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OverDrivers  作者: jau
1章 魔物動乱編

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47話 繋げ、煌めきの星剣士

「ゲギョオオッ!!?」


 巨大な魔物が、たった一発の拳で爆散する。

それが成せるほどの気迫と輝きを纏って、

ジストは、吠える。


「うおおおおおおおおッッッ!!!!」


 そしてただ前に、前に進んでいく。

仇敵たる、レクスに向けて。

もう何体の魔物を打倒し、隆起した防壁を打ち破っただろうか。

数えてもいない、いや、数える必要もなかった。

それほどまでに強固な意志が、彼を突き動かしているからだ。


「"撃ち抜け"っ!! いい加減にしやがれ、この野郎っ!!」


 それは隣に立つジェネも同じだった。

輝く精霊を纏った大規模の精霊術を繰り返し放ち、

道を塞ぐ精霊の変異体を押し返して、そして進んでいく。

その意気のままを、まだ届かないレクスへとぶつけた。だが。


「フフ……足掻け足掻け。

 その力の限界まで、あと何分だろうな?」


 彼は尚もまだ余裕そうなままだ。

確かに彼我の距離は近づいてはいる。

だがそのタイムリミットが、レクスを明確に優位に思わせていた。


「関係ない!

 その時が来るまでに、お前を倒せばいいだけだ!!」

「そうだ!」


 しかしもはや、それを恐れる二人ではない。

焦りを見せない、どころではない。

もはやそれが動揺に繋がらないほどに、彼らは勝利だけに向いていた。

新たな障壁とするためだろう、赤黒い精霊が取り付き、再び隆起していく床。

そこにジストは自ら走り込んでいく。その右腕に、再び精霊たちが纏わった。


「うおおおおおおおおおッ!!!」


 ジストはその勢いのまま、

隆起していく床を押さえつけるように殴りつけて。

変質し、隆起ようとした範囲の床が逆に下層へと抜けて吹き飛んでいく。


「な……!?」


 理解を超えるような所為に、レクスでさえ戦慄する。

しかしそれは、今に置いては絶好の好機だった。

その相方、ジェネの両足を精霊たちが包んでいく。

リリアがよく、そうするように。

その踏み込みに精霊たちの力を乗せて、一気に跳んだ。


「おおおおおおおおおおおッッ!!」

「む!? ぐうっ!」


 そのまま精霊の光剣を、レクスへと叩きつけるジェネ。

不意の攻撃を、レクスは咄嗟に紫色の光刃で受け止める、が。

精霊達の助力による重い攻撃はそれさえも押し潰すほどの勢いで、

既のところで、レクスは身を翻してそれから逃れる。


「逃がすかっ! "貫け"ッッ!!」


 だが、既にジェネの左腕には精霊たちが集まり、輝く炎の槍を形成していた。

小さな動きでそれを投げるジェネ。

だが彼の意志を受けた精霊たちによって、

それは凄まじい速度でレクスへと襲いかかりる。

それは寸前で身を反らした彼の、左肩を掠め抉った。


「なっ、ぐあっ!?」

「ちっ……!」


 レクスにしては予期しないダメージとなったが、

ジェネにとっては、致命の隙を逃した形になった。

更なる追撃を狙うジェネだったが、そこでレクスの水晶がまた輝いた。


「ええいっ、邪魔だ!」


 それに照らされた、彼の眼前の床が黒く染まっていく。

床を取り込んで変質していくそれは、瞬く間に鋼鉄の魔物を形式した。


「ボアアアアアッ!!」


 言うまでもなく一時しのぎの、あるいは時間稼ぎの盾とするものだ。

それは分かっているが、無視出来るはずはない。

折角の接近戦から振り出しに戻ったことに、ジェネは苛ついて叫んだ。


「くそっ! 逃げんじゃねえっ!!」

「フン。馬鹿正直に付き合う必要がどこにあると——」


 しかしその怒号すらも嘲笑してみせるレクス、だったが。

その表情が、不意に凍りつく。それは。

外した視界の先、そこから。

魔物も障壁も、全てを突破したジストが一点に向ってきていたからだった。


「はあああああああああッ!!」


 彼の精霊を纏った拳は、今度こそ避けることは出来なかった。

真っ直ぐに撃ち込まれたそれは、

障壁として今、緊急的に隆起した床をさらに貫いて。

尚も勢いの残るままに、レクスの脇腹へと突き刺さった。


「な、ぐおおおおおっっ!!?

 お、おのれ! "コードX『コラプション・レイ』"!!」


 しかし悶えながらも、彼は即座に胸部の紫水晶を輝かせる。

赤黒い精霊たちは、今度はその周りを囲うように床や空間を侵食して。

そこから無数の黒い触手を生み出した。

その全てが、ジストへの反撃に向かう。


「っ!」


 だがその手がジストに届くことも、また無かった。

眩い光が、その視界へと乱入する。


「おらあああッッ!」


 ジェネの振るった、光の大剣のものだった。

飛び込んできたその一撃は、伸びた触手の全てを叩き落とす。

反撃を抑えて、止まることなく更なる一撃を繰り出すジェネ。

更に踏み込んで、狙いはレクス本体だった。


「ガアア……ゲバッ!?」

「……ああ゛ッ!?」

「ちっ!!」


 だがそれは。

新たにそこに形成された魔物の身体に防がれてしまう。

タイミングとしては偶然の産物だったのかもしれない。

ともあれ手に入れた幸運に、レクスは更に身を翻して距離を取る。


「レクス! 逃さんぞっ!」

「ゴア、アアガッ!?」


 更に湧き出る魔物を、ジストもまた形成の瞬間に叩き伏せる。

だが気づけば。レクスへ至るまでの床にも、

また既に赤黒い精霊の侵食が進んでいた。

新たな魔物を更に生み出しつつ、レクスは忌々しく彼らを見返す。


「フン! 付き合ってられるか!

 そいつらと遊んでおけ、限界までな!」

「ガアア……」

「くそっ、"撃ち抜け"ッッ!」


 忌々しく睨むのは、ジェネもそうだった。

また新たに増えた魔物に対して、熱戦の雨を撃ち込んで迎撃するジェネ。

だが、埒が明かないことも理解していた。

故に意識を、ジストの方へと傾ける。


「キリがねえっ! どうする、おっさん!」

「ああ。押せては居るが、捕まえられんな」


 二人の顔にも、焦燥が見え始めていた。

戦力としては決してレクスに劣るものではない。

事実、それぞれのやり取りを見れば優勢であり続けられているのだ。

だが。この状態の解除という見えない制限時間、迫る限界が彼らにはある。

それが、その意識の中で心を苛んでいた。

大きく息を吐いて、ジストは覚悟をその瞳に漲らせる。


「俺達にもう、どれだけの時間が残されているのかもわからん。

 ジェネ! 最大の攻撃を集中させ、一気に仕留めるぞ!」

「っ、おう!!」


 それにジェネも答えると、

精霊たちを呼び起こして、全身へと纏わせて。

そしてそれらは、巨大な竜巻をこの室内に巻き起こしていく。


「な、何だ、これは!?」


 屋内であることを忘れるかのような暴風。

ジェネがこれまで放ってきた強力な精霊術とも一線を画す、

極めて大規模の暴風。そしてそれが、炎を纏い始める。


「俺が全部ふっとばす! 構えててくれ、おっさん!」

「ああっ!! 遠慮するな、ぶちかませ!!」


 それはかつては、自らを呪う切欠にしかならなかった術。

だが、今はもう違う。

大事なリリアを、リリアが望んだハッピーエンドまで運んだ術だ。

それがこの術を、ずっと彼に信頼させるものになった。


(リリア……! 負けねえぞ、俺もッッ!!)


 何よりも大切な笑顔を思い浮かべて。

魂の全てが力強く叫ぶ、その思いが。

この術を、更に進化させていく。


「うおおおおおおおおおッッ!

"燃える劫火よ、荒ぶる風よ! 我が魂と、共に在れ"ッッ!!

