本好きのお茶会(後編)
「ジャンシアーヌ様はきっとレスティラウト様のお好みに沿いますもの。良い方に進むことを願っていますね」
ローゼマイン様のお言葉にわたくしは苦笑を隠せませんでした。
……お兄様はエグランティーヌ様に憧れていましたからね。
わたくし達の会話が一段落したところで、少し考え込んでいたヒルデブラント様が口を開きました。
「もしジャンシアーヌ様のお相手にツェントを支えるという条件がなければ……エーレンフェストのヴィルフリート様もよいと思ったのですが……」
「あぁ、エーレンフェストはツェントの覚えもめでたいですし、女神の化身であるローゼマイン様とも縁が深いです。お二人の年回りもよいですね」
レティーツィア様が賛同しますが、わたくしもローゼマイン様もシャルロッテ様も遠い目になってしまいました。エーレンフェストは上位領地との婚姻を受け入れていません。わたくしは三年生のディッターや求婚の条件を得るために話し合ったことで色々を知っていますが、ここで理由を説明するのは領地にとって恥を晒すことに繋がります。
……シャルロッテ様はどうするのでしょうか?
「恥ずかしながら、エーレンフェストはまだ上位領地の姫を受け入れられる土壌がありません。順位を上げないようにツェントにお願いしているくらいなのです。将来的に受け入れられるように領地内を色々と改革し始めているところですが、今はまだ……」
わたくしは心配していましたが、シャルロッテ様は少しも狼狽えることなく自領の恥だと口にしつつも、領地の方針として上位領地との婚姻をキッパリと断りました。そして、口を湿らせるようにお茶を飲んでから「それに……」と言葉を続けます。
「シュタープの問題もございます。カリキュラムの変更によってシュタープの質に差が出ることから次期領主の変更を考える領地が多いことは皆様もご存じでしょう? エーレンフェストもよくよく考えるべきだという意見が出ているのです」
ヴィルフリート様が次期領主でなくなる可能性が高いことを示唆しましたが、その理由はカリキュラムの変更とシュタープの質です。対外的に受け入れられやすく、他領からそれ以上の詮索を受けない形でヴィルフリート様へ上位領地の領主候補生からの婚約打診を拒否しました。わたくしは他の理由が見える立場だったこともあり、シャルロッテ様の説明の上手さに感嘆の息を吐きます。
「弟が婚約相手を選ぶ頃には上位領地を受け入れられればよいと思いますが、領地全体の改革を考えると時間的に難しいでしょうね。短期間での変革で起こる歪みや対立は軽視できませんから」
「では、シャルロッテ様のお相手も中位領地でお考えですか?」
ジャンシアーヌ様が首を傾げると、シャルロッテ様は「えぇ」と頷きました。わたくしはエーレンフェストの立場の大変さに思いを馳せます。エーレンフェストの領主候補生が婚姻の対象として中位領地を考えているならば、中位領地との社交を最優先にしたいでしょう。領主候補生だけではなく、側近達などの婚姻も関係してきますから。しかし、上位領地としての振る舞いを学ぶためには上位との交流を欠かせません。
「待って、待ってくださいませ! シャルロッテ、まさかもうお話があるのですか? わたくし、聞いていませんよ!?」
ローゼマイン様が明らかに動揺している声を出し、シャルロッテ様とジャンシアーヌ様の会話に割って入ります。けれど、それほど衝撃を受ける理由がよくわかりません。周囲にいる側近を含め、皆が不思議そうにローゼマイン様を見つめます。
「あの、ローゼマイン様。どうしてそれほど驚いていらっしゃるのですか? 四年生であれば候補を絞るくらいはしますよね?」
「お姉様は一年生が終わった直後にお兄様と婚約しましたし、王命とはいえ叔父様との婚約が決まったのは四年生が終わった後の領主会議ではありませんか」
