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紅蓮の英雄  作者: 時つぶし
冥王国の進軍
69/86

4-16 始まり

 テュール律国とエルフ族から成る連合軍が、グンナガン率いるシオン冥王国軍を打ち負かした話は風のように広まった。今まで敗戦続きだった事もあり、今回の勝利は国民を大いに喜ばせる結果となる。

 また、数で劣る連合軍が勝利を収めたという知らせは、テュール律国を攻める冥王国軍の勢いを著しく低下させた。同時に、三国同盟の中で冥王国に対する抵抗の機運が一気に高まる事となる。後日、これからについて議論をするため、『三か国会議』がロディアス天守国で開かれるとの話だ。

 その時には当然、エルフ族に関する議題も取り上げられるだろう。

 彼らの参戦があったればこそ、戦況が劇的に変わり、圧勝とも言える戦果を収める事が出来たのだ。当初はあまり重視されなかったエルフ族特有の術法であるが、考えてみればこれ程までに便利なものはない。

 植物があれば何でも作る事ができ、量産する事が可能。

 もし人間がその技術を手に入れれば、たちまち草木は枯れ果て、彼らは己の物欲を際限なく満たしていくだろう。欲の浅いエルフだからこそ、『豊穣の女神スース』はその術法を伝えたに違いない。

 戦闘に直接関係しないために評価は低かったが、使う者が使えば、それは莫大な威力を発揮するのだ。それが今回の――『ロドニストの戦い』で証明された。

 だが、忘れてはいけない。

 『ロドニストの戦い』で最も重要な事は、大勢の『干民(かんみん)』を失った事でも、冥王国が初めての敗北を喫した事でもない。

 『いたぶり尽くせり(フルコース)』グンナガン・ピィラハブ将軍が戦死した事である。

 この事は戦闘に参加していた連合軍の誰もが驚愕した事実であり、その武勲を立てた者が名乗り出る事はなかった。それについては諸説あって、「部下に殺された」だの「誰かが仕留め、後にその者も戦死した」だのと言われている。

 詳細は分からない。

 しかし、その事実は他ならぬ冥王ドレッドの心を大いに揺らがせた。

 「グンナガンが・・戦死した・・・・だと・・・!?」

 彼の驚愕はその表情にありありと現れており、それを見た者達に疑問の念を抱かせる。代表して、大将軍であるガロウが問い質した。

 「ドレッド様。何故、それ程までに驚かれるのでしょうか?あの程度の者が死んだとしても、決して意外な事実ではないかと」

 ガロウの中で、グンナガンに対する評価は低い。それだけでなく、グンナガンは冥王国の上層部の者達からあまり好かれてはいなかった。

 戦い方は卑怯で卑劣、女に対する態度は杜撰(ずさん)で、自分が得をするのならば仲間さえ売る。

 そんな者が組織の中で友好関係を築けるはずもなく、グンナガンは冥王ドレッド以外からは孤立していた。そのため、ガロウも少し辛辣な言い方をしたのだ。

 「いや、ガロウ・・・。俺はお前が戦死したと言われても驚きはしないが、奴が・・・グンナガンが戦死したという情報には驚かざるを得ない・・・」

 さらに分からない、とガロウを含む全ての臣下が疑問を覚える。

 「何故でしょうか?」

 「お前は勇敢だ・・・。例え死ぬと分かっていても、構わず戦い続けるだろう・・・。だが、奴は違う・・・。グンナガンは自分が弱い事を知っている・・・。だから、少しでも負けが見えれば容易く退くのだ・・・。敵の手が届かぬよう、周りを強固にもする・・・そんなあいつを、逃がさず討てる程の者がいたという事・・・」

 それがエルフだったのだろうか。だとしたら、彼らに対する自分の評価は的外れ以外の何物でもない。

 ドレッドは己の慢心を恥じた。

 「ミシェーラ。お前の方で、何か情報を掴んではいなかったのか?」

 冥王国――いや、全世界最高の諜報員である女性にドレッドは確認を取る。相変わらず気分の優れない表情をしているミシェーラは、咳払いを1つすると、落ち着いた様子でそれに答えた。

