第三章二十六話「敵の本拠地」
「で」
キテラが仏頂面になっている。
「どうして何ともないわけ?」
「俺が知るかよ」
圭太は即答で首を横に振った。
圭太たちとナヴィア、イブとキテラの四名は魔王城に来ていた。キテラを回復させるためだ。
泥の魔物にはキテラが引導を渡した。
圭太が器となる作戦は見事成功。激痛で気を失ったりはしたが泥の魔物は消失した。痛みには慣れている圭太でも、存在そのものが揺らめくような痛みには耐えられなかった。今でも思い出すだけで吐き気がしてくる。
泥の魔物を倒した後も色々あった。キテラを倒したから戦争は終了した。反乱軍を止めたり戦闘の事後処理。その他にも雑務が重なったりした。キテラを魔王城に届けたのも、単純にイブやナヴィアの手が間に合わなかったからだ。
キテラを治してもらったことに礼を言いたかったのだが、シャルロットは今日も不在のようだ。なんでも一人で遠出しているらしい。
「まだ言ってるの? キテラも飽きないの」
「そうだよ。終わったことじゃないか」
キテラの治療を終えたクリス、労いのタオルを持ってきたサンが肩をすくめた。
二人の服装はメイド服、執事服となっている。どこで拵えてきたんだ。
「っていうかクリスもサンも、なんで平然としているわけ!? ここ一応敵の本拠地よ!」
すっかり従者姿が板についてきたかつての仲間たちを指差して、キテラは怒りを露わにする。
「ワシの居城を腫れ物みたく言うでない」
「その通りでしょうが!」
今度はびしっとイブを指差す。
キテラの気迫を受けて、不機嫌を露わにしたイブは眉間にしわを作った。
「キテラ暴れないでほしいの。傷が開くの」
「ああゴメン。じゃなくて!」
クリスの静かながら威圧感のある視線に貫かれて、キテラは一瞬だけ怒りの炎を消されかけるが何とか持ち直して両手を振る。
確かにサンとクリスの溶け込みっぷりには文句の一つでも言いたくなる。まるで何十年も働いてきたかのような馴染みっぷりだ。シャルロットの手腕によるものか、元々サンたちが持っていた素質の一つなのかは圭太には判別つかなかった。
「キテラ。君の気持ちは分かるよ。だけど僕たちが不満を漏らすわけにはいかないんだ」
納得いかないのか両手を振って暴れるキテラの手首を、サンは左手で掴む。
さすがに勇者パーティ最強の火力と謳われたキテラもサンのバカ力には敵わないのか、途端に大人しくなった。
「僕らは皆負けたんだから」
「くっ」
キテラは下唇を噛んで顔を俯かせる。
魔王城は人間に一般開放されているわけではない。そもそもこの大陸にいる人間はこの場にいる四人だけだ。
魔王のために戦う圭太と、それに敗れた三人。
魔王城にいるのは全員が敗北者だった。
「悪いのう。ワシらが強くて」
ふふんと上機嫌に笑って、イブは牢獄から取り返した車イスに座りながら胸をはる。
やっぱりイブはそのイスが一番似合っている。拘束具だらけのイスに座っている姿はそれはもう痛ましかった。
「強いのはアンタじゃないでしょうが魔王。手も足も出なかったくせに」
結果としてイブを完璧に封殺していたキテラが、顔をしかめて訂正を求めた。
今思えば、いくら魔王でも魔力を常に吸われ続けていたら反撃できないのか。勇者の封印に魔力を奪うギミックがあれば封印はこの先ずっと解かれることはなかった。圭太がこの世界に召喚されることもなかったのだ。
そう考えると背中を冷たいものが走り抜けていく。自ら望んだこととはいえ、召喚されていなかった時の未来はあまりにも無駄な人生だ。
「ケータが救い出してくれると信じておったからな。ワシが働く必要がなかっただけじゃ」
「期待してくれるのは嬉しいけど、今度からはやめてくれ。さすがに肝が冷えたから」
イブがいてくれれば何が起こっても解決してくれる。魔力無限であらゆる魔法に精通しているチート魔王だからこその信頼がある。
