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第9話:誓いの意味と、ささやかな目標

僕の素っ頓狂な声に、リナは一瞬きょとんとしたが、すぐにその表情を綻ばせた。それは、これまでの彼女からは想像もできない、本当に嬉しそうな、花の咲くような笑顔だった。


「カイ殿にとっては、ただの錆落としだったのかもしれません。ですが、私にとっては、失った魂を取り戻していただいたのと同じことなのです。この御恩、決して忘れません」

「いや、だからと言って命を捧げるなんて…! 僕は、そんな大層なことをしたつもりは…」


僕が必死に弁解しようとしても、リナは静かに首を振るだけだった。彼女の決意は、僕が修復した『刹那』の刃のように、固く、揺るぎないものらしかった。

この異常な事態を見かねて、ギルドマスターのドルガンさんが、わざとらしく咳払いをして割って入った。


「まあ、リナの気持ちも分からんでもない。だが、カイ君が困惑しているのも事実だ。こうしてはどうだ、リナ。主従の誓いなどという重いものではなく、まずはカイ君の『パートナー』として、彼の身を守り、助けてやるというのは」

「パートナー…ですか?」

「うむ。見たところ、カイ君は常識を超えた力を持つ反面、自身の価値や危険に無頓着すぎる。Aランクのお前が側にいれば、要らぬ揉め事から彼を守ってやれるだろう。カイ君にとっても、悪い話ではあるまい?」


ドルガンさんの提案は、一種の妥協案だった。リナは少し考え込んだ後、僕に向き直った。

「カイ殿。あなたの隣にいる許可を、いただけますか。あなたが望むなら、どんな依頼でも共にこなし、あなたの望む生活を守るための力になります」


その真剣な眼差しに、僕はもう反論する言葉を見つけられなかった。正直なところ、これ以上注目を浴びるのはごめんだ。Aランクの彼女が側にいれば、面倒な輩を追い払ってくれるかもしれない。


「…分かりました。僕でよければ。よろしくお願いします、リナさん」

「はい、カイ殿!」


僕がようやく頷くと、リナは再び、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、”絶華”の異名とは程遠い、一人の女性としての素直な喜びに満ちていた。


こうして、僕は図らずも、Aランクの最強剣士とパートナー(彼女の認識では、おそらく主従)の関係を結ぶことになった。

僕たちはドルガンさんとポーション先生に礼を言うと、工房を後にした。


ギルドのホールに戻ると、空気が一変した。

冒険者たちの視線が、突き刺さるように僕たち、特に僕に集中している。ささやき声が、あちこちから聞こえてきた。

「おい、見ろよ…“絶華”のリナ様だ…」

「隣にいるの、昨日のルーキーじゃねえか? 月光草の女王を持ってきたっていう…」

「リナ様の剣…呪いのオーラが消えてるぞ!? まさか、あの新人が治したのか!?」

「リナ様が、あんな穏やかな顔で誰かと一緒にいるなんて…」


その好奇と畏怖の混じった視線に、僕は身を縮こまらせる。しかし、僕の隣を半歩下がって歩くリナが、すっと冷たい視線を周囲に向けると、冒険者たちは慌てて目をそらし、口をつぐんだ。その様は、まるで女王を守る近衛騎士のようだ。


(うぅ…余計に目立ってる…)


僕の心の声が聞こえたわけではないだろうが、リナは僕を気遣うように、少しだけ歩調を速めてくれた。

ギルドの外に出て、フロンティアの喧騒の中を並んで歩く。しばらく、どちらも口を開かなかったが、やがて僕の方から切り出した。


「あの、リナさん。本当に、良かったんですか? Aランクのあなたが、僕みたいなFランクと組むなんて…あなたの評判に傷がつきます」

「カイ殿。ランクなど、私にとってはもはや何の意味もありません」


リナは、足を止めて真っ直ぐに僕を見た。

「私は、ずっと死に向かって歩いていました。日に日に剣は重くなり、魂は蝕まれ、剣士としての誇りも未来も、全て諦めていた。そんな私に、あなたは未来をくれたのです。あなたが何ランクであろうと、私にとって、あなたは世界でただ一人の恩人であり、尊敬すべき御方です」


その言葉には、一片の曇りもなかった。

「それに…」と彼女は続ける。

「あなたは、ご自身の力がどれほど規格外か、本当に理解していない。その無垢さは、美徳であると同時に、最大の弱点にもなり得ます。悪意ある者たちが、あなたを利用しようと群がってくるでしょう。私は、それを許さない。ただ、それだけです」


彼女の覚悟を前に、僕はもう何も言えなかった。彼女は、本気だった。

「…分かりました。では、改めて。これから、よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いいたします、カイ殿」


僕たちは、ようやく本当の意味でパートナーになった。

「それで、カイ殿。これからどうなさいますか? 何か受けたい依頼でも?」

「いえ…。その前に、やりたいことが一つあって」

「何でしょう? どんな難題でも、私がお手伝いします」


リナの力強い言葉に、僕は少し苦笑しながら答えた。


「家を、探したいんです」


「……へ?」


リナが、今度こそ本当に素っ頓狂な声を上げた。

「い、家、ですか?」

「はい。今は安い宿屋に泊まっているんですが、どうせなら、腰を落ち着けられる場所が欲しいな、と。できれば、小さな畑や、ちょっとした作業ができる庭付きの、静かな家がいいんですが」


僕のあまりにも現実的で、ささやかな目標に、リナは完全に意表を突かれたようだった。彼女は、僕が「世界の真理を探求する」とか、「失われた古代文明の謎を解く」とか、そういった壮大な目的を持っているとでも思っていたのかもしれない。


数秒後、彼女はくすくすと、堪えきれないように笑い出した。

「ふふっ…あはは! そうでした。あなたは、そういう御方でしたね。承知いたしました。家探し、ですね。フロンティアの不動産事情なら、私も多少は詳しいです。最高の物件を探し出してみせましょう!」


さっきまでの騎士のような佇まいはどこへやら、彼女はまるで新しい楽しい冒険を見つけた子供のように、目を輝かせている。

僕のフロンティアでの目標。

それは、世界の謎を解くことでも、最強の冒険者になることでもない。

ただ、静かで、穏やかで、快適な「自分の家」を手に入れること。


僕のささやかなスローライフへの道は、最強のパートナーを得て、少しだけ騒がしく、そして、思ったよりもずっと楽しいものになりそうな予感がしていた。

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