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紅蓮の英雄  作者: 時つぶし
冥王国の進軍
70/86

4-17 対冥同盟

 『ロドニストの戦い』が終わり、テュール律国の騎士団軍は街へと帰還していた。損害の少ない戦闘ではあったが、備えを怠れば敗北も予想される相手であるため、『黒虎(こくこ)精鋭(せいえい)明峰(めいほう)騎士団』のエンデバーが用心にと帰還を促したのだ。

 そのため、新たな戦いに向けて決して気を緩める事はしない。今もまた、隣街を奪還するための作戦会議が開かれていた。

 だがしかし、それに参加するのは次の戦いに関係のある者のみ。

 異国から来たグレンとヴァルジは、すでに帰国を意識していた。

 ヴァルジの旧友であるエルフ族の長クロフェウからの依頼は、冥王国に苦しめられるエルフ族の同盟参加であり、それはすでに完了したと言っていい。

 冥王国に対抗するために結成された三国同盟とは、律国への助力を条件として、エルフ族の同盟参加を約束している。そして、それはもう十分に果たされたと言っていいだろう。

 ロドニストを攻める冥王国軍を退け、相手戦力を大幅に削り、敵将グンナガンを討った。これだけの戦果を上げて、エルフ族を蔑ろにしようなどとは思うまい。

 しかも、グンナガンを始末した事以外、グレン達の助力はほとんどなかった。

 それはつまり、律国とエルフ族は冥王国に対抗できるだけの力を有しているという事であり、今後の戦いに関しても心配は無用と考えられる。

 無論、苦戦はするだろう。

 だが、他の2か国と力を合わせれば、冥王国に進軍を断念させる事くらいは叶いそうであり、これ以上の助力は不要と判断できた。

 ここからは正真正銘、彼らの戦いである。

 そのため、グレンとヴァルジは明日にでも帰路に就く事を話し合いで決めていた。ロドニストで――いや、この地方で過ごす時間も、あと少しである。

 実質的にはまだ何も終わっていないため多少後ろ髪を引かれる想いではあったが、これ以上の介入は当初の予定を逸脱する事になり、彼らとしてもあまり好ましくない。

 やはり、自分の国は自分達の手で守るべきなのだ。加えて、2人も自分の国に帰りたいという想いがあった。

 そしてその旨を、グレンはすでに何人かに伝えている。

 エルフ族の代表であるニノ、『戦神』の3人、律国の代表としてエンデバー。各々、それぞれの反応を返していたが、誰もグレン達を引き留めるような真似はせず、すんなりと聞き入れてくれている。

 ならば思い残す事はないと、グレンは着々と帰り支度を進めていた。とは言っても身軽な旅であるため、精々が明日のために早く寝るくらいである。

 「グレン、いるか?」

 そんな彼のもとに来客が1人。

 声から、ニノだという事が分かった。エルフ族には扉を叩く習慣がないため、基本的に声を掛けて在室を確認する。

 「ああ。今、開ける」

 返事をし、グレンは扉を開けた。

 対面したニノは急いで目線を下げ、グレンの顔を見ようとしない。

 「何か用か?」

 「用、という程ではない・・・。明日、国に帰ると言っていたからな・・・。最後に話をしようと思って・・・」

 「つい先程済ませたのにか?」」

 「い、いいから!部屋に入れてくれ!」

 そう言われたため、グレンは大人しくニノを部屋に入れる。

 「それで、どうしたんだ?」

 部屋の中で向き合って立ちながら、グレンは部屋を訪れた理由を尋ねた。相変わらず視線を落としたままのニノは、躊躇いがちに口を開く。

 「さ、先程は・・・少し面食らってしまい・・・言えなかったが・・・・礼を言おうと思って・・・」

 「礼?何に対してのだ?」

 「グンナガンを・・・!姉様(あねさま)の仇を討ってくれた事だ・・・!」

 それくらい分かるだろう、とでも言うようにニノは叫んだ。

 グンナガンが何者かに殺されたという事は、戦闘に参加した者ならば誰もが知っている情報であるが、それを実行したのがグレンであるという事実を知る者は少ない。

 その中で、彼と約束を結んだニノだけが、敵将を討ったのがグレンであると勘付いていた。本人が何も語らなかったせいで聞くに聞けなかったが、グレンが帰国を宣言したため、思い切って部屋を訪れている。

