表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/300

第四章六話「相変わらずの」

 岩が長い年月をかけて削られてできた薄暗い洞窟。


「コハクそっち行った!」


 世界の命運を背負った勇者一行は、ゴブリンの群れと戦闘を繰り広げていた。


「分かってる!」


 全身を真紅で包んだ魔法使い、キテラに返事し琥珀は飛びかかってきたゴブリンの一匹を両断した。


「さすがなの!」


 水色の髪のシスター、クリスが称賛し手を叩く代わりにゴブリンの一匹を殴り潰した。

 緑の地肌から紫の血を流してゴブリンが絶命するが、その場にいた全員がすでに事切れたゴブリンを意識から外していた。

 琥珀たちの様子を伺っているゴブリンがまだ十匹はいる。脅威でなくなった相手に意識を向ける余裕はない。


「サン!」

「僕は大丈夫だ!」


 銀の鎧を着た騎士、サンはゴブリン三匹と正面から取っ組み合いをしていた。


「……相変わらずのバカ力ね」


 キテラが盾のようにゴブリンの動きを遮っているサンに顔を引きつらせる。

 ゴブリンがいくら小柄で人の腰の高さまでしかなかったとしても、正面からの押し合いで拮抗することは難しい。ゴブリンは小柄なくせに膂力だけはあるのだから。


「「「キテラ!」」」


 琥珀、クリス、サンが声を揃える。

 時間は十分に稼いだ。後は作戦通りに任せるだけだ。


「準備ができたわ。下がって」

「うん!」

「了解!」


 待ち望んでいたキテラの言葉に従って、パーティの前衛を務めていた琥珀とサンが後方へと跳ぶ。


「悪しき者共よ。卑しき魔物共よ」


 琥珀たちの動きを視界の端で確認して、キテラは右手を前に突き出す。

 複雑な魔法陣が宙に描かれ、キテラの意思に応じて赤く輝く。


「――その罪をもって焼き払え」


 魔法陣がひときわ赤く輝いて、紅蓮の炎を吐き出した。


「「「グギャアアアア」」」


 ゴブリンの群れを紅蓮が呑み込む。その圧倒的な熱量にゴブリンは悲鳴をあげることしかできず、やがて灰も残さず焼却された。


「キテラは人のこと言えないと思うけどね」


 炎が収まり、今の今まで戦闘があったとは思えない黒こげな洞窟の岩肌にサンは肩をすくめた。

 勇者一行の中でもひときわ優れた攻撃力。キテラの前ではサンの筋力など誇れない。


「なーに? サン。アタシの魔法に何か文句でもあるの?」

「いやない。助かったよ」

「思ってもないくせに」


 笑顔で首を横に振るサンに、キテラは唇を尖らせた。


「お疲れ様です。四人ともすっかり強くなりましたね」


 伏兵として物陰に潜み、結局出番がなかった質の良いミニスカドレスの女性、イオアネスが手を叩きながら姿を現した。


「それでも姫様ほどじゃないの」


 クリスが困ったように眉を八の字にする。

 イオアネスを前線に出さず奥の手として用意していたのは、一国の姫君に何かあったらという恐れがあったからだ。そしてもう一つの理由が、イオアネスがこの場にいる五人の中で一番手が早いからでもある。


「クリス。わたくしのことはイオと呼んでくださいと言ってますわ」

「でも姫様は私なんかより――」

「言ってますわ」

「……ゴメンなさいなの」


 柔らかな微笑みなのに頷くしかない圧力に屈して、クリスは頭を下げた。


「分かればいいのです。旅の仲間なんですから立場なんて関係ありませんわ」


 クリスの言葉に、イオアネスは満足したようにウンウンと頷いた。


「そうよクリス。アタシなんか人里離れて生きてきた哀れな独り者なんだから」

「でもキテラは魔法を研究する賢者なの」

「自称よ。成果を広めないんだから尊敬される立場じゃないわ」


 キテラは肩をすくめて、クリスの言葉を軽く受け流す。

 キテラは数多くの魔法を扱えるが、王族や神に声を届けるシスターと比べればどうしても霞んでしまう。


「キテラの言う通りだよ。ボクからすれば皆凄い立場なんだし」

「「「「コハクが一番凄いでしょ!」」」」

「そ、そんな声を揃えなくてもいいじゃないか」


 琥珀がキテラの助け舟を出すつもりで自分を乏しめると、残りの四人に怒鳴られてしまった。あまりに息ピッタリだったので琥珀は思わず後ずさった。


「グルルル」


 洞窟の奥から琥珀たちのものではない声がした。

 ズシンと重たい足音が洞窟に響き渡る。

 洞窟の奥から姿を現したのは先ほどまで相手していたゴブリンの数倍にもなる巨体。琥珀たちも自然と見上げた。

 オーク。巨体に見合った筋力を持っており目撃情報があれば近隣の騎士団が動くほどの魔物が、こん棒を持って歩いてきた。


「あら?」

「まだ残っていたのか」

「倒そうか」


 キテラが魔法陣を展開し、サン、琥珀の二名が剣を構える。


「ううん。三人はもういいの。次は私が――」

「セヤァ!」

「グオアアアア!?」


 つい先ほどの消耗を考えてクリスが三人の代わりに拳を構えると同時、イオアネスがオークの顔面に張り付いた。


「……うっそー」


 何度も肉を裂く音と倒れる巨体に、琥珀たちは目を丸くして呟かずにはいられなかった。

 だからイオを前に出したくなかったんだ。


「よいしょっと。ベトベトになってしまいました」


 逆手に持つナイフにオークの血をべっとりとつけて、イオアネスは自分の服を確認して眉を寄せた。

 騎士団が動くほどの相手を瞬殺したとは思えない、普段通りの気品すら漂わせている。


「イオってどうしてそんな元気なの?」

「はい? どうしたのですコハク」

「ボクたちより早く動ける理由が知りたくってさ」


 琥珀もサンも前衛として体捌きにはそれなりの自信がある。

 だけどイオアネスと比べればどうしても一歩遅れてしまう。騎士として戦闘経験の多いサンや勇者として類まれなる力を持つ琥珀よりも、王族として後方から指示を飛ばすお姫様のほうが強いのは不思議でならない。