シャルロッテ様にご自身を例に出されたローゼマイン様は「それはそうですけれど……」と困ったように視線をさまよわせました。
「シャルロッテには想う方がいるのですか?」
「いいえ。想う方ではなく、領地に必要な方を探しています。まだ明確に決めたわけではありませんけれど、今年の社交ではその辺りも考えて交流していく予定ですよ」
「え!?」
ローゼマイン様が何だか不服そうに見えます。
「お姉様、そのように驚かないで応援してくださいませ。わたくしの希望を尊重するように……とお父様にお願いしてくださったのはお姉様でしょう? そのおかげで、わたくしは領地と自分にとって相応しい方を自分で選べるのですよ」
「……もちろんシャルロッテを応援しています。けれど、わたくしの妹が一足飛びに成長しているようで寂しいです」
何だか置いていかれたような気分だと肩を落としているローゼマイン様を見ながら、シャルロッテ様がクスクスと笑いました。
「神様の御力で一足飛びの成長をしたのはお姉様ではありませんか。置いていかれたのはわたくしの方ですよ」
「あれは驚きましたよね。わたくしが拝見したのはツェントの継承の儀式でしたけれど、目を疑いましたもの」
「私と然程変わらない身長だったのに、視線が全く合わなくなっていたのですから」
シャルロッテ様の言葉に皆が口々に同意します。ローゼマイン様以上に急成長した方はいないでしょう。
「うぅ……。わかりました。もう置いていかれたなんて言いません。でも、わたくし、シャルロッテのお相手にジギスヴァルト様のような不誠実な殿方は絶対に許しませんからね」
クッと顔を上げたローゼマイン様は「可愛い妹を絶対に守る」という決意と勇ましさを見せています。
「ローゼマイン様、一応ジギスヴァルト様は私の兄上なので庇わせてください。ディッターで優位に立つために画策していたのは事実ですが、内々にクラッセンブルクへ婚約打診しているかどうかは母上の推測です。事実とは言えません」
ヒルデブラント様の言葉にローゼマイン様が何度か目を瞬かせました。確かにマグダレーナ様の推測だと口にしていました。内々に婚約打診しているかどうかはわかりません。
……今までの行いから誠実な方とは全く思いませんけれど。
「父上であるアウブ・ブルーメフェルトには第三夫人までいますが、コリンツダウムは離婚したこともあって成人している領主一族が二人しかいません。王族が三つに分かれたので親族からの養子縁組が難しいのです」
ジギスヴァルト様が婚姻相手を探すこと自体はアウブとして必要なことだとヒルデブラント様は訴えました。ヒルデブラント様がおっしゃることは理解できますけれど、それでジギスヴァルト様に対する印象が変わることはありません。
「ご意見は理解できますけれど、早急に必要ならば未成年の上位領地の領主候補生ではなく、成人している自領の上級貴族を娶ればよろしいでしょう?」
「派閥関係を把握した上で……になるでしょうけれど、自領の貴族や派閥を把握することこそ新領地では急務ですもの」
「この冬の社交界で第三夫人に当たる自領の上級貴族を選び、上位領地の未成年との婚姻は後々と考えていらっしゃるのかしら?」
「それだとやはり不誠実ではございません?」
矢継ぎ早に出てくる言葉にヒルデブラント様はジギスヴァルト様を庇うのを諦めたらしく、お茶を飲んでからローゼマイン様へ視線を向けました。
「成人している領主一族が少ないのはアレキサンドリアも同じですよね? ローゼマイン様はどのようにお考えですか?」
「どのように、と言われましても……」
成人しなければ婚姻できませんし、婚姻しなければ養子縁組できません。現状、アレキサンドリアは旧アーレンスバッハの領主候補生だったレティーツィア様を将来的に養子縁組するからと領主候補生に留めておく以外にできることはありません。