 「ああ、その事か。気にするな。約束を果たしただけだ」

 たが報告くらいはするべきだったな、とグレンは反省した。

 彼自身、グンナガンに恨みがあった訳ではないため、標的を討ち取ったとしてもあまり達成感を覚えていなかったのだ。そのせいで、少し印象の薄い出来事として記憶している。

 「し、しかし・・・本当に・・僅か数日で、私との約束を・・・。やはり、お前は頼もしい男だ・・・。か、感謝する・・・」

 「期待に沿えて何よりだ」

 「そ、それで・・・だ。お前に、何か礼をしなければと思って・・・」

 「だから気にするな。この行いは、お前への詫びだと前に言っただろう?」

 「そういう訳にはいかない・・・!お前には、本当に感謝しているんだ・・・!」

 やけに必死なニノであったが、それでも視線をこちらに向けはしなかった。ただ、長い耳の先が赤くなっていたため、興奮しているのがよく分かる。

 「だ、だが・・・エルフである私は、人間であるお前が満足するような物を持っていない・・・。かと言って、お前のために何かしてやれる事もありそうにない・・・」

 そこで、ニノは顔を上げる。

 「だ、だから・・・!待っていて・・・!」

 「なに?」

 待っていろ、とはどういう事か。

 グレンは疑問を返した。

 「この戦争が落ち着いたら、私はお前の国を訪れに行く・・・!その時はエルフ族の代表として、改めてお前に礼がしたい・・・!同盟参加に協力してくれた事、グンナガンを討ってくれた事・・・!その、どちらに対しても・・・!」

 だから気にするな、と言いたかったが、そこまでしては流石に無粋である。そのため、グレンは軽く笑みを浮かべて、右手を差し出した。

 「分かった。楽しみに待っていよう。エルフの森ほどではないが、私の住むフォートレス王国も素晴らしい場所だ。きっと、お前も気に入ってくれるだろう」

 と、お世辞を言いつつ握手を求めるが、ニノは一向に動く気配を見せない。

 グレンの手を、じっと見つめていた。

 「ああ・・・そうか」

 グレンは、ニノが「良い」と言うまで彼女に触れてはいけないという約束を思い出す。その理由を聞かされてはいないが、まだ「良い」と言われていないため手を引っ込めようとした。

 「ま、待て!」

 しかし、それをニノが制する。

 「手・・・手を握るくらいなら、問題はないはずだ・・・!」

 少し違和感のある台詞であったが、グレンは手を引っ込めるのを止める。そして、ニノが握り返してくれるのを待つが、彼女は何故か深呼吸を繰り返していた。

 「大丈夫か?」

 「大丈夫だ・・・!もう少し待っていてくれ・・・!」

 言われた通り少し待つ。

 そして意を決したのか、ニノは恐る恐るグレンの手に己の手を伸ばした。

 「一体どうした?」

 「気にするな・・・!いいか、お前は力を込めるなよ・・・!私の方で調整する・・・!」

 なんの調整だ、と思ったが、彼女のやりたいようにやらせる。

 自分の手にゆっくりと絡ませてくるニノの手は小さく、グレンはなんだか美術品を手に取るような心地になった。彼女が慎重な事もあり、下手に力めないと体を強張らせる。

 そして、やっとの事で2人は握手を交わした。これだけの行動に、どれだけの時間が掛かったのだろうか。それを考え付くよりも先に、2人の手が解かれる。

 その瞬間、ニノは素早く背を向けた。腰巻の下で、彼女の尻尾が左右に振れているように見える。

 「どうかしたか?」

 「い、いや・・・!気にするな・・・!」

 グレンの疑問の声にそう答えると、ニノはそそくさと扉へと向かう。その動きはどこか不自然で、彼の方に顔を向けるのを嫌がっているように思えた。

 「そ、それでは失礼する・・・!先程も言ったが、戦いが落ち着き次第、会いに行くから・・・!」

 「ん?――ああ。君の武運を祈っている」

 今後の戦いに祝福を送られると、ニノは黙ったまま部屋を出て行く。扉を開け放したままであったため、直後に廊下を駆けていく足音がグレンの耳に届いた。

 ニノと別れるのに少しだけ寂しさを感じたが、グレンは静かに扉を閉める。

 (そう言えば、別れの言葉を言ってなかったな・・・)

 そう思いはしたが、追い掛けるまではしなかった。







 翌朝、グレンとヴァルジはテュール律国を発つ。

 とは言っても、すぐに帰国の途に就く訳ではなく、一度ロディアス天守国へと戻っていた。2人だけの身軽な移動であるため、次の日の朝には首都である天示京(てんじきょう)に辿り着く。

 その目的は、エルフ族の長であるクロフェウへの報告だ。

 呼び出した本人に黙って帰るのは礼儀に欠けるため、最後に顔を見せておこうという事である。加えて、自分達に協力してくれた天守国の英雄ジェイクにも挨拶をしておきたかった。

 テュール律国におけるエルフ族の参戦も、全ては彼が切っ掛けとなってくれたおかげである。突如現れたグレン達3人を何の疑いも持たずに受け入れてくれ、同盟国の代表が参加する会議に出席する機会をもたらしてくれた。

 その事に対して、エルフ族は多大な恩を感じているはずであり、彼らと目的を同じくしていたグレン達も同じくらいの感謝の念を抱いている。例え、ジェイクが律国での勝利に関係していなくとも、そこまでの過程は大いに評価されるべきなのだ。

 また、そのテュール律国での戦果について、他国の代表がどのように捉えているのかも知りたかった。グレン達にとっては十分な貢献だとしても、まだ足りないと言われる恐れもある。

