第四章七話「集まりすぎ」
「「「ありがとうございました勇者様!」」」
「えーっと」
ゴブリンの群れとついでにオークも四匹倒した琥珀たちが村に戻ると、村人総出で頭を下げられた。
琥珀は反応に困って頬をかいた。勇者として旅をしている以上似たような状況には何度か遭遇している。しかしいくら経験しても慣れないものだ。
「はいはい。期待に応えてもらえて嬉しいのは分かったから。集まりすぎよ」
キテラが琥珀を庇うように前に出て、ヒラヒラと村人を手で払う。
「本当に感謝しているのです」
「気持ちは受け取っておくわ」
なおも食い下がろうとする村人に軽く返して、キテラは態度を崩さない。やがて取り付く島がないと悟ったのか、村人は少しずつまばらに散っていった。
「やっぱりこういうときはキテラが一番頼りになるね」
助け舟を出してくれたキテラに、琥珀は両手を合わせて頭を下げた。
「まあね。三人とも好意を受け取るのに慣れてるもの」
「申し訳ない。民衆の声を聞き届けるのが仕事だったので」
キテラが当然のように村人のお礼を受け取っていたクリスとイオアネスとサンに視線を送り、三人を代表して困り顔で頭を下げる。
王族や騎士は民の声を聞くのが仕事だ。クリスも声を聞き届けるシスターなので、感謝の声には慣れている。
三人からすれば感謝されて困惑する琥珀のほうが理解できないのだ。
「というかコハクもいい加減慣れたほうがいいの。魔王を倒す以上、皆から尊敬されるのは避けられないの」
「簡単に言うなあ。旅をするまで尊敬されるなんて思ってもなかったんだよ?」
琥珀は高校生だった。好意はよく寄せられていたが当人は気付いていなかったので本人はいたって普通の高校生活だったと考えている。
影で友人に初恋キラーと呼ばれていた琥珀が普通なはずがないのだが、彼女自身が残念ながら気付いていない。
「大丈夫ですよ。すぐに慣れます」
「生粋のお姫様の基準で言われてもなあ」
生まれた頃から無条件で人が傅く環境で育ってきた人間の言葉は信用に値しない。あまりにも環境が違いすぎる。
「ところで、買い物はいいの?」
三対二では分が悪いので、しかもその三人は全員が頑固者だ、琥珀は話題を変えることにした。
「買い物?」
「食料はまだ持つって言ってたじゃない」
琥珀たちは旅をしている。そのため食料や消耗品は道中の村で補充しなければならず、もし補充のし忘れでもしようものなら凄惨な未来が待ち受けている。
そのため仲間たち全員で物資の確認をしていた。普段の持ち運びはキテラの魔法なのですべて把握しており、調理担当である琥珀が毎日チェックし、村を見つけるとイオアネスとサンとクリスが確認するのだ。
二重どころか五重にも確認することで忘れないようにという琥珀のアイデアである。
「でも特産品があるかもよ?」
旅に慣れない琥珀にとって、消耗品の補充ついでにその村特有のグルメを味わうのは唯一と言っていいぐらいの楽しみだ。
「ダメよコハク。神様から貰ったかなんだかで散財が激しいんだから。少しは考えて使いなさい」
キテラが渋い顔をして、目を輝かせている琥珀に頭を抱える。
琥珀には浪費癖があった。召喚され、魔王を倒す旅を始めてから徐々にひどくなり、今ではキテラが頭を悩ませるまでになった。
「だって無限なんだもん。使わないと損だもん」
理由は簡単。アダムより授けられた旅のお供その二、無限に金貨が取り出せる小袋が原因だ。
いくら使い切ろうと果てのない財。旅人であり無駄な出費は少ないとはいえ、金銭感覚を狂わせるには十分だ。
「ダーメ。クリスも言ってやりなさいよ。アンタの主の金を使いまくるのよ?」
「でもおなか空いたの」
「クリスぅ」
自分の腹を抑えて呟くクリスを、キテラはため息を吐きながら恨めしげに睨みつけた。
「ほら! クリスもこう言ってるし」
キテラに止められていた琥珀は仲間を得たことで鬼の首を取ったように語気を強める。
まさかクリスが敵に回ると思っていなかったキテラは、突然の不利な状況に言葉の勢いが弱まっている。
「まあまあキテラ、いいではないですか。休息もときには大切ですよ」
そこへさらに畳みかけるようにして、イオアネスが琥珀を擁護し始めた。
「そんなこと言って、ほとんど休息しているじゃないの」
「えへ」
キテラに言われて、琥珀は笑ってごまかした。
戦う。歩く。休むしかしていない。魔王を倒す旅ならそれで十分ではあるが、キテラとしては色々と思うところがある。
彼女は魔法使いであり、魔法を作り出すことができる。旅の経験が新たな魔法の創造に繋がる可能性もあるわけで、あまり遊んでばかりもいられない。
「まあ仕方ないよ。今回はご褒美ってことで」
「「やったー!」」