だからこそ今回の作戦を実行するのには躊躇いがあった。たくさんの人間を動かした作戦だ。もしも失敗したら目も当てられない。
「それだけ頼りにしておるということじゃ。誇らぬか。魔王に期待されるなぞ中々味わえぬのじゃぞ?」
「嬉しいような嬉しくないような」
「なんじゃとお」
「落ち着いてください魔王様。冗談で済みませんから」
右手に黒炎を宿らせるイブを、ナヴィアが止める。
圭太は魔力の探知ができない。しかし、イブの手の炎を解放すればここにいる全員が滅せられるのはなんとなく予想がついた。
圭太以外の全員が顔を青くしているのに予想できないほうがおかしいだろう。
「さてと、キテラも元気そうだし色々聞いていいか?」
「嫌よ。なんで敵に情報を話さないといけないわけ?」
圭太は一度咳払いをしてから情報の開示を求めると、キテラはごく当然のように拒否した。
……まあ、予想の範疇だ。キテラと圭太の思考は似ているのだから。圭太だって敵に情報を話したいとは思わない。
「もう大分治っているの。話くらいなら大丈夫なの」
「ちょっとクリス!」
クリスがオッケーと親指を立てて、キテラは身を乗り出す。ギロリとクリスに睨まれてキテラは反論を呑み込む。
勇者パーティの力関係が分かった気がする。
「あの魂の集合体。……面倒だな名前はないか?」
「アタシはオンネンって呼んでるわ」
「まんまだな。まあいいや」
ぶっきらぼうに答えるキタラに圭太は苦笑する。本意ではないだろうに、どうやら真面目に答えてくれるようだ。
「流れでオンネンを押し込んだわけだけど、代償はあるのか?」
「代償?」
「魂への干渉は禁忌なんだろ?」
禁忌魔法には代償が必要だ。
世界の枠を超えて圭太を召喚したイブは両足の自由を失い、死者を生き返らせたクリスは親としての将来を失った。
キテラの能力を増幅していたオンネン。体に入れているだけでも禁忌だと聞いている。
「そのはずじゃ。少なくともワシの知る魔法は」
キテラが魂を保持する千年前には同系統の魔法を使用したイブが、重々しく頷く。経験者は語るというやつだ。信頼度にかんしては今さら問うまでもない。
「ああそういうことね。あるわよ。代償」
「なんだ?」
「一定量以上の魔力を消費するたびに全身を焼くような痛みが走る。それ以外は今アンタが体験していることぐらいかしら」
身構える圭太を嘲笑うようにキテラは答える。
二種類の効果があるのは恐らく魂を体内に保管する魔法と魂を魔力に変換する魔法が別物だからだろう。いや一種類なのかもしれないが、魔力がない圭太は正直言って実感がわいていなかった。
「マジかよ。不用意に戦えないな。厄介な」
「アタシはその状態で一番多くの敵を倒してきたわ」
「おっなんだ自慢か? お前が耐えられるぐらいなら俺でも余裕だろ」
そんなあからさまな挑発を受けてはやらないわけにはいかない。
勇者の仲間で一番の火力と言われたキテラを超えてやろうじゃないか。
「お待ちください。ケータ様」
「あん?」
「何を体験しているのですか? 今」
まずは魔法についての勉強からだなと圭太がやる気に燃えていると、顔から表情が消えたナヴィアに首を傾げられた。
なぜだろう。質問されているだけなのに、圭太の心境は浮気がバレたサラリーマンみたいに冷や汗が流れている。いや、浮気なんてしたことないが。そもそも恋人だってできたことないが。
「私も気になるの。キテラはそこまで教えてくれなかったの」
「いやだって、慣れれば大したことないもの。正直出ていくまで忘れていたし」
クリスに睨まれているキテラは顔を逸らしながら指で頬をかいていた。
まあ確かに殺したときの激痛に比べれば大したことはないだろう。現に圭太も表情には出ていないのだから。
「ケータ」
「分かったよ。ちゃんと言うから睨むな怖いから」