 無論、その時は臆せず抗議するつもりだ。

 そんな覚悟を抱きつつ、グレンとヴァルジは天示京(てんじきょう)の大門前に立っていた。扁額(へんがく)に書かれた街の名前が、なんだか懐かしく思える。

 ただ、今はそこで立ち往生してしまっているのだが。

 「どうやって入りましょうか・・・?」

 最初に訪れた時の記憶を思い起こしてみると、あの時はジェイクの掛け声によって門が開かれていた。

 戦時中に首都への出入りが自由なのは非常に不用心であるため当然の措置なのだが、余所者(よそもの)である2人が天示京(てんじきょう)に入る手段が分からない。

 「ジェイク殿を呼んで来てもらえればいいのですが・・・」

 しかし、門番と思しき人物も外からでは見えなかった。声を掛けても無反応であり、どうしたものかとヴァルジも悩む。

 そんな彼らの目の前で、唐突に門がゆっくりと開かれていった。

 そこから、ジェイクが姿を現す。

 「おお!グレン殿にヴァルジ殿であるか!」

 少しだけ懐かしいジェイクの髭面が、2人の目に映る。

 天守国での恩人の登場に、グレンとヴァルジは安堵した。

 「不審な者がいる、と言われて来てみれば!御無事で何よりなのである!」

 「数日ぶりですな、ジェイク殿」

 「そちらの方はどうだ?」

 グレンに問われ、ジェイクは腕を組み、自信満々に頷く。

 「依然、問題なしなのである!」

 「そうか。私達の方も、なんとかなった」

 「聞いているのである!その際にはエルフ族も大いに活躍したのだとか!――ん?そう言えば、エルフ殿の姿が見えないであるな?」

 「ああ。律国で別れてきた。ジェイク、私達は自分の国に帰るとするよ」

 グレンがそう打ち明けた瞬間、ジェイクは少しだけ驚いたような顔をした。しかし、すぐに表情を戻し、数回頷いて見せる。

 「そうであるか・・・いや、そうであるな。グレン殿とヴァルジ殿は異国の者。帰るべき場所は、ここではないのである」

 その発言は、彼としても少なからずグレン達に戦力としての期待を抱いていたからであろう。それでも引き留めない所が、ジェイクの良さであった。

 「最後にクロフェウに会いたいのですが、どこにいるか分かりますかな?」

 ここ天示京(てんじきょう)には、エルフ族の非戦闘員が(かくま)われている。この地域の人々の中にはエルフ族を下に見る者もおり、待遇に関してヴァルジは少しばかり不安であった。

 そのため、その事に関しても確認を取っておきたいと思っている。ジェイクがいるのだから、不当な行いを許すとは思わないが。

 「族長殿であるのならば、他の者と一緒に悠久御殿近くの長屋にいらっしゃるのである。案内するのであるよ」

 天子の住まう悠久御殿――その近辺に居を構えさせてもらっているという事は、エルフ族は丁重に扱われているという事である。それを知り、ヴァルジは心が軽くなったような気がした。

 「ええ。お願いします、ジェイク殿」

 ジェイクの提案に頷くと、3人は揃って天示京(てんじきょう)へと入る。

 目的地までの道中、グレンは数日間留守にした天守国の現状を聞くことにした。

 「ところでジェイク、国境沿いの警備はいいのか?」

 グレンがジェイクを初めて見たのは、彼が国境近くで冥王国軍と戦っている時だ。今回もまた、何らかの戦果を上げて帰還した可能性もあったが、一応の確認を取る。

 「む。グレン殿は鋭いであるな。実を言うと、少し変化が起こったのであるよ」

 「どうしたと言うんだ?」

 「理由は分からないのであるが、冥王国軍の姿がさっぱり見えなくなったのである」

 「なに・・・?」

 その情報は少し不気味であった。

 テュール律国で敗走し、将軍を1人失ったとは言っても、それ以外の国における情勢まで変わった訳ではない。話を聞く限りには豊富な戦力を有していると思われ、そこまで動揺するような事態ではないと考えられた。

 もしかしたら、冥王国内で何か変化があったのかもしれない。

 具体的には分からないが、グレンは漠然とそう考えた。

 「用心のため監視の部隊を常駐させているのであるが、敵兵の1人も姿が見えないようなのである。今までそのような事はなかったと言うのに・・・吾輩には何がなんだか」

 分からない、とジェイクは首を横に振る。

 「気にするな。おそらくだが、それは君の仕事ではない」

 こういった時、頭を働かせるのが不得意な者は余計な事をしない方が良い。

 それを経験上知っているグレンは、ジェイクにそういった意味の助言をする。理解しているのか、天守国の英雄も肯定するように力強く頷いた。

 「感謝するのである、グレン殿。今後の動向を決める会議が開かれているのであるが、吾輩は全く力になれないのであるよ。他の部隊長に申し訳ないのである」

 「他の部隊も戻ってきているのか?」

 それは少しやり過ぎではないのか、とグレンは思ったが、やはり他国の戦略なので口出しは出来ない。と言うよりも、ジェイクと同様に考える事が苦手な自分が意見を述べるべきではないと思い至った。

