第三章二十七話「下心を丸出しに」
傷が癒えたようなので、圭太たちはキテラの町まで戻ってきた。
事務処理はほとんど終わったとはいえ、キテラが片づけなければならない仕事はまだ残っている。
これからのことを考えて、とりあえずキテラには一仕事してもらわなければならない。
キテラの仕事が片付くまで圭太たちは時間ができてしまった。
「よおロイ」
どうせ暇だからと圭太は路地を歩き、目的の姿を見つけて声をかける。
一応反乱は成功したのだから路地の奥にアジトを構えるのではなく、もっと堂々としてもいいものだとは思う。まあ日陰者がいきなり日の当たるところに出ても辛いのはとてもよく理解できるが。
「ケータか? どこにいるんだ?」
圭太の姿を見つけられないのかロイは辺りを見渡している。
圭太は忍者のように壁に張り付いていた。当然人の頭上よりも高い位置でだ。横を見渡しても見つけられるわけがない。
「まあまあ。反乱軍たちに水を差すわけにもいかないだろ?」
ロイのすぐ近くでは反乱軍の面々が樽を担いで大騒ぎしていた。
悲願を成し遂げたからか連日連夜宴会騒ぎのようだ。壁際でぐったりしている人間もいる。なんだか黄色い液体がところどころにこびりついているが圭太はそれ以上考えないことにした。
「何を企んでいるんだよ」
「企むとは失礼な。挨拶に来たんだっての」
よりにもよって企むとはなんだ企むとは。一度も騙したりしていないだろうが。
圭太は自分のしでかしたことを棚に上げてプリプリと怒る。自慢の戦力さ、とか言ってナヴィアとシリルを紹介したときの話なんて既に記憶のごみ箱だ。
「分かったよ。どこかにいるんだろ? 顔を見て話をするにはどこに行けばいい?」
「反乱軍から離れてくれればいい。俺もついていくから」
「ホントお前が味方でよかったよ」
姿を見せないまま後をついてくる相手など敵に回したくない。その通りだと圭太は他人事のように頷いた。
そして何食わぬ顔で反乱軍の輪から離れだすロイを追って、圭太は壁を這いずった。
「そう言えばシリルはどうした?」
圭太は反乱軍にお世話になっていると思っていた少女の姿がないことに首を傾げた。
ドタバタが続いていたからあの牢獄以来反乱軍と連絡を取っていなかった。シリルとも疎遠になっていたからついでに顔を見ようと思っていたのだが。
「分からない」
「なんだって?」
ロイは首を横に振り、予想外の答えに圭太は動きを止めた。壁から落ちそうになるのを何とかこらえる。
「俺たちのアジトで祝勝会を誘ったんだが断られてな。居場所も分からないし連絡が取れないんだ」
いつから続いてまだ終わる気配のない祝勝会か。それは不参加が正しい判断だ。圭太は心の中でシリルにサムズアップを送った。
反乱軍という情報網を持つロイでも所在が掴めていないのなら、多分彼女は自分の家にいるのだろう。キテラを倒した報告をしているのかもしれない。
「下心を丸出しにしてたな?」
反乱軍よりもシリルの情報を持っている圭太は邪魔しまいとロイをからかうことにした。
「違うわ!」
「だって女の子に拒絶されるなんてそういうことだろ?」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ!」
何ってお前、イケメンだと思ってるよクソくらえ。どうせ女の子相手なら見境なく食べようとか考えているんだろうが。
圭太は偏見まみれの冷たい視線でロイを見下した。圭太はイケメンではないし前世では女の子に言い寄られるどころか無視されていた境遇である。顔の整ったクソ野郎には人一倍敏感であった。
「どうしたんだよ虚空に叫んで。危ない奴か?」
「誰のせいだ!」
やれやれと聞こえるようにため息をこぼすと、ロイは圭太とはまったく違う方向に怒鳴った。近所迷惑である。
