第三章八話「噂」
子供の案内の元、圭太とナヴィアは監獄内を歩く。
迷いのない足取りだ。疑っていたわけではないが、本当に一人で潜入したようだ。
「シリル、だったか?」
「なんだ?」
子供改めシリルは、チラリと圭太を見てすぐ視線を戻す。
警戒心の高さも申し分なしだ。
「お前一人だって言ってたよな。どうやって俺たちを嗅ぎつけたんだ?」
圭太やナヴィアについて知っているとは言っていた。
だがどうやって知ったのだろうか。囚われている人間は確かに少なかったが、それでもゼロではない。
圭太たちを見つけ出すのは至難なはずだ。
「噂になっていた」
「噂?」
「魔族がこの町に来た。ちょっとした騒ぎになってたぞ?」
キテラはどうやら外堀から埋めてきたようだ。
魔王が復活したから捕まえた。真実をそのまま話せば混乱は必須。権力者にとって民衆の混乱はもっとも避けたい事態だろう。
だが内々に済ませようとすればそれはそれでカドが立つ。ただの子供相手に精鋭五人は過剰だ。不審がられるのは避けられない。
だからほどほどに真実を広めたのだろう。魔族がいるのなら厳重な対応にも説明がつくし、騒ぎになるほどではない。
「そうか……面倒だな」
「何が面倒なのですか?」
「周りがピリピリしてるってことだよ。奴隷だとしても連れていれば厄介ごとに発展する可能性が高い」
ナヴィアはエルフであり厳密に言えば魔族ではないのだが、魔族を見たことのない人間からすれば区別はつかないだろう。
魔族は人間の敵という扱いだ。不用意に町を歩けば争いの種になる。色々と目立てない立場の圭太にとっては厄介でしかない。
「わたくしが面倒の種になるのですか」
「そうだな。対策を考えないと」
しゅんと肩を落とすナヴィアに気付かず、圭太は考え込んでいた。
普通の方法では町に入れない。なら、普通ではない方法を取るしかない。
圭太は何個か策を思いついた。だけどそのすべてがイブを頼ったものだ。彼女の大きさに歯がゆい気持ちになってしまう。
「お前らは本当に魔族なのか?」
「俺は人間だ」
「わたくしはエルフです」
「違うのか……?」
十字路の手前で止まり、左右を確認するついでに圭太たちをチラリと見るシリル。