 「そうなのである。ウェンウー3兄弟やオン爺も帰ってきているのであるよ」

 グレンの問いに肯定を返してくれるが、彼には誰が誰なのかは分からなかった。

 それはジェイクも思ったのか、「今度、紹介するのである」と付け足してくる。

 だが、それは無用であった。

 「いや、私達はすぐにこの国を出て行く。無駄な時間を取らせるつもりはない」

 「む。それならば仕方ないのである」

 結局、冥王国の変化に関しては何も分かっていないようだ。

 少しばかり気掛かりではあったが、これ以上の関与は必要ないと判断し、思考はしなかった。これは彼らの戦いなのだ、と何度考えたか分からない言葉を再度自分に言い聞かせる。

 その後、特に目ぼしい会話もなく、3人はエルフ族の過ごす長屋へと辿り着いた。

 大勢が暮らせそうな屋敷であり、周りには警備兵すら見える。エルフ族への敬意というよりも大国としての意地なのかもしれないが、他種族への悪くない対応にグレンとヴァルジは満足した。

 そして、屋敷内でクロフェウと出会う。

 「おお、来たか」

 待っていたとでも言うように、クロフェウは2人の来訪を歓迎した。

 互いに敷物の上に座り、話を始める。そこにはジェイクも同席していた。

 「律国での話は聞いている。上手くやってくれたようだな」

 「それは違いますよ、クロフェウ。()の地での勝利は、エルフ族と律国の者達とで手にした物。私達は、ほとんど何もしていません」

 「それでも構わん。それまでの全てに2人が関わっている事は、疑いようもない事実なのだ。本当に心から感謝している」

 そこで、クロフェウはジェイクに顔を向ける。

 「実は先日、その結果を受けて天守国から打診があってな。是非とも同盟に参加して欲しいと言われた」

 「『参加させてやる』ではなく、『して欲しい』ですか。それはまた、態度を大きく変えましたな。他の2か国についても同様ですか?」

 「ああ。異論はないらしい」

 「ほう。律国での勝利が、それ程までに評価されますか」

 比較的友好な態度を見せた天守国ならば理解でき、力を貸してもらった立場である律国であっても納得できる反応である。

 しかし、エルフ族に対する侮辱すら見せていた、ブリアンダ光国の代表レッチアーノが簡単に受け入れたのが不自然にも感じられた。

 だが、喜ばしい事実である事には変わりなく、ヴァルジも水は差すまいと自分の意見を飲み込む。

 「あんだあ!王国の英雄とヴァルジでねえか!帰ってたんか!」

 その時、呑気な声が4人のいる部屋の中に投げ込まれた。ヴァルジと同様、クロフェウの友人である刀匠アズラ=アースランである。

 「おお、アズラ。仕事は順調か?」

 クロフェウの言うアズラの仕事とは、言うまでもなく武器の製造である。

 東大陸で一番の職人である彼は、他の様々な武器を作る事も出来た。そのため、多くの作業者と共に装備の生産を手伝っている。

 「順調、順調!つっても、他の奴らも中々やるもんでよ!(おい)のやる事、あんまねえんだわ!――で、今は何の相談してんだ?」

 そう言えば本題を言っていなかった、とヴァルジは切り出す。

 「そうでした。クロフェウ、私とグレン殿は明日にでも帰国しようと思っています」

 「・・・そうか。私の頼みを完遂してくれたのだ。寂しいが、笑顔で見送るとしよう」

 言葉や表情は平時のものであったが、おそらくもう会う事はないだろう、とクロフェウは悲しみを覚えていた。

 今回の再会とて40年ぶりだったのだ。次の40年後にヴァルジが生きている可能性は低く、ここまで訪れる事も困難に違いない。

 友人との今生の別れとも言うべき状況に、さしもの族長も気を沈めてしまっていた。

 「はあ~!?まだ何も終わってねえのに、帰んのけ!?」

 それとは正反対の声が、アズラから発せられる。言葉こそ辛辣ではあったが、そこに批判的な意味はなく、単純に驚愕したが故に大声を上げていた。

 だが、その言葉はグレンとヴァルジの良心を鋭く貫く。

 「そう言うな、アズラ。彼らには彼らの国がある。そちらを優先するのは至極当然の事だ」

 「まあ、そうだけんどよ。これからって時に帰んのはどうだ、って感じがしねえが?」

 「私の方から『そういう約束で』と頼んだんだ。責めるには値しない」

 「は~ん・・・。ま、お(めえ)さんがそう言うなら、良いんだけんどよ」

 この時、アズラはグレンを見る。

 噂に違わぬ実力を有していると言うのであれば、この者がいるだけで戦争を有利に進める事が出来るだろう。テュール律国での勝利も、いくらか噛んでいるに違いないと踏んでいた。