 "『アルテラ・マグナ・ブラスター』"ッッッッ!!」


 そして発現する、ジェネの渾身の真詠唱(ソーサリー)

その号令によって、部屋を埋め尽くす爆炎風と化した精霊たちが、

一斉にレクスの方へと吹き荒んでいく。

恐るべき勢いの熱風が、この部屋全域を覆った。


「ギェアアアアッ……!?」

「ボオッ……!!」


 それに飲まれて、生み出された魔物も、障壁も。

一瞬で輝く姿へと崩れ去っていく。

それほどの火力に飲まれて、レクスも当然無事ではすまない。


「ぐおおおっ!!?」


 なんとか赤黒い精霊を繭のように展開し、その中で耐え凌ぐレクス。

これまで猛威を振るった精霊の侵食も、今は行えていない。

そのリソースの全てを防御に振っているのだろう。

恐るべき大技の中。レクスは解せない事に思い当たる。


「馬鹿な!? ジストが巻き込まれても……」


 それはこの攻撃が。隣に立つ筈のジストにさえ、

本当に一切の遠慮も無いような大規模攻撃だったからだった。

まるで、ジスト諸共始末するかのような見境のない暴熱風。


 だが、その答えは。


「忘れたのか、レクス」


 その本人が、レクスのすぐ後ろで回答していた。

この暴熱風の中、力強く立って。右腕に、精霊たちを宿して。

 

「ジスト……!」

「頑丈さには、とりわけ自信があるんだ、俺は!!」


 今度こそ、もはや回避も防御も、何の手段も残されていなかった。

次の瞬間。

ジストの輝く右腕が、レクスの顔面を撃ち抜いていた。


「ぐあああああああああああああッッ!!?」


 防ぐ術もなく大きく吹き飛んでいくレクス。

同時に防御壁を失ったその体が、熱風により焼かれていく。

だがそれは、身を焼き切る前に収まる。

術が終わった、というには違った。

意図して、ジェネが終わらせていたのだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」


 この致命の隙に、今度こそ確実に戦いを決める一撃を決めるために。

光剣を構え、ジェネは一気にレクスの元へと飛びかかっていく。

そして反対側のジストも、再び精霊を纏って駆け出した。


「ぐ、ぐうううッッ……!!」


 ジストの一撃は、今度こそ確かなダメージを与えていたようだ。

立ち上がるだけで精一杯という様子のレクスに、

もはや、再び迫る二人を止める術はなかった。


 そして。

影が、重なる。


「これで、終わりだッッッ!!」

「終わりだあああああッッ!!!!」


 ジストの拳が、レクスの左胸を穿ち。

ジェネの光剣が、その腹部を貫いていた。


「が……ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」


 いずれもゼニアの囚われている、水晶を避けた攻撃だった。

だが。それももう関係ない程に、

その攻撃は深くレクスへと突き刺さっていた。


(……獲った!!)


 手応えからも、ジストはそれを確信する。

この長かった戦い、その終わりを。

ゆっくりと、顔を上げていくジスト。


「終わりだ、レクス。この騒動も……お前の野望も!」


 そう、彼に言い張って。

そこでジストは、レクスと視線が重なった。


 だが。そこに映っていた表情は。

彼の予想とは、大きく離れたものだった。


「……ククッ」


 ジストの言葉に、レクスは、不敵に笑って。

同時に、胸部の紫水晶が再び妖しく揺らめく。

いや。突如、急速に光が強まっていた。


「な、何だっ……!?」

「……まさかっ!?」


 その表情の意味に、ジストが思い当たった時。

しかし、もう次の行動は許されなかった。

一瞬、さらに強く紫水晶が輝いた、その直後。


 レクスの身体から、大爆発が巻き起こった。


「——ぐああああああああッッ!?」

「うわああああああああああああッッ!!!」


 至近距離だ、最早避けようもなかった。

爆発は部屋の天井すら破るほどの威力で、

ジストもジェネも、多大なダメージと共に吹き飛ばされてしまう。


「う、ぐ……! っ、ジェネっ!!」


 それでも、すぐさま立ち上がるジスト。

しかし倒れたままのジェネを見つけると、急いで駆け寄った。


「ジェネっ、しっかりしろ!」

「……お、おっさん……い、今の、は……?」

「分からない。レクスもどうなったのか……」


 持ち前の頑丈さで受けきったジストと比べ、

ジェネの身体は、深刻な状態に達している事が見て取れた。

彼を介抱しようとするジスト、

しかしそこにまた、視線を奪う妖しげな光が差し込んで。


「何だ? ……っ!?」


 その方へ振り向くジスト。


「……馬鹿な……!?」


 そこにあった景色に。ジストは、言葉を失った。


「言っただろう?

 この力に、不可能などないと!!」


 その視界の中心。

天井と壁が吹き飛び、海上の見えるその先で。

宙へ浮くレクスが、勝ち誇るように宣言する。

その、周囲には。


「ククク……」

「フハハハ……!」


 10体以上の、同じ姿をしたレクス。

それが、彼の周りを囲んでジスト達を見下していた。


「わざわざ分身相手に力を使ってくれて助かった。

 しかし。この装備によるコピーは、

 本体と同等の力を発揮できると聞いていたが……

 ククク、嘘偽りはないようだな?」

「ぶ……分身、だと?」

「そうだ。間抜けどもめ。

 貴様たちは分身相手に死力を尽くしたということだ!!」


 その中心に居るレクスの紫水晶が、強く輝く。

それは今まで戦った者や周囲のレクスのそれと比べても、

より異質な輝きを見せる。彼こそが、本体という誇示だった。

それは、あるいは弱点の露呈とも言える行為ではある。

だがもはや、それも構わない程に。レクスは勝利を確信しているようだった。


「それがどうした……! 俺達はまだ倒れてはいないぞ!

 分身をどれだけ出そうと……!」

「ほう? ——その身体でか?」


 それは、何故なら。


「何っ……っ!?」


 彼らを支え、助けていた精霊たち。

その同化が、解けていたからだった。

その瞬間、身体に僅かに残るだけになっていた精霊たちも四散する。


「ぐ、ぐうっ!?」


 直後、急激な脱力に襲われるジスト。

事前に聞いていた反動が、彼をこの状況で強く縛りつけていた。


「ぐ、……ぐあああああああああっ!!?」


 ジェネに至ってはそれどころではない。

これまで受けてきた傷や痛みを全て、

元よりこの同化で塗りつぶしていたような物だ。

今、その全てに加えて反動までが、彼を恐るべき痛みで苛んでいた。

痛みに悶え苦しむ二人を嘲笑すると、レクスたちは左腕を二人の方へ向ける。


「先程の言葉、そのまま返してやろう。

 終わりだ、ジスト。貴様らの足掻きもな!」

「く……そっ……!!」


 重く、苦しみに満ちた身体でなんとかジェネに寄り添うジスト。

そしてレクスを睨み返すこと、出来るのはもう、それだけだった。

向けられた無数の左腕に、紫の妖光が迸っていく。


「"コードX『デストラクション・ブラスター』"。死ね!」


 それは、死の宣告そのものだった。

その瞬間。左腕から、無数の紫色の巨大な光弾が放たれる。

二人を吹き飛ばすに余りある、恐るべき規模で。


「くっ……そおっ……!」

「……っっ!!」


 迫る光弾に、もはや足一本も満足に動かせない。

ただ行き場のない悔しさだけを、強く握りしめるジスト。

もはや死を受け入れる以外に、出来ることなどありはしなかった。


 そこに。


 声が、響く。

上からだった。


「——うわああああああああああああッッ!!!!!!!」


 二人とも、共通して感じた。

それは今、聞こえてはならない声だ。

続いて視界の隅に、見えてはならない光が見えた。


 二人とも、同じように思った。

——来ては、駄目だ。

ここには、死しかないのだから。

その子は、死から最も離すべき存在なのだから。


「リリアッッ!? そんなっ……!?」

「馬鹿なっ!? 何でここにっ……!!」


 でも、来てしまうのだ。

彼女は。失うことを、取りこぼすことを何よりも嫌うから。

そして。二人を守るその位置に、リリアは降り立っていた。


「二人とも、死んじゃやだッッッ!!!!」


 精霊たちを纏って現れたリリアは、

そのまま二人を守るように、腕を広げて光弾へと立ち向かう。

死の恐怖も、殺意への畏れもない。ただ、二人を失いたくなかったから。

一切視線を曲げること無く。

その瞳に映るものが、紫の光で埋め尽くされていく——


——


 真っ暗な世界。その中で浮かび上がる自分の姿。

リリアには、見覚えのある景色だった。

忘れるはずもない。『彼女』と、出会うときの景色だ。


「こ、ここに来たってことは……」

「そうだよ。もう、また無茶ばっかりして」


 まさにその人物が、リリアの背中から声を返した。

自分とよく似た、でもずっと成長した大人の女性。

そして。


「先生、さん」

「……あの子からの呼び方ね? ふふ、ちょっと変な感じ」


 そう、エレナの師となる存在でもある。

流れた記憶で垣間見たそれを、彼女は肯定した。

笑い返す彼女に、穏やかな空気が流れる。

だが、それに浸ることはできなかった。


「って、私すぐ戻らなきゃ! 今、とっても危なくて……!」

「それで貴方も危ない事になったから、ここに来ちゃったんでしょ?」

「そ、それはそうだけど……!

