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第15話:失敗作とゴーレムの行進

僕の新しい家での生活は、驚くほど順調に進んでいた。

リナとセレスティーナという二人の「保護者」の存在は、当初こそ息が詰まる思いだったが、慣れてしまえば、これほど心強いものはない。リナは、僕が街で受ける好奇の視線や、面倒な冒険者の絡みを、その鋭い気配だけで完璧にシャットアウトしてくれた。セレスティーナは、教会を通じて僕への過剰な期待や陳情をうまくさばき、僕が「今は静かに祈りの時を過ごしている」という、都合のいい聖人像を広めてくれていた。


彼女たちのおかげで、僕は望み通り、ほとんどの時間を自分の家と庭で過ごすことができた。

そして今日、僕は離れの工房で、新しい発明に取り組んでいた。


きっかけは、先日街の鍛冶屋を訪れた時のことだ。職人たちが、炉の火力を一定に保つのに苦労しているのを見た。彼らの技術では、鋼の品質を上げるための高温を安定して維持するのが難しいのだ。

(もっと効率的な熱源があれば、この街の武具のレベルも上がるだろうな)

僕にとっては、それは解決可能な、興味深い課題だった。

僕は、ガラクタ市で買ってきた鉄クズと、ギルドで安く譲ってもらった魔石をいくつか作業台に並べた。創成魔法で、それらの構造を解析し、再構築していく。


イメージするのは、前世の電気炉やアーク溶接の原理。魔石から魔力を引き出し、それを極めて高効率な熱エネルギーに変換するユニット。さらに、創成魔法で創り出した特殊な合金のノズルから、その熱を一点に集中させて噴射させる。僕は、それを『魔力式高効率炉心マナ・バーナー』と名付けた。

これがあれば、燃料の木炭も少量で済むし、何より、誰でも簡単に超高温を安定してコントロールできるはずだ。


「よし、試作品ができた。ちょっと試運転してみるか」


僕は、完成した手のひらサイズのユニットに、小さな魔石をセットした。スイッチを入れると、ユニットは静かに駆動を始め、ノズルの先端から、目には見えないほどの熱風が噴き出し始めた。工房の隅に置いた鉄クズが、あっという間に赤熱し、溶け落ちていく。


「うん、出力は問題ないな。魔力消費も…安定している。これなら実用化できそうだ」


僕は、自分の発明に満足し、しばらくその性能テストに没頭していた。

工房の外で、とんでもないことが起こり始めているとは、夢にも思わずに。



その日、リナは日課として、屋敷の周囲の警備を行っていた。

カイが結界を張っているため、基本的には何も起こらない。だが、彼の身を守ることが、今の彼女の存在意義だった。

彼女が森との境界線を見回っていた時、ふと、地面が微かに振動していることに気づいた。


「…地震?」


いや、違う。これは、もっと規則的で、方向性のある揺れだ。

リナは、卓越した聴覚で音のする方角を探る。森の奥。何かが、こちらへ向かってきている。それも、相当な数だ。

彼女はすぐさま屋根の上に駆け上り、森の方向を睨んだ。そして、その目に信じられない光景が映る。


「…ゴーレム!? なぜ、こんな場所に!」


森の木々をなぎ倒し、こちらへ向かってくるのは、全身が岩でできたストーンゴーレムの群れだった。一体一体が三メートルはあろうかという巨体で、その数はざっと見て三十体以上。それはもはや、討伐対象などではなく、災害だった。


「セレスティーナ殿!」


リナの鋭い声に、母屋の窓からセレスティーナが顔を出す。

「リナさん! これは…!」

「原因は不明ですが、敵の目標は、明らかにこの屋敷です! あなたはカイ殿の側を離れず、聖なる結界で家を守ってください! 私が、ここで食い止めます!」


セレスティーナは頷くと、すぐさま祈りの詠唱を始めた。屋敷全体が、柔らかな光のドームに包まれていく。

リナは、屋根から飛び降りると、愛剣『刹那』を抜き放った。呪いから解放され、カイによって生まれ変わったその剣は、主の闘志に応えるように、清冽な輝きを放つ。


「カイ殿の平穏は、私が守る…!」


銀色の閃光が、進撃してくるゴーレムの群れの先頭へと躍り込んだ。


リナの剣技は、まさに芸術だった。ゴーレムの豪腕が振り下ろされるのを、紙一重でかわし、その懐に潜り込む。そして、的確にゴーレムの動力源である心臓部の魔石コアだけを、一閃のもとに貫く。