「あら、エーレンフェストから養子縁組をして増やすのではありませんの? そのために養子縁組を解消せず、他領の方々にもわかりやすい縁を残したのだろうとお父様はおっしゃいましたけれど……」
「いいえ。エーレンフェストも領主一族が少ないので、アレキサンドリアに養子として出せる者はいません」
ジャンシアーヌ様の言葉をシャルロッテ様がハッキリと否定しました。わたくしとしては、エーレンフェストの領主一族が少ないことをアウブ・クラッセンブルクが知らないはずはないのに、何故そのように考えたのか不思議に思ってしまいます。
わたくしが首を傾げたところでジャンシアーヌ様が「違います」と小さく手を振りました。
「領主一族ではなく、ローゼマイン様のご実家です。元々は領主一族の傍系ですよね? アウブの就任式でローゼマイン様の実兄が護衛騎士として同行していたことからも、ご実家の方々がアレキサンドリアに移動していることがわかります。その方々はローゼマイン様の血縁ですから、兄弟姉妹の子と養子縁組をして領主一族を増やす予定ではないか、と」
……確かに領主一族が少なくても傍系の上級貴族はいますものね。
アウブが自分の甥や姪と養子縁組をして領主一族に加えるのはよくあることです。ローゼマイン様の血縁者が一緒に移動しているならば、最も簡単に領主一族を増やす手段でしょう。納得するわたくしと違い、ローゼマイン様はあまり気乗りしないような表情で微笑みました。
「どうしても必要になれば考えますけれど……養子縁組によってその子が親と離れて育つことを思うと、躊躇してしまいますね」
「わかります。周囲は気遣ってくださいますけれど、どうしても寂しいですから」
……あ。ローゼマイン様もレティーツィア様も幼い頃に養子縁組で領主一族に入った方ですから……。
領主の子は洗礼式を終えると北の離れで生活をします。親が同じ城で生活していても食事以外で会いたい時は面会依頼が必要になるのに、親が傍系の上級貴族ではなかなか顔を合わせる機会はないのでしょう。
「それにしても、わたくしがアウブ・エーレンフェストとの養子縁組を解消しなかったことでそのように見られるのですね」
「新領地のアウブになるのに、敢えて養子縁組を解消しなかったことにどのような意図があるのか、周囲は色々と考えてしまうようです」
ジャンシアーヌ様に「そうなのですね」と小さく頷いた後、ローゼマイン様は軽く手を叩きました。
「さぁ、皆様。今日は本好きのお茶会ですもの。本のお話をいたしましょう。本日アレキサンドリアから持ってきたのはこちらです。さぁ、レティーツィア」
レティーツィア様がコクリと頷くと、彼女の筆頭側仕えが本を持ってきました。エーレンフェストで作られる本と違い、大きくてキッチリと装丁された豪華な本です。少し緊張した面持ちでレティーツィア様はこの本を選んだ理由を述べ始めました。
「騎士物語が人気だとローゼマイン様に伺ったので、『ライデンシャフトの海』を選んでみました。旧アーレンスバッハに伝わる騎士物語で、夏になると増える海の魔物と戦う騎士達のお話です。ユルゲンシュミットには海のある領地が少なく、水の上で戦う騎士の物語ならば珍しくて楽しめるのではないかと思いました」
「湖や泉の大きいものだと聞いていますが、私は海を見たことがないので、とても気になります」
ヒルデブラント様が興味を示していらっしゃいます。わたくしはランツェナーヴェとの戦いの中で海を見ましたし、船で戦いました。地上とはやはり足場の確かさが違うので、騎士物語でどのように表現されるのか気になります。
……ローゼマイン様はあの戦いを騎士物語としてどなたかに書かせないのでしょうか?