 ねえ、前みたいになんとかならないかな!

 ジェネもジストさんも、なくしたくないの!!」


 曖昧な世界だが、

自分が今現実でどういう状態であるかは理解できていた。

そしてこのままでは、二人を守ることも出来ないことも。

その突破口について、切実な様子で彼女に尋ねる。

それに、彼女はまた微笑みを返した。


「大切なんだね、あの二人のこと。ここに居ても、よく分かるよ。

 だからまた、私と会えたんだろうね。

 貴方が自分の可能性を探す時。それに答えるための、心の一欠片として」


 それは、彼女を褒めるようで。

しかしどこか、消えることのない哀しみを纏ったものだった。

そして表情はだんだんと、その哀しみへと染まっていく。


「でも……()()は、教えられない」

「え!?」


 彼女から初めて聞いた拒絶の言葉に驚くリリア。

いや、それに驚いたのも確かではあるが、それ以上に。


「何かあるの!?」


 その拒絶こそが、求めた可能性があるということに気を惹かれた。

それに食いついて反応するリリア。

だがそれにも、彼女は首を横に振る。


「駄目。これはあの子でも、先生でもない、私の技だけど……

 結局、誰も幸せにならなかった。そういう技だから」

「そんなっ! 私、何でもやるよっ!

 二人を助けるためなら……!」

「リリア」


 それでも諦めないリリアへ。

彼女は、強めた語気で呼びかけて制した。

強く咎めて、呼び止める意志を見せて。


「っ……!」

「私たちが、繋がりをなくすことを恐れるように。

 私たちが居なくなることが、

 堪えようのない悲しみを生み出すことだってあるの。

 それは、その人を戻ることの出来ない絶望に追い込んでしまう事もある。

 ……だから、それは選んじゃいけない」


 そしてきっぱりと、リリアへと説いていく。

彼女の献身的な、

しかし自己犠牲を厭わない姿勢を咎めるものだ。


「……」


 その言葉も、様子も。

どこか強く説得力を感じさせるもので、

リリアも思わず、返す言葉を失ってしまう。 


「じゃあ……どうしたら……」

「……」


 だが続く問いには、彼女さえも口を噤んでしまった。

リリアと同じ様に、悔しさが滲む表情。

彼女もまた確かに、リリアを助けたいと思っていた。

だが。その光明が見つからなくて——


「……え?」


 いや。正しくは、文字通りには、あった。

時間も曖昧なこの世界で、いつからだろうか。

二人の、その側面に。

精霊たちのような黄金の光の塊が、いつの間にか現れていた。

それはゆっくりと、一つの人影を構成していく。

そして。


「なんじゃ。ようやく妾が出てこれたというのに。

 しみったれた雰囲気じゃのう」


 その中から、精霊の光を纏って。

高貴な雰囲気の少女が、姿を現した。


「大きくなったものだな、あの時の幼子が。

 ……リリアよ」


 その背丈や顔立ちこそ、リリアよりも幼いように思わせるが。

その口調も、長い黒髪も、美しい簪も。

その気品に溢れる正装の装いも。

大凡、その外見通りの年齢とは思えない印象を与えていた。


(……!?)


 とはいえ、リリアとしては驚くばかりだった。

この少女の事を、リリアは知らない。今度こそ、記憶にもなかった。

しかしこの世界に現れるのであれば、

自分に関わりのある存在であることは確かで。

しかし。そんなリリアとは対照的に、『先生』は逆に声を上げた。


「貴方! ()()()の……!?」

「お主も久しぶりだの。

 まあ正確には、その欠片のようなものじゃがな。

 まあそれは、お主も同じようなものか」


 して。彼女とその少女は、どうやら面識があるようだった。

尚更分からなくなっていく正体。

悩んでも答えは出ないと。リリアは自分から、その口を開く。


「貴方、だあれ?」

「む? 思い当たる節がないのか。

 ふむ。あの人の子ら、妾の事は伝えていなかったようじゃな。

 まあ、そういう判断もあろう……では、深くは語るまい」


 その中に、またもリリアの知らない話を浮かばせながらも。

ふっと笑うと、彼女はリリアへと向き直る。

そして。そこから、語られたのは。


「お主と精霊どもを結びつけた存在。そう、思えばよい。

 結果的には、となるがな」


 リリアの、その存在の始まり。

それに、大きく関わる言葉だった。


「え!? じゃあ……!」

「今話せるのは、それだけじゃな。

 急を要するのだろう?」

「え……」


 しかし、彼女は半ば強引にそこで話を打ち切る。

そして彼女は、今度は『先生』へと向き直って。


「ともかく。

 今は一心同体、妾もお主もリリアの一欠片じゃからな。

 何をするかはわかった。妾も力を貸そう」

「え!?」

「精霊は何にも移ろいゆく存在。

 その力とは似通い、順応するものだろう。

 お主の懸念するようにはならないと思うがの?」


 理屈も、理由もわからないが。

彼女はどうやら、『先生』の懸念を解く術を持っているようだった。


「……そうね」


 それは、つまり。

先ほどリリアが望み、しかし拒絶された可能性。

それを、開くことが出来るということだった。

彼女の言葉に納得したように頷くと、

『先生』は、リリアへと近づいていく。


「あ、あの。全然話が……」

「ごめんね。でもこの子が言ったように。

 私たちは今は、貴方の一欠片でしかないから。

 貴方の知らないことを、全部教えられるわけじゃない。

 でも貴方が探した光は、今。教えてあげられる」


 それを、言葉にして。

その瞬間。この世界の曖昧さが、一気に広がっていく。


「わ、あっ!?」


 視界も、浮かんでいた自分の身体も曖昧な感覚に巻き込まれていく中。

リリアは、身体を抱かれる感覚だけは鮮明に感じた。

きっと、『先生』がそうしているということも。

脳裏に響くような声で、それは続く。


「イメージして、リリア。

 貴方の大好きな人たちを。大好きな人たちの、その輝きを。

 それを、自分の心に浮かべるの。

 格好いい所、強い所。その裏にある、脆い所、弱い所。

 その、全てを」


 曖昧になる視界を、目を瞑って閉じて。

言葉に従って、リリアは心に意識を集中する。

ずっと、自分を守ってくれたジェネを。

自らを導き、英雄としての強さを見せてくれたジストを。

そして。無力さに打ちのめされ、震えるジェネを。

自らの命だけは、無下に扱ってしまうジストを。


「その全てが、貴方を守ってくれる。

 そして、その全てを守ってみせるの。

 ……私たちが!!」


 そして、一気に目を見開いて。

そのまま、世界ごと開けていく。


——


 ジェネは、スローモーションで目の前の光景を見ていた。

自分たちを庇うために現れたリリアが、

光弾の雨に飲み込まれる、その瞬間を。

絶望の象徴とも言える中、目を逸らすことすら出来ない、その光景を。


 だが。

その瞬間、それは一変することとなる。


「——え」


 精霊に包まれた、リリアの身体。

そこから殻を破るように、巨大な翼が伸びていた。

それはまるで龍人のような、雄々しく力強い翼だった。


「ジェネ、ジストさん」


 リリアはそれをマントのように、その片方を巻き付けるように翻して。

光弾が、その寸前まで迫った、その瞬間。


——私、負けないよ。


「——でやああああああああああああああああッッッッ!!!!」


 その巨大な翼を、一息に振るって。

翼から生まれた暴風、そして同調して放たれた精霊たちの衝撃波によって、

自らに向かっていた光弾、その全てを弾き返していた。


「なっ……!?」


 全く予期しない反撃に、レクスらは完全に不意を打たれた形となった。

弾かれた光弾。元々、雨のように撃ち出されていた攻撃だ。

その全てが、彼らへとそのまま跳ね返って。


「ぐあああああああッ!?」

「ぐわっ、がああああっ!?」


 避けきる事など、現実的ではなかった。

無数の光弾が、彼らの身体へと突き刺さっていく。

分身のうち幾つかは被弾が重なったのか、

それだけで堕ちていき、精霊へと分解されていった。


「何だとっ……!? 一体、何が……!?」


 まだ狼狽えの抑えられないレクス。

その視線の先。舞っていた土埃が晴れて、リリアの姿が顕になる。


「……リリア?」

「その姿は……」


 そこに立つリリアは。

大好きな英雄の姿を真似した少女という、普段の姿ではなかった。


 今も彼女に纏わる精霊たちが、そう変質したのだろうか。

背から伸びる一対の、巨大な翼に。

いつも栗色の髪には、銀色が多く混ざるものになっていた。

そして服装も、いつの間にか変わっていた。

エレナを自分なりに模したあの服から、

可憐な意匠はそのままなれど、グローリアの高文明の材質のものへと。

そして。

龍の頭部と防衛隊のヘルメットを混ぜ合わせたような意匠の、頭飾りと。


「わかんない、でも。すごく、心強く感じるの。

 二人が、私と一緒にいてくれてるみたいで。

 だから、これは……そう。

 ——"クロスドライブ・ホライゾン"!!」


 まるで帽子のように被る頭飾りから、リリアの瞳が覗く。

精霊と同じ色に輝く双眼、そこに宿る何よりも強い意志が、レクスを射抜いていた。


「フ……フン、何だその姿は? お遊びのつもりか?

