進む先
修行開始から、十日が経った。
第四部隊の研究所。
その一角、普段は使われていない静かな角部屋には、今日も淡い青の魔力が漂っていた。
「……よし、休憩しよっか」
ファルメルの声に、フィーラは息を吐く。
空気に溶けるように、青い光が消えていく。
「すごいよフィーラちゃん、もう青は完璧じゃない?」
ファルメルが感嘆したように声をあげ、微笑む。
「……この短期間でここまで魔力を制御できるなんて、凄い才能だよ。そろそろ次……“白”に移ってもいいかもしれないね」
「はい……!」
フィーラは汗を拭いながら、明るく答えた。
その瞳には、揺るぎない意志の光が宿っていた。
◇
その夜。
街の明かりが静かに灯り、〈蛙のみぎあし亭〉の小部屋には、ふたりきりの時間が流れていた。
ルカは窓辺に腰をかけ、外の景色をぼんやりと見ていた。
フィーラはベッドの縁に座り、少しの沈黙のあと、口を開いた。
「ねぇ……わたし、ちゃんとやれてるかな」
「……ああ。十分すごいよ」
「でも、まだ魔法としては形にならないし……五属性なんて、やっぱり無理なんじゃないかって、ちょっとだけ不安になって……」
その言葉に、ルカはふっと息をついた。
そして、振り返る。
「フィーラは、オレが見てきた誰よりも強い」
「え……?」
「今まで色々あった、それでも誰かのために立ち上がろうとしてる。……だから、信じてる。フィーラならできるって」
「ルカ……」
ルカは、そっとフィーラの頭に手を置いた。
「……フィーラがいなきゃ……きっとオレは、今も、ずっと闇の中だったと思う。 フィーラが助けてくれたんだ……ありがとう」
「そんなの、当たり前だよ。だって……わたし……」
言いかけた言葉は、胸の奥で止まった。
ルカはそのまま微笑む。
ふたりの距離が、ほんの少しだけ近づいた。
その時だった。
「──ッ……!」
ルカの頭に、激しい痛みが走る。
視界がぐらつき、立っていたはずの身体が崩れ落ちそうになる。
「ルカ!? ルカ、大丈夫!?」
フィーラの声が遠くなっていく――
──精神世界
真っ黒の水面に浮かぶ、小さな木の舟。
その中央に置かれたランプが、淡い橙色に灯る。
ルカは舟に座り、小波に揺られていた。
肩で息をしながら、額から冷や汗が伝う。
目の前には──
「……よぉ、ブラザー」
白く靄のかかった、人のようで人でない“何か”。
ナカト。
「いっちょ前に恋愛ごっこかぁ?」
「……黙れ。」
ルカは睨みつけながら問う。
「俺と話したかったんだろぉ?」
ナカトはニヤリと笑みを浮かべ、ランプの灯りをゆらりと揺らした。
「安心しな。お前はちゃんと近づいてるぜ、オレの復讐に」
「……近づいてる……?」
「ああ。……お前らが進む先に、オレの敵もいる」
「……なら……問題ないな。フィーラには、手を出すな」
「……ああ、出さねぇよ」
ナカトは薄笑いを浮かべた。
「──オレはな」
一瞬、空気が張り詰める。
ルカが何かを言いかけたその瞬間、風が吹いたように世界が歪み始める。
──現実へ。
「ルカっ! しっかりして!」
目を覚ますと、フィーラが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「……ああ、ちょっとだけ……眩暈がした」
「顔、真っ青だったよ……」
「大丈夫だよ、フィーラ。」
その言葉に、フィーラは小さく微笑んだ。
◇
その頃。
王国南部の外れ、深い森の奥にある“廃棄の迷宮”――
自然に覆い隠された入り口。
見つけるのに、時間を要した。
隙間から奥へ入ると、いくつかの魔法陣が床に描かれていた。
転移用の陣だ。
「こいつは……」
リュミアは魔法陣の一つに "影のような何か" を仕込んだ。
そして、さらに奥へ進む。
暗い螺旋階段が、底の見えぬ闇へと続いていた。
壁に手をつきながら、慎重に下る。
崩れかけた足場は、誰かが落ちれば生還は難しい。
数十分後──
階段を降った先。
目の前に広がったのは、異様な光景だった。
数え切れない屍の山。
濃密な死臭。
魔力は既に抜けきっている。
「……これが、全部……犠牲者だっていうのか……」
リュミアは震える手で魔道具を発動した。
影が形を成し、黒い烏となる。
〈黒羽〉
――情報伝達用の魔道具である。
「頼むぞ」
メッセージを託したその瞬間だった。
──ザンッ!
飛び立とうとした烏が、鋭い刃に斬り裂かれ、霧散する。
「ッ!?」
リュミアが跳ね退き、即座に構えを取る。
そこに、黒装束と髑髏の仮面を身につけた男が現れた。
「騎士団か 『騎士団だ』」
重低音と甲高い声──一つの身体から、異なる声が響く。
「……なんだ、てめぇは……」
リュミアは額に汗を滲ませ、眼前の“敵”を見据えた。
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