身を多くの領地が求めた頃ならばまだしも、今も尚ハンネローレ様との婚姻をそこまで強硬に求める理由がわかりませんもの」
……契約魔術で縛られているため、アウブが辞退したくてもできなかったことは、どの程度の方々がご存知なのでしょう?
わたくしは二人の言葉に頷きながら疑問に思います。さすがにジギスヴァルト様と契約魔術を結んでしまったことで辞退できないとは、アウブの体面を考えると言えないのかもしれません。
「ハンネローレ様。嫁盗りディッターの参加者はコリンツダウム、ドレヴァンヒェル、ギレッセンマイアー、ハウフレッツェの四領地で間違いないのですよね?」
シャルロッテ様に、わたくしは「えぇ」と頷きます。
「ディッターを望んでいないルーツィンデ様はお気の毒ですけれど、それがアウブの決定であれば他の者にはどうしようもございません。領主候補生であるわたくし達はアウブに自分の意見を述べることはできても、決定を覆すことはできませんから」
「そうですよね……」
少し苦い笑みを浮かべたシャルロッテ様にもきっとアウブの決定に不満があっても儘ならなかった思い出があるのでしょう。
「ごきげんよう、皆様」
「ジャンシアーヌ様、ごきげんよう」
クラッセンブルクの領主候補生であるジャンシアーヌ様を連れて、ローゼマイン様とレティーツィア様がテーブルへやってきました。
側仕え達がお茶を淹れます。わたくし達はお茶を飲み、各自が持ち込んだお菓子をそれぞれ口にして毒見をします。
「楽しく本について語り合う前に、図書委員の皆様にお知らせがございます」
ローゼマイン様から昨日のお茶会で決まったことが語られます。十分な人数の上級司書が配置されたことでシュバルツやヴァイスへの魔力供給が不要になったこと、今後図書委員を新規で増やさないこと、地下書庫の利用で領主候補生や側近同士で揉め事が発生していること……。
「わたくし達は上位の領主候補生ですし、図書委員として図書館に関わっているため、仲裁することは可能です。初期の混乱を治めるお手伝いはした方がよいと思いますが、図書委員の権力を強めるつもりはありません。図書委員はあくまで魔力が足りなかった時代の善意の協力者です。司書の先生方に協力を求められてから動くように注意してくださいませ」
ローゼマイン様の説明に皆が了承の意を示します。
「ローゼマイン様、図書委員がなくなってしまうならば、このようなお茶会もなくなってしまうのでしょうか?」
「いいえ。本好きのお茶会はこれからも開催したいと思っていますよ。新しい本の感想を伺いたいですもの。ただ、司書も図書委員も人数が増えていることから図書館でのお茶会はもうできませんけれど……」
「あら。わたくし、図書館でのお茶会に憧れていましたのに」
シャルロッテ様が冗談めかしてそう言うと、ジャンシアーヌ様もクスクスと笑って同意します。
「わたくしも図書館でのお茶会ならばシュバルツやヴァイスとお茶会できるのでは? と思っていたくらいです。夢が叶わなくて残念です」
「シュバルツとヴァイスは閲覧室でお仕事をしているので、お茶会に参加したことはありませんよ。でも、参加してくれたら物語の世界のようで楽しかったでしょうね」
わたくしがシュバルツとヴァイスがお茶会に参加してちょこんと椅子に座っている姿を想像しながら口を開くと、ヒルデブラント様やレティーツィア様もそれぞれに想像したようです。
「シュバルツとヴァイスが側仕えのようにお茶を淹れてくれるお茶会ですか?」
「お菓子をお皿に飾り立ててくれるのかもしれませんよ」
皆で一頻りシュバルツ達とのお茶会を想像して盛り上がった後、ローゼマイン様はソランジュ先生が退官される予定だと述べました。
「ソランジュ先生がいなくなるのは残念ですね」
「残念ですけれど、ご年齢を考えると不思議ではございませんよ」