 「いえ・・・。お力になれなく、申し訳御座いません・・・」

 「いや、いい。気にするな」

 恐らくではあったが、ミシェーラは嘘を吐いている。しかし、それはドレッドに対する反逆ではなく、グンナガンに対する嫌がらせに近い。

 まず間違いなく、ミシェーラは敵側の作戦に関する情報を入手していた。だが、それをグンナガンに伝える事なく放置したのだ。別に負けても構わない、と思ったのだろう。

 ドレッドは話にしか聞いていなかったが、グンナガンはミシェーラに何度も言い寄っていたらしく、その際に体に触れた事もあるのだと言う。あまり強く言わないミシェーラはその苛立ちを心の奥底で溜め込み、ついには今回のような行動を取ったと推測された。

 仲間との信頼関係を築けなかった結果、という事だ。

 そして、その損失はあまりにも大きい。

 「御安心ください、ドレッド様。あの者が空けた穴など、シガリット一族が容易く埋めてくれるでしょう」

 冥王の表情に更なる陰りが見えた事から、ガロウが励ますように言う。だが、ドレッドの中でのグンナガンに対する評価の高さが気になり、同時に不服でもあった。

 その理由を、冥王は語る。

 「それは無理だろう。あいつは特別だったんだ」

 「あの程度の者が、特別・・・?」

 「そうだ。――ガロウ。例えば、お前に街を落とすよう指示を出した時、お前ならばどのような手段を取る?」

 突然の質問であったが、ガロウはほとんど間を置かず答える。

 「大軍を率い、力で押し潰します」

 「そう。それがお前だ。真正面からの正々堂々。お前ならばそうする」

 称賛を受けたと思ったガロウは、軽く頭を下げた。

 「しかし、それで無傷なのはお前だけだ。他の者がお前程に強い訳ではない。そういった正攻法というのは綺麗ではあるが、間違いなく手痛い反撃を受ける」

 「む・・・」

 天守国のジェイク・マックスに付けられた額の傷に、ガロウは手をやる。

 「そう。それが証拠だ。お前程の男でも、ジェイクのような相手ならば容易く傷つく。しかし、グンナガンは違う。あいつの選ぶ戦い方はどれも汚い物ばかりだが、結果は基本的に圧勝だ。誰も考えない、考え付いても実行しようとしない効果的な手段を、あいつは選べる」

 「ですが・・・そのような事、誰でも――」

 「出来はしない。ガロウ、お前が『やれ』と言われてやれるか?例え勝利を収めたとしても、記録の残り続ける限り決して消えない汚名を背負う事になるんだぞ?」

 その問いに関して、ガロウは口をつぐむ。

 戦いに勝ったとしても仲間ですら後ろ指を差し、嘲りの眼差しを向けるような状況。後世の者にも、汚い手段で勝っただけの卑怯者と呼ばれ、決して尊敬される事はない。

 それがどれだけの苦境か、ガロウは言われて初めて理解した。

 「正攻法に比べて邪道は忌み嫌われるが、実は絶大な威力を秘めている。しかし、それをやろうとする者は少ない。と言うか、普通はいない。だから、あいつは貴重な人材だったんだ」