活動を停止し、崩れ落ちるゴーレム。だが、敵の数は多すぎる。一体倒しても、すぐに次の二体が襲いかかってくる。


「くっ…!」


その時、リナの身体が、温かい光に包まれた。

「リナさん! 神の御加護を!」

母屋のテラスから、セレスティーナの支援魔法が飛んでくる。リナの身体能力が強化され、疲労が軽減されていく。さらに、セレスティーナが創り出した光の壁が、ゴーレムたちの進路を塞ぎ、リナが戦いやすいように陣形をコントロールしていた。


最強の剣士と、聖女の完璧な連携。

二人は、Aランク冒険者パーティでも苦戦は必至のゴーレムの群れを相手に、一歩も引かずに戦い続けた。

だが、ゴーレムの行進は、一向に止まる気配がなかった。



「うーん、少し出力が不安定かな…」


工房の中で、僕はまだ『魔力式高効率炉心』の調整に夢中だった。外の激しい戦闘音も、僕の耳には「試運転による共鳴音か、あるいは風の音かな?」程度にしか届いていなかった。


しかし、さすがに地面の揺れが大きくなってきたことに気づき、僕はようやく顔を上げた。

「なんだか、今日はやけに揺れるな…」


不思議に思い、工房の扉を開けて外に出た瞬間、僕は目の前の光景に固まった。

庭先が、クレーターだらけになっている。そして、銀色の剣士と白金の聖女が、巨大な岩の人形を相手に、まるで神話の戦いのような光景を繰り広げている。


「あれ、リナさん、セレスティーティーナさん。何かあったんですか? すごい音がしますけど」


僕の呑気な声に、二人が同時に振り返った。

「「カイ殿(様)!?」」

二人の顔には、「なぜあなたがここに!?」という驚愕がありありと浮かんでいる。


僕が状況を把握できずにいると、リナがゴーレムの一体を切り捨てながら叫んだ。

「工房から出てはいけません! ここは危険です!」

「え、はあ…。でも、この岩の人たちは一体…?」


僕は、戦闘の余波でこちらに飛んできたゴーレムの腕の破片を拾い上げ、創成魔法で分析してみた。ただの岩と土だ。だが、その内部に、微弱な魔力の流れが残っている。その波長は…。


僕は、自分の手の中にある『魔力式高効率炉心』に目を落とした。試運転中に、ユニットが発していた魔力波長と、ゴーレムの残骸が持つ波長が、酷似していた。

つまり、ゴーレムたちは、僕が作ったこの装置の魔力に引き寄せられていたのだ。


「ああ、もしかして、このせいかな」


原因が分かれば、対処は簡単だ。

僕は、ユニットの側面にある、魔力周波数を調整するための水晶のダイヤルを、くいっと回した。


その瞬間、あれほど猛然と襲いかかってきていたゴーレムたちの動きが、ぴたり、と一斉に止まった。

彼らは、まるで目的を失ったかのように、きょろきょろと辺りを見回し始め、やがて、興味を失ったように踵を返し、森の奥へと、のっしのっしと帰っていったのだ。


後に残されたのは、激戦の跡が生々しい庭と、倒された十数体のゴーレムの残骸。

そして、剣や杖を構えたまま、呆然と立ち尽くすリナとセレスティーナ。


二人の視線が、僕の持つ小さな金属の箱に集中する。


「カイ殿…今のは…それは、一体…?」

リナが、かすれた声で尋ねる。

僕は、少しバツが悪そうに頭を掻いた。


「え? ああ、これですか。鍛冶屋の炉の温度を上げるための道具です。少し試運転をしていただけなんですが、どうも、ゴーレムみたいな魔物を引き寄せる性質があったみたいで…。失敗作ですね、これは。また作り直します」


僕にとっては、意図しない副作用を持つ、ただの「失敗作」。

だが、彼女たちにとっては、Aランク級の魔物の大群を意のままに呼び寄せ、そして一瞬で退散させることができる、伝説級の魔法具に見えたに違いなかった。

僕と、僕をとりまく世界との認識のズレは、もはや修正不可能な領域にまで達しつつあるようだった。

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