「退官後はクラッセンブルクでお過ごしになるそうです。ゆっくり過ごせるとよいですね」
口々に感想が交わされる中、ローゼマイン様がジャンシアーヌ様に声をかけました。
「ジャンシアーヌ様、ソランジュ先生が心地良く過ごせるようにご協力いただけませんか? こちらをアウブにお渡しいただきたいのです」
「わかりました。お父様にお話ししておきます。ローゼマイン様との繋がりは欲しいでしょうから、喜んでくださると思いますよ」
ローゼマイン様に差し出されたお手紙をジャンシアーヌ様は笑顔で受け取り、側仕えに渡します。その様子を見ていたシャルロッテ様が「お姉様、一人の貴族を優遇するのは危険ですよ」と注意しました。
「ソランジュ先生の身柄がお姉様の弱みになるかもしれません」
「まぁ、シャルロッテまでフェルディナンドのようなことを言うのですね。でも、わたくし、ソランジュ先生の老後が心配なのですもの」
やはりフェルディナンド様にも注意されたようです。他領の貴族を一人だけ贔屓にするのは、付け入れられる弱みに繋がります。ローゼマイン様はアウブですから、他領との関係上、人質のような扱いになりかねません。
「わたくしが心配しているのはクラッセンブルクです」
「え? ソランジュ先生ではないのですか?」
ヒルデブラント様が驚きの声を上げました。
「えぇ、お姉様は他領へ出た叔父様の危機を救うためにアーレンスバッハの礎を奪ったのですよ。お姉様の弱みを握ったつもりになった者が、もしソランジュ先生に何かすればどうなるか……」
……考えたくありませんね。しかも、今度はローゼマイン様だけではなくフェルディナンド様までいるのですよ。
「お姉様がクラッセンブルクにソランジュ先生のことをお願いする時は、そういう危険性も含めてきちんとお話ししてくださいませ」
クラッセンブルクはランツェナーヴェが関わった一連の戦いに関わりがないため、ローゼマイン様の言動について詳細な情報をどの程度持っているかわかりません。特にローゼマイン様に関しては直接自分の目で見ても信じられないことが多々あります。
……シャルロッテ様のご意見は事実ですし、わたくしは共感できますけれど、クラッセンブルクにとっては事実を教えられたというより牽制としか感じられないのでは?
わたくしはジャンシアーヌ様の様子をチラリと窺いました。おっとりと困ったように微笑む彼女の表情からはシャルロッテ様の言葉をどのように受け止めたのか全くわかりません。
「ローゼマイン様のお手紙は必ずお渡しいたしますし、シャルロッテ様のご意見も伝えます。けれど、わたくしは他領へ嫁がされる身ですから、残念ながらこの場で将来的なお約束はできません」
……まぁ、そうなりますよね。
領地へ一旦持ち帰り、アウブ同士で話し合ってもらうのが一番でしょう。特に貴族院の教師のことでローゼマイン様が積極的に関わる場合、何が起こるのかわからなくてツェントも目を光らせざるを得ないと思います。
「あの、ジャンシアーヌ様。他領へ嫁がされるとは……もしかしてジギスヴァルト様から内々の打診が? その、ディッター後のことを考え、内々で動いていても不思議ではないと、母上が……」
ヒルデブラント様の言葉に、思わず皆の視線が集まりました。
「え? ジギスヴァルト様はハンネローレ様に求婚しているのですよね?」
「あり得ないでしょう。ディッターを申し込みながら、内々であっても他の方に申し入れをするなんて不誠実にも程がありません?」
「母上が言っていただけなので、私はわかりません。ただ……」
わたくし達の言葉にヒルデブラント様は自信なさそうに視線を下げ、マグダレーナ様の予想を教えてくださいます。
女神の降臨を知ったジギスヴァルト様はダンケルフェルガーに数で対抗するために多くの領地を煽りました。それを阻止された後はディッター自体を中止にしようと企み、オルトヴィーン様に辞退を促すために他領の学生達を使って追い詰めました。しかし、その策もまたツェント、ローゼマイン様、ダンケルフェルガーの話し合いによって止められました。