 今度こそ仕留めてくれるわ!!」


 しかしレクスはそれでも怖じける事無く、あるいはそれをかき消すように。

リリアの姿を揶揄しながら、再び左腕を構える。

先の出来事が幻であったと証明するかのような再行だ。

しかし。リリアは今度は、右腕を上に翳していた。


「リリアっ……!」

「大丈夫」


 リリアを案じるジェネに、優しい声で返して。

挙げた右腕に、輝く精霊たちが集まっていく。


(ジェネ——)


 リリアは、今。強く、ジェネの姿を感じていた。

すぐ後ろに居るのもそうであるし、

心の中にも、強く、強く彼の姿を浮かべていた。


 だから。それは、直感のように理解する。

——その術の、唱え方を。


「……あれは!?」


 その光景に驚くジスト。

輝く精霊たちは、燃え盛る炎へと変質していく。

そしてリリアの意志の元、

リリアの背丈の何倍にもなる巨大な炎の槍を形成した。

それを、強く握って。そしてリリアは叫ぶ。


 精霊たちとの、その符牒を。


「——"貫け"ッッ!!!」


 そして全力で、その大炎槍を投擲する。

自らの意志で敵を貫く炎の槍。

それが今、レクスを遥かに上回る程の大きさで迫っていた。


「なっ……!! くおおおおッッ!!」


 またも予期しない、しかし凄まじい攻撃に、

レクスは攻撃を中断して空を舞い、その範囲から逃れていく。

だが、完全な無傷とはいかなかった。


「ぐ、ぎゃああああああああッッ!?」

「ぐおおおおおッッ……!!」


 逃れられなかった分身が、

炎の槍へと飲み込まれ、砕かれていく。

わずか一瞬の間に、既に分身の数は半分程度まで減っていた。

もはや勝利と言える状況からの急変に、レクスはより苛つきと焦りを強めて。


「お、おのれえっ!!」

「っ!!」


 大きく身を翻すと、今度は分身を引き連れてリリアたちへと急接近する。

接近戦で片を付けるつもりなのだろう。

その全員が、右腕から紫の光刃を生み出していた。

そしてリリアも迎え撃つように前に出る。そこに、一切の迷いもなかった。


「リリアっ!!」


 彼女の意志に呼応して、精霊たちがリリアの四肢を包んでいく。

その光景は、普段のリリアの様子そのものである、が。


 今、その小さな身体には。

はち切れんばかりの力が、全身に漲っていた。

それを向かい来る編隊、その先頭のレクスへ。


「——はあああああああああああああッッ!!!」

「死ねえッッ小娘ッ、ごばあああああああッッ!!!??」 


 渾身の右腕を、その顔面へ叩き込んだ。

恐るべき剛力は、レクスの身体を一瞬にして遥か彼方まで吹き飛ばす。

分身だったのだろう、その先で精霊へと分解していく姿に目をくれる事もなく。

更に向かい来るレクスたちへと向き直るリリア。


「はあっ!」

「ぐぼおおっ!!っ!?」


 次に来た一人は、

目にも留まらぬ回し蹴りで瞬きの間に壁へと叩きつけられ。


「でやあっ!」

「ぐおああああああああああッッッ!?」


 更に迫った一体は、胸部を穿つストレートで海上へと弾き飛ばされる。

圧倒的な力の差と、言う他なかった。


「ぐうっ……!」

「おのれっ!!」


 理外の強敵を前に、より焦燥していく中。

今度は二体同時に、リリアへと飛びかかっていくレクス。

紫の光刃を突き出して、左右から挟み撃ちにするように。


「っ!」


 それを一瞥すると、リリアは両手へ精霊たちを呼び起こす。

激しく輝く精霊たちは、レクスが向かい来るまでの間で収束し、そして。


「……なっ!?」


 影が重なるタイミング。リリアは、その両方を受け止めていた。

精霊たちは、武器を模して形成していた。

左手に握る1つは、ジストの欠けることのない短剣を。

右手に握るもう1つは、ジェネが呼び出す精霊の光剣を。

それぞれを模したような精霊の武器が、完全にレクスたちの動きを制する。そして。


「でやあああああああッッ!!」

「ぐおおおっ!!?」

「があああっ!!」


 両端からの動きを受け止めて尚。

膂力で勝ったリリアは身体を回転させ、同時にレクス達を切り裂いた。

引き裂かれ、精霊へと分解されていく分身たち。

残るレクスはただ一人。それは同時に、彼こそが本体であるという意味でもあった。


「な……!?」

「リ、リリア……すげえ、けど……どうなってんだ!?」


 あまりの圧倒ぶりに、

ジェネとジストも称賛以上に驚きが出てきてしまう。

そもそもリリアに何が起きたのかすら把握出来ていない上の、これだ。

それも無理はなかった。


「ええい、どうなっている……!?」


 最後尾に位置するのが本体だったが、

分身の編隊の末路に戦慄し、レクス本体は再び空へと飛び立っていく。

全く持って意味不明であるが、その力の強大さだけは分かっての後退。


 だが。

それすらも最早甘いとは。誰も思わなかった。


「逃さないっ!!」


 その姿を目で追うと、リリアは背中の翼を大きく広げる。

そして足に力を込めて、その瞬間。

跳躍と同時に、周囲の瓦礫を吹き飛ばさん程に強く羽ばたいて、

その体を、宙へと浮かせた。

さらに続けて、もう一度羽ばたく、周囲の空気まるごと揺るがすそれは、

再び、彼女の身体を飛び上がらせる。

それを続けて、続けて。

もう、空は彼女の手の届かない場所ではなくなっていった。


「——うおおおおおおおおおっっ!!!!」

「何いっ! くそっ、どうなっておるのだ!?」


 もはや恐れるほどのその光景に、

ただ更に離れる方向へ飛びながら、足掻くように水晶を光らせるレクス。

そこから中空に現れた赤黒い精霊が触手としてリリアへと伸びていくが、

もはや、まともな足止めにすらならなかった。

両手の光剣で簡単に切り裂いてしまうと、リリアはそのままレクスを追っていく。


「なっ……飛んだ、飛んだのか!?」


 奇しくも。ジェネもまた、似た気持ちでそれを見つめていた。

言うまでもなく。

ジェネにとって翼によって風に乗り、空を飛ぶ事には特別な思いがある。

何より大事で大切で、愛し尊敬しているリリアが今、それを成していること。

それは余りに複雑で入り組んだ感情で、とても言葉にはできなかった。


「でも、変だ……

 飛んでるのに、風の精霊が居ねえ」


 あるいはそうだからか。そこにも、ジェネの意識は向いた。

それは間違いなく龍人の姿を模していながら、

龍人の理屈によっていない飛び方であるということで。

して、それは。隣で同じく見ていたジストから、その答えが生まれる。


「あれは……力で無理やり飛んでいるんじゃないか?」

「ええ!?」

「巨大な翼はお前の。

 そして飛行できる程に羽ばたく力と、それに耐える頑丈さは俺の。

 その力を、使っているんじゃないか」


 そしてそのジストの考察は、飛行だけに限らない。

今のリリアの姿そのものにも通じるものであった。

同じ所に思い当たって、ジェネは目を合わす。


「ってことは、今のリリアは……!」

「そうだ。

 "リリルドライブ"が、リリアの力を俺達に宿すものであれば。

 恐らくこの技は……俺達の力を、リリアに宿すものだ!」


 自在に精霊たちを操る精霊術。

仮にも防衛隊の一員であったレクスを圧倒する体術。

そして、精霊が形作る武器。ジストはそれを、そう結論づけていた。

そんな、リリアに目を奪われている最中。


「おーい、大丈夫かっ!?」

「無事か。ジェネ、ジスト隊長」

「! ノイン、ニーコっ!」


 ニーコを乗せたノイン、上空から二人の元へと降り立った。

勿論、リリアがここに来ることができた理由でもあった。

レクスが飛び立ち、落ち着いたために降りてきたのだろう。


「もー、リリアの奴ったらよ!