やれやれとサンが肩をすくめて、琥珀とクリスが同時にガッツポーズした。
「アンタまで。いいの? サン」
「どうせ止めても聞いてくれないよ。それなら機嫌を損ねられる前に言うこと聞いといたほうがいいと思うんだ」
キテラやクリスが合流する前からお目付け役として旅してきたサンはとっくに諦めていた。遠い目をして微笑んでいる。頑固に断り続けて機嫌を損ねた過去でもあるのだろうか。
「まったく。今日だけだからね!」
「やったー。キテラ大好き!」
調子のいいことを。これだから憎めないのよ。
キテラはため息をこぼして口の中で呟いた。絶対に声に出してはやらない。今後ますます止めにくくなるからだ。
「じゃあ、どこに寄ろうか。村だからあまり選択肢はないけど」
旅の途中で立ち寄り、話の流れで近隣の洞窟を根城にしていたゴブリンの討伐を頼んできた村。
オークがいたのは予想外だったが、ゴブリンの群れだけなら大きい村は撃退できる。わざわざコハクたち旅人に頼まなければならなかったこの村は、お世辞にも規模の大きな村とは呼べない。
店と呼べるのも一つしかなく、サンの視線の先にある酒場だけだ。決して大きな店ではないが村人らしき人間が出たり入ったりしている。
「はいはい! お酒が飲みたいの!」
「ダメだよ。まだ未成年なんだから」
ババッと元気よく手を上げるクリスに、琥珀は冷たく言い放った。
ちなみにこの世界には未成年飲酒禁止法なんてものはない。すなわちお酒はハタチになってからという標語も当然存在しない。
琥珀も文化の違いは理解している。だけど飲酒やたばこと言った基本的なルールは忠実に守っていた。
「コハクの世界で言えば成人してるのはアタシとサンだけね。それでもいいならいいけど?」
「えぇー。そんなのズルいのぉー」
琥珀と同い年の十六歳が口を尖らせて頬をふくらませ、持てるすべてを使って不満を表現する。
琥珀はお酒を飲まない。真面目な彼女の性格上、同年代の飲酒にも厳しく止めていた。と言ってもクリスは隠れてお酒を飲んでいたが。
止められる以上、心の底から楽しんでお酒を飲むことはできない。しかも仲間二人は楽しそうにお酒を楽しんでいるのをはたから眺めるしかできないなんて生殺しにもほどがある。
「でも他に食事処はありませんわ」
お酒は付き合いでしか嗜まない、当然ながらどこぞのシスターのように隠れてお酒を飲んだりもしないイオアネスが肩をすくめる。
ただでさえ小さな村なのだ。酒場以外で外食をするところは見当たらない。
「じゃあ決定で。僕とキテラも飲まないからさ」
「ちょっ、なんでアタシまで」
この場で最年長のサンが仕方ないとばかりに話をまとめ、なぜか巻き込まれて不服なキテラが異議を申し立てる。
「……コハク様がいるから」
「えっ? ボク?」
「しょうがないわね。個人的に買っておくぐらいは許してくれるでしょ?」
サンがとても言いにくそうに顔をしかめ、キテラもすぐに頷いて納得した。
予想外のところで名前がでてきた琥珀は目を丸くしている。
「それならいいよ。コハク様の手が届かないようにね」
「当然よ」
「ねえ。ボクが何? もしかして何かしたのかな?」
サンとキテラの話が進む中、華麗にスルーされた琥珀はしつこく質問を繰り返す。
チラッと聞こえただけでも無視できる内容ではなかった。というか気になるよう小出しされた感すらある。確信犯ではないかと疑いたいぐらいだ。
「いえ何もしてないわ」
「うん。未遂だったから大丈夫だよ」
「それは大丈夫って言わないんじゃないかな。ねえちょっと」
キテラにもサンにも微笑まれて、琥珀は顔を青ざめる。
自分でも知らない何かをこの二人は知っている。とても恥ずかしいし、何かやってしまったのかと不安にもなる。
「心配しないでいいですわコハク。クリスも一緒ですから」
ひときわ優しそうな、まるで女神がするような微笑みを浮かべたイオアネスにさらに琥珀の顔は青くなる。
「ねえ嘘でしょ? クリスって結構酒乱だよ? ボクもあれと一緒なの?」
「あれ呼ばわりはひどいと思うの!」
琥珀の言葉が不満ですとばかりにクリスは両手を上下に振った。
世間一般的な常識として、飲酒すると人間は制御が甘くなる。アルコールの作用により体の反応が鈍くなり、判断力も低下する。飲酒運転が禁止されているのは車の運転には判断力を必要とし反応が鈍れば数メートルから十数メートル程度移動してしまうからである。要はブレーキを踏んだときには既に手遅れになっている危険性が高いからだ。
ここでもう一つの情報であるが、クリスの身体能力、特に腕力はサンと同等であり残り三人を合わせても腕相撲では勝てないぐらいの差がある。