「ディッターを避けられなくなった以上、その後のことも考えている可能性が高いそうです。ハンネローレ様との婚姻が成立しなければ、次の候補はクラッセンブルクのジャンシアーヌ様ではないか、と母上は懸念していました。……ジギスヴァルト様はそういう方ですよ、と」
ツェントの第三夫人としてジギスヴァルト様の言動を比較的近くで見てきたマグダレーナ様の言葉です。全てをそのまま信じることはできませんが、今までジギスヴァルト様が裏で画策していたことを考えると警戒は必要でしょう。
ローゼマイン様が心配そうにジャンシアーヌ様を見て、そっと息を吐きました。
「コリンツダウムとのご縁は、全力で寄りかかられる覚悟が必要ですもの。アウブ・クラッセンブルクに忠告しておいた方がよいでしょうね」
「でも、忠告したところでジギスヴァルト様からの申し出を退けるのは難しいのではございません? 領地順位はクラッセンブルクより上ですし、元王族としての威光を振りかざしますし、ツェント・エグランティーヌは出身領地を贔屓しないご様子ですもの」
シャルロッテ様が頬に手を当てて悲しそうに眉を寄せました。おそらくジギスヴァルト様の画策で窮地に立たされたルーツィンデ様とジャンシアーヌ様を重ねているのだと思います。
「……領地順位が下でもディッターさえ強ければジギスヴァルト様の要求を退けられますのに……。クラッセンブルクはディッターを取り入れていませんものね?」
「クラッセンブルクで物事を決める際にディッターを選択することはないでしょう。少なくともわたくしは耳にしたことがありません」
……本当に、他領もディッターを取り入れればよろしいのに……。
「もし婚姻に関してわたくしからお父様に意見するとしても、ジギスヴァルト様以外でわたくしの嫁ぎ先に当てがなければ難しいと思います」
仮にジャンシアーヌ様にお心を寄せる相手がいたとしても、その方をアウブ・クラッセンブルクが認めなければ意味がありません。今の時点でジギスヴァルト様を退けられる相手はほとんどいないと思います。
「ジギスヴァルト様を退けられる領地といえば、やはりダンケルフェルガーでしょうか? レスティラウト様の第二夫人や、年下ですけれどラオフェレーグ様ならばアウブ・クラッセンブルクも納得してくださるのでは?」
明るい声で出されたシャルロッテ様の提案に、わたくしは目を瞬かせました。ローゼマイン様からも期待の眼差しを向けられ、わたくしは頬に手を当てて少し首を傾げます。
「ラオフェレーグに関しては第二夫人の息子で交流があまりありませんし、わたくしからは何とも……。それに、お父様は一年生であるラオフェレーグの婚約者を今の時点で決めないと思います」
ラオフェレーグが上級貴族に落とされることはまだ口にできませんし、アウブ・クラッセンブルクが上級貴族に落とされる者へジャンシアーヌ様を嫁がせるわけがありません。
「そして、もしジャンシアーヌ様がお兄様に嫁ぐ場合、第二夫人ではなく第一夫人になります」
「あら、領地順位はダンケルフェルガーがクラッセンブルクより上ですのに? ダンケルフェルガーは領地順位が上の方を第一夫人にするのではありませんの?」
ローゼマイン様が不思議そうに首を傾げました。
「アインリーベは上級貴族出身ですから。それに、第一夫人の役目は他領との交流や交渉で、第二夫人の役目は領地内の貴族の取りまとめです。他領から来た方に我が領地の貴族を取りまとめるのは難しいですし、領主会議に出席することを考えると他領から嫁いできた方に第一夫人を任せるのが最善だと考えています」