 グンナガンを将軍という地位に置いたのも、それが理由である。彼と快楽を求める『干民(かんみん)』の相性は抜群であり、今まで多くの戦果を上げてきた。

 記録係の記した内容を何度も見てきたが、よくもこれだけ残酷な手段を思いつくものだ、と感心した程である。

 この辺りの国々に広まる『記録係』という制度だが、もしかしたらグンナガンのような者が出てこないようにするための抑止力として生まれたものなのかもしれない。

 ドレッドは彼に出会って、そういう考えを持つようになっていた。

 「だが、まあ・・・死んでしまったものは仕方がない。テュール律国には新たな将軍を向かわせるとしよう。――ミシェーラ、誰がいる?」

 孤立無援でよく頑張った、とグンナガンに対する最後の称賛を心の中で済ませ、ドレッドは次なる一手を思索する。

 臨時で軍をまとめている者くらいはいるだろうが、将のいない組織は脆く、なし崩し的に攻め滅ぼされる危険性があった。

 「カシューン、セレ、ファディア、ミリオ、アーキアット・・・ゴホッ・・が待機中です・・・」

 「ん?ミリオの奴、いつの間に帰っていたんだ?顔くらい見せれば良いものを」

 「追加の任務は嫌だ、と・・・現在、引き籠っています・・・」

 その報告を聞き、ドレッドは呆れたように小さく溜め息を吐いた。

 「相変わらずだな・・・。相変わらずのやる気の無さだ・・・」

 「ドレッド様、私が連れて参ります」

 部下の怠慢に怒りを覚えたガロウは、怒気を纏いつつ扉に向かう。

 それを、すぐさまドレッドが制した。

 「いや、止めておけ。と言うか、別の奴が行け。お前が行くと、ミリオがさらにやる気をなくす」

 「では、儂が行ってくるとするかの」

 今度はアレスターが立候補する。

 それがいい、とドレッドも頷いた。

 「頼んだ。師匠筋のお前ならば、あいつもそこまで抵抗しないだろう」

 「あやつは若い上に才能もあるんじゃが、ちと怠け気味なのが難点じゃな。セレのように、少しくらいやる気を見せればいいものを」

 「あいつもあいつで大概だがな。この前など、『王様が力で王位を勝ち取ったのならば、私もやっていいんですよね?』と聞かれたぞ」

 「あの馬鹿者が・・・」

 アレスターは呆れたように(かぶり)を振る。

 セレと呼ばれる人物も、彼の弟子のようなものであった。

 「すまぬな、ドレッド。一応礼儀は叩き込んだつもりだったのじゃが・・・実績を出すにつれ、再び増長し出したようじゃ」

 「構わん。俺も『やれるものならばやってみろ』と言い返しておいたからな」

 「お前も馬鹿じゃな・・・」

 自身の王に向けても呆れてしまうと、アレスターはそれ以上何も言わずに部屋を出て行く。話題に出たミリオのもとに向かうつもりであった。

 そんな彼のために、ゆっくりと扉が開かれる。部屋の内外には兵士が2人ずつおり、見事な両開きの扉を廊下側に動かしていた。

 それ故、ドレッドとアレスターの目に1人の女の姿が映る。

 丁度良くそこにいたのか、その者は驚いたようにアレスターに向けて頭を下げた。

 「おお、ウルカトーレか。珍しいのう、こんな所に」

 「少し、父に用事がありまして」

 「ドレッドにか?まさか将軍にしてくれ、と?」

 「その通りです、アレスター老。私の実力ならば問題はないでしょう?」

 「さあのう。まあ、ドレッドに聞けば良かろうて」

 「ええ。では、失礼」

 アレスターと入れ替わるように、ウルカトーレと呼ばれた女は入室する。王城内ではあったが戦闘用の装備が身に付けられており、今回の謁見に並々ならぬ決意を秘めている事が伝わった。

 「第18王女ウルカトーレ・オーバーロード!父上に申し上げたき儀があり参上しました!」

 顔つきと同じくらいに凛々しい声を上げ、ウルカトーレはドレッドのもとまで歩いて行く。外見的に自分と同じくらいの年齢の娘を、冥王は笑みと共に迎え入れた。

 他の臣下達は、自分達よりも身分の高いウルカトーレのために下がっている。

 「どうした、ウルカ?俺に何か用か?」

 「グンナガンが討たれたと聞きました」

 聞かれた事には答えず、ウルカトーレは言いたい事を言った。そして、それだけで今回の要件が何なのかをドレッドは悟る。

 困ったものだ、とばかりに鼻から息を吐いた。

 「将軍の席が1つ空いたはずです。私をそこに入れてください」

 「まあ待て。以前からお前はそう言っていたが、少しは自分の身分を考えてみろ」

 ()く娘に対して、ドレッドは手で制しながら優しく言う。

 「王女が戦場に出るなど考えられん。お前が勇敢なのは知っている。実力もあると分かっている。しかし、王族が戦場に出たとして、敵に捕まった場合はどうする?交渉材料にされるだけだ」

 王族なのだから、その効果は十分あるだろう。

 かつては総司令官としてドレッドも参戦した事はあるが、戦力の満ち足りた今では余程の事がない限り無用と考えている。それ故、娘であるウルカトーレを戦場に出すつもりはなかった。

