広がる波紋
エルステリア王国・国境付近――テナン荒原。
かつて幾度となく戦場と化したこの地は、今や人跡未踏の魔物の群生地と化していた。
風が唸り、砂が舞う。
死の気配があたり一面に染み込んだ荒地の中心。
巨大な地竜の屍の上に、一人の異様な男が腰を下ろしていた。
黒く傷んだ髪に、棒切れのような刀。
鍛え抜かれた筋肉には無数の古傷が刻まれ、彼の過去を物語る。
そして今、彼は酒瓶を片手に空を仰いでいる。
その背後に、気配を消してもう一人の男が現れた。
青みがかった白髪に、感情を失ったような無機質な瞳。
貴族のような気品と殺し屋のような冷気を帯びた、整然とした立ち姿。
魔術騎士団第十部隊副隊長
《オーフェン・ロックウッド》
「隊長、お手紙っす」
「あ? ラブレターか?」
「……まあ、団長からのですけど」
「破り捨てろ」
「でも、まあまあエグい内容っすよ」
男はなおも酒を煽り続ける。
が、次の言葉でその手が止まった。
「リュミアが殉職したそうです」
……ピタリ。 沈黙。
「……誰にやられた」
「さぁ。知りたけりゃ戻ってこい、とのことです」
男の舌打ちが空気を切る。
「ちっ……あのむっつり眼鏡め……」
地竜の死骸に突き立てていた刀を、ギリと音を立てて引き抜く。
魔術騎士団第十部隊隊長
《レイヴン・バーンズ》
現代最強と謳われるその男が、ついに王都への帰還を決意する。
◆
その頃――王都、魔術騎士団本部。
ルカとセレーヌは、ザイランからの召喚を受けて本部を訪れていた。
荘厳な会議室で、ザイランは静かに口を開く。
「いかに実力を見せたとはいえ、実績もなく隊長の座を与えるわけにはいかない」
セレーヌが深く頷く。
「既存の第三部隊副隊長、デルタ・ロンウェルを正式に隊長へ昇格させる。ルカには、その副隊長の席を用意しよう」
すでに話は整っていた。
第三部隊副隊長
《デルタ・ロンウェル》
短く整えた黒髪と冷静な眼差し。
その実力は、リュミアの陰に隠れてはいたが、傀儡師としては一級。
「ありがとう、デルタさん」
「いえ。第三部隊の全員が、リュミア隊長の意思を継ぐ覚悟でおります。どうか、ご安心を」
黒と赤の制服。副隊長章。
それを手渡されたルカは、言葉少なに頷いた。
◆
一方その頃、教会の上層部――
枢機卿三名と数人の大司祭たちが、一室で激しく言い争っていた。
「迷宮の件は万全なんだろうな!」
「騎士団め、余計なことしよって……」
「なぜあの場所が漏れた……誰が漏らした……!」
緊張と焦燥に満ちた空気。
その中に、コツ、コツ、と硬質な足音が響く。
現れたのは、フードを深く被った少女。
血のように赤い髪、白磁のような肌。
足取りは静かだが、気配は異様な重圧を孕んでいる。
「騎士団が教会の真実に気づくのも時間の問題ですね」
「なに……?!ネフェルティアはどうした!」
怒りに震える枢機卿の声を前に、少女は柔らかく笑った。
「ネフェルティア様はもう戻られません。……ああ、伝言が一つ」
少女は一歩前に出て、囁くように続ける。
「『そろそろ潮時。利用されているとも知らず、今までご苦労さまでした』……だそうです」
「き、貴様……!」
その怒号を受け流すように、少女は続ける。
「置き土産に特別製の呪具を百個ほど。それと"完成品"を一つ、ご用意しました。……せいぜい、自分の身くらいは守れるといいですね」
くるりと背を向ける。
その背に、白く光る魔力が宿っていた。
教会の中枢に、音もなく“崩壊”の足音が迫っていた。
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