領主会議には領主夫妻で赴かなければならない大事な会議があり、その際の領主夫妻はアウブと第一夫人です。かつては第一夫人のみが正式な妻で、第二夫人や第三夫人は第一夫人を補佐する者でした。そのため、第一夫人が病気などで出席できない場合を除き、第二夫人や第三夫人をアウブが伴うことは許されません。
「ジャンシアーヌ様は三年生ですから、お兄様の第一夫人として年回りは悪くないのですよね。領地の順位も問題ありません。領地対抗戦でお父様やお兄様に紹介することは可能ですけれど……」
二度目、三度目の婚姻では、先に婚姻している者が子を産む期間を考えて三年から五年くらい婚姻時期を離すのが望ましいと言われています。
「ジャンシアーヌ様はそれをお望みですか? ダンケルフェルガーの代表として次期領主であるお兄様の隣に立つ自信と覚悟はございますか?」
わたくしが問うと、ローゼマイン様とシャルロッテ様が困惑した様子を見せました。
「あの、ハンネローレ様。アウブに意見の一つとして述べるだけではないのですか?」
「さすがにお茶会での会話として重すぎませんか? ここで覚悟を問われてもジャンシアーヌ様も困るでしょう?」
ジャンシアーヌ様を紹介するに当たって、唯一の懸念点は彼女が第三夫人の娘であることです。上位領地へ嫁ぐための教育を受けているかどうかわかりません。わたくしの人を見る目も同時に試されるわけですから、誰でも簡単に紹介はできないのです。
……お茶会の話題に出したのはシャルロッテ様ですのに「重い」とは?
わたくしが困惑していると、ヒルデブラント様も困惑した様子で少し首を傾げました。
「ジャンシアーヌ様は第三夫人の娘です。ならば、ハンネローレ様からアウブにお話しする前に上位領地に嫁ぐための教育を受けているのか、レスティラウト様に嫁ぐ覚悟が当人にあるのかを確認しておくのは当たり前ではありませんか?」
「……領主候補生なのに、それほど教育に差がありますか?」
シャルロッテ様とローゼマイン様が思い当たることがないような表情で顔を見合わせました。
……もしかするとエーレンフェストでは領主候補生の教育にそれほど差がないのでしょうか?
それがエーレンフェスト特有なのか、下位領地に共通するのか、はたまた、教育内容に差を付けるのがダンケルフェルガー特有なのか、上位領地に共通するのかわかりません。わたくしは恐る恐るジャンシアーヌ様やレティーツィア様に確認します。
「上位の他領、下位の他領、自領の領主一族、上級貴族……女性の場合は特に嫁ぐ先によって与えられる教育に差がありますよね?」
「そうなのですか、レティーツィア?」
確認するようなローゼマイン様の声に、レティーツィア様は小さく笑いました。
「わたくしは次期領主になることを王命で決められましたから、女性への教育として考えると例外でしょう。けれど、自領の上級貴族に嫁ぐ予定で教育された方が突然中継ぎのアウブを求められて大変……と聞いたことがあるので、旧アーレンスバッハでは教育内容に差があったと思います」
「クラッセンブルクも差がありますね」
シャルロッテ様とローゼマイン様は「上位領地はそうなのですね」と驚きを見せています。それから、表情を改め、シャルロッテ様はわたくし達の顔を見回しました。
「あの、皆様。不躾ではございますが、少し教育についてお話を伺ってもよろしいですか? お恥ずかしながらエーレンフェストは長らく下位領地で、できるだけ早く上位領地のやり方を取り込むように言われているのです」
少しでも上位領地のやり方を学ぼうとするシャルロッテ様の姿勢は好ましく、わたくしは即座に頷きました。
「貴族院に入学するくらいまでは領主候補生として共通の教育ですが、その後はアウブの意向によって教育内容や関係を深めたい領地について個々にお話がございます。わたくしは性格などから王族に嫁ぐのは難しいだろうと、上位領地へ嫁ぐための教育を受けていました。自領に残ることになったことで、求められることが急に変わって大変なのです」
