王女の狙い
朝霧が晴れた稽古場に、乾いた剣の音が響く。
――ギンッ!
セズ・クローネの剣が、木人の胴を断ち切った。
額から落ちる汗を拭いもせず、彼は剣を構え直す。だが、その目には焦燥と苛立ちが色濃く滲んでいた。
(モーディの暴走を止めたのは、あの少年……本来、あれは俺の役目だったんだ……!)
リネールでの一件。
呪具の破損による解析困難。
ザイランに言われた「失望させるな」という重い言葉。
セズは己の無力さに打ちのめされていた。
その悔しさを噛み殺しながら振るう剣は、徐々に荒さを増していく。
「……くそっ!」
怒声とともに振り下ろした一閃が、木人を粉砕した。
その時だった。
「その辺にしとけよ」
稽古場の入り口から聞こえた、気の抜けた声。
振り返ると、そこには第五部隊副隊長――フィノ・バッカスが立っていた。
「……フィノか」
剣を下ろしたセズに、フィノは肩をすくめて歩み寄る。
「焦ってもいいことないだろ」
「……分かってる。分かってるんだが……」
「まぁ、お前は昔からそういう奴か」
二人は同期だった。
真っ直ぐで誠実なセズと、器用で状況判断に長けたフィノ。
光と影、表と裏のような関係。
だが、だからこそ互いを理解し合い、信頼し合ってきた。
フィノは手に持っていた任務書をひょいと差し出す。
「新しい任務だとよ」
「……護衛任務?」
「ああ。ちょいと変わり種だがな」
「護衛対象は……?」
フィノの口元がニヤリと歪む。
◆
王都より少し北西――パルトナの街。
その神託院にて、第一王女セレーヌが視察に訪れていた。
通常ならば、王族の護衛は第一部隊の任だが、今回は本人の強い希望により、第五部隊が選ばれた。
「……なぜ、俺たちを?」
疑問をぶつけたセズに、セレーヌは微笑んで答える。
「興味本位です」
その曖昧な言葉に、セズは何も言えなかった。
神託院の門をくぐると、出迎えたのは大司教・シェルドン。
肥えた体躯に金糸の法衣をまとい、いかにも「上層」という雰囲気をまとっていた。
「ようこそお越しくださいました、王女殿下」
「本日はご案内、感謝いたします。子供たちと触れ合えるのを楽しみにしておりました」
創業話や規則などの堅苦しい説明を聞きつつ、
子どもたちと笑顔で接するセレーヌ。
その一方で、視線は院内の隅々までを射抜くように巡らせていた。
そして――。
「ところで、大司教様」
「はい、なんでしょう?」
「この神託院からは、何人の子が“受けた”のですか?」
その言葉はさらりと放たれた。
「……受けた、とは?」
「もちろん、“祝福の儀”です」
空気が一変した。
笑顔を崩さず、しかし明確に核心を突く。
(……祝福の儀……?)
セズは思わず王女を見た。
リネールでルカに問いかけられた言葉。
胸の奥に不穏なざわめきが生まれる。
だが、声には出さなかった。
「な、なんのこと、でしょう……?」
シェルドンは目を泳がせた。
「まぁ、大司教様ともあろうお方がお忘れですか?ほら、年に一度開かれる、あの……」
セレーヌがとぼけるように続けると、側近の一人が慌てて助け船を出す。
「セレーヌ王女、それは“祈願の祭典”のことでは……」
“祈願の祭典”
四歳を迎えた子供たちが、神ネザリウスへ祈りを捧げる――とされる年に一度の祭事。
「あっ、そうそう、それです。それでした」
白々しい笑顔で訂正するセレーヌ。
「こ、この院にいる子供たちも皆、既に……祈りを捧げております」
「そうですか、それは良かった」
その微笑の奥、王女としてではなく、一人の正義を求める者としての決意があった――。
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