影の騎士が残した物
迷宮の調査隊が到着したのは、リュミアの死から十五日後のことだった。
報告にあった骸の山は影も形もない。
魔法陣もすでに光を失い、沈黙している。
迷宮の最下層――不気味に広がるその空間に、ただ一つ、腐敗したリュミアの死体だけが転がっていた。
全ては隠蔽された後。
教会へ繋がる証拠は、何一つ残されていない。
捜査は振り出しに戻りかけていた。
だが――リュミアは、最後まで“戦って”いた。
調査員の一人が、ふと足を止めた。
「……これは」
崩壊した魔法陣の一つ。
その痕跡の中に、不自然な“重なり”がある。
〈魔性投影〉
――魔法陣や魔道具に仕掛ける極めて高位の術。
触れた者の“魔力の波長”を記憶し、後から特定可能とするトラップ魔法だ。
"魔力の波長"とは、個人を識別するための魔術的な“指紋”のようなものである。
たとえ魔法陣が破壊され、転移先が消失していても――
そこに触れた者が“誰”だったのかがわかれば、糸口はつかめる。
「解析班、急げ」
指示と共に動いた一同。
数分後、術式に残された波長が可視化された。
直ちに伝達用の魔道具〈黒羽〉が放たれる。
◆
黒羽は、一日と数時間を経て騎士団本部へと届いた。
すぐさま波長の個人識別が行われ、その内容が告げられる。
送られてきた波長は四十一名分。
そのうち三十九名が個人特定され、全員が教会関係者だった。
その中の一人に、枢機卿イオルドの名もあった。
逃れようのない確たる証拠だった。
ザイランは即座に、関係者全員の身柄確保を命じた。
各部隊が速やかに動き出す。
中央大聖堂には第二部隊。
南方聖堂には第五部隊。
東方聖堂には第七部隊。
西方聖堂には第九部隊が向かった。
遠方の教会には、王都への出頭命令書が送られ、各街区の保安部隊が対応にあたった。
――そして、事件は起きた。
◇
王都中央大聖堂。
その荘厳な扉が、きぃ……と軋む音を立てて開かれる。
白とオレンジの制服に身を包んだ第二部隊が中へと踏み入った。
静寂。 だが、空気は不穏だ。
最前を歩くのは、第二部隊隊長。
淑やかな大斧使い――〈シルヴィア・カロリア〉
ふんわりとした口調で、しかし確かな眼差しを向ける。
「お邪魔しますぅ……。イオルド様はご在宅ですかぁ?」
その声に呼応するように、聖壇の奥、重厚なカーテンが揺れた。
ゆっくりと現れたのは、深紅の司教装束に身を包んだ男――
枢機卿〈イオルド〉
白銀の髪を撫でつけ、目元には薄い笑み。
だがその笑みの中に、どこか焦りを含んでいた。
「これはこれは、騎士団の諸君。お忙しい中わざわざ……本日は何用で?」
「ええ、とっても忙しいんですぅ。なのでぇ、速やかにご同行いただけると助かるんですけど」
イオルドは静かに答える。
「同行?……なるほど。貴様ら、我らが神の教えを『裁く』つもりか?」
「いえいえ、裁くのは王様ですよぉ? 私たちは、運ぶだけ」
「ふん……滑稽な戯れ言を。信仰を冒涜する貴様らが、神の怒りを受けるがいい」
その瞬間、床の文様が激しく脈動し、光が溢れた。
各所に待ち伏せていた神官たちが姿を現し、呪具を構えて一斉に動き出す。
シルヴィアの眉が僅かに下がった。
「……あらあら、抵抗しちゃうんですねぇ」
巨大な斧を肩から下ろし、彼女はため息混じりに一歩を踏み出す。
「じゃあ――」
金色の魔力が爆ぜる。
「おしおき、ですねぇ」
刹那。
床が砕け、神壇が吹き飛び、聖堂の空気が爆風でねじ曲がった。
第二部隊と教会勢力との、本格的な交戦が始まった――。
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