海の彼方にある国境門へ逃げ出す銀色の船、空中から降り注ぐ守りや癒しの祝福の光、海に映る魔法陣、光の柱が立ち上り、海が凍る様子など、物語としてこれ以上ないほど映える光景が盛りだくさんでした。
……『ディッター物語』の作者に依頼しているかもしれませんね。
そんなことを考えていると、レティーツィア様からローゼマイン様に本の紹介が替わります。ローゼマイン様の視線を受け、筆頭側仕えのリーゼレータが『神々の恋物語』を皆に見えるように持ちました。
「では、わたくしからも。こちらは厳密にはエーレンフェストでできた本ですけれど、わたくしがアレキサンドリアに移動する前にできていた本なので、わたくしから紹介させていただきますね」
わたくしがエーレンフェストの祝勝会で先にお貸しいただいた本です。自分の知っている本を紹介されるだけで何とも嬉しくなりますし、先に読んだという優越感が胸に広がっていきます。
……わたくし、エラントゥーラ様にも会いましたもの。
「エアヴェルミーンとメスティオノーラの恋物語です。貴族院で集めた物語の一つで、実は在学生が書いたのですよ」
「そうなのですか!?」
「リュミエノーラ様……。どなたか気になりますね」
「ふふっ……。匿名ですので、どなたが書いたのかわかっても口外はしないで新作を楽しみにしていてくださいませ」
ローゼマイン様は軽く笑いながら皆に注意しつつ合図すると、リーゼレータがもう一冊の本を手にしました。
「こちらはアレキサンドリアで初めてできた本です。わたくしが兄嫁であるアウレーリアから聞いたお話を中心に、旧アーレンスバッハのお話をまとめました」
旧アーレンスバッハの貴族達に対するローゼマイン様の配慮が伝わってきます。新領地の初めての印刷物に馴染みのあるお話が選ばれると嬉しいものです。それに、「兄嫁から聞いた」という部分から、ローゼマイン様が元々旧アーレンスバッハの文化に興味を持っていたことや旧アーレンスバッハの文化を破壊したり踏み躙ったりするつもりはないことが伝わってきます。貴族達が新しい領主を受け入れる一助になったでしょう。
「それから、まだ完成していないのですけれど、印刷業を担当するグーテンベルク達がアレキサンドリアへ移動する途中で集めた平民のお話も作っています」
「まぁ、平民のお話ですか?」
ローゼマイン様が旧アーレンスバッハの貴族達に馴染みのある本を作ったことに感心していた直後に、馴染みのない平民のお話をまとめた本を作っていると聞き、わたくしは少しばかり戸惑いました。
「それは面白いのですか? 何か勉強になるとか……?」
「勉強のためと言えば勉強のためですね。アレキサンドリアでは希望する平民に教育を与えるため神殿教室を始めたところで、そこの教材にする予定ですから」
「神殿教室、ですか?」
予想外の言葉にわたくしは目を瞬かせました。貴族院に入れるわけでもない平民にアウブが教育を与えてどうするのでしょうか。平民に教育が不要とは言いません。それぞれの家業を継ぐための教育は必要でしょう。けれど、それは家長や業種ごとの協会長やギルド長が行うことです。
……今のわたくしにはローゼマイン様の目的がよくわかりませんけれど、いずれ見えてくるのでしょうね。突飛に感じられることでも、後々になって意味がわかることがありますから。
「平民もやはり馴染みのあるお話の方が興味を持ちやすいようです。言葉遣いなども違いますから、騎士物語より平民のお話が読みやすいという意見がありました。今はエーレンフェストの平民のお話をまとめた『グレッシェルのお話』や『キルンベルガのお話』を教材として使っているのですが、できれば自分達の住む土地のお話をまとめた本の方がよいと思いまして……」
貴族と平民の言葉が違うことは何となく知っていますし、馴染みのある言葉やお話の方が興味を持ちやすいことはわかります。
「でも、高価な本の購買層である貴族達にとってはあまり興味を引かれないのではございません?」
「それが、そうでもなくて……。実際に神殿で平民のお話をまとめた本を読んだ貴族の子供達から興味深いという意見が出ています」
平民を教育するための神殿教室で使われる教材を貴族の子供が読むというのがよくわかりません。神殿教室へ貴族の子が行くのでしょうか。それとも、城の子供部屋にでも持ち込んだのでしょうか。
「全く知らない生活が出てくるので、本当に興味深いのですよ。わたくしは祈念式で回った土地やそこで住む平民のことを思い出しましたし、次に神事で赴く時には彼等からお話を聞いてみたいと思いました」