 「父上は私を甘く見過ぎです。捕まるような無様を晒すのならば、即刻自害します」

 「だから駄目だと言っている・・・。どうしてお前はそう短絡的なんだ・・・」

 「父上が分からず屋なのがいけないんです。私がしつこいのは、十分承知しているでしょう?」

 「まったく・・・その執着心・・誰に似たのか・・・」

 それは間違いなく貴方だ、とその場にいる臣下達は思った。

 その中の1人――ガロウが2人の会話に割って入る。

 「恐れながら申し上げます、ドレッド様。ウルカトーレ王女殿下の実力ならば、将軍として何ら遜色はないかと」

 「ガロウ大将軍!!」

 ウルカトーレは振り向き、ガロウに向かって満面の笑みを向ける。

 その光景を、ドレッドは眉間に皺を作って見つめていた。

 「どうした、ガロウ・・・?お前ならば『戦場に女が立つなど』と古臭い事を言うはずだろう?」

 「それは実力を伴わない愚かな女のみにで御座います。王女殿下には私も稽古をつけた事があり、今ではその力を更に伸ばしている事でしょう。そこに王女殿下専用の装備である『ライズ・アゲインスト』と『グリッターエグゼ』が備われば、あの『光の剣士』とも対等に戦えるはずです」

 「やけに過剰な評価だな。それに、ウルカについて詳しすぎる。・・・まさか――」

 言ってから、ドレッドはこちらに向き直った娘に視線を向ける。

 少しではあったが、目を逸らしたような気がした。

 「なるほどな・・・。始めから手を貸すよう言われていたのか・・・。用意が良いと言うか・・・」

 「ち、父上が意固地なのがいけないのです!」

 否定もせず、ウルカトーレは父親に原因があると責任転嫁をした。

 困ったように(かぶり)を振ると、ドレッドは仕方がないと口を開く。

 「分かった・・・。今日からお前は『将軍』だ・・・」

 「ほ、本当ですか、父上!?」

 「ああ。だが、無茶はしてくれるなよ」

 「はっ!この命に変えても、国のために尽くします!」

 何も分かっていない、とドレッドは困ったように顔を覆う。

 しかしそこで、自分も責任転嫁をしようとガロウに目を向けた。

 「ガロウ、お前にウルカの指導を任せる。将軍として何をどうすべきか、しっかりと教えてやってくれ」

 「――御意」

 ガロウは嫌な顔ひとつせずに応じる。

 おそらく、始めからそのつもりだったのだろう。

 「よろしく頼むぞ、ガロウ。――では父上、私はこれで」

 「なんだ、もういいのか?将軍として、この場に出席する資格があるんだぞ?」

 「この事を一刻も早く、トリアとリーリーナに教えてあげたいんです」

 トリアとは彼女の実の弟で、リーリーナとは妹である。

 ドレッドは10人を超える王妃を抱えており、その誰とも複数の子を成していた。彼の血を受け継いだ優秀な子供達だが、ドレッドが王座に居座り続けるため、跡取りと言うと少し違う。

 ただそれ故に、王位の奪い合いなどという面倒臭い事とは無縁であった。

 その中でもウルカトーレは少し歳の離れた弟妹(ていまい)を溺愛しており、よく一緒にいる所をドレッドも目にしている。今回の直談判も、姉として2人に良い格好を見せたかったからに違いない。

 「お前達は本当に仲が良いな。トリアとリーリーナにはしばらく会えていないが、元気でやっているか?」

 「それは御自分で確かめてください。ただ、2人とも寂しがっていたとだけは申し上げておきましょう」

 まいったな、とドレッドは笑う。

 王としては上手くやれているとは思うが、父親としてはまだまだ未熟と言わざるを得ない。こればかりは両立が難しいため、数十年の経験を得てもなお悩ましい部分であった。

 どこかに良い見本でもないか、と思うばかりである。

 「分かった。今度、俺の方から会いに行くとしよう。2人にも伝えておいてくれ」

 「はい。――では」

 そう言って、ウルカトーレは去って行く。他の臣下達と比べても遜色のない後ろ姿を見て、ドレッドは己の国が抱える人材の豊富さを誇った。

 将軍という選ばれた地位に属するような人物が死んだとしても、すぐに別の相応しい人間がその穴を埋めてくれる。国の指導者として、これ程の幸福はないだろう。

 それもこれも彼の政策によるものなのだが、自画自賛と言うよりも、良く育ってくれたといった心境である。

 「話が逸れてしまったな。さて、誰を律国に向かわせるかだが――」

 ドレッドが話を戻そうとした瞬間、扉がまたもや開かれる。

 今度は誰だ、と思い目をやると、そこには汗だくの肥え太った男がいた。ギル・ガレオンである。

 「め、冥王様・・・!」

 まるで救世主を見つけた迷い人のように、ギルはドレッドの下まで走って来る。余分な脂肪を揺らしながら走る姿は滑稽であり、ドレッドは笑いを堪えながら待った。

 「どうした、ギル?やけに慌てているな」

 ここまで――彼にしてみれば――長い距離を走ったのか、肩で息を切らした大商人はしばらく言葉を発さない。何度も深呼吸を繰り返すため、ミシェーラに回復魔法でも唱えさせようとしたが、それよりも前になんとか言葉を発した。

