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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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54/120

影の騎士が残した物

迷宮の調査隊が到着したのは、リュミアの死から十五日後のことだった。


 報告にあった骸の山は影も形もない。

 魔法陣もすでに光を失い、沈黙している。


 迷宮の最下層――不気味に広がるその空間に、ただ一つ、腐敗したリュミアの死体だけが転がっていた。


 全ては隠蔽された後。

 教会へ繋がる証拠は、何一つ残されていない。

 捜査は振り出しに戻りかけていた。


 だが――リュミアは、最後まで“戦って”いた。


 調査員の一人が、ふと足を止めた。


「……これは」


 崩壊した魔法陣の一つ。

 その痕跡の中に、不自然な“重なり”がある。


〈魔性投影〉

 ――魔法陣や魔道具に仕掛ける極めて高位の術。


 触れた者の“魔力の波長”を記憶し、後から特定可能とするトラップ魔法だ。

 "魔力の波長"とは、個人を識別するための魔術的な“指紋”のようなものである。


 たとえ魔法陣が破壊され、転移先が消失していても――

 そこに触れた者が“誰”だったのかがわかれば、糸口はつかめる。


「解析班、急げ」


 指示と共に動いた一同。

 数分後、術式に残された波長が可視化された。


 直ちに伝達用の魔道具〈黒羽〉が放たれる。



 黒羽は、一日と数時間を経て騎士団本部へと届いた。


 すぐさま波長の個人識別が行われ、その内容が告げられる。


 送られてきた波長は四十一名分。

 そのうち三十九名が個人特定され、全員が教会関係者だった。

 その中の一人に、枢機卿イオルドの名もあった。


 逃れようのない確たる証拠だった。


 ザイランは即座に、関係者全員の身柄確保を命じた。


 各部隊が速やかに動き出す。


 中央大聖堂には第二部隊。

 南方聖堂には第五部隊。

 東方聖堂には第七部隊。

 西方聖堂には第九部隊が向かった。


 遠方の教会には、王都への出頭命令書が送られ、各街区の保安部隊が対応にあたった。


 ――そして、事件は起きた。



王都中央大聖堂。


 その荘厳な扉が、きぃ……と軋む音を立てて開かれる。


 白とオレンジの制服に身を包んだ第二部隊が中へと踏み入った。


 静寂。  だが、空気は不穏だ。


 最前を歩くのは、第二部隊隊長。

 淑やかな大斧使い――〈シルヴィア・カロリア〉


 ふんわりとした口調で、しかし確かな眼差しを向ける。


「お邪魔しますぅ……。イオルド様はご在宅ですかぁ?」


 その声に呼応するように、聖壇の奥、重厚なカーテンが揺れた。


 ゆっくりと現れたのは、深紅の司教装束に身を包んだ男――


 枢機卿〈イオルド〉


 白銀の髪を撫でつけ、目元には薄い笑み。

 だがその笑みの中に、どこか焦りを含んでいた。


「これはこれは、騎士団の諸君。お忙しい中わざわざ……本日は何用で?」


「ええ、とっても忙しいんですぅ。なのでぇ、速やかにご同行いただけると助かるんですけど」


 イオルドは静かに答える。


「同行?……なるほど。貴様ら、我らが神の教えを『裁く』つもりか?」


「いえいえ、裁くのは王様ですよぉ? 私たちは、運ぶだけ」


「ふん……滑稽な戯れ言を。信仰を冒涜する貴様らが、神の怒りを受けるがいい」


 その瞬間、床の文様が激しく脈動し、光が溢れた。


 各所に待ち伏せていた神官たちが姿を現し、呪具を構えて一斉に動き出す。


 シルヴィアの眉が僅かに下がった。


「……あらあら、抵抗しちゃうんですねぇ」


 巨大な斧を肩から下ろし、彼女はため息混じりに一歩を踏み出す。


「じゃあ――」


 金色の魔力が爆ぜる。


「おしおき、ですねぇ」


 刹那。


 床が砕け、神壇が吹き飛び、聖堂の空気が爆風でねじ曲がった。


 第二部隊と教会勢力との、本格的な交戦が始まった――。



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