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第三章二十四話「魔物モドキ」

「余波が無くなった。戦いが終わったのか?」


 恐竜が歩いているかのような地鳴りが終わり、逃走し続けていた圭太とナヴィアは足を止めた。


「そんな、嘘です」

「どうしたんだナヴィア。イブが負けたりしたか?」


 ずっと魔力探知で戦況を確認していたナヴィアが、信じられないとばかりに顔を青くしている。


「はい。魔王様の魔力が消えました」

「……冗談だろ? キテラが勝ったのか?」


 あり得ないと思っていたからこその冗談だったのだが、ナヴィアに頷かれて圭太は顔を引きつらせる。

 ナヴィアが嘘を吐くとは思えない。イブの魔力が消失したというのは間違いないだろう。

 つまり、イブは負けたということだ。


「いえ、あの人間の魔力もとても小さくなっています。今すぐにでも死にそうです」


 ナヴィアは首を横に振った。

 どうやら圭太の予想が当たっているわけではないようだ。


「勝ったわけじゃないのか? じゃあイブは何に――」

「なんじゃと思う? ワシもよく分かっておらぬが」


 圭太でもナヴィアでもない聞き慣れた声が隣から聞こえてきて、圭太は横を見る。


「なんで平然といるんだよお前。心配して損したじゃねえか」


 当然のように腕組みしたイブと目が合って、圭太は思い切り顔をしかめた。

 魔力が消えたという話はなんだったんだ。


「ケータのくせにワシを心配とは五千年早いわ、と言いたいところじゃが」


 いつものようにふんっと鼻を鳴らすイブ。だけどその表情はどことなく困っているように感じた。


「イブ様? なんですか、この魔力は」

「さすがエルフじゃ小娘。もう気付きおったか」

「なんだよ二人して顔を青くして」


 何かを見つけたらしいナヴィアの端正な顔から血の気が引いていく。

 キテラは死にかけているらしい。だから英雄ではない。

 まさかこのタイミングで伏兵の登場だろうか。それはちょっと笑えない。


「ケータ、力を貸せ」

「は? イブに貸し出せるものなんてないぞ」


 イブは正真正銘のチート魔王だ。圭太みたいな一般人に貸せる力などない。


「分かっておる。じゃがアレは普通ではない。主の知恵が必要じゃ」

「知恵? 何が相手なんだよ」

「すぐに分かる」


 宙に浮いていたイブが両手を横に広げ、黒い魔力が球状に展開される。

 どうして障壁を、と圭太が疑問に感じるよりも早くイブの魔法壁に泥がへばりついた。

 壁や天井、床などからにじみ出る泥によって、イブの魔法壁は瞬く間に食い潰されていく。


「チィッ!」


 イブは舌打ちを一つして、魔法の風を起こす。

 泥は吹き飛ばされて散り散りとなるがイブたちから離れた位置で再び集まり出した。


「シニタクナイィイイイ!」


 一か所に集結した泥は生きているかのようにウネリ、獣のように咆哮する。


「なんだよ、アレ」


 空気を震わせるほどの咆哮に、圭太は眉を顰める。

 伏兵にしては異形すぎる。圭太が気味悪く思うのだから、キテラだってよくは思わないはずだ。考え方が似てるだけで美的センスまで似ているとは限らないが、今は状況が切迫しているので深く考えないようにする。


「凄いじゃろ。ワシにも分からぬのじゃ。どうやらワシの魔力に反応しておるようじゃが」


 軽くあしらったイブは、楽しそうにクルクルと飛んでいる。

 細かい制御はできないはずだが、戦闘態勢で周りを気にしなければ問題はないだろう。壁に穴が開いたとしても圭太たちには関係ない。


「魔物か? でも魔物は言葉を話せないよな」

「そうじゃ。それにあの化け物は人間から生まれおった。ただの魔物なら空気中の魔素から生まれるはずじゃ。生物の体内から出るなど聞いたこともない」

「人間、キテラか。魔物じゃないならなんなんだ?」

「分からぬと言うておろうが。ワシも初めて見るのじゃ」


 泥にしか見えない化け物の正体を聞いてみるとイブに睨まれてしまった。


「初めて見る相手だから俺の知恵を借りに来たってことか。分かった色々聞いてもいいか?」


 確かにイブよりかは圭太は色々なことを知っている。もちろんこの世界の情報についてはイブに敵わない。だけど例えば、イブでも知らないことは圭太が知っている可能性が高いのは確かだ。

 圭太はイブよりもアニメをたくさん見ている。だからテンプレの枠内であるこの世界の法則についてもある程度なら予想ができるのだ。


「なんじゃ? 倒せるなら協力は惜しまぬぞ」


 イブは言いながら炎の波を放射状に展開。迫り来ようとしている泥を燃やしてみせるが効果は薄く、押し返すことしかできなかった。


「あの魔物モドキに攻撃は通用したか?」

「無論試したがダメじゃった。通用せぬどころか魔力を喰ろうて成長してすらおる」


 イブの説明を聞いて圭太は泥を注意深く観察する。

 今のところイブが使った魔法は三つ。言われてみれば成長しているようにも感じるが、そもそも最初に出てきたのが壁から染み出てきたときだったから全体像を最初から見れたわけではない。よく考えたら成長しているかどうかは分からなかった。