「まったく。しょうがないから出てきてやるよ。反乱軍から離れたみたいだしな」
反乱軍が後をつけていないのを確認してから、圭太は壁から手を離した。
結構な高さからの落下だ。勢いを殺さなければ骨が折れてしまうので圭太はイロアスを展開、壁に突き刺すことで勢いを殺した。手がしびれたが足の骨を折るよりはマシだと自分に言い聞かせる。
「テメェ。で、話ってなんだ」
「言っただろ? 挨拶に来たんだ」
ロイの責めるような視線を笑顔で受け流して、圭太は一歩横にずれる。
ナヴィアに車イスを押された姿で、イブが姿を現した。毎度おなじみ黒い穴を通して来ただけだ。一応魔法を使う瞬間だけ圭太の体で隠した。何かと騒ぎになっては面倒だからだ。
「魔族か。その女は?」
「挨拶じゃな。吹き飛ばすぞ?」
お前のほうが挨拶だと思うぞイブ。
圭太は頭痛がした。やっぱりロイに会わせるべきではなかったかもしれない。
「落ち着いてください。わたくしたちも巻き込まれますから」
すかさずナヴィアがイブの怒りを抑えようと動き出す。魔王の機嫌取りは彼女に任せておけば大丈夫だろう。
「この物騒なクソガキがキテラに捕まっていた仲間だ」
「コイツが? とても力があるとは思えないな」
「やはりこの人間ワシを舐めておるよな? 格の差を教えねばならぬよな?」
圭太が軽く紹介し、ロイははてと首を傾げた。
二人の態度が気に入らなかったのかイブの右手に黒炎が宿る。
「おやめください。ここで寛容に見逃すことこそ格の違いでしょう」
「ふむ。そのような考え方もあるか」
「ちょろい方で助かりました」
それをイブに聞かれたらナヴィアもタダじゃ済まないぞ、とは言わなかった。イブに興味を持たれても面倒だからだ。
「ナヴィアありがとう。そのまま世話を任せるよ」
「お任せください」
圭太は親指を立て、ナヴィアも主人の真似をしてぎこちなく親指を立てる。
「お前らのおかげで仲間は無事解放できた。感謝する」
圭太は気を付けの姿勢から腰を九十度曲げて、ロイに頭を下げた。
反乱軍がいなければイブは解放できなかった。払った犠牲は少なくないだろう。だけど圭太のわがままに付き合ってくれた。
お礼を言わずに立ち去るなんて非常識、圭太には真似できそうにない。
「やめてくれ。俺たちだってシリルに助けられた」
ロイは両手を振って、圭太に頭を上げるように頼む。
今回、反乱軍も圭太に助けられた形だった。シリルというたった一人の援護だったが、その一人のおかげで戦線を維持できた。もしもシリルがいなければ被害はもっと大きかったことだろう。
「シリルの特殊な魔力は役に立ったか。そう言えば向こうの主戦力を倒したんだって?」
「ああ。といってもシリルが一人で倒したみたいなもんだけどな」
「だろうな」
予想の範囲内だったので、圭太は頭を上げて軽く頷いた。
無効化系能力者は大体気合いで何とかなる。実際に口に出したらシリルやナヴィアに怒られてしまいそうなので口が裂けても言えないが。
「でもアレはなんだったんだ? シリルの魔法で消滅したが、死体も残らなかったぞ?」
やはりロイも気になったか。普通の兵士だったら死体が残る。殺したのに死体が残らないのは魔物ぐらいだ。
「アレはキテラの魔法じゃよ。神の次元まで行っておったから、ほとんど人間みたいじゃったろ」
「魔法で生み出した人間ってことか。なんでもアリだな」
「魔法が使えればな。後は発想力の問題だ」
イブが軽く説明するとロイはあごに手を置いて唸った。まさか魔法の一種だとは思っていなかったというところか。圭太も見事に騙されたから気持ちは分かる。
「昔みたいにまた魔法でも勉強するか。色々と知らない魔法があったからな」
「お前にそんな時間があるとは思えないけどな」
