監獄都市インフェルノ
魔術騎士団本部、団長室――
その空気は、雷雲のように張り詰めていた。
「……それは、いつの話だ」
ザイランの声は低く、だが鋭く室内に響く。
報告していたのは、黒と赤の制服を着た真面目な風貌の男。
第三部隊・新隊長――〈デルタ・ロンウェル〉
「今朝未明、東門から出立を確認しました。……第十部隊、五名全員。そして、ルカ副隊長も同行している模様です」
整った顔立ちに焦りを滲ませつつも、姿勢は正しい。
その誠実さゆえに、余計に気まずさが伝わる。
「……あの馬鹿が」
ザイランは怒りを圧し殺すように目を伏せた。
拳を机に置くと、書類の山がわずかに揺れた。
「目的地は?」
「明言はされていません。が、痕跡の向き、進路の傾向から――」
「インフェルノ、か。」
その言葉に、空気がピリッと震えた。
雷が落ちる直前のような沈黙。
それを破ったのは、ふっと吐かれた一つの溜息だった。
「……もういい。下がれ」
「はっ」
デルタが頭を下げ、部屋を出る。
そして、その静寂の中。
扉が閉じた直後、第一部隊副隊長〈ラナ・シトラ〉が珈琲を差し出した。
「……"沈黙の戦帝"。」
言葉というよりも、独り言のように漏らした呟き。
「何か、仰いましたか?」
ラナが首を傾げる。
「いや、何でもない」
ザイランは珈琲を口にし、書類に目を戻した。
その視線の奥底には、燻るような怒りと――僅かな、哀しみが宿っていた。
◆
監獄都市〈インフェルノ〉――
王都から遥か東、荒野の果てに建てられた“犯罪者の街”。
一つの都市が、まるごと牢獄へと変貌した異形の地である。
高くそびえる外壁と、鉄と魔法の結界。
出入口は一つのみ。中に入れば、“出る術は無い”。
この街は四つのブロックに区分され、それぞれを"四人の王"が支配していた。
【暴徒街】
瓦礫と血の匂いが染みついた地。
喧騒と悲鳴、笑い声、そして怒号――
そのすべてが混ざり合い、狂気の渦を作るブロック。
巨大な男が、瓦礫の上で呻く囚人の頭を踏み潰した。
「……俺の名を汚す奴は、殺す」
〈ロデオ・バロック〉
“暴虐の主―タイラントキング―”
岩のような体、刈り上げた頭から束ねたドレッド。
顔には焼印のような鉄仮面、背中に斧と大剣、腰に巻き付けた“戦利品"である骨飾り。
かつて、ある国の闘技場で無敗を誇った剣闘士。
王族すらも斬り捨て、無法者を引き連れ、残虐の限りを尽くした男。
「他に……死にたい奴はいるか?」
狂った笑みが、太陽を遮るかのように影を落とした。
【亜人街】
空気が違う。
空を裂くような咆哮。
岩壁をくり抜いたような街並みの中を、獣たちが我が物顔で歩く。
無骨な王座に座り、酒を喰らう猛獣。
「……今日もヒトの臭いが鼻につくのぉ」
〈ラオ・ウルグ〉
“百獣の魔王―ビーストキング―”
研ぎ澄まされた爪に刃のような牙。
黄金の鬣をなびかせ、眼光鋭く睨みつける獅子の獣人。
その獣は、三国を滅ぼした伝説の“魔王”。
獣人、鬼人、竜人らを従え、エルステリア王国にまで侵攻した。
その猛威は、魔術騎士団の連合をもってようやく止められた。
「グルルルァ……牙が疼くわい」
唸るような低声に、周囲の亜人たちは静かに首を垂れる。
【狂信街】
死の匂いが漂っていた。
廃教会に似た建物の中、祈る者たちは骸骨のように痩せ細り、時折笑いながら意味のない言葉を呟く。
「――ちがう、ちがうちがうちがうちがうちがうちがうッ!!」
突如、怒声が木霊した。
腰をくねらせ、足元の信徒を何度も蹴りつける女。
〈シャム・エルゼ〉
“血塗られた聖女―アンデッドクイーン―”
臙脂色の足まで伸びる髪、生気を感じさせない青白い肌。
白のローブは血に染まり、瞳は爛々と狂気に光る。
死者蘇生の禁術を追い求め、150人以上を生贄に捧げた女。
この世界に存在する、唯一の死霊術師。
理性はすでに崩れ、ただ激情と執着のみが彼女を動かしている。
「もっと、もっとよ……神は、私だけを見てくださるはずなの……ッ!ねぇそうでしょ……?ねぇ、 ねぇぇぇっ!!」
ヒステリックな叫び声が、廃虚中に響いた。
【静寂街】
不思議なことに、この一帯は“静か”だった。
他のブロックのような怒声も、咆哮も、狂気の祈りもない。
空気すらも澄んでおり、まるで“罪”を忘れたかのような世界。
だが、静寂は不気味なほどに深く――
気配を読むことすら困難な、異質な空間だった。
その中心、廃れた建物の奥――
暗闇の中、“王”が静かに佇んでいる。
名前も正体も分からない。
ただ、一つだけ知られているのは――
異名。
“沈黙の戦帝―サイレントキング―”。
その人物のもとへ、今――一人の男が向かおうとしていた。
◆
砂嵐が吹き抜ける中、
旅人のような六人の影が、監獄都市インフェルノへと近づいていた――。
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