 お前らの事見つけたら飛び出していっちまうし、

 そしたらこんな大暴れし始めるしでさ!」

「申し訳ない。状況が故に、援護出来なかった。

 リリアがあの力を見せなければ、どうなっていたことか……」

「気にするな。

 どの道、現実的な対抗手段は他になかったろう。

 あの数の分身に狙われていたのだしな」


 謝罪するノインを労いつつ、ジストも先の状況を振り返る。

あの絶望的な戦力差を生み出していた分身たちはもういない。

無論、それを成し遂げたリリアの力の凄さが伺えるというものでもあるが。

だが。

輝く精霊の姿へと戻っていくレクスの分身の残骸に目をやりつつ、

ジストは、一つの疑問を口にする。


「しかし、あの技の力という可能性も考えられるが。

 先ほどから、奴の分身は——

 俺達が戦ったものと比べて、妙に弱くないか?」

「! ……いや、確かに」


 それにジェネも同調する。

もともと一体で、二人の時間稼ぎも行えるほどの力を持っていたものだ。

今のリリアの圧倒的な強さもあるのだろうが、

余りにも呆気なく倒れた所に、疑問が生まれていた。


——


 そして、ただ一人だけ。

その答えに、辿り着いていた。


「ぐうう、何故だっ!?

 どうして、こうまで……!」


 悪あがきのように放たれる光弾や、精霊の変異体を弾き返して。

リリアはただ、一点だけを見据えていた。

レクスが見つけたアーマースーツ、その中央部である大きな紫水晶。


(……ゼニアくんっ!!)


 いや。正確には、その中。

身体に纏い、構成する精霊たちを通してか。

確かに感じ取っていた。その中に囚われた、ゼニアの意志を。


「居るのね、そこに!

 ……待ってて! すぐ、助けるから!!」


 そう。彼が助けてくれている。

抗ってくれている。それを、直感で感じていたのだ。

更に強く羽ばたいて、リリアは遂に至近距離まで接近する。

光刃で防御しようとするレクスへ、精霊の大剣を振り下ろした。


「はああッ!!」

「ぐおおおっっ!!?」


 もはや一瞬の拮抗もなく、

レクスの身体は大きく弾き飛ばされていく。

衝撃に耐えられず、右腕の光刃の発生装置も砕け散った。


「おのれ、おのれ……!」


 もはや。とすら言える戦況。

それを理解できないはずもない。

だがそれを否定するように、レクスは叫ぶ。


「こんな、こんな事で、私の計画が壊されるだと……!!?

 こんな、小娘にいいいいッッ!!!」


 そして発狂したかのように胸部を光らせ、

赤黒い精霊による侵食、そして左腕の光弾を乱射していく。

破れかぶれでしかないが、凄まじい規模の攻撃だった。

だが。


「こんな事、なんかじゃないわ!

 あなたが踏みつけてきた事全部が、今!

 あなたを、跳ね返そうとしてるだけよ!!」


 最早リリアも、それに恐れることなどなかった。

両手に構えた精霊の武器を、手放す。

するとそれらは輝く精霊の粒子へと分解され、そして。

リリアが後腰から抜いた、自分の直剣へと纏わり、同化していく。


 もう一度、心に強く感じる彼らを思って。


「ジェネ、ジストさんっ! 力を貸して!

 ——ゼニアくんを、助けるよっっ!!」


 力強く羽ばたいて、

そしてリリアは一気にレクスの方へと突撃する。

向かい来る光弾、空間を侵食した赤黒い精霊。

それら全てを、直剣から伸びる光の刃で弾き返して。


「でやああああああああああああッッ!!!!」


 それを妨げようとした全てを抜けて。

輝く光の剣を、レクスの肩口へと叩きつけた。


「ぐわああああっ!!?」


 斬撃というよりも、遥かに強い衝撃によって、

また吹き飛ばされていくレクス。だが、まだ終わらない。

リリアは更に強く羽ばたいて、加速する。

それは吹き飛ぶレクスに追いついて、更なる一撃を打ち込んでいく。


「ぐはあっ、ぐほおッッ!? ぐううっ、がああああッッ!!!」


 そしてそれもまた、一撃では終わらなかった。

羽ばたきの度にどこまでも加速して、その度にレクスへ剣閃が走る。

もはや目で追うことすら難しいほどになったそれは、

身体の制御を失ったレクスを打ち上げる。

そして次の羽ばたきで、既にその頭上まで到達していた。


「これで……これで、終わりよっ!!!」


 そしてそれは、準備でもあった。

リリアが得意としてきた、力を繋ぎ一点に集めるための。

身を翻したリリア。身体に乗った勢いを、全てその剣に乗せて。


 そして。

もう一度、羽ばたいた。


「"ステラドライブ・ホライゾン"ッッ!!!」


 その輝きと共に、まるで流れ星のように。

目にも留まらぬ早さで、リリアはその終の一撃をレクスに叩き込んだ。


「ぐっ……ぐああああああああああああああああッッ!!」


 もはや、受ける手段も避ける手段も残されてはいない。

凄まじい一撃をその身に受け、ただ悲鳴だけを上げるレクス。

今度はもう、逃れることもできずリリアによって押し飛ばされていき、

輝く光と化したそれは、隕石の墜落のように。

そのまま、ベリオンの艦橋最上層へと激突した。


「伏せろ!」

「うおおっ!?」

「ぐうっ!!」


 すぐ様飛んだノインの警告。

上がる土埃に、顔を庇うジェネにジスト。

彼らにも、最後の瞬間はただの流れ星の激突のようにしか見えなかった。

心配そうに、その先を見つめて。土埃が晴れていく。


「ぐ……お……」


 恐るべき一撃の衝撃によって、完全に倒れこんだレクス。

もはや起き上がることも出来ないようだった。

だが、あるいはリリアの意志が故だろうか。

あれほどの衝撃の上で、まだ息も意識もあるようだった。

そしてその足元で。精霊たちが輝く。


「……リリアっ!」


 この戦いの、あるいは。

この一連の出来事の勝者たるリリアが、そこに立っていた。

だがその表情には、まだ緩みはない。何故なら。


「——まだっ!」


 まだ、残っているからだ。

物語を幸せに終えるための、最後のピースが。

リリアの意志に応じて、全身の精霊たちがその右腕に集まっていく。

今のリリアの姿を構成していた精霊たちも例外ではなかった。

剥がれていくように、その中から普段の姿のリリアが現れて。

それでも更に、更に集っていく精霊たち。

そしてその全てが集まった右腕が、より強く輝いた。


「ハッピーエンドは、零さないっっ!!!」


 これが答えになるのか、確信などありはしない、それでも。

リリアは願うようにそう唱えて、そして。

輝く右腕を、レクスのアーマースーツの紫水晶へと突き入れた。


「ぐああッッ!!?」


 それは、願いを叶えるかのように。

水晶を砕くこと無く、その内部へとリリアの腕を侵入させる。

その先はレクスの体内ではない。

まるで異空間に繋がっているかのような手探りの中。

リリアはただ集中して、感じ取って。


——


 それは、深い悲しみだった。

自分の力が、仲間を、友達を傷つけたこと。

それを、悪しき者たちに利用されたこと。

今の仕打ちが、その罰であるかと思えるほどに。


 誰もいない、誰にも届かない世界で。

ゼニアはただ、悲しみの中に沈んでいた。

取り戻したはずの心が、ただ痛みだけを感じていた。


——ごめんね。


 それももう、伝える術もなくて。

届かない謝罪だけが、心を埋め尽くしていく。

どこにも届かない、伸ばした、震えた手。

許しを請うように伸ばされたそれも、もはや無意味だ。

贖罪すら、もう出来ないのだから。


 だが。


 それを否定するために、彼女は戦い続けて来たのだ。


「……ゼニアくんッッ!!」

 