レティーツィア様がやや前のめりの体勢になって、平民のお話をまとめた本がいかに面白いのか伝えてくれます。
「あら、レティーツィア様も読んだのですか?」
「え?……はい。その……」
レティーツィア様はまるでまずいことを言ってしまったようにハッとした表情になりました。そんな彼女を庇うように、ローゼマイン様が微笑みます。
「印刷はアレキサンドリアの新しい事業ですし、神殿教室も新しく始めることです。新しく印刷された本や、神殿教室で使われる教材に領主候補生であるレティーツィアが目を通すのは当たり前ですもの。わたくし、フェルディナンドとレティーツィアには一番に手渡しました」
何となく眉間に皺を刻んだ難しい顔で平民のお話を読んでいるフェルディナンド様が思い浮かんでしまいました。思わず笑いそうになったのを隠したくて、わたくしは茶器を手に取ります。
「お姉様、『グレッシェルのお話』や『キルンベルガのお話』はわたくしも興味があります。今度読ませてくださいませ。祈念式や収穫祭で各地を回る時に話題の一つになりそうですし……」
「えぇ、もちろんです。平民の生活を知ることは統治に役立ちますし、各地のお話を集めることで地理の勉強になりますし、下級貴族達にとってはお小遣い稼ぎになりますよ。わたくし、平民のお話も買い取りますから」
シャルロッテ様のお願いを快く受け入れると、ローゼマイン様はわたくしに笑顔を向けました。
「では、次の紹介はハンネローレ様にお願いしますね」
わたくしが茶器を置いて視線を向けると、コルドゥラが本を持ってきてくれました。皆に見えるように持っています。
「ダンケルフェルガーから持ってきた本は騎士物語です。実は、エーレンフェストの『ディッター物語』が非常に好評で、ダンケルフェルガーでは今まであまり知られていなかった騎士物語がないか探されています。こちらの『騎士ボルトダルク』は探し出された本の一つです」
わたくしが各地のギーベが資料室などに何か残っていないか確認し、写本させていることを伝えるとローゼマイン様が嬉しそうに金色の目を輝かせました。
「今まであまり本に見向きしなかった者が食い入るように読んでいるのですもの。『ディッター物語』の作者にはぜひ新しい本を書いてほしいと思ってしまいますね」
「今、大作に取りかかっていますわ。完成にはまだ時間がかかるでしょうけれど、ダンケルフェルガーの方々が期待していると伝えますね」
わたくしの側近達がざわっとしたのがわかりました。他の方々に比べて反応しすぎです。少々恥ずかしい気分になりつつ、わたくしは本の紹介を終えました。
「ヒルデブラント様、どうぞ」
「はい。本日は旧ベルケシュトックの本を持ってきました。旧ベルケシュトックは知の領地と呼ばれるほど、本や知識を集めることに尽力していた領地だったそうです。閉ざされた城にも資料室や本がたくさんありましたし、ギーベ達も本を収集することに情熱を持っている方が多いようです」
ヒルデブラント様の説明に、本を持っている筆頭側仕えが何だか苦労を思い出すような遠い目をしています。
「ヒルデブラント様、もしかして旧ベルケシュトックの貴族と何かございましたか?」
「まぁ、はい。……実は、星結びの儀式ために集まった貴族達に、印刷業で新しい本を作るアレキサンドリアやエーレンフェストと貴族院で貸し借りをするのに相応しい本があるか尋ねたのです。すると、知の領地と呼ばれていた土地の貴族として他領に負けるわけにはいかないと侃々諤々の議論になりまして……」
冬の社交界にお勧めを持ってきてほしいと言うことで、夏の議論を終えたそうです。そして、冬の始まりの宴には多くの貴族が本を持ってきて、ヒルデブラント様はどれを選ぶのかと詰め寄られたそうです。
「誰を立てるべきか悩んでいたら、旧ベルケシュトックの貴族達がヴェーレラハトという本の紹介合戦を始めてしまったのです」
「まぁ、ビブリオバトルでしょうか? 皆様の熱意と共に推薦された本がたくさんあるようで今後も楽しみですね」
ローゼマイン様は別の名前でご存じのようですが、わたくしは本の紹介合戦など存じません。どのように勝負を付けるのでしょうか。少なくともディッターの一部ではなさそうです。
ヒルデブラント様とローゼマイン様のお二人で盛り上がっていて、今更「知らない」とは言えない雰囲気です。わたくしは他の方々をチラリと窺いました。皆が心当たりのない様子に見えます。知らないのが自分だけではないことにそっと胸を撫で下ろしました。
