鉄壁の少女とぬいぐるみの戦士
リュミアが迷宮へと向かってから、すでに二週間が過ぎていた。
「……まだ、何の連絡もありません」
セレーヌが眉を寄せて呟いたその言葉に、場の空気がわずかに重たくなる。
第三部隊はついに、捜索班の派遣を決定した。
◆
一方その頃、ルカは窓辺に立ち、外で修行に励むフィーラの姿を静かに見つめていた。
青と白、二属性の制御を行き来しながら何度も失敗し、それでも立ち上がり続けるその姿。
小さな背に宿る覚悟が、見る者の胸を打つ。
(……ネフェルティア)
あの狂気をまとった女の言葉が、今も脳裏を離れない。
――器の候補は、もう一人。
それが、フィーラなのではないか。
答えは出ない。ただ、そう考えるだけで心が冷たく締めつけられた。
そんなとき、背後から声がかかる。
「ルカくんは修行しなくていいのかい?」
振り向けば、そこには茶菓子と資料の束を抱えたファルメル。
「君は、あの子を守る“騎士”なんだろ?」
「……ああ」
小さく答えると、ファルメルは唇をつり上げた。
「エリアと戦ってみるかい?」
「……は?」
一瞬、意味が理解できなかった。
◆
言われるがままに案内されたのは、研究棟の奥にある訓練室の一室。
そこには、すでにエリアが立っていた。
黒のワンピースに無表情。
そして、変わらずその腕には小さなぬいぐるみ。
「本当に、やるのか?」
「大丈夫。ちゃんと手加減するから」
意図の噛み合わない会話。
言葉は優しいが、どこか淡々としすぎていて、不穏だった。
やがて、エリアはぬいぐるみを床にそっと置く。
「ポコさん……バトルモード」
その瞬間。
ぬいぐるみ〈ポコさん〉が、ぴょこりと立ち上がる。
自らの意思を持つように、ゆっくりと歩き出す。
そして次の瞬間――
「っ……!」
肉が膨れ、骨格が伸び、毛並みが逆立つ。
数秒後、そこにいたのは身の丈三メートルにもなろうかという巨体。
悍ましい、筋肉質な熊の魔獣へと変貌した。
くりくりした目はそのままだが、威圧感はまさに戦闘兵器。
「なん……だ、これ……」
「うん。まぁまぁ、控えめだね」
ファルメルの言葉が遠くに響く。
次の瞬間、ポコさんが咆哮した。
轟音と共に床が振動する。
巨体がルカへ突進してくる!
「──ッ!」
影を踏んで跳び下がり、辛うじて衝突を回避。
《Shade Bind―シェイド・バインド―》
足元から闇の拘束が走る。
が、ポコさんはそれを力任せに引きちぎり、前進を止めない。
重量とパワーが桁違いだ。
「……マジかよ」
息を整え、再び距離を取る。
「……やるしかないな」
ルカの指先に、黒い魔力が灯る。
《Dusk Lance―ダスク・ランス―》
鋭利な黒の槍が形成され、一閃。
黒槍が唸りを上げてポコさんへ突き進む――!
が。
《絶対障壁―サンクタム・ヴェイル―》
エリアの囁きと共に、透明な膜がポコさんを包み込んだ。
ズガァンッ!!
爆風が巻き起こり、床が抉れる。
だが、ポコさんは無傷。
「……は?」
呆然とするルカの背後で、ファルメルが解説を加える。
「あれがエリアの魔法、〈絶対障壁〉。展開中はあらゆる外部干渉を拒絶するよ」
「……じゃあ、どうやって倒せってんだよ……!」
「んー、それを考えるのが今回の試練だよねぇ」
茶目っ気たっぷりに微笑むファルメルと、無言のエリア。
眼前には、びくとも動かずこちらを見据える熊の巨影。
(まずいな……)
ルカは汗を滲ませながら、ゆっくりと構え直した。
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