 「ドレッド様・・・!グンナガン将軍が・・・討ち死にを・・・!」

 「ああ、知っている」

 「私の・・・!私のエルフが・・・!」

 「お前直属の護衛隊はどうした?」

 「1人を残して・・・死亡・・・!最後の1人も、姿を消しました・・・!」

 見捨てられたか、とドレッドは判断する。

 どのような理由にしろ部下に見限られた瞬間、上に立つ者はお終いだ。従ってくれる者がいるからこその主君であり、彼らがいるからこそ己の希望も叶うというもの。

 おそらく様々な任務をこなしてくれていたであろう護衛隊を失い、ギルの失墜も近いように感じられる。搾り取れるだけ搾り取って、後は葬るのもいいだろう。

 ドレッドは今まで共に歩んできた者に対し、非情な判断を下していた。

 「そうなると、お前の身が心配だな」

 その判断とは異なり、ドレッドは優しい言葉をギルに掛ける。真意は別にあり、それを商人は察する事が出来なかった。

 普段の彼ならば可能だったかもしれないが、『我が身の番人(ガーディアンズ)』を失った今、ギルは己を守る術を探すのに必死だったのだ。

 「お、おお!流石はドレッド様!私の気持ちを御理解してくださっている!」

 「当然だ。お前とは長いからな」

 2人は互いに心を理解しているとでも言うように笑い合う。

 しかし、やはりドレッドの笑みは偽物であった。

 「代わりと言っては何だが、将軍を1人、護衛として貸し出そう」

 「ほ、本当ですか!?」

 ドレッドの提案にギルは喜び、それとは逆にガロウとミシェーラは訝しんだ。

 しかし、今は口に出さない。

 「ミシェーラ。アーキアットにギルの護衛を命じて来い。――ギル。お前も行って、新しい護衛に会って来るといい」

 ミシェーラに指示を出す際、ドレッドは彼女の瞳をじっと見つめた。それが指示となっており、ミシェーラも彼の本意を理解したと頷く。

 それを為すため、彼女の口が少し動いた。

 無論ギルには分からず、ただ単に主君と臣下のやり取りとしか思っていない。

 「ドレッド様、この御恩は一生忘れません!きっと、何らかの形でお返ししますので!」

 「ああ、そうしてくれ」

 ドレッドがそう言って話を終わらせると、

 「では、こちらに・・・」

 と言って、ミシェーラがギルを引き連れて行く。

 2人が部屋を出て行った事で、その場にはドレッドとガロウだけが残った。

 「ミシェーラ。アーキアットには、こう指示を出せ」

  事情を知らぬ者が聞いたら、まず理解できないであろうドレッドの発言。今し方、部屋を出て行ったばかりの臣下に対して、何故か声を掛けている。

 だが、それはしっかりと彼女に届いていた。

 なぜならば、先程ドレッドと目が合った事で、ミシェーラはこの場に1体の『這い寄る影(ファントム)』を置いていったからだ。

 それをドレッドが知覚する事は出来ない。しかし優秀な彼女であるならば自身の考えを察し、適切な行動を取ってくれるだろうと信頼していた。

 彼の中では、それを前提として話を進める。

 「ギルの護衛に専念し、奴の信頼を勝ち取れ。そして奴の全財産、その在処(ありか)を聞き出すんだ。新しい金蔓(かねづる)が見つかり次第、連絡を寄越す。その際にはギルを暗殺し、全てをこの国に持ち帰って来い。――以上だ」