「言いませんでした? 護身用にあらゆる戦闘術を学んだと」

「うん言ってたね」

「わたくし王宮生活よりこちらのほうが性に合うかもしれません。体を動かすのが好きなんです」


 体を動かすのが好きとかそういう次元の問題だろうか。

 琥珀は深く考えないようにした。規格外のお姫様に驚かされるのにはもう慣れてしまったのだ。


「だからって僕より早く前に出るのは困りものです。護衛の先輩方はさぞ大変だったでしょう」


 サンはため息を吐きながら、じゃじゃ馬姫に振り回されたであろう先輩たちに心の中で敬礼した。

 サンは自分が未熟者でよかったと思っていた。まだ訓練のほうが温情がある。


「なんですかサン。その顔は。不敬ですよ」

「申し訳ありませんイオアネス様」


 イオアネスに心情を読まれたサンは神速で膝をついて頭を垂れた。


「あー、サンがイオアネスを怒らせたー」

「うるさいぞキテラ」

「そんな口答えしていいわけ? これは打ち首じゃないの?」


 キテラがニヤニヤと笑みを浮かべてからかい、サンは頭を下げたまま言い返した。


「冗談ですよ。キテラもあまりサンをからかわないであげてください」

「はーい」

「ご厚意感謝します」


 キテラが後頭部に手を置いて下がり、サンも頭を上げた。


「じゃ、話もまとまったことだし、そろそろ帰るの」

「まだだよ」


 仕事は終わったーっとばかりに両手を広げるクリスに、琥珀は首を横に振った。


「そうね。まだ三匹、さっきのデカいのが残ってる」

「わたくしは前に出なくてもいいでしょうか。あっでももう汚れてるし関係ありませんね」


 キテラが目を閉じて周囲の状況を確認し、イオアネスがドレスの裾をつまんでナイフを手元で回した。


「いえ、ぜひ下がっていてください。あなたに何かあれば僕たちの首が飛びます」

「アタシたちまで巻き込まないでよ」

「そうなの。王様に命令されたのはサンだけなの」


 サンが首を振ってイオアネスの参戦を拒み、キテラとクリスが露骨に不機嫌になった。


「なっ、裏切るのか」

「裏切るも何も」

「私たちはイオの友人なだけで護衛じゃないの」

「ぐっ、分かったよ。一人で頑張ってやる」


 キテラとクリスに言われて反論が見つからず、サンは剣をより強く握りしめた。


「ボクはサンの味方だからね」


 琥珀が苦笑しながらサンの肩を叩く。

 立つ瀬がなく女性陣につらく当たられていたサンが疲れていた顔を輝かせた。


「甘やかさないでいいわよ」

「そうなの」

「あははっひどい扱いだなあ」


 キテラとクリスはサンの扱いが酷い。もちろん冗談としてなので琥珀はたまらず吹き出してしまった。

 もしも二人が本気でいじめまがいな扱いをしていれば許してはいない。しかし二人は冗談半分だしサン自身も受け入れているので口出しする必要がないのだ。


「四人とも。雑談はそのくらいで」

「うん。イオはどうする?」


 ピリッと雰囲気を鋭くしているイオアネスに、琥珀は案がないかたずねる。

 一番手の早いイオアネスを中心に作戦を組み立てたほうが何かと楽だ。というかイオアネスを基点にしないと作戦が崩される可能性が出てくる。


「わたくしは一匹相手をしようと思います」


 イオアネスは既に意識を洞窟の奥に潜んでいるオークに集中させていた。彼女の闘気に充てられてナイフが鈍く光っている。


「オッケー。クリス」

「はいなの」

「イオのフォローをしてあげて」

「分かったの」


 イオアネスの気合十分な返事に頷いてから、琥珀はクリスに指示を出す。

 クリスは回復役だ。あまり前に出す必要はないが、彼女の腕力はサンに次いで高い。イオアネスの援護には十分だ。


「サンとボクで一匹ずつ足止めしよう」

「かしこまりました」


 琥珀の指示に従って、サンが胸に手を当てて頭を下げる。


「キテラ。二匹を同時に倒せる魔法の準備を」

「はいはい。二匹でいいの?」

「うん。イオとクリスで一匹片付けてくれるはずだから。そうだよね?」


 キテラの問いかけに琥珀はイオアネスを見つめながら答えた。


「勇者様に期待されたら頷くしかありませんわ」

「その呼び方は嫌いだって言ったでしょ」

「申し訳ありません。大丈夫です。倒せます」

「私もいるから心配無用なの」


 イオアネスは苦笑して軽く頭を下げて、クリスが自信満々に自分の胸を叩く。

 二人ならオーク一匹ぐらいじゃ物足りないかもしれない。負担が大きくしたくないからそれ以上の割り振りはしないけど。


「分かったわ。じゃあ二匹を確実に倒せる魔法を用意しておく」

「頼んだよ」

「「「グルルル」」」


 キテラが頷くのを確認するのと、洞窟奥の暗がりからオークが三匹姿を現す。


「さあ。これが終わったら帰るだけ。焦らず確実に倒しちゃおう」

「「「「了解!」」」」


 勇者一行とオーク三匹の戦いは一方的なものになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