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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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監獄都市インフェルノ

魔術騎士団本部、団長室――


 その空気は、雷雲のように張り詰めていた。


「……それは、いつの話だ」


 ザイランの声は低く、だが鋭く室内に響く。


 報告していたのは、黒と赤の制服を着た真面目な風貌の男。

 第三部隊・新隊長――〈デルタ・ロンウェル〉


「今朝未明、東門から出立を確認しました。……第十部隊、五名全員。そして、ルカ副隊長も同行している模様です」


 整った顔立ちに焦りを滲ませつつも、姿勢は正しい。

 その誠実さゆえに、余計に気まずさが伝わる。


「……あの馬鹿が」


 ザイランは怒りを圧し殺すように目を伏せた。

 拳を机に置くと、書類の山がわずかに揺れた。


「目的地は?」


「明言はされていません。が、痕跡の向き、進路の傾向から――」


「インフェルノ、か。」


 その言葉に、空気がピリッと震えた。


 雷が落ちる直前のような沈黙。

 それを破ったのは、ふっと吐かれた一つの溜息だった。


「……もういい。下がれ」


「はっ」


 デルタが頭を下げ、部屋を出る。


 そして、その静寂の中。

 扉が閉じた直後、第一部隊副隊長〈ラナ・シトラ〉が珈琲を差し出した。


「……"沈黙の戦帝"。」


 言葉というよりも、独り言のように漏らした呟き。


「何か、仰いましたか?」


 ラナが首を傾げる。


「いや、何でもない」


 ザイランは珈琲を口にし、書類に目を戻した。

 その視線の奥底には、燻るような怒りと――僅かな、哀しみが宿っていた。


 



 


 監獄都市〈インフェルノ〉――


 王都から遥か東、荒野の果てに建てられた“犯罪者の街”。

 一つの都市が、まるごと牢獄へと変貌した異形の地である。


 高くそびえる外壁と、鉄と魔法の結界。

 出入口は一つのみ。中に入れば、“出る術は無い”。


 この街は四つのブロックに区分され、それぞれを"四人の王"が支配していた。


 


【暴徒街】


 瓦礫と血の匂いが染みついた地。

 喧騒と悲鳴、笑い声、そして怒号――

 そのすべてが混ざり合い、狂気の渦を作るブロック。

 

 巨大な男が、瓦礫の上で呻く囚人の頭を踏み潰した。


「……俺の名を汚す奴は、殺す」

 

 〈ロデオ・バロック〉

 “暴虐の主―タイラントキング―”


 岩のような体、刈り上げた頭から束ねたドレッド。

 顔には焼印のような鉄仮面、背中に斧と大剣、腰に巻き付けた“戦利品"である骨飾り。


 かつて、ある国の闘技場で無敗を誇った剣闘士。

 王族すらも斬り捨て、無法者を引き連れ、残虐の限りを尽くした男。


「他に……死にたい奴はいるか?」


 狂った笑みが、太陽を遮るかのように影を落とした。


 


【亜人街】


 空気が違う。

 空を裂くような咆哮。

 岩壁をくり抜いたような街並みの中を、獣たちが我が物顔で歩く。


 無骨な王座に座り、酒を喰らう猛獣。


「……今日もヒトの臭いが鼻につくのぉ」


 〈ラオ・ウルグ〉

 “百獣の魔王―ビーストキング―”


 研ぎ澄まされた爪に刃のような牙。

 黄金の鬣をなびかせ、眼光鋭く睨みつける獅子の獣人。


 その獣は、三国を滅ぼした伝説の“魔王”。

 獣人、鬼人、竜人らを従え、エルステリア王国にまで侵攻した。

 その猛威は、魔術騎士団の連合をもってようやく止められた。


「グルルルァ……牙が疼くわい」


 唸るような低声に、周囲の亜人たちは静かに首を垂れる。


 


【狂信街】


 死の匂いが漂っていた。

 廃教会に似た建物の中、祈る者たちは骸骨のように痩せ細り、時折笑いながら意味のない言葉を呟く。


「――ちがう、ちがうちがうちがうちがうちがうちがうッ!!」


 突如、怒声が木霊した。

 腰をくねらせ、足元の信徒を何度も蹴りつける女。


 〈シャム・エルゼ〉

 “血塗られた聖女―アンデッドクイーン―”


 臙脂色の足まで伸びる髪、生気を感じさせない青白い肌。

 白のローブは血に染まり、瞳は爛々と狂気に光る。


 死者蘇生の禁術を追い求め、150人以上を生贄に捧げた女。

 この世界に存在する、唯一の死霊術師ネクロマンサー

 理性はすでに崩れ、ただ激情と執着のみが彼女を動かしている。


「もっと、もっとよ……神は、私だけを見てくださるはずなの……ッ!ねぇそうでしょ……?ねぇ、 ねぇぇぇっ!!」


 ヒステリックな叫び声が、廃虚中に響いた。


 


【静寂街】


 不思議なことに、この一帯は“静か”だった。


 他のブロックのような怒声も、咆哮も、狂気の祈りもない。

 空気すらも澄んでおり、まるで“罪”を忘れたかのような世界。


 だが、静寂は不気味なほどに深く――

 気配を読むことすら困難な、異質な空間だった。


 その中心、廃れた建物の奥――

 暗闇の中、“王”が静かに佇んでいる。


 名前も正体も分からない。

 ただ、一つだけ知られているのは――


 異名。

 “沈黙の戦帝―サイレントキング―”。


 その人物のもとへ、今――一人の男が向かおうとしていた。


 



 


 砂嵐が吹き抜ける中、

 旅人のような六人の影が、監獄都市インフェルノへと近づいていた――。



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