 声が響く。

伸ばされた震えた手を、誰かが掴んだ。


——


「ゼニアくんっっ!!」


 そして、それを感じた瞬間に。

一気にその腕を引き抜くリリア。

そこには、小さな腕が握られていて。さらに引き抜いた、その先に。

生まれたままの姿のゼニアが、そこにあった。


「リリア……

 僕、謝らなきゃいけないことが……」

「いいよ」


 目を合わせたゼニアは、か細い声で。

でも思い続けていた謝罪を、最初に口にしようとして。

しかしそれは、彼を抱きしめたリリアによって制された。


「いいよ。もう、全部終わったもの。

 だから今……ゆっくり、休んでね」

「……っ」


 ゼニアの双眸から、溢れるように涙がこぼれていく。

痛みではない。ずっと温かなものが、その心に溢れていた。

その温かさこそが。

リリアが、ハッピーエンドを掴んだ証であると言えた。


「おーい、リリアーっ!」

「ニーコ! わっ!?」

「お前、やっぱすげーよ!!」


 そこにいの一番に駆けて、そのまま彼女に抱きつくニーコ。

首魁たるレクスの撃破が故か、既に魔物の発生も止まり、

彼女の容態も回復したようだ。それが、満面の笑みからも伺えた。

それを追ってノインと、彼に肩を借りたジェネも近づいてくる。


「リリア。まずは祝福と、称賛を。

 ——もはや、感嘆するという他ない」

「うん。流石に頑張ったや、えへへ」

「リリア……!」


 そしてノインも、リリアに称賛を重ねて。

同じ様にしようとしたジェネだったが、思わず言葉を失っていた。

感動と、尊敬と、愛情と、心配と。

感情が余りに溢れすぎて、言葉へと繋がらない。

そんな彼に、逆にリリアから声が掛けられる。


「ジェネ、やったよ。私!」

「ああ……! リリア、お前ほんとに凄えよっ……!

 空だって、飛んじまって……!」


 返す言葉も、もう頭に浮かんだものをそのまま吐き出すだけで。

もう精一杯で、言葉すらも出こないのに気持ちだけは溢れて。

気がつけば。

ジェネは膝を折って、ゼニアごとリリアを抱きしめていた。 


「俺、お前に会えてよかったよ……!」

「うん。私も!」


 ゼニアよりも、という具合に泣く彼に笑い返すリリア。

その最中。ノインは、彼女の腕に収まるゼニアにも顔を向ける。


「ノイン」

「ゼニア。私から言えるのはただ一つ。

 生きて戻ってきたことが、嬉しい。

 ——君も、そう思ってほしい」

「……うん」


 心というものに、特別な立ち位置である者同士。

不思議な言い回しで、しかしその喜びを共有していた。

そしてノインは改めてリリアへと向き直る。


「ゼニアも衰弱しているだろう。

 ジェネと併せ、私が手当しよう」

「うん! よろしく——って、ぎゃーっ!?

 ゼニアくん、裸ーっっ!?」

「何だよ、気づいてなかったのか?」


 その段階になってようやく、ゼニアの装いに気づいて。

顔を赤くして一気に狼狽するリリアに、それを笑う周囲。

雰囲気は、もう完全に一転していた。


「……なんだ、これは」


 そんな目の前の光景を、ただ呆然と見つめる存在。

倒れたレクスだ。

正確には、もう見つめる以外のことをする力は残っていなかった。


「かくして、汚い大人たちの計画は挫かれ。

 少年少女の涙と笑顔の勝利、という事だな。レクス」

「ジスト……」


 そして、その側にも歩み寄る存在が一つ。

ジストだった。

その表情は怒りよりもずっと、悲しみのほうが強く浮かんでいた。

そして。ずっと探していたその質問を投げかける。


「聞かせてもらおう。

 何故、こんな真似をした。何を急いだというんだ?

 俺に為政者の才はない。それは分かっていただろう。

 世界の転覆などを狙わずとも、

 お前ならグローリアの首脳にさえ立つことが出来たはずだ!」


 その心の全てを吐露していくジスト。

悲しみが前に出てくるのも、当然だった。

その才能も実力も、確かに信頼していたのだから。


「……ジスト。

 貴様の生き方は、毒なのだ」


 そして。ゆっくりと、レクスの口が開かれる。

そこから出たのは、ジストへの責のような言葉だった。


「何!?」

「どうしようもないクズばかり集めたはずの部隊でさえ、

 いつしか防衛隊の使命に燃えて戦うようになる。

 何がそうさせるか、わかるか?」


 憎らしく笑いながら、レクスは逆に問いかけるように言う。

いや、問いかけでもなかった。その言葉も、答えも明確だから。

明確に動揺するジストに、再びレクスはわざとらしく笑って続ける。


「私は……俺は。

 貴様に憧れたくなどなかった。それだけだ」


 そして、それも。

心のなかにあり続けた、思いそのものだった。

それを受けて、ジストもしばし言葉を失う。

何とか開いた声は、どうして震えてしまった。


「……馬鹿な! そんなことのために!

 さっさと追い抜いて、馬鹿にしてしまえばよかっただけだろう!

 お前にはそれだけの才能もあったのだから!」


 それは、あるいは。

この結末を惜しんだ、ジストの足掻きとも言えた。

しかしその様子すら、嘲笑うようにレクスは答える。


「ふん。そういう所がよくないのだ、貴様は。

 権力も地位も、何にも囚われることはなく。

 ただ強く、人を救い続けるために戦うだと?

 ……くだらない。くだらないのに——眩しくて堪らんのだ」

「……っ!!」

「貴様には、分からんだろうな。

 ——だから、理解しようとなどするな」


 だが、その言葉も。

理解しようと、しなければと足掻くジストへの。

レクスの赦しでもあった。


「違う道を探す中で、この世界の裏側を知った。

 その中の流れに乗り、そして敗れた。

 私のやったことなど、それだけだ——」


 そんな、通り過ぎてしまった道を振り返る、その最中。


「……それでも」


 もう一つ。違う色の、少女の声が響く。

戻ってきたリリアが、レクスに向けて掛けたものだった。


「——リリア」

「分からなくても、分かろうとする事自体は。

 きっと、間違ってないよ。

 ……苦しんでることも、それで分かったんだから」


 それは、断絶で終わろうした二人を。

それでも繋ごうとした言葉だった。

リリアには、二人の会話が不理解の証明であるとは思えなかったから。


「——今更、だがな」

「でもいいじゃない。それで、伝えられたんだから」


 レクスの言葉も、リリアの言葉自体は否定しなかった。

口にした言葉ではそうだったが、しかし。

レクスの中にも、確かにあったのだろう。

ジストの理解の努力への、嬉しさも。


「……レクス。きっと、謝るべきことではないのだろう。

 だから悪いとは言わない。だが。

 ……これからは。手を振り払うのはやめてくれ。

 これからも続く、仲間として」

「ふん。これから私が何年独房に入ると——ん?」


 そんな、ようやく解けた不理解の、その最中だった。 

 

 真っ先に、レクス本人が気付いた。

力を失ったはずの紫水晶が、僅かに。しかし確かに、再び光った事に。

それに僅かに、疑問を浮かべるレクス。だが、小さな思考の後。


「——ククっ!」


 そしてレクスは、何故か笑って。


「どうし——ぐわっ!?」

「え、きゃあっ!?」


 そして。力尽きていたはずの彼は。

ジストとリリアを、ずっと遠くへと突き飛ばしていた。

ふらふらと立ち上がるレクス。

紫水晶は、更に輝きを増していた。そして。


「……ジスト! 『ホロス』を探せ!

 デゼト商会もフォリナス教団にも、その一端がある!