 ただ、アズラとて余所者(よそもの)だ。

 力添えする理由もクロフェウの存在を置いて他になく、他人を巻き込むのは申し訳ないと考える。とにかく、自分は武器を作っていれば良いと判断した。

 「申し訳ありませんな、アズラ殿」

 「気にすんな。(おい)も責めようと思って言った訳じゃあねえべよ」

 ヴァルジの必要のない謝罪に対し、アズラは快活な笑みで応える。

 「ならばヴァルジよ、今日はもう休むと良い。テュール律国からここまでの移動で疲れただろう?今後の事は気にせず、祖国に帰る支度を済ませておけ」

 そして、クロフェウの言葉で解散となった。

 明日、グレンとヴァルジは国へと帰る。

 僅か数日ではあったが、エルフ族に会ってから本当に色々な事があった。思い起こす必要もないくらい鮮烈に記憶に残るそれらを、国に帰ったら親しい者にでも話して聞かせよう。

 そんな事を考えながら、2人は部屋を出て行った。







 翌日の昼、各組織の代表者が一か所に集まっていた。

 グレンとヴァルジが天示京(てんじきょう)をすでに出立した後の話である。

 その場には、ロディアス天守国の代表フィジン、テュール律国の代表サロジカ、ブリアンダ光国の代表レッチアーノ、そしてエルフ族の代表としてクロフェウが出席していた。

 エルフ族は国を持たないため、『三国同盟』という名前が『対冥同盟』へと変わる。

 そして現在は、エルフ族の正式な同盟参加の手続きが執り行われていた。

 「――では、エルフ族の同盟参加に賛成の者は挙手を」

 天守国の代表であるフィジンが、その場にいる他国の代表者に向かって発言する。彼女の服装は前回と同じように、青色の長衣(ながぎぬ)を腹に巻いた帯で着付けていた。

 相も変わらず落ち着いた出で立ちであるが、その表情にはどこか喜色が見える。エルフ族の代表として『三か国会議』に参加したニノを評価していたため、彼女の願いが叶った事が嬉しいのかもしれない。

 しかし、その感情を晒す事はない。

 フィジンはあくまで、冷静に会議に臨むつもりであった。

 「私は賛成だ」

 「私も異論はない」

 そう言って、サロジカとレッチアーノが手を上げる。予め賛成の意思を伺っていたとは言え、手のひら返しがない事にクロフェウは安堵した。

 「感謝する。遅ればせながらの参戦だが、力を尽くすと約束しよう」

 その謝辞を受け、フィジンが返す。

 「クロフェウ殿、これからは共に冥王国に対処していくとしよう。エルフ族の住居だが、非戦闘員だけならば現在の場所を使ってもらって構わない。食料も、農作業を手伝ってくれるのならば共有できる」

 「なんと言えばいいか。本当に感謝しかない。無論、協力は惜しまないつもりだ」

 「ならば我が国にいるエルフ達は、こちらで預かろう」

 手を上げて、そう主張したのはサロジカだ。

 テュール律国の騎士団達と共に行動するエルフの戦士達を、皆まとめて養ってくれるようである。

 「これは、エルフ族を侮辱した事に対する侘びと思って頂きたい。正直、あの時の私は冷静ではなかった。前回の会議に参加したお嬢さんには悪い事をしたと思っている。この場を借りて、謝罪をしたい」

 そう言ってサロジカは立ち上がると、クロフェウに向かって頭を下げた。

 詳細を聞いていた訳でないが、それだけで族長は全てを悟る。そして、それを乗り越えた孫娘を誇らしく思った。

 「いえ、もはや過ぎた事。二度目はないと誓って頂けるのならば、不問としましょう」

 「感謝します。加えて、我が国に力を貸して下さった事に対しても御礼申し上げる。騎士団からの評価も高かったと聞きました」

 テュール律国の代表が謝罪をする中、フィジンはレッチアーノの様子を伺っていた。

 前回、彼もニノに対して暴言を吐いており、それを謝罪するつもりなのかどうかが気に掛かる。

 しなくとも議題として取り上げはしないが、やはり心証が違う。元々、彼に対する評価は低いが。

 「さて、関係も改善された事です。今後の対冥王国について、話し合いを始めましょう」

 そんな光国代表は、謝罪の意思を欠片も見せずに話を変えようとした。

 何も知らないクロフェウは頷き、サロジカは少し面食らったような表情をする。フィジンはと言うと、無表情ではあったが、瞳の奥に軽蔑を宿していた。

 「まず、テュール律国内の冥王国軍をどうにかしないといけませんな。グンナガン亡き今が絶好の攻め時。サロジカ代表、どう思いますか?」

 他の者の様子に気付きながらも、レッチアーノは強引に話を進める。一応立場の悪いサロジカは、それに乗るしかなかった。

 「あ、ああ・・・。実は今朝方、新たな情報が届いた。国境沿いの戦力だけでなく、我が国を侵攻する冥王国軍までもが撤退を始めたようなのだ」

 「おお!それは素晴らしい!」

 かなり重要な情報に対して、レッチアーノの驚きは演技にも聞こえた。

 しかし、それを察せられたのはフィジンのみ。母国からの朗報に喜ぶサロジカと、駆け引きの経験がないクロフェウは普通の反応と捉える。

 「そうなのだ。これもエルフ族のおかげ――」

 「少し、違和感があるな」

 サロジカが再びエルフへの称賛を投げ掛けようとしたのを遮り、フィジンが意見を述べる。違和感とは何か、と他の3人は視線を寄越した。

 「おかしいと思わないか?確かに、冥王国は先の戦闘で敗北した。しかし、撤退しなければならない程の打撃を受けた訳ではあるまい?それこそ、すぐに増援を寄越し、新たな将軍に率いさせるはずだ」