わたくしは自分の答えを述べると、ジャンシアーヌ様に視線を向けました。彼女はニコリと微笑んで頷きます。
「クラッセンブルクも同じですね。共通の教育を受け、アウブからお話があります。わたくしの場合は、エグランティーヌ様の支えとなるように……と言われています」
「それは、わたくしより大変ですね」
わたくしはジャンシアーヌ様に同情せずにいられませんでした。「エグランティーヌ様の支え」と一言でおっしゃいますが、エグランティーヌ様は次期王の妻、王にはならない王族の妻、ツェントと短期間にお立場が変わった方です。
おそらくエグランティーヌ様がツェントになるまでは当時の王族と縁の深かったギレッセンマイアーやハウフレッツェ、クラッセンブルクと比較的関係の深い中位から上位領地に嫁ぐための教育だったはずです。
「ツェントを支える立場と考えると、上位領地の次期領主に内定した相手、もしくは、婚約によって決定される殿方でなければ、アウブ・クラッセンブルクは了承しませんよね? その場合、ブルーメフェルトもアレキサンドリアもジャンシアーヌ様が嫁げる領主候補生がいらっしゃいません。ダンケルフェルガー、コリンツダウム、ドレヴァンヒェルの三つしか選択肢がないのでは?」
「……いいえ。嫁盗りディッターが行われる以上、三つも選択肢はございません」
ジャンシアーヌ様は少し目を伏せて首を横に振りました。
「嫁盗りディッターで仮にドレヴァンヒェルが勝利すれば、ハンネローレ様が嫁がれるので、年齢的にわたくしは対象外です。そして、ドレヴァンヒェルが敗北すれば次期領主は不透明になります。それに、ディッターに参加表明した領地へのツェントの心証を考えて、お父様は二の足を踏むでしょう」
オルトヴィーン様と共闘の予定があるとは言えないので、わたくしは黙って頷くしか有りません。
「本日のお話を伺った様子ですと、ハンネローレ様もローゼマイン様もヒルデブラント様も……おそらくツェントも、ジギスヴァルト様に対してあまり良い印象がないように思えます。内々のお話が進んでいないか心配してくださり、他に嫁ぎ先を探した方がよいと助言してくださったのは、そういうことですよね?」
不安そうに、けれど、少しの反応も見逃すまいとするジャンシアーヌ様の菫色の瞳でじっと見つめられれば、ジギスヴァルト様の暗躍を把握している者としては頷くしかありません。
「わたくし、もしハンネローレ様がレスティラウト様の第一夫人に推薦してくださるならば、相応の努力をする覚悟はございます。けれど、もしわたくしを第一夫人として受け入れることになれば、ダンケルフェルガーはアウブ・コリンツダウムと二度も対立することになります。アウブ・ダンケルフェルガーやレスティラウト様にわたくしを受け入れる覚悟はあるのでしょうか?」
わたくしは目を丸くしました。まさかダンケルフェルガーの覚悟を問われると思わなかったのです。一度ディッターで負かした後のジギスヴァルト様と二度目の対立があったところで大して困りません。大事なのはジャンシアーヌ様に価値を感じるかどうかです。わたくしはニコリと微笑みました。
「フフッ……。ジャンシアーヌ様、アウブ・ダンケルフェルガーは必要だと感じた対立を避けることなどございませんよ」
「まぁ、それはとても頼もしいですね。では、領地対抗戦で領主夫妻やレスティラウト様とお話しする時間を少しいただきたいとお伝えくださいませ」
ジャンシアーヌ様はやんわりと自分の意見を押し通す、実にクラッセンブルクらしい微笑みを浮かべていました。
ジギスヴァルトの暗躍とマグダレーナの懸念……。
ハンネローレはジャンシアーヌを推薦することになりました。
それから、上位領地のやり方を知ろうと頑張るシャルロッテの様子も入れてみました。
本好きのお茶会なのに、全く本のお話ができませんでしたね。後編こそは……。
次は、後編です。




