なんくるなる
鋼鉄を張った長い廊下は冷気をまとっている。二体の人型生命体の絶え間ない抵抗が反響してむなしく聞こえてくるだろう。
ドナホース人のぶよぶよした皮膚に身をつけ、たくましい太い腕に抱え込まれながらアクタガワがまくしたてる。「離せやこらぁ」
「黙れ! おとなしくしろ」
乱暴な言葉を吐いたアクタガワをこん棒で殴りつける。ドナホース人の警備隊員は二人を引きずりながら進んでいく。
「なぁ、アクタガワ別に今すぐ死にわけじゃないんだろ、傷みつけられるくらいならおとなしくしてようぜ」
平治は言った。
「あほか、この能天気野郎」
アクタガワはどもりながら言った。
「ええよなお前は遠足気分で、まったくおめでたいことやな」
「おめでたいだって」平治は思わずこぼして、
「誰が遠足気分だ、俺は今さっき自分の星が破壊されてもうどこにもいくあてがないんだぞ。今日だって午後から次の就活に向けてやることは山ほどあったんだ、本来なら今頃、大学の図書館か、駅前の喫茶店で企業研究しながら夕飯何を食べようかなって考えていたところなのに、凶悪なエイリアンの宇宙船で訳が分からない星に連れられそうになってるんだ。それも、地球から遠く離れた宇宙のかなたで! いた! すみません、静かにします!」
まくしたて、わめき散らす平治の尻を警備隊はこん棒で叩く。
「お前だってさわいでどつかれとるやん」アクタガワは言った。
「お前が言うな、お前のせいだからな」平治が指をさして言い返す。
「これが騒がずにいられるか、このままお前と共に運命をともにするなんてありえないんだよ」
「ちょいまち、少しヒステリックになってるで、落ち着け自然体が一番や」
「自然体だぁ、このクソ野郎自分が置かれた状況を理解するのを待ってみろよ。ヒステリックになるのはそれからだ……」
平治はまだまだ言い足りなかったが警備隊の怒号に邪魔された。
「黙れ! おとなしくしろ」
「お前もうるさい、さっきからそればっかりじゃないか」
平治も怒鳴り返した。
「黙れ! おとなしく……」
「いい加減にしろ!」
平治は顔を真っ赤にして警備隊員の顔をまっすぐに見上げた。
「そうやって怒鳴り散らして、こんな仕事で楽しいか」
平治が興奮しながらそう尋ねるとドナホース人は立ち止まり、困惑した様子で口を半開きにする。
「仕事が楽しい?」
彼はつぶやくように言った。
「意味が分からない」
「分からなかったらおしえてやるよ。仕事っていうのは楽しんでやらないと続かないもんだろ、偉そうに怒鳴り散らして、こん棒で殴って。それがお前のしたかったことなのかよ」
『うわぁこいつ自分のこと棚井上げて説教しとる』そう心の中でアクタガワは思ったが、まずはこの不思議な流れを見ることにした。
ドナホース人は低い天井を見上げた。眉間の皺が濃く浮き上がり、口元がへの字に曲がる。
「でも……仕事だから」
「本当にそれでいいのかよ、この宇宙にはいろんな仕事があるんだろ」
相打ちをうつ。アクタガワは首を捻って平治に目をやった。「お前さっきから何言うてん」
「何言ってるって、俺はこいつに就職先を間違ったなって教えてやってんだ。くそがこんなやつが内定もらってどうして俺が……」
「器小っちゃ……。お前宇宙人に嫉妬してどないすんねん、」
「まぁ、そうだな言われてみると思うところはあるな、俺は同期生の中でも早めに就職先が決まったから、早く遊びたくて」
彼はまた考え込んだ。余った二本の腕を組みじっと天井を見つめる。
「ただ、怒鳴って殴りつけるのは好きだな」
にんまり笑った後息を吸い込んで、「さぁおとなしくしろ」
「なるほどな」興奮している平治を制してすかさずアクタガワが横槍を入れる。