「魔法を与えるだけ無駄か。多分物理攻撃も通らないよな。ヘドロみたいな見た目だし」


 圭太はクソ真面目な顔で頷くが実はよく分かっていないままだ。まあイブが言うからそうなのだろう。


「イブ、お前が分かる限りでいいから情報をくれないか? 例えば、あの魔物モドキが出てきたときの様子とか」

「うむ。あの人間はワシに敗れたが本人が許せぬようでな。命を削ってまで大技を出そうとしてきおった」

「ふんふん。それで?」

「もちろんワシはあしらってやったわけじゃが、結局人間は現実を認められぬまま気を失った」


 キテラとの戦闘はイブが勝利を収めたようだ。

 予想通りと言えばそれまでなのだが、本人の口から聞いて圭太はどこか安心した。


「大切なのはそこからだ。どうやってあの魔物モドキは出てきた?」

「気を失ったと同時に人間を中心に魔力が渦を巻いたのじゃ。どうやらあの人間は今まで奪ってきた魂を魔力に変換して体内に保管しておったらしい。紛れもなく禁忌のはずじゃがなぜか耐えていたようじゃ」


 禁忌魔法。キテラもまた禁忌に手を染めていたのか。

 圭太の眉間のしわがわずかに濃くなる。

 勇者パーティの四分の三は禁忌魔法を使った過去がある。そうなってくるとサンも使っているのではないだろうかと思えてくる。

 圭太は戦闘に必要のない思考へと発展しそうになる頭を振って、すぐに考えをまとめた。


「見事にそれが答えだな。アイツは今まで魔力になっていた魂の成れの果てだ」

「なんじゃと?」

「キテラが倒されたことで拘束が解けたようなものだろう。魔物に無数の魂を突っ込んだらアレができると思うぞ」


 原理的には魔物と似たようなものだ。違うのは複数の魂が一つの体に入っているかどうかの違いだろう。

 魂がある分、魔物よりも頑丈になっている。だからイブの魔法であっても通用しないのだろう。元々キテラの中にいたのも原因かもしれない。宿主の魔力耐性を受け継いでいる可能性がある。


「ううむ。製造法を聞いても試そうとは思えぬ」


 簡単に魔物モドキの泥の正体を見破った圭太の提案に、イブはより一層顔をしかめた。

 彼女は魔族の王だ。王として、民に危害が及ぶ可能性は極力排除したい。自分ですら倒せない魔物モドキを生み出す実験などもってのほかだ。


「で、対策だが」

「ふむ。それが聞きたかった」


 魔物モドキが暴れて泥が飛び、イブはすかさず魔法による壁を構築するが飛沫が壁の隙間を抜けて迫る。

 圭太はイロアスを振り、ナヴィアがヒリアで撃ち落とす。

 感触は本当に泥を斬っているかのようで手ごたえがない。だけど少なくとも圭太たちでも身を守れることは証明できた。


「アレが魂なら、そのまま奪ってやればいい。魂に干渉する魔法はないか?」


 魔力を奪ったときと同じ考えだ。今度は魂という格の高いものが対象だが、結論としては変わらない。


「あるにはある、がワシは一つしか知らぬ」

「なんだよ渋って。どんな魔法なんだ?」

「神に昇華する魔法じゃ」


 イブは珍しく顔を俯かせてとても答えづらそうに呟いた。

 確かアダムを神に昇華させたのは他ならぬイブだったはず。神格化させることで現世への干渉を防いだとかだったはずだ。


「なるほど。アレを神にしても邪神になるだけだからな。実質ないようなものか」


 神にしたところで解決するような相手だとは思えない。というか魂の集合体なんて誰が崇められるのか。


「イブ、ナヴィアの体を完治させてくれ」


 この場にいる三人で一番傷の状態が酷いナヴィアに一度目配せして、圭太は二人を守るように一歩前へ出た。


「お待ちくださいケータ様。どうするおつもりですか?」


 案の定ナヴィアに引き留められるが、圭太は予想の範疇だったので振り返ったりはしなかった。


「決まってる。魔法が通じないなら後は直接殴るだけだ。最悪時間は稼げるだろ」

「ダメです。それではケータ様が」

「他に戦える奴がいるか? ナヴィアだって魔力の矢だ。通用しないどころか敵の力を増やしてしまう」


 イブの話はまず間違いなく真実なのだろう。イブが検証もなしに絶望的な話をするとは思えない。

 つまりイブもナヴィアも相性が非常に悪い相手となる。攻撃することで成長させてしまうのだから天敵とすらいえよう。戦えるのは圭太しかいない。


「それは、そうですが」

「大丈夫だ。アレは魔物と似たようなもの。イブが狙われるのも魔力が多いからだろ」


 もしも魔物と同じ性質で動くのだとしたら、反乱軍ではなくイブに狙いを定める理由も考えやすい。

 魔物にとって生物が保有する魔力は最高のごちそうだ。中でも無限の魔力を持つイブは超高級食材みたいなものだろう。


「俺が攻撃すれば意識が向くはずだ」


 だがいくら魔物でも食事にばかり気を取られているわけにはいかない。

 生命の危機、魔物にはあってないようなものだが、外部からの攻撃されると脅威を取り除こうと暴れ出す。

 囮になるには魔物に一撃与えるだけでいい。


「ケータよ。小娘の武器を取りそろえる。それまで死ぬなよ」


 既に別の場所へと通じている黒い穴を展開させて、イブは最善の策を考え出した圭太にくぎを刺した。


「死なないよ。ああ、そうだ。できればシリルを連れてきてくれるか?」


 既に魔物に視線を集中させている圭太は、後ろ手にイブたちに手を振った。

 果てのない戦いが幕を開ける。

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