 指示を出し終えたドレッドに、ガロウは尋ねる。

 「あの者も切り時ですか?」

 己の主君の冷徹さを前にしても、彼の中に動揺はない。

 このような事、冥王の理想を実現するためならば、あってしかるべき事態である。

 「そうだ。ギルも最早落ち目。そういった人物を組織に残しておくと、(のち)の弊害となる可能性が高い。奴の財産だけ頂いて、別れにするとしよう」

 「素晴らしい御判断です」

 「本当にそう思っているか?俺は頭で考えず、経験で語る事が多いからな。間違っていると思うのならば、そう言ってくれて構わないんだが」

 「ドレッド様に限って、間違いなど」

 臣下の盲信とも取れる忠誠に、ドレッドは小さく笑った。

 「あまり他人を美化するな、ガロウ。行き過ぎた期待は、時に大きな失望を生む。俺はお前達の事を適切に評価しているぞ」

 「ならば、我らも同じです。ドレッド様こそ、大陸の王に相応しい御方」

 そう言ってくれるガロウに対し、ドレッドはもう何も言わない。ただ、彼らが自分に対して抱く理想に、出来る限り応えてやろうと思うのであった。

 民の理想となる。それが王としての務めなのだから。

 「そういう事にしておこう。――ところで、シガリット一族はどうしている?」

 ガロウが交渉に赴き、見事懐柔に成功した者達の事を問い質す。

 かつてドレッドが王座を奪った際に(たもと)を分かっており、今になって(ようや)く和解できたのだ。それでも会いに行くのは憚られ、シガリット一族に関してはガロウに一任している。

 類稀な戦闘力を誇る大将軍ガロウと、一人一人が達人の域にいるシガリット一族。この組み合わせは心強く、冥王国史上最高の部隊であると断言できた。

 「貧しい生活を送っていたために、多少ですが体付きに難があります。ですので、十分な食事と鍛錬を日課とさせている所です」

 「お前から見て、彼らの出来はどうだ?」

 「申し分ないかと。私が弟子入りしていた頃よりも、優秀な剣士が多くいます」

 「そうか。そいつは重畳(ちょうじょう)

 これまで、ドレッドは戦力の増強に努めてきた。

 それらが功を奏し、今では4か国中最強の軍を作り上げる事に成功している。冥王国における最弱の戦力である『干民(かんみん)』でさえも数を揃えて脅威とし、大将軍や将軍といった稀代の戦士も実力的に言えば他国の英雄並みであった。

 しかし、まだ足りない。

 彼の理想を確実に叶えるためには、もう1つ必要な戦力があった。ここ数年、(おもて)には出さないが、ドレッドはそれを切実に待ち続けている。

 これは足掛け50年の大計画。担当者を何人も変え、多くの労力と財力をつぎ込んできた。

 5年程前に担当者となった臣下は優秀な人物であり、経過も詳細に聞いている。だからこそ、計画の完了が近い事が分かっている。

 今にも扉を開け、その担当者が姿を現すのではないかと、ドレッドは部屋の入口に視線を移した。

 「どうなされました、ドレッド様?」

 その行動を訝しみ、ガロウが声を掛ける。

 扉は閉まったままだ。

 「いや、なんでもない。先程、自分で行き過ぎた期待をするなと言っておいて、だな。まったく、俺とした事が」

 「子細は存じませぬが、ドレッド様の期待に応えられない者が悪いのです」

 この男の実直さ。

 正に大将軍として相応しい人物だ、とドレッドは微笑む。

 「ガロウ、もう下がっていいぞ。お前にも、やらなければならない事があるだろうしな」

 「では、テュール律国へは誰を向かわせましょう?」

 そう言えばそんな話をしていたな、とドレッドは思い出す。

 「誰でもいい。お前が適当に選んで決めてくれ」

 「――御意」

 そう言って頭を下げると、ガロウは背中を向ける。

 そして、部屋を立ち去ろうと足を動かした瞬間、彼の動きは止まった。向かう先である扉が、またもや開かれていたからだ。

 ガロウが出て行くために開かれたにしては早すぎる。その事から誰かが冥王を訪れたのだろうと思われ、先程の思考もあってか、ドレッドは期待を持って来訪者を待ち構えた。

 少しずつ、その者の姿が明らかになっていく。

 長身、加えて長髪の男。真っ黒な髪を後ろに流し、眼鏡の奥にある鋭い眼差しには気品が漂う。

 丸くて平らな、縁の無い灰色の帽子を被っており、その身には紺色の長衣(ながぎぬ)が纏われていた。右手に腕輪、左手の人差し指には指輪を()め、そして首飾りを身に付けている。