「怒鳴り散らすことが得意ならいいと思う、でもなそれを親になった時に自分の子供に自慢できるか? こんな威張り腐った仕事をいつまでも続けてやりがいがもてるか?」
「うーん」
アクタガワはしめたと言わんばかりに続ける。
「考えてもみろや、どうして俺たちをここから放り出す必要がある? ただ上司のいっていることをそのまま行動に移しているだけやないか、そこにお前の意志はあるんか?」
「うーーーうんむー」
警備隊員はのどの奥をごろごろ鳴らし、深く考え込んだ。
「そういわれると、そうかもしれないとも思える」
「そうやろ」
「じゃあ聞くが他に方法はあるのか?」
「簡単な事や、転職すればええやん。自分が他人に誇れる仕事に就く、だれから感謝される仕事をみつけるんや、俺が一緒にお前が輝ける場所を探したる」
「おいアクタガワお前何を勝手なこと」
「任せとけ最悪な事態は回避する、今上手いことまとめてんねん」
警備隊員の思考は限界に達していた。もうこれ以上の内容を理解することが難しそうだ。平治は最後の一押しとばかりに言葉を強める。
「悩んでるなら、まず手始めにあの上司に言うたれ。もうこんな仕事はごめんだって」
「うーんそれはめんどくさいからいいや」
あれ、雲行きが怪しくなる。
「いや、違うやんの流れ的に違うやん、考え直せ」
だが警備隊は再びエアロックに向かって歩き出し常務を再開する。
「よく考えたよ、でもやっぱり今の仕事がベストだと思うんだだって頭を使うことがないから楽だしな」
「ちゃうって俺の言いたいこと伝わってへんやん」
「よく伝わったよ、やっぱり自分が得意なことを続けてくべきだ。怒鳴りつけてどついたりする仕事は人気がないけどその分出世もはやい、あと五年も働けばすぐに主任くらいにはなれる」
ついにエアロックの前に来た。ボタン操作で簡単に開いた鋼鉄の扉の中にはどうみても二人で乗るには狭すぎるボットに平治とアクタガワを詰め込んだ。
宇宙船とはいえ操縦席などはなく、材質の悪いマットが一枚敷かれているだけだった。扉を完全に締め切る前にアクタガワが警備隊員に向かってわめく。
「きいてくれって、宇宙は広いんや、そして俺は現役の転職プランナーをやってるねん。どやここで会ったのも運命とは思わないか」
「いや、全然ひとつもまったく」
死に物狂いで説得するも無残に扉は閉じられ、もう二人の声は聞こえない。それどころか何の物音もしなくなった。かすかに聞こえるのは宇宙船のエンジン音くらいだ。
アクタガワは荒い息を整えながらボットの内部を見渡した。隣にはしわしわになったスーツ姿の平治とやつれた就活バック。
平治は放り込まれたとき強く右肩をうち、左手でさすりながらあえいでいる。
「あぁ、詰んだわ」
「おい、これは最善なんだよな?」
「その反対や」
「お前が任せろって……」
「いや、あと少しやった惜しかったなホンマに」
「それで……俺たちはどうなるんだ?」
「そうやな、もうすぐ俺たちのボットは宇宙空間に放り出されて、オートマト星に落下を始める。それからは俺もよくわからん」
全てを諦めたのかアクタガワは穏やかな表情になる。地球で覚えたアイドルソングを口ずさみながらリズムに合わせて指をならした。
「俺たちは死ぬのか?」
「正確には死ぬまでこき使われた挙句、死んでからも体を機械化されて働かされる」
モーターの音が聞こえる。
気が付けば耳を貫くような轟音と共に真っ暗な宇宙に放り出されていた。わずかに見える窓の外に見えたのはさっきまで乗船していたドナホース人の宇宙船だ。あちこちにまるで無数の星のように明るい光点が散らばっている。
「なんくるなる、なんくるなる」
呪文のようにアクタガワの声が聞こえてきた。




