残酷な調べ
パルトナでの視察を終え、セレーヌと第五部隊の一行は王都への帰路に就いていた。
警備のための馬車列は簡素なものだったが、第五部隊による警戒は怠っていない。
――だが。
森を抜けたその瞬間だった。
霧が、立ち込めた。
「……っ。前が、見えない……!」
御者の声と同時に、ガツンという鈍い音が響いた。
前方を走っていた騎士の一人が、何かに弾かれて馬から転げ落ちる。
「敵襲――!」
叫びと同時に、霧の中から“それ”は現れた。
実戦により鍛えられた筋肉。
肌には不気味な入れ墨が這い、左手には黒い細槍。
モヒカン頭に、狂気を孕んだ目。
「王女様、みぃーつーけたぁー」
「こいつ……まさか、タダラン……!」
フィノが名前を叫ぶ。
裏社会では知らぬ者はいない、凶名高き殺し屋。
「おお、いるいるぅ!一度やってみたかったんだよなぁ……騎士団の隊長さんとよぉ」
舌なめずりするような声と共に、槍を構えるタダラン。
「王女を下がらせろ!」
セズが即座に指示を飛ばし、自身は前へと進み出る。
「セズ、気をつけろ。奴は霧の魔法で視界を奪う」
「ああ……」
風がうねった。
セズの背後に風の陣が巻き起こる。
《烈風陣―ゲイル ドライブ―》
――風魔法により身体強化を施し、重い大剣すら疾風のように振るう技。
霧が巻き、視界が限られる。
しかしセズは微細な風の流れで敵の位置を読む。
「……行くぞ」
セズが地を蹴った。
タダランも同時に細槍を構え、殺気と共に突撃する。
二人の武器が交差する。
風を裂くような剣の音と、槍が霧を穿つ音が重なり合い、戦場を貫いた。
タダランの動きは鋭く、霧の中で残像のように揺れ、間合いを誤らせる。
「避けてみな!」
槍の連撃が襲いかかる。
セズは風の流れを頼りに紙一重でいなし、大剣で反撃する。
激戦。
何度も交差し、互いにかすり傷を負いながら、やがてセズの一撃がタダランの肩を裂いた。
「ぐあっ……!」
よろけたタダランが、狂ったように笑う。
「やっぱやるねぇ……だけど……これがあるんだよねぇ」
懐から取り出した呪具を、そのまま腕に叩きつける。
ゴウッ、と空気がうねる。
タダランの筋肉が異常に膨張し、血管が浮かび上がる。
目の色が濁り、唸るような咆哮が漏れる。
「ははっ……こっからが本番だぜ!」
その一撃は地を割り、衝撃が空間を揺らした。
だが、セズは焦らなかった。
風を纏い、大剣に集中させる。
呼吸を整え、心を沈める。
《嵐牙斬―テンペスト ファング―》
セズの必殺の一閃が、風を切り裂き、タダランの胸元を貫いた。
「ぐっ……あぁ……っ!!」
タダランが崩れ落ちる。
「技術を捨てたな。力だけでは、騎士には勝てん」
セズは呟くと、王女の安否を確かめに向かう。
フィノがセレーヌの側に控えており、彼女は無傷だった。
「お怪我は?」
「ええ、無事です……ありがとう、セズ隊長」
「当然の務めです」
セズは深く一礼した。
「誰の差し金か……戻ったら尋問ですね」
セレーヌの目に、一瞬、鋭い光が宿る。
「今は、とにかく王都へ」
◆
パルトナから王都までの道のりは約四時間。
タダランの奇襲以降、警戒を強めて進んだが、道中それ以上の襲撃はなかった。
王都の門を潜り、無事の帰還に胸を撫で下ろす一行。
そこへ第三部隊の隊員数名が「お待ちしておりました」と出迎える。
神妙な面持ちで、言葉を続けた。
「ご報告がございます……」
セレーヌは、その空気に直感する。
「……リュミア・セトーが、殉職いたしました」
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