「何?」
頭の後ろで手を組むロイを圭太は悪戯っ子のように笑った。
「もうすぐ本人が発表するだろうけど、キテラは表舞台から姿を消す。当然だよな。反乱を鎮圧できなかったんだから」
「……冗談だろ? あの女がこうもあっさり引き下がるかよ」
この後の予定、圭太が手配して今も実行中であるキテラの仕事を教えてやるとロイは怪訝そうに目を細めた。
「監獄が大破しただろ? あれはキテラとこのクソガキがやったことなんだ」
「誰がクソガキじゃ」
「なんだって?」
信じられないと顔をしかめているロイに圭太は更なる追い打ちを仕掛ける。ロイは聞き間違えかとさらに目を細めた。
「コイツはキテラよりも魔法を習得しててな。見てるこっちが殺されるところだった」
「主らが軟弱なのじゃ。あの程度、大したことないわ」
「わたくしたちは普通なのです。おかしいのはそちらでしょう」
「なんじゃとお」
ナヴィアにまで非常識と言われたイブが額に青筋を作る。圭太はナヴィアに丸投げしているのでイブには触れないことにした。
「あの女と同格以上? ……それって」
「それ以上はなしだ。俺も余計な仕事を増やしたくない」
「――ははっ。そりゃあ自信があるわけだ」
圭太は斧槍状態であるイロアスを手首で回しながら、何かに気付いたロイの言葉を封じる。
イブが魔王であると知っているのは既に魔王城に軟禁している勇者パーティの面々だけだ。それ以外で真実に気付いている者がいれば口封じしなければならなくなる。
ロイが何に気付いたのか知らない。だが仕事が増えることはなさそうだ。
「ロイ。お前なら言わなくても分かっているんだろうが」
圭太は今は使う機会をなくしたイロアスを手首で回しながら話を続ける。
「民のためにしっかり働けよ? よくない噂を聞いたら俺は責任を果たさなきゃならなくなる」
もしもロイまで独裁者となった場合、圭太は反乱を手伝った立場として責任を取らなければならない。
武士のように責任を取って切腹、ではない。これ以上の狼藉をさせないためにロイを玉座から引きずり降ろさなければならなくなる。
キテラほどではないが、面倒には変わらない。
「怖いな。俺なんて余裕で殺せるくせに」
「ただの人間だからな。二人に頼らなくても余裕だ」
わざわざチート魔王を出すまでもないし、ナヴィアにお守りされるほどでもない。
王様一人を力づくで退ける方法なんていくらでもある。
「ダメです。ケータ様はまた無茶しますから」
「大丈夫だって。どんなヘマだよ」
「信用できません」
圭太は苦笑するが、ナヴィアはいたって真剣な表情だ。
真剣に圭太の身を案じている。案じすぎるあまり圭太の言葉を信用しないぐらいに。
「辛いな。まさか仲間に信じてもらえないなんて」
「自業自得です」
「お前らって不思議だな」
肩を落とす主人と毅然と言い放つ奴隷という中々に珍しい光景に、ロイは呆れたように呟いた。
シリルにも言われた。そんなに変だろうか。
「安心してくれケータ。お前らの手を煩わせるつもりはない」
「頼もしい言葉だな。お前まで権力に振り回されんなよ?」
圭太の手を煩わせるかどうかはロイが決めることではない。民衆が決めることだ。
そして民衆は権力に振り回されるような独裁者に強調することはない。あまりにも悪名が轟けばキテラのように旅人の耳にも入ってくるだろう。
「大丈夫だ……ところで何かいい案があったりするか?」
「ロイ。ちょっとガッカリだよ。まああるけど」
「本当か!?」
せっかく格好良く宣言したところなのに、次の瞬間には頼ってくるロイに圭太は呆れてため息をこぼした。
「ああ。民主主義って呼ばれてたんだけどな――」
仕方がないので、前世での記憶をちょっとだけ呼び覚ますことにした。