 商人ギルのように装飾品で着飾っていたが悪趣味ではなく、むしろ彼の端正な顔立ちをより引き立たせる結果をもたらしている。

 その男の名は、ロキリック・カリバン。若いながらもシオン冥王国随一の頭脳を持ち、ドレッドの参謀として18歳の頃より彼に仕える秀才である。

 扉が開かれていく間、ロキリックは何故か上を見上げ、足を交差させながら腕を大きく広げていた。それは登場を印象付けようとした結果であり、彼はこういった演出を好んでする。

 そんな臣下の姿を捉えた瞬間、ドレッドは勢いよく玉座から立ち上がった。

 「ロキ!戻ったかッ!」

 感極まったかのようにロキリックの名を叫ぶ。感情を曝け出すような行動は、冥王である彼にしてみれば珍しく、それ程の喜びを覚えているのだと分かった。

 「はい。冥王様の腹心にして忠実なる配下――ロキリック・カリバン、ただ今帰還いたしました」

 姿勢を戻し、ロキリックは恭しく一礼をする。

 しばらくして頭を上げると、冥王に向かって優雅な足取りで近づいて行った。そして、2人の傍にまで辿り着くと、今度は片膝を付いて頭を下げる。

 「長期の間、冥王様の御計画を滞らせた事をまずお詫び申し上げます。不肖な我が身をお許しください」

 「馬鹿を言うな。お前のおかげで計画が3年は短縮された。褒めこそすれ、責めるはずなどない。良くやった、ロキ」

 それを聞き、ロキリックは歓喜に彩られた顔をドレッドに向ける。

 「なんと優しき御言葉・・・!このロキリック、生まれて初めて感動を覚えました・・・!」

 相変わらず大袈裟な奴だ、とドレッドは思った。

 それだけ自分を慕ってくれているという事なのだが、本題が逸れる事もあるため軌道修正は早めにしなければならない。

 「それで、ロキ。どうなった?」

 隠しきれない期待を滲ませつつ、ドレッドは任務を終わらせてきた臣下に問う。ロキリックの自信に満ちた笑みが答えとなっていたが、彼の口から成果を聞きたかった。

 「万事問題なく完了しました。おめでとうございます、冥王様。苦節50年、見事な城が出来上がっております」

 「それで、先方は満足してくれたか?」

 「無論で御座います。その証として、お一人だけですが、戦力として貸していただける事となりました」

 その報告を聞き、ドレッドは玉座にゆっくりと座り直す。続いて顔を覆った彼の両手を通して、静かな笑い声が漏れ聞こえた。

 先程ロキリックが言った『苦節50年』、正にそれだ。

 長年ただ1つの取り引きに固執してきており、それが今終わったのだ。

 取引相手が望んだ巨大な城の建設――莫大な費用と人員が必要な工程であり、それを工面するのに様々な苦労を重ねて来たのを思い出す。自国の強兵と並行させつつであったため、何度頭を抱えた事か。

 しかし、それを補って余りある程の戦力を貸し与えられた。

 1人、それだけで全てが終わる程の戦力を。

 「その者は――いや、その方はいつ来る?」

 一国の王でありながら、ドレッドは相手に対する敬意を込めて言葉を発する。そうしなければならない程の存在であり、そうしたくなる程に彼の感情は昂ぶっていた。

 「私の予測では、もうそろそろかと。そうですね・・・あと3秒――」

 と言って、ロキリックは右手の指を3本立てる。

 「2秒――」

 指を1本曲げ、残り2本。

 「1秒――」

 人差し指だけが残り、あと1本。

 「0――」

 ロキリックの指が全て曲げられた瞬間、地響きが城全体を揺るがした。照明が揺れ、物が落ちる音が遠くに聞こえる。玉座に腰掛けるドレッドの体にも、その振動は確かに伝わってきた。