 ——『マゴイ』はその研究に全てを賭けている。

 いずれ、この世界ごと飲み込むほどに!」


 彼は突如、何かの情報を伝え始めた。

まるで何かに迫られたかのように。


「な、何を……!?」


 ジストも、彼の急変が理解できないでいた。

だがもう、そのための時間も残されていなかった。

レクスは、ふっと笑って。


「行け、ヒーロー共! 世界を救ってみせろ!!」


 強く彼らを励ます言葉、それを最期に。

紫水晶が激しく光を発して、そして。

それが高まりきった、その瞬間。

紫の光を伴って、紫水晶は爆発を起こす。


「きゃあっ!?」

「うおおおおっっ!?」


 光こそが力の本体であったその光は、

リリアやジストには、ただ弱い爆風が届く程度の影響だった。


「……レクスっ!?」


 だが、光そのものに巻き込まれたレクスは違った。

それが収まった時。彼の亡骸は、何一つ残ることはなく。

身につけていた装備も、その身体も。

全てを、光に葬られてしまっていた。


「レクス!? レクスーッッ!」


 そこでジストは、先の彼の行動、全てを理解する。


「そんなっ……!!」

「……うおおおおおおおおおおお!!!!」


 響く、ジストの慟哭。

もう何も残すことのできなかった彼を送る、唯一の鎮魂歌だった。


——


 だが時は、状況は止まってはくれない。

レクスの弔いの後。

リリアたちは勿論、仲間たちの場所へ戻っていた。


「——そうか」


 事の顛末を聞いて、静かに零すリーン。

相変わらずのポーカーフェイスで、その意図まではわからない。

救えなかった者が出たことを悲しむリリアを案じているのか。

それとも、手掛かりとなるレクスが消された事を悔やんでいるのかも。


「ともかく、これでジストの処刑は解決か?」

「ああ。先ほどベリオンの回線からグローリアに連絡を取った。

 裏で物事を動かしていたレクスが消えたからな。

 俺に責任が来ることはあるだろうが、一先ず反逆者扱いは無いだろう。

 それと——今回の、魔物騒動もな」

「そうか。では、俺はここまでだな」


 結局それを口にすることはなく、彼は話を進める。

ともかく、彼がリリアに協力した目的は果たされたということだった。

それを表明する言葉に、ジストは静かに頭を下げた。


「すまない。お前には本当に世話になったな。

 リリアの事、本当に礼を言う。

 日を改めて、また礼をさせてくれ」

「リーンさん、本当にありがとう!

 でも帰っちゃうの? グローリアに遊びに来ればいいのに」

「——俺はアスタリトの近衛騎士だぞ。

 大手を振ってグローリアを歩けるものか。

 それに——この脱走者をリーブルに連れて帰らなければな」


 リリアの言葉に冗談っぽく返して。

リーンは、親指で乱暴に指さす。そこには。


「ちくしょー!! 

 俺が今回どれだけ頑張ったと思ってんだ、この鬼女男(おにおんなおとこ)!」


 全身を縄でぐるぐる巻にされた、哀れなバゼルの姿があった。


「脱走には違いないだろうが。

 申し開きは辺境伯の前で行うことだな」


 彼の文句にも冷徹に返すリーン。

バゼルも情けないなりに、確かに奮戦していたのは間違いないが、

彼の心を動かすには全く足りなかったようだ。

叫ぶバゼルを無視する中。外から入ってきた兵士がリーンに耳打ちする。


「迎えの船が来たようだ。じゃあ、これで。

 ……リリア。元気でな」

「うん! リーンさんもね!」

「ジスト。これからも、俺はアスタリトの反逆者を追う。

 何かグローリアと繋がりがあれば、また協力させてほしい」

「ああ。レクスが首謀していた魔物騒動が終わったとして。

 奴と繋がっていた存在は、まだ残っている。俺もそいつらを追うつもりだ。

 こちらも何か分かれば知らせるようにしよう」


 それは、この時間。

仲間としてともにあったこの時間の、終わりを告げるものだった。

見送りに外に出ていくリリア、そこで。


「あ、アーミィ!」

「リリアっ!」


 兵士たちに連行されていくバゼルを尻目に。

船の前で待機していたアーミィに声をかける。


「アーミィ達も帰っちゃうの?」

「うん。庭も治さなきゃいけないし。

 辺境伯とも、あれからちゃんと話せてないから」


 アーミィもまた、アスタリト領に住まう身だ。

この船に乗るのも不思議ではない。

つまりは、彼女との別れもまたこのタイミングだった。


「アーミィも、本当にありがとう!

 一緒に来てくれて、ほんとに嬉しかったよ」

「そんなの……! 当たり前じゃない!

 それにまだ私のほうがずっと助けられてるもの!

 レオナだってそうだし、私も……!」


 話を重ねていくほどに、涙声になっていくアーミィ。

別れを惜しむのは、彼女も同じだった。

いや、むしろリリアの比ではないかもしれない。


「ええ。リリア様からお助け頂いたこと、

 私もこの先ずっと、その恩を忘れは致しません。

 ——おっとお嬢様、涙と鼻水が……」

「うえええん! ハンカチーーっ!!」


 そして、ついに大声で泣きだしてしまって。

そんな彼女の愛おしさと慰めに、リリアは彼女をぎゅっと抱く。


「大丈夫。また会えるよ、アーミィ」

「うん……! ねえリリア、

 グローリアに来ることがあったら、遊びにいってもいい?」

「うん、勿論!」

「約束よ? ずっと、友達よっ!?」

「うんっ!!」


 そして言葉と約束を、何度も重ねて。

アーミィはようやく、心を落ち着けて離れる。

そして、リリアに大きく笑った。


「元気でね、リリア!」

「アーミィこそ、元気でね! レオナさんも!」

「ええ。リリア様、どうかお元気で!」


——


 そして、離れていく船を見送って。

大きく手を振るアーミィとレオナ、

控えめに手を振るリーンに手を振り返して、小さくなる船を見届けた。

バゼルは居なかった。

逃げることが出来ないよう、個室に閉じ込められたのだろう。


「終わったのですね、この戦いも」


 そのリリアの隣で、小さくつぶやく声。

かつてアスタリトへ向かう船でリリアと出会った彼女だが、

今、彼女はアスタリトへの船に乗ってはいなかった。


「アカリさんっ!

 アカリさんはアスタリトには行かないんだね?」

「ええ。元から闘技大会目当てでしたし、

 グローリアでの生活のほうが長いですから。

 まあまた、住み込みの仕事を探さなきゃですけどね」


 その理由を語りながら笑うアカリ。

だが聞いた限りでも、その世知辛そうな生活の具合が伺えた。

武者修行の身であるからして、固有の家も持たないようだ。

そんな身を、すこし考えて。


「……それじゃあ、うちに来る? アカリさん」

「えっ!? 良いのですか?」


 リリアは、極めて気軽にそれを提案した。

アカリの驚きは、その軽さも相まってかも知れない。

そんな彼女に、リリアは笑って返す。


「うん! うちの部屋余ってるし……そうだっ!」

「わっ!?」


 その理由を話していた、その最中。

リリアは突然、何かを思いついたように顔を上げた。


——

 リーン達を見送った側のこの船は、

逆にグローリアへと向かう船でもある。

故に。ジェネは、その医務室にて横になっていた。


「調子はどうですか、ジェネさん?」

「まあ、全然良くはねえけど……痛みはだいぶ引いてきたよ」


 ネルからの容態確認にそう答えつつ、

ジェネは小さく息を吐く。

実のところ。その心は、自分の容態とも別のところにあった。


(……どうすっかな、これから)


 旅の目的である、魔物騒動の解決という面では。

その更なる黒幕の存在はあれど——魔物騒動自体の首謀は打ち破った形になる。

ジストのようにそれを追う者も居るだろうが、

殆どの者は、取り戻した日常に帰っていくのだろう。

それはきっと、リリアもそうだ。だが。


(正直——帰りたく、ねえな)


 彼には、帰る日常はなかった。

そこは、日常と呼べる場所ではなかったから。

折角の騒動の解決であるというのに、

皆無事に、それこそゼニアさえも救った後だと言うのに。

彼の心は、どうしても憂鬱の中に居た。


 あるいは今の基地にそのまま住まわせてもらって、

ジストの調査の手伝いを続けるか——

そんな、心持ちの中。

突然、激しくなる足音を聞いて。


「こらリリア、走らない!」

「あ、ごめん。ネル姉……ねえねえ、ジェネっ!」

「リリア?」


 何か、とても嬉しそうな笑顔で現れたリリア。

そして。


「ジェネも行くとこなかったらさ、うちに来てよっ!