観念せえとイブにまで視線で貫かれて、圭太は両手を上げて降参した。
エルフと英雄と魔王に睨まれて耐えられる人間がいるだろうか。いるならぜひ代わってほしい。
「全身を内側からかきむしられるみたいな感覚がある。結構慣れてきたけどもどかしい感じだ」
例えるなら体内に入り込んだ虫か何かが外へ出ようと穴を掘っているような感覚だ。それが全身を襲っている。控えめに言っても気持ち悪い感覚だ。
「オンネンを体内に閉じ込めているからよ。誰だって檻から出たいでしょ?」
実際に牢獄から脱走した圭太には、キテラの例えはとても分かりやすかった。
「だから俺から出ようと引っ掻き回してるってとこか。絶大な力の代償とは思えないな」
「正確には代償ですらないもの。大丈夫よ。気にならなくなるわ」
「経験者が言うと頼もしいねまったく」
圭太は肩をすくめて、苦笑いを浮かべた。
耐えられないものではない。しかしこの感覚がいつか気にならなくなるなんてのもちょっとご遠慮願いたい。根拠はないけどこの感覚は忘れてはいけない気がする。
「なぜ言わなんだケータ。無事じゃと思っておったのに」
肘掛けを指でトントンと叩いて、魔王様がため息をこぼした。
「言えば俺からオンネンを引きはがそうとするだろ?」
「当然じゃ」
「だから言わなかった。せっかく俺も魔法が使えるようになったのに」
圭太は魔法が使えないことがずっとコンプレックスだった。
この世界には魔法がある。なのに自分は一切魔法を使うことはできず、すべてイブに頼っている。
そんな体たらくを許すほど圭太は無神経ではない。むしろずっと自分の無力さに歯がゆい思いをしていたぐらいだ。
「ケータ様はそんなことのために苦痛を味わうのですか」
「そんなこと? 違うぜナヴィア。俺は一番求めていたんだ」
「コハク様を倒すため、だね」
圭太の言葉に、微笑みを浮かべているサンが補足する。
「コハクを? そう言えばケータの目的はコハクを倒すことだったの」
「クリス……アタシたちは敵対関係なのよ?」
クリスの的外れな発言にキテラは額を抑えた。
なるほど。キテラが苦労人なのは理解できた。
「だって助けてくれたの。ケータがいなければ危うく死んでいたの」
「それはお前の自業自得だろうが。俺だって助けたくて助けたわけじゃないっての」
勝手に死なれたら困るから止めただけだ。決して助けたかったわけじゃない。むしろ迷惑だった。
圭太は自分の考えがツンデレのそれであることには一切気付いていなかった。
「俺は勇者を倒す。そのためにはどんなに些細でも力が必要なんだ」
「しまったわ。アタシの策は裏手に出たみたい」
「おかげさまでそう簡単には使い切れない魔力を手に入れた。感謝してるぜキテラ」
圭太はキテラに微笑みかけた。
色々と障害も問題もあったが、結果として圭太は新たな力を手に入れた。しかも最強の魔法使いと呼ばれたキテラの魔力の源を。
「よかったね。ケータ君。君はようやく自分でも使えこなせる魔力を手に入れたわけだ」
サンは片手で肩をすくめてみせて、女イチコロスマイルを浮かべていた。
反射的に殴りそうになったのをこらえた圭太を誰か褒めてほしい。
「でもコハク様には勝てない。そうだろ二人とも」
「絶対に負けないの。コハクは最強なの」
「サンと意見が被るのは癪だけど、今のあの子が負けるところは予想がつかないわね」
サンが同意を求め、クリスが元気よく頷きキテラは不満げに頷いた。
誰一人勇者の敗北なんて考えていない。全員がコハクとやらの勝利を信じていた。
「いいね。そうでなくっちゃ面白くない」
圭太は口元に緩い弧を描いて、楽しそうに喉を鳴らす。
この場にいるのは圭太に敗北した面々だ。だが、苦戦した相手でもある。
自分の何倍も強い英雄たちが負けないと信じている勇者。これから戦わなければならない相手への信頼に、圭太は武者震いが止まらなかった。