 「た、確かに・・・」

 その通りだ、とサロジカは同意する。

 冥王国の戦力は膨大であり、決して油断していい相手ではないのだ。

 「もしや、冥王の身に何かあったのでは?」

 しかしそこで、レッチアーノが楽観的な意見を述べた。

 何かとはなんだ、と皆が視線を向ける。

 「考えてもみて欲しい。冥王はこれまで何年もの間、この戦争を続けてきた?ざっと60年だ。自国だけで我々3国を相手にしてきたのだから、まず間違いなく国も民も大きく疲弊しているだろう。防衛に専念するだけで良い我らとは異なり、攻め入るとなると多くを消耗する。兵力とて擦り減るし、食料や寝床の確保には金が掛かる。その出費が膨大になっていき、国民の負担が増加。そして今回の敗北を受けた結果、民を想う臣下が冥王を討ったのではないか?そして、その新たな君主となった者が軍を引き上げさせた。――私は、そう考えますね」

 レッチアーノの意見を聞き、「おお・・・!」とサロジカが感嘆の声を漏らす。

 どうにも、この2人は物事を良い方向で受け取りたいようだ。疲弊しているのはこちらも同じか、とフィジンは考えた。

 「となれば!休戦の申し入れもあるのでは!?」

 「その通りですな、サロジカ代表。我々が生まれる前から続く戦争も、これで終わりという訳です」

 その発言に対しては、フィジンも否定をするため口を開こうとする。

 しかし、続くレッチアーノの台詞が、それを妨げた。

 「――ですが、それで良いと思いますか?」

 「なに・・・?」

 発しようとした言葉とは異なる、疑問の声をフィジンは呟く。

 その声は疑心に(まみ)れ、レッチアーノに鋭い視線を向けていた。

 「どういうことだ、レッチアーノ殿?」

 「冥王のこれまでの蛮行を許していいのか、という話です」

 「許す・・・?」

 許すも何も、4か国は遥か昔より争いを続けている。それこそ、『破壊の女神シグラス』がいなくなった頃から、である。

 強大過ぎる冥王国に対抗するため同盟を組みはしたが、結局のところ彼ら3か国は敵同士なのだ。今回の事があったからと言って、今後友好的な関係となれるかは別問題である。

 無論、冥王国を許せるという訳ではない。だからと言って、今更その話をする必要もないくらいに、4か国は争いを続けてきた。

 この場で議論する意味などないだろう。

 「許せる訳がない!我が国が被った損害は甚大だ!それを償わせなければ!」

 しかし、サロジカはそう主張した。

 愛国心の強い彼ならば当然の意見であり、後ろに仕える2人の部下達も頷いている。

 「そうでしょう、サロジカ代表。許せるはずがない。ならば、ここは一転攻勢。我らが冥王国に攻め込むのです」

 賠償ではなく、反撃。レッチアーノは、そう提案していた。

 そして、それは当然の如くフィジンに却下される。

 「軽率な発言は慎んでいただきたい。それが相手の思惑である可能性も――」

 「おお!それは良い!」

 その声が、サロジカの叫びにかき消された。

 馬鹿な、とフィジンは目を見開く。

 「分かってくれますか、サロジカ代表。そう、冥王国は今、統率の取れていない状態に違いない。であるならば、我ら3国が――おっと――3国とエルフ族が力を合わせれば、容易く攻め込めるでしょう」

 「その通りだ、レッチアーノ殿!相手が混乱している今が!今が叩き時!」

 「この好機を逃す手はない、という事ですな。我らの戦力を一か所に集め、大軍団を結成。各国の英雄が揃い踏みする、世界最高の進撃部隊の完成という訳です」

 「素晴らしい!最早、冥王国など恐れるに足らずッ!!」

 握り拳を作り、盛り上がる2人。

 そんな彼らに対して、フィジンは思う。

 (前回のエルフの娘に対する態度もそうだが・・・このサロジカという男、レッチアーノの攻撃的な側面に同調する傾向があるな・・・)