 一緒に暮らそっ!」

「……え」


 彼女は、今のジェネの一番の悩み。

その救いを、与える存在になっていた。


「で、でもよ……」

「私も誘われたんです。ジェネさんもいかがですか?」

「い、いいのか?」

「うん! うち、空き部屋いっぱいあるし!」


 恐らくはリリアも、それを意図してなどいない。

大事な兄貴分と一緒に過ごせたら嬉しいとか、その程度だ。

ジェネの秘めた心の中までは、知りようはないのだから。

だが、いずれにせよ。


「……じゃあ、行っていいか?」

「うんっ!」


 それは、ジェネの心を何よりも救うものになった。

満面の笑みを見せるリリアに微笑んで、

しかしジェネは、すこし視線を落とす。

直視していると、泣いてしまいそうだったから。


「まあ、ジェネは先に入院だろうがな。

 ——俺たちと同じように!」


 そんな彼を茶化す、あるいは励ますような声が飛ぶ。

随分と包帯を増やしたレオだった。

彼も受けた傷は多く深かった。こうなるのも不思議ではない。


「誇って言うことか」

「フフ。これからも精進が必要ですな、坊ちゃま」

「おめーだってまあまあ大怪我だろ、あたかちおたなす」

「理解不能な呼称を使うな。

 稼働には支障もなく、また修理にも人の治癒ほどの時間は必要ない」


 その言い回しを咎めるノインに、そして笑うカゲツ。

そしてノインに更に突っ込むニーコ、と。

ともあれ、その雰囲気は明るい。

まさに日常への帰還、そのもとすら言えるほどに。


「……そうだ、リリア」

「何?」


 その様子を微笑んで見ていた、

同じくベッドに横たわるゼニア。

しかし何かを思い出すと、リリアへ声を欠ける。


「さっき博士から、連絡があったよ。リリアと話したいって」

「ほんとっ!?」


 思わぬ人物からの連絡に喜んで。

リリアは胸のバッジを掴んで、語りかける。


「リリアだよ。聞こえる、博士?」

『うむ! お主の戦いは見届けたぞ。

 よくやった、少女よ!』


 相変わらず威勢の良い、カタストからの声が帰ってきた。


「カタスト博士、大丈夫なの?」

『うむ。この通りピンピンしておるわ!

 まあそれはよい。伝えておきたいことがあってな!

 発明品については、お前たちの自由に扱ってよい!

 そのバッジや『レギン』もな!』

「え、いいの!?」

『うむ! 特に『レギン』はお主のために作り上げたもの。

 返してもらったところでお主以外に使う者はおらんのでな!』


 自分の無事もそこそこに伝えられたそれに、リリアは驚く。

バッジにしても、そしてこのレギンにしても。

詳しくないリリアからしても、かなり高度なものに思えるものだ。


『そして!

 改良品が出来たら、また連絡させてもらおう!

 今回はワシの発明品にも至らぬところがあったようだからな!

 次に会う時はより高性能なものを作り上げてみせよう!

 では、さらばだ!』

「え、ちょ博士!?」


 そのまま一方的に話し続けたかと思えば、

カタストはそのまま通信を切る所まで行ってしまった。

よほど忙しいのだろうか。リリアがそんな事を思う中、

ポツリと、ゼニアが零す。


「……失敗作だから、処分代わりに押し付けたってことかも」

「あはは……」


 あくまでゼニアの予想ではあるが。

あんまりな予想に、リリアは苦笑しか出来なかった。

とはいえ、リリアに損になることはない。

左腕を上げて、リリアは腕輪の『レギン』を眺める。


 この一連の騒動の、長い戦い。

それは傷つけられた所から始まり、

そしてこれ以上、失わないために戦ったものであるけれど。


 結果的には、成長したもの、手に入れたものも沢山あった。

その殆どは、物として見えるものではないけれど。

実物であるこの腕輪は、その象徴であるようにも思えた。


「……」

「リリア、どうしたの?」


 そんなリリアの様子に、声を掛けるネル。


「ううん、なんでも」


 それを切欠に、リリアは黄昏れるのを終えて。

そして、大きく息を吐いた。

これまでの戦いの日々と、

そして戻れる日常とを、切り替えるように。


「そうそう、教授からも連絡があったの!

 ジスト隊長が無罪だと分かったから、

 教授の指名手配も解除されたって!」

「ほんと!? よかった!」


 そう。嵐のような戦いは、

これでようやく、終わりを告げることとなった。



「それじゃあ……帰ろっか、みんなで!」


 守りぬいた日常へと、リリアは帰っていく。


——


 少し、時は巻き戻って。

ベリオンは見える、しかしずっと離れた海上で。


「かくして。

 ハッピーエンドで完結。めでたしめでたし、という訳だな」


 不敵に笑うカタスト……いや、ヘレ。

その片手には、先程までアイリスを縛りつけていたあの首輪があった。

そして傍らへと振り返り、続ける。


「どうだ、素晴らしかろう! あの少女は!

 いやはや、ワシの慧眼は凄まじいという他……」

「あの少女には学長も目をつけているようでしたが。ヘレ博士」

「何ィ!? あのクソババアがか!?」


 しかしその言葉に、ヘレは激しく反応する。

答えたのは、アイリスではない。

足元の海を凍らせたその上に立つ、氷を操る夜の妖魔(ナイトベール)の男だった。

アイリスも傍らには居た。

だが視線も身体も反らしていて、

話に加わるつもりがないことを示しているかのようであった。


「ええ。珍しいこともあると思っていましたが……

 リーブルと、そしてここでその剣を見て。納得が行きました」

「うむ。

 あのババアの出自からするに、独学以外はありえんが——

 実によく似ておる。あのババアの剣と」

「ええ。私も確信を得ました。

 所以は知れず、ですが確かに。あの剣は、『星剣士』のものだ」

「……なんじゃ、それは」


 交わす言葉の中。

聞き覚えのない単語に、ヘレが反応する。


「失敬。エレナから聞いた話です。

 学長から連なる直系の弟子を、エレナの師がそう呼称したとか。

 エレナに当てられたのは、『紡ぐ光の星剣士』。

 この世界に伝わるエレナの異名、その元となった呼称にあたる物です。

 学長は『烈日の星剣士』だったとか。

 ——まあ、御本人は使っておられないようですが」

「む、ムム、中々イカしてるではないか!

 あのババアのくせに……!!

 かーっ、あの蛮族ババアめ! 勿体無いことを!」


 男はそのまま、1000年前の存在であるはずのエレナから聞いたという話を、

当然であるかのように語っていく。

しかしヘレもまた当然であるかのようにそれを聞くと、

この場にいないギルダへとその怒りをぶつけて。

その後。目の色を変えて、夜の妖魔(ナイトベール)の男に問いかけた。


「つまらぬカスパールの凡愚共と違う、

 お主の目を見込んで聞こう。

 で、あれば。あの少女には、なんと名付ける?」


 それは。連なるその名を、彼に問いただすものだった。

何故彼に聞いたのかは、この話の中だけでは分からない。

それでもしばし、考えて。そして男は口を開いた。


「さしずめ——『煌めきの星剣士』というのは、どうか」

「ククク……くはーッッッ!!」


 して。

その返答はどうやら、彼の感性に合うものであったようだ。

満悦を示すように、ヘレは突如高笑いする。


「良いぞ、良いロマンだっっ!! そうでなくてはな!!

 それほどのロマンが乗る存在でなければ——

 ワシの相手は務まらんッッ!!」


 もう一人で、その盛り上がりまでたどり着いてしまっていた。

誰に言うでもなく、彼は一人で力強く語り続ける。


「今はハッピーエンドを楽しむがよい、少女よ!!

 お前はそれに足るだけのことはした! 

 だが、そこで止まることはないだろう!!

 お主こそが——」

「付き合いきれん。帰るぞ」

「ああ。ではこれで、ヘレ博士」


 そう、一人で。

彼が高笑いと演説を続けている内に。

隣にいたはずの二人は、既に姿を消していた。

恐らくはアイリスの術によるものだろう。


「え? ワシは?」


 そして、この絶海に残されたのはただ一人。

辺りを見回したり、二人の消えた後を眺めるが、

彼らが帰ってくることもなかった。


「——クハハハハーッッッ!!!」


 海に響く高笑い。

それは今度は、やけくそじみたものだったかもしれない。


——


 そんな、激動ばかりがあった日。


 辺りに、他に誰もいない断崖に座って。

ギルダは、水平線に沈む夕焼け空を眺める。


 瞳には、なんの光もない。

美しい空を眺める感動も、

静かな海に癒される安堵も、何も。

あるいは。黄昏れた先の夕焼け空すらも見ていないのかもしれない。

左手に持った酒瓶は、もうからっぽだった。

そして。省みることもないもう一方には。

らしくない、小さな花が握られていた。


「あたしは絶望なんかしちゃいないよ、リリィ」


 この場には、他に誰もいない。

ここにはいない、誰かに向けた言葉だった。

そこには。彼女が常に見せる、あの他人への嘲笑すらもなかった。


 そして、彼女は立ち上がる。

右手に握られていた、小さな花。

それを海に手放して、また呟いた。


「ただ、止まる理由がなくなっただけだ」


——


OverDrivers 第1章

魔物動乱編 完


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