 何も知らない者達は、さぞ驚いた事だろう。しかし、全てを理解しているドレッドは笑みを浮かべていた。

 「ガロウ!暇な奴らを集めて来い!ロキ!俺と共に出迎えに行くぞ!」

 立ち上がりながら、ドレッドは臣下の2人に指示を出す。

 ガロウとロキリックも、了解したと頭を下げた。

 「場所は中庭かと思われます。ここからでは西の階段から向かった方が早いかと」

 足早に歩き出したドレッドに向かって、ロキリックが言う。冥王に続くようにガロウも歩き出しており、さらに続くようにロキリックも後ろに付いた。

 玉座の間を出て、すぐにガロウだけが離れる。

 「喜べ、ガロウ!ジェイクと再戦するという、お前の希望!それも間もなく叶う!」

 その彼に向かって、ドレッドはそう語る。

 来たる戦いに胸を躍らせ、ガロウは主君に見えないよう頭を下げてから、獰猛な笑みを作った。

 「その時は、ドレッド様の理想の礎となれるよう、身命を賭して戦います」

 「頼もしいな!期待しているぞ!」

 ドレッドは、自分が予想以上に高揚しているのを理解していた。しかし、それを隠そうとせず、声にして外側へと発する。

 今回の出来事は彼と彼の国にとって、そして何より彼の理想にとって、それだけの意味を持っていた。

 「冥王様の御機嫌麗しく、私の心も歓喜で満ち溢れております」

 「全てはお前のおかげだ、ロキ!」

 主君の喜びに対しロキリックが感動を表すると、彼の働きをドレッドが賛美する。

 そして、その仕事ぶりに対する褒美を与えねば、と考えた。

 「そう言えば、お前にはまだ称号を与えていなかったな!ロキよ、どうのような物を望む!?」

 この地域に存在する称号という制度。

 功を上げた配下の者に対して、主君が与える一種の勲章である。しかし、その価値は大きく、国によっては高い地位を約束されもした。

 そして称号は、主君が相応しい物を考えたり、与えられる配下が自分で希望した物を申告したりして作られる。今回ドレッドは、ロキリック自身に考えさせようとしていた。

 「冥王様の御心より生まれ出づる輝かしき名でしたら、どのような物でも」

 「そうか!ならば――」

 そこでドレッドは考える。

 そして、彼の成果に相応しい言葉を思いついた。

 「ロキよ!お前に与える称号は、『終わりの始まり(エンドロール)』だ!これより、その名に『終わりの始まり(エンドロール)』と付ける事を許す!」

 「有り難き幸せ・・・!」

 涙でも流さんばかりに震えた声を発し、ロキリックは口元を手で覆った。

 大袈裟な反応ではあったが、今回ばかりは気にしない。ドレッド自身、それくらいの感動を覚えていたからだ。

 王という身分でなければ、子供のように駆け出していた事だろう。自分に付き従ってくれる者がいなければ、このような喜びを味わう事も出来なかっただろう。

 目的地へと向かう間、ドレッドは様々な事に思いを巡らせる。

 この手に掛けたかつての主君、自分の理想に最初に共感してくれた友アレスター、すでに死んでしまった数々の戦友、自分が裏切った者達、自分を裏切った者達、協力者、反逆者、愛した存在、憎んだ存在、新しい命、消えゆく命、苦悩の日々、喜びの日々、どれもこれもが――。

 しかし、その時間もついになくなった。

 彼の目の前には、中庭へと続く扉がある。この先に、目的の存在が待っているのだ。

 体中を期待が駆け巡り、拳を力強く握り締めさせる。心臓は鼓動を早め、喉はすでに乾き切っていた。

 それでも意を決し、扉の取っ手を掴み、開ける。それだけの行動が、今の彼には神聖な儀式にすら感じられた。

 そして外に出た彼を、光ではなく影が覆う。

 ドレッドはその影を生み出す存在を、ゆっくりと見上げた。

 「――っ!」

 2対の双眸が冥王を見下ろす。

 闇のように深淵な、巨大な瞳。

 「ロキリック・・・」

 「はっ!」

 感極まったドレッドの呟きに、ロキリックはすかさず応える。

 ごくり、と喉を鳴らすと、ドレッドはこう告げた。

 「たった今より・・・計画の開始を宣言する・・・。最早、力は満ちた・・・。この大陸は、我が理想の下に統一されるだろう・・・。全ての者に準備を進めるよう・・・指示を出して来い・・・」

 「御意!」

 ロキリックが力強い了解を返す。

 そう、遂に始まるのだ。始まってしまうのだ。

 冥王ドレッド・オーバーロードが率いるシオン冥王国、それが抱える世界最強の戦力が今、動き出す。

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