つまりだ。クリスがお酒を飲み制御が甘くなった身体能力を酔っぱらった勢いで使ってしまえば、もっと簡単に言うと酔っぱらって暴れてしまえば、止められる人間はサンしかいないのだ。
「あの」
「「今忙しいんだけど!」」
「ひぃっ!」
琥珀的にもクリス的にも大切な話をしていると何者かに声をかけられて、二人は勢いそのままに怒鳴った。
「こらこら。二人とも落ち着いて。村長さんだよ」
最年長のサンが苦笑しながら、突然怒鳴られて腰を抜かしている老人の男性に手を貸して立ち上がらせる。
その顔は見覚えがあった。
琥珀にゴブリン討伐を依頼した村長だ。そんなに頭を下げないでと言った覚えがある。
「あっゴメンナサイ。驚かせるつもりはなかったんだ」
「ゴメンナサイなの」
我に返った琥珀とクリスはバツが悪そうに頭を下げる。
身内だけならいくらでも怒っていいと思う。でももう二度と会わないであろう村長には外行きの態度で接しなければならない。勇者が評判を悪くするわけにはいかないのだ。
「いっいえ。急に声をかけた私の落ち度ですから」
勇者とシスターに頭を下げられた村長が慌てて手を振って自分は気にしていないとアピールする。
村長は知らないが勇者パーティには王妃も同行している。もしもイオアネスに頭を下げさせたとエドワードが知れば打ち首必須だ。
「で、村長さんが一体何の用?」
「はい! それがですね」
このまま放置していても本題には入らないと判断したキテラが、半ば強引に村長の言葉を引き出す。
キテラの静かな圧に押されて、村長は一瞬で顔を青くした。
「キテラ。圧力をかけるのはどうかと思いますわ」
交渉術に長けているイオアネスだけがキテラの圧力に気付き、呆れたように肩をすくめる。
「いいじゃない話が進まないんだから」
「まったく。コハクに気付かれなくてよかったですわね」
「アンタが黙ってくれればもっとよかったんだけどねお姫様?」
ヒソヒソと小声で話をする二人。琥珀は何を話しているのか聞き取れず首を傾げていた。
もしも琥珀がキテラの行動に気付いていたら、間違いなくいい顔はしない。そして誰もいないときに小言を言っていただろう。
「勇者御一行様はまだ村にいてくださるんですよね?」
村長の問いかけ。
キテラたち四人の視線が一斉に琥珀に集まった。
「そうですね。食事をとってから出発しようと思ってます」
パーティを代表して、琥珀はこれからの予定を軽く伝える。
琥珀の駄々を聞いてもらったので食事はするが、元々魔王を倒すという目的があるのだ。一つの村に長居をするつもりは毛頭ない。
「でしたらぜひうちの旅館をお使いください! 最高のおもてなしをさせていただきます!」
「……聞いていましたか? ボクたちは一泊するつもりないんですが」
琥珀の顔からは表情がなくなっていた。
よくある話だ。琥珀たちは五人だけで騎士団にも相当する戦力を有している。全員が揃っていれば小さな村ぐらいなら守り切るなぞ造作もない。だからこそ琥珀たちに少しでも滞在してもらい守ってもらおうとする村は少なくない。
きっとこの村長も魂胆は同じだろう。だから長居はしたくないのだが。
「いえ! そこをなんとか! お礼も満足にできていませんし」
「お礼の言葉は貰いましたよ」
「あの程度、ただの言葉でございます。お礼とするにはあまりにも軽い」
「そんなことないと思うけど」
村人総出で頭を下げるのは決して軽いとは思えない琥珀は、敬語も忘れて思わず呟いてしまった。
とても面倒臭い。正直に心境を明かせばその言葉が出てくる。
村長からすれば命がかかっているのだ。断るにも一筋縄ではいかない。ちゃんとした、理路整然としていて反論の余地を与えない理由を告げなければ解放してくれはしないだろう。
付け入る隙のない理由はそう簡単に出てくるものではない。琥珀は頭を悩ませた。
「それで、どこに向かえばよいのですか?」
琥珀の前に一歩出て、イオアネスは村長の言葉を受け取った。
「イオ?」
「お礼をしたいと言っているのです。民の言葉を聞き入れるのも仕事の一つですよコハク」
悩みを見抜いているのか、イオアネスは微笑んだまま琥珀の肩に手を置く。
警戒してもいいことはない。イオアネスの手からそんな思いが伝わってきた。
「そんなこと言って体よく休みたいだけじゃないでしょうね」
「そんな、クリスじゃありませんし」
「私もそんなこと言ってないの!」
さらりとイオアネスに笑われて、心外だとクリスが全身で不満をあらわにする。
「ありがとうございます! 村の外れに宿があります。話は既に通しておりますので、どうかごゆるりと」
「はい。ゆっくり羽を伸ばさせていただきます」
影のリーダーがよしと言ったのだ。琥珀としても断る理由はない。
イオアネスに間違いなどないのだから。