「それにしても、予想していたよりギーベ達と関係が築けているようで安心しました。マグダレーナ様の連絡で心配していましたから」
「恐れ入ります、ハンネローレ様。ダンケルフェルガーに後ろ盾になっていただけたことも大きいと思います。それから、領地に魔力が満ちたことで収穫量に大きな変化があったようです。民を飢えさせずに冬を越せるのだから、アウブとして認めると言ったギーベがいました」
おそらくトラオクヴァール様は真面目に魔力供給していて、その成果が領民の目に見える形で現れたのでしょう。まだまだ敵対している貴族の方が大半でしょうけれど、ほんの一握りであっても、アウブになったトラオクヴァール様を認める方が現れてよかったと思います。
「次はジャンシアーヌ様。お願いします」
「こちらは『赤い帯と天の階段』という劇の内容を書き起こした本です。恋物語になるでしょうか。それとも、神にまつわる物語になるでしょうか」
クラッセンブルクは冬が長くて雪深く、地下で過ごす期間が長いこともあり、演劇や舞踊などの娯楽が他領より発展していると聞いたことがあります。
「どのようなお話ですか?」
「病に冒された平民が愛する人に再び会うことを願ったところ、命の神エーヴィリーベがそれを叶えてくれたというお話です」
「え? 命の神エーヴィリーベが人間の願いを叶えるなんて……。作者は何故よりによってエーヴィリーベにしたのでしょうね?」
他にたくさん神はいらっしゃるのに……と、ローゼマイン様が首を傾げています。
「神様ですから何の不思議もないのではありませんか?」
「ジャンシアーヌ様は純粋ですね。御加護を得るための祠の神像でさえあの様子でしたから、わたくしは土の女神以外に手を貸すことがどうにも信じられなくて……」
ずいぶんと命の神に対して不信感を持っているようですが、ローゼマイン様は一体何を経験してきたのでしょうか。気になりますが、聞かない方がよい気がします。
「実際にあったことととして書かれていますが、本当かどうかはわかりません。わたくしは作り話だと思っていたのですが、女神の降臨などが実際に起こったので、本当に起こったこととして読んでも楽しいかもしれません」
わたくしはローゼマイン様と顔を見合わせました。確かにわたくし達の経験も物語として読めば、実際に起こったことだとは思わないでしょう。
「命の神が人の願いを叶えることもあるならば、それに越したことはありませんね。読むのが楽しみです。最後はシャルロッテですね。お願いします」
ローゼマイン様に指名されたシャルロッテ様が筆頭側仕えに視線を向けると、彼女は木箱を抱えた文官見習いと共にやってきて六冊もの本を見せてくれました。
「ここにあるのはお姉様が領地を移られてからできた本ばかりです。今のところ、新しい恋物語ばかりですね」
「六冊ですか。今ばかりはエーレンフェストに帰りたいです」
「もう、お姉様ったら」
シャルロッテ様がクスクスと笑います。
「ローゼマイン様が移動した後で六冊も新しい本ができるのはすごいですね。それだけ作者が増えているということですか?」
「ヒルデブラント様のおっしゃる通り、増えています。恋物語の好きな方が以前より集まっているようですし、貴族院を通じて他領からもお話が集まるようになってきました。作者だけではなく、印刷工房も増えています」
ジャンシアーヌ様が「エーレンフェストの今後が楽しみですね」とうっとりした表情になりました。
「わたくし、エラントゥーラ様の恋物語が楽しみでなりません。クラッセンブルクの寮でも人気があるのですよ。演劇として見たいという声もあるほどです」
「ジャンシアーヌ様、わたくしもエラントゥーラ様のお話がとても好きで、実はエーレンフェストの祝勝会でエラントゥーラ様とお話しさせていただいたのですよ」
わたくしがそう言うと、ジャンシアーヌ様が口元に手を当てて「羨ましいです」と頬を上気させます。エラントゥーラ様がローゼマイン様のお母様であることには触れず、あの時に話してくださった裏話をいくつかすると、ジャンシアーヌ様が目を輝かせました。
「エラントゥーラといえば、アウブ・アレキサンドリアの婚約式で交わされた誓いの言葉を入手したそうですよ」
わたくし達の会話を微笑ましそうに見ていたシャルロッテ様がそう言いました。
……入手も何も、ローゼマイン様の実のお母様ですもの。婚約式には出席していますよね?
