それぞれの道
――事件から五日後。
騎士団本部の一室、静かな医療室にゲルマの声が響いた。
「……調子はどうだ、ええ?おい!」
窓から差し込む午後の光の中、ベッドの上で静かに横たわるシルヴィアは、微かに目を開いた。
「……あら、ゲルマさん。来てくれたんですかぁ?」
シルヴィアの声はいつもと変わらず、穏やかで優しい。
「ふん。左目、開かねぇか……まぁ、命があっただけマシだな」
ゲルマはそうぼやきながらも、ふっと目を伏せた。
「みなさん……ご無事ですか?」
「あぁ。第二以外、大した被害はねぇ。」
「そうですか、よかった……」
ふっと、柔らかな安堵の笑みが浮かぶ。
「ところでぇ……お見舞いの品は、ないんですかぁ?」
「ぬっ……!」
◆
王城内・王室応接間。
窓のない静かな部屋に、ザイラン・ヴァレントは整然と立っていた。
その前で、セレーヌ・エルステリアは深く思案の表情を浮かべている。
「結論から申し上げます。記録保管室を中心に、王宮、教会、神託院すべての登録記録を調査いたしましたが……“ネフェルティア”という名は、一切の文書に確認できませんでした」
ザイランの口調は冷静だった。
「査定記録にも、魔力資質の登録にも、痕跡は皆無。偽名の使用、もしくは関係者の協力による記録の改ざんが行われた可能性が高いと考えます。フィノ・バッカスもそれに関与した可能性があり、現在尋問中です」
「……そうですか」
セレーヌは静かに頷く。
「今回の事件……ネフェルティアという女が、その中心にいた可能性は高い……」
その名を口にするたび、嫌な悪寒が背筋を撫でていく。
記録に一切の痕跡が残っていないという事実が、何よりも“異質”さを物語っていた。
「この件について、第一部隊が正式に調査を進めてください」
セレーヌの声音は、いつになく厳しかった。
「調査対象はネフェルティア、そして“完成品”及び"特別製呪具"の入手経路です。教会の内部協力者の洗い出しも優先事項とします」
「……承知いたしました。調査には諜報に長けた第三部隊とも連携を取らせていただきます」
ザイランは深く頭を垂れた。
その姿に、セレーヌは一瞬だけ――誰にも見せない、ほんのわずかな憂いの色を瞳に宿らせた。
「これ以上、誰かがリュミアのような最期を迎えることのないよう……お願いします」
それが命令であり、祈りであり、第一王女としての決意だった。
◆
第四部隊、魔術研究所。
「……第六部隊はいつでも歓迎いたしますよ、フィーラさん」
そう言ったのは、研究所に顔を出していたアネッサだった。
「……わたしが、治癒部隊に?」
フィーラが目を丸くする。
「あなたの魔力は極めて希少です。必ず人の助けになるでしょう。そして何より、その心が素晴らしい。治癒魔法には技術も必要ですが、それ以上に、人を想う心が支えになると思っています」
「うぅ……プレッシャーが……でも、頑張ってみたい気もします」
横でルカが小さく頷く。
「やってみたらいい。誰かの命を救えるなら、迷う必要なんてないさ」
「……そう、だねっ!」
そんな彼らの様子を、ファルメルは微笑ましげに見ていた。
その時だった。
「おーい、小僧っ!いるかー?」
無遠慮な声が研究所に響いた。
「……あー、嫌な予感しかしない」
ルカが顔をしかめた瞬間、扉を勢いよく開けて入ってきたのは、あの男だった。
「おー、いたいた!おい、明日出発するぞ!」
「……は?」
「旅だよ、旅!まぁ、付き合えって!」
第十部隊隊長――レイヴン・バーンズ
自由すぎるその振る舞いに、場の空気が騒然となる中。
ルカは諦めたように、ため息をついた。
「……なんで俺が付き合う必要が?」
「お前は弱い!だから強くなるために来い!文句あるか?」
「いや……でも俺は一応、第三部隊の……」
「よぉし決まりぃ!デルタには話つけといてやるよ!明日の朝一出発なっ!東門だ!今日はあんま深酒すんなよっ!」
まるで嵐のように去っていくレイヴン。
残されたルカは、なんとも言えない顔でその背中を見送った。
「……結局、行くの?」
フィーラがそっと問う。
「……まぁ、どうせ無理矢理にでも連れて行かれるんだろうしな。あの人に付き合うのは骨が折れそうだけど……確かに強くなる必要はある」
そう呟いて、ルカはフィーラを見た。
「フィーラ……少しの間だけ、ここを離れてもいいか?」
ほんの一瞬、フィーラの目に寂しさが宿った。
だがそれは、すぐに覚悟へと変わる。
「……うん!私も強くなっておく!」
二人は決断した。
それが互いのため、己のため、そして"誰かのため"になると信じて……。
" 信じた者は、裏切られる "
この世界の残酷な不条理が、ニヤリと笑みを溢した。
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