 彼もまた、そういった側面を持ち合わせているがための共鳴だろう。実際、こういった会議の場で荒ぶる場面には何度も出くわしている。

 ここは自分が落ち着いて場を制御しなければ、とフィジンは行動した。

 「お二人とも、少し冷静になられてはどうだ?」

 その横槍とも言うべき発言に、サロジカとレッチアーノは不満気な表情をした。

 クロフェウは成り行きを黙って見守っている。

 「冷静に、とは分からぬ物言いですなあ・・・。フィジン殿は、どうお考えなので?」

 「まずは情報を集めるのが最優先だと考えている」

 レッチアーノの問いに、フィジンは淡々と答えた。

 なぜ冥王国が退いたのか。冥王ドレッドはどうなったのか。

 それを知る必要がある、という事だ。

 「そのような事をしていれば、冥王国が態勢を立て直す時間を与えることになる。今ここで、一気に攻めるのが得策ではないかと思いますがね」

 「それは矛盾していないか?先程、貴殿は『冥王国が疲弊している』と言っていた。それ故に冥王が討たれ、新たな指導者が戦力を撤退させた、と。ならば、態勢を立て直したとしても再度侵攻に及ぶはずはあるまい」

 「これは誤解をさせてしまいましたな。先ほど申し上げたのは、あくまで可能性の1つ。もしそうでない場合を踏まえて、冥王国への進軍を提案したまでです。少なくとも、向こう側に何かが起こったことは確かでしょうから」

 「もしそうでない場合――つまりは冥王ドレッドが健在で、まだ我らと戦う意思があるという事。その場合、同盟軍は冥王国内で敵の全戦力と相対する事になるが?」

 「どうせ、いずれはそうなるのです。むしろ、敵戦力がこれ以上強大になる前に叩くべきだと思いますね、私は」

 その発言には、他の者が知らない情報が含まれていた。

 故に、誰もが興味を持つ。

 「レッチアーノ殿、それはどういう意味か?まるで冥王国の内情を知っているかのよう」

 「冥王国の者の話では、兵力は20万程だと」

 まずサロジカが問い、次にクロフェウが付け足した。

 フィジンも未知の情報に意識を集中する。

 「今まで隠していましたが、私が個人的に繋がりを持っている人物が冥王国にはおりましてね。その者が得た情報では、冥王国の戦力は数年前の比ではない模様」

 「20万ではないのか・・・!?」

 自分達が唯一持ち合わせていた冥王国に関する情報が間違っていると聞き、クロフェウは少しだけ動揺する。それを認めさせるように、レッチアーノは頷いた。

 「クロフェウ殿のその情報、もしや『干民(かんみん)』から得たものでは?彼らは冥王国内では下っ端中の下っ端。正しい情報を持たされているはずもない」

 「な、なんと・・・」

 冥王国の身分制度について、クロフェウも少しばかりは知識を付けていた。それ故、レッチアーノの言っている事に説得力を感じる。

 しかし、だとしたら冥王国はどれ程の戦力を有していると言うのか。

 同盟を組んだ事で多少なりとも安心感を獲得した族長は、冥王国の強大さに改めて戦慄した。

 「レッチアーノ殿。その内通者とは誰だ?」

 フィジンの声には疑いが込められている。

 レッチアーノの言う内通者の存在と、その情報の正否のどちらに対しても疑問を持っていた。

 「申し訳ないが、それは言えませんな。と言うよりも、言っても無駄です。彼はすでに殺されましたから」

 「殺された?」

 「ええ。ほんの少し前の話です。急に連絡が取れなくなりましてね。『連絡がない場合は死んだと思ってくれ』というのが、彼との決まり事でした」

 「その者が誤情報を掴まされたという可能性は?」

 「勿論あるでしょう。しかし、こちらにとって都合の悪い情報を掴ませるとは思えませんが」

 都合の良い情報ならば、油断させるという利点がある。

 その逆ならば、戦意喪失を狙ってのものか。

 (しかし、だとすると・・・)

 戦略として最も効果的なのは、こちらを油断させる事のはず。だがそうではなく、まるで同盟側に「戦力を整えておけ」と言わんばかりの情報がもたらされている。

 こちらの警戒心を高める理由が、フィジンには思い付かなかった。

 (ならば、この者の情報は正しいのか・・・?)

 天守国の代表として、彼女は悩む。

 例え同盟に属する国の者が得た情報だとしても、それを安易に鵜呑みにしてはいけない。しかし、もしその情報が正しいのならば、時間が経つほど戦力差は拡大していく気がした。

 同盟側もある程度の交渉を進めてはいるが、成功する兆しは全く見えないのだ。戦力として多少の期待をしていたエルフ族の護衛も、すでに国を出てしまったと聞いている。

 (いや、それ以前に冥王が反乱にあったという可能性の真偽が・・・)

 とにかく、情報が圧倒的に不足している。

 この場で出た情報の全てが、真実であり虚偽であるように思えた。進展も停滞も、どちらも墓穴を掘りそうである。

 「難しく考える必要はありませんよ、フィジン殿。我ら『対冥同盟』の目的を成し遂げればいいのです。打倒冥王、それだけをね」

 いたって冷静に言うレッチアーノの言葉が、少しだけ説得力を帯びているように思えた。

 しかし、納得できるわけではない。

 「・・・何故、冥王国は力を蓄え続けるのだろうか?」

 「はい?」

 フィジンの唐突な疑問に、レッチアーノも理解できないという声を出す。彼女の中では議論がまだ不十分であり、行動を起こすのはそれを済ませてからでも遅くはないと考えた。

 自国を優先するあまり、そういった連携を今まで軽視してきたのが悔やまれる。

 「レッチアーノ殿の話では、冥王国側は強兵に多大な力を入れている。今まで本格的な侵攻を見せなかったのも、それが理由だろう。だとしたら、その目的はなんだ?」

 「いまさら何を。当然、我らに勝つためでしょう」

 そう、それが答えだ。

 しかし、そのための準備に些か時間を掛け過ぎているとも思える。考えてみれば、テュール律国を攻めるのに将軍1人だけというのも違和感のある話だ。

 考えれば考える程、フィジンの頭の中には混乱が満ちる。

 まるで、冥王国がこちらに気を遣っているように思えてきた。

 「フィジン殿、貴女は深く考え過ぎなのです。これは、そういった複雑な話ではない」

 レッチアーノの諭すような口調が、ひどく気に障る。

 「冥王が存命にしろ亡くなったにしろ、結局我らと向こうは敵同士。ならば敵勢力の後退した今、こちら側が前進するべきなのです。そうする事で、晴れて我らは冥王国の脅威から解放される。いつまでもこのまま、というのは嫌でしょう?」

 それは確かにそうだ。

 しかしそれは、天守国側が思い描いていた想定と異なる。冥王国には他国を攻めてもらい、疲弊した所を追い払う予定だったのだ。

 そのため防衛に専念してきた。再三に渡るテュール律国の救援要請も無視し続けてきた。

 (だが、もし冥王国が更なる力を得るのだとしたら・・・)

 他国を飲み込み、遂には天守国まで侵されるだろう。その時には、天子であるミコトがどうなるか。

 神の血筋の護衛として、相手の力をこちらから削ぐという選択肢も必要なのかもしれない。

 「私はレッチアーノ殿の意見に賛成だ。やはり冥王国には、それ相応の代償を支払わせたい」

 好戦的なサロジカが賛同する。

 それに大きく頷くと、レッチアーノはクロフェウに顔を向けた。

 「クロフェウ殿はいかがかな?」

 「我らエルフ族は少数。他の国々に合わせるしかありません」

 立場を(わきま)えている発言である。

 レッチアーノは満足気に頷くが、フィジンは少し不服だった。

 「それで、天守国はどうなさるので?」

 同盟国の中で何かが決まるには、全会一致が必須である。今ここでフィジンが異を唱えれば、3国の戦力が集結する事はない。

 仕方なく、フィジンは頷いた。

 「分かった・・・いいだろう。しかし、条件がある」

 「なんでしょうか?」

 「戦力の集まる場所は、我が国にしてもらいたい」

 フィジンの――天守国の目標は変わらず、自国と天子を守る事である。

 そのため他国の意向を汲みつつ、自国にとって有利な状況となるよう事を運ぼうとした。ジェイクに語った、自国の防衛力を低下させる行動は絶対にしたくない。

 「いいでしょう。始めからそのつもりでした。なにせ、天守国が丁度真ん中にありますからね」

 レッチアーノにあっさりと承諾され、フィジンは戸惑う。

 今まで頑なに戦力を国外へ出そうとしなかったというのに、不気味なまでの変わり様だ。

 「ただ、一度国に帰って議論はさせてもらいます。もし却下されるようならば、申し訳ありませんが、この話は無しという事で」

 自分から発案しておいて申し訳ありませんが、とレッチアーノは最後に付け足した。

 「3方向からの同時侵攻という線はありませんか?」

 その時、サロジカが別の意見を出す。

 それもまた、効果的な戦略だろう。

 「良い考えだと思いますな。しかし、それが出来れば、今までの冥王国の攻撃に四苦八苦せずに済んでいたはずでしょう。小さな力で各々攻め込むより、大きな力となって一気に突き進む方が効果的かと」

 「確かに・・・戦力では向こうが上。各個撃破は避けたい」

 「その通り」

 「では、私も国に帰って他の者と話をしてきます。――おい」

 振り返り、サロジカは後ろに仕える部下に指示を出した。国に帰る準備をさせるのだ。

 「私も急いで戻らなければ。申し訳ありませんが、これで失礼させていただきます」

 レッチアーノとサロジカが順に小屋を出て行く。

 残ったクロフェウは、黙ったままのフィジンの様子を伺っていた。

 2人とも、この冥王国との戦い、もはや詰んでいるような気がしていたのだ。攻めようと守ろうと、どう足掻いても敗北しかないような気がした。

 力を合わせるのが遅かったのかもしれない。生まれる以前より始まっていた戦いに関して、フィジンはそんな後悔を覚えていた。

 だが1人、小屋を出て行ったレッチアーノだけが、その顔に笑みを(たた)えている。

 それは、今回の彼に与えられた使命――冥王国から寄越された指示を、ほとんど完璧に真っ当できた事に対する喜びであった。

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