ウキウキと婚約式に出席するエラントゥーラ様の姿が目に浮かぶようです。誓いの言葉を書き留めていても何の不思議もありません。
「彼女の物語の主人公がお姉様達の誓いの言葉を交わす日も近いかもしれません」
「シャルロッテ、彼女達を止めてくださいませ!」
慌てた様子でローゼマイン様が頼みましたが、シャルロッテ様はおっとりとした苦笑気味の笑顔で首を傾げました。
「架空の物語だと主張されると、わたくしにはどうにもできません。お姉様が頑張ってください」
「うぅ……。それはわたくし、何も言えません」
ガックリと項垂れるローゼマイン様と違い、わたくしとジャンシアーヌ様はいずれ新しく書かれるだろう物語が気になって仕方ありません。
「ローゼマイン様とフェルディナンド様の誓いの言葉ですか? 気になりますね。読んでみたいです」
「エラントゥーラ様にはわたくしも会ってみたいですわ」
ジャンシアーヌ様の言葉に、シャルロッテ様は困ったように微笑みます。
「領地対抗戦にはいらっしゃるようですけれど、名を伏せて本を書いているので紹介はできませんの。申し訳ございません」
「まぁ、エラントゥーラ様が領地対抗戦にいらっしゃるのですか?」
紹介できないと言われたのに、ジャンシアーヌ様は何だかとても嬉しそうです。逆に、ローゼマイン様は怪訝そうな顔になりました。
「お姉様に女神の降臨や神々の世界に向かった時のお話を伺いたいと聞いています」
「本にするつもりならば嫌ですよ」
ローゼマイン様はフイッと視線を逸らしましたが、「本にする」というのは対外的な理由だと思います。他領へ移動してしまうと顔を合わせる機会はほとんどありません。女神に招かれて神の世界へ行ったなど、どれほど心配だったでしょう。顔を見て話をしたいと思ったところで不思議ではありません。
「ハンネローレ様も他人事ではございませんよ」
「え?」
エラントゥーラ様の心情について思いを馳せていたら、ローゼマイン様にチロリと睨まれました。
「祝勝会で一度面識を持ったのですもの。ハンネローレ様にもお話を聞きたいと希望されると思います」
「え? わたくしですか?」
ローゼマイン様のご活躍についてお話をするのは構いませんが、エラントゥーラ様であることを隠して領地対抗戦で会うのは難しいと思います。
「貴族院が舞台で、女神の降臨が絡む恋物語。多くの領地から求婚されて決まった今年の嫁盗りディッターなんて絶好のネタではありませんか。エラントゥーラはきっと張り切りますよ」
「待ってくださいませ!」
……わたくしが本になるなんてあり得ません!
本好きのお茶会らしく、色々な領地の本を紹介してみました。
それぞれの特色を感じてくださると嬉しいです。
ローゼマインもハンネローレもエラントゥーラの恋物語になってしまうのか。
次は、東屋への誘いです。




