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第10話:始まりの家と、遠い残響

「家、ですか…」

僕のあまりにも現実的な目標に、リナはしばらく呆気に取られていたが、すぐに状況を理解し、その目をキラキラと輝かせた。彼女にとって、僕の望みを叶えることは、何よりも優先すべき使命のようだった。


「承知いたしました、カイ殿! このリナが、フロンティアで最高の住まいを見つけ出してみせます!」


Aランク冒険者の行動力は、凄まじかった。

彼女はすぐに街の不動産を扱う商会へと僕を連れて行くと、受付の者を一瞥しただけで奥の責任者へと通された。リナの”絶華”という異名とAランクのギルドカードは、ここでは何よりの通行証になるらしい。


商会の責任者は、最初こそ僕のFランクのカードを見て訝しんでいたが、隣に立つリナの存在に気づくと、態度を豹変させて丁寧に対応してくれた。

僕たちが希望を伝えると、彼はいくつか候補を挙げてくれた。街の中心部にある便利なアパート、商業区に近い頑丈な石造りの家。だが、どれも僕が望む「静かで、庭付き」という条件には合わなかった。


「うーん…」

僕が首を捻っていると、責任者は何かを思い出したように、少し言いにくそうに口を開いた。

「実は…もう一軒だけ、条件に合う物件がございまして。街の西のはずれにある、庭付きの古い一軒家です。工房として使われていた離れもございます。ですが、あそこは…少々、『訳あり』でして」


「訳あり、ですか?」

「はい。その土地は、魔力の流れがどうにも不安定でしてね。『囁きの森』に隣接しているせいか、植物は育たず、住んだ者は皆、原因不明の体調不良を訴えてすぐに越していくのです。ここ何年も、誰も住み手がいないのですが…」


魔力が不安定な土地。普通なら、誰もが避ける曰く付き物件だ。

だが、僕にとっては、これ以上ないほど魅力的な話だった。



僕とリナは、その足で問題の物件を見に行くことにした。

街のはずれ、高い城壁が途切れるあたりに、その家はあった。噂通り、敷地は広く、母屋の隣には立派な離れもある。だが、庭は雑草が生い茂り、家も壁はひび割れ、窓は薄汚れ、全体的に陰鬱な雰囲気が漂っていた。


「カイ殿、ここは…」


リナが、警戒するように眉をひそめる。

「空気が重い。確かに、魔力の流れが乱れています。普通の人間が長く住めば、精神に異常をきたしかねません」


しかし、僕の反応は全く違った。

創成魔法の感覚で、この土地の状態を読み取る。リナの言う通り、魔力の流れは滅茶苦茶だ。まるで、調律の狂った楽器のように、不協和音を奏でている。

だが、それは悪意ある呪いなどではない。ただ、整えられていないだけ。僕にとっては、散らかった部屋や、少し複雑なパズルのように見えた。


(面白い…これなら、僕が住みやすいように、全部作り変えられる)


「ここにします」

僕が即決すると、リナは驚いて僕を見た。

「本気ですか、カイ殿!?危険です!」

「大丈夫ですよ、リナさん。少し、掃除が必要なだけですから」


僕はそう言うと、敷地の中心へと歩いていき、その地面にそっと手を置いた。

「掃除…?」

リナが訝しむ中、僕は創成魔法を、今までにないほど広範囲に、そして深く発動させた。


イメージするのは、完璧な調和。

この土地に流れる全ての魔力が、淀みなく、穏やかに循環する様を。

僕の手のひらから、柔らかな銀色の光が波紋のように広がり、屋敷の敷地全体を覆い尽くしていく。


まず、地面が変わった。

不協和音を奏でていた魔力の流れが、美しいハーモニーを奏でるように整えられていく。土地に満ちていた重く、よどんだ空気が、まるで嘘のように浄化され、清々しい風が吹き抜けた。

次に、庭だ。

生い茂っていた雑草が、その生命活動を終えてハラハラと崩れ、肥沃な黒土へと変わっていく。地面はなだらかに整地され、庭の隅には、キラキラと輝く小さな小川まで創り出されていた。

最後に、家そのもの。

壁のひび割れは、まるで傷が癒えるように塞がっていく。薄汚れた窓ガラスは、内側から輝きを取り戻して水晶のように透き通り、屋根の傷みも、基礎の歪みも、全てが完璧な状態に「修復」されていく。


ほんの十分ほどの間に、陰気な廃墟だった場所は、まるでおとぎ話に出てくるような、美しく、清浄な空気に満ちた理想の住処へと生まれ変わっていた。


「…………」


リナは、目の前で起きた天変地異のような光景に、もはや驚くという感情すら失い、ただ呆然と立ち尽くしていた。

僕が彼女の方を振り返る。


「さて、と。これで、安心して住めますね」


僕がにっこり笑うと、彼女はようやく我に返り、そして、深いため息をついた。その顔には、畏怖と、尊敬と、そしてほんの少しの呆れが混じっていた。

この一部始終を見ていた不動産商会の責任者が、腰を抜かさんばかりに驚き、この土地と家をほとんど譲渡に近いような破格の値段で僕に売ってくれたのは、言うまでもない。


こうして僕は、フロンティアに来て早々、自分の家を手に入れた。

僕の「のんびり静かに暮らす」という目標は、最高の形で達成されたのだ。



…その頃。

フロンティアから遠く離れた、とある街の薄汚い酒場。

『紅蓮の剣閃』のメンバーは、重い空気の中でテーブルを囲んでいた。


「クソッ! また依頼失敗かよ!」


リーダーのアレクが、テーブルを拳で叩きつける。彼の鎧はところどころ凹み、自慢の剣も輝きを失っていた。


「しょうがないだろ! ポーションが途中で尽きたんだから!」

「ゴランの盾も、すぐにガタが来たしな!」


タニアとゴランが、互いをなじるように言い返す。

カイを追放してからというもの、彼らのパーティは明らかに弱体化していた。完璧に修復された装備も、最高品質のポーションも、快適な野営も、もうない。一つ一つの依頼が、以前の何倍も困難になっていた。彼らは、失って初めて、あの「雑用係」がいかに重要な存在だったかを、骨身に染みて感じ始めていた。


「…全部、あのカイって奴のせいだ」


アレクが、憎々しげに吐き捨てる。

自分たちの凋落を、追放したはずの男の幻影のせいにして、彼らは今日もまた、不毛な責任のなすりつけ合いを続けるのだった。


――一方、フロンティアの西のはずれ。

新居の庭で、僕はリナと一緒に、これからどんな野菜やハーブを植えようかと、楽しそうに話し合っていた。

夕焼けが、僕たちの新しい家を、優しく照らしている。


僕の穏やかな日々は、まだ始まったばかりだ。

遠い街で響く、過去の残響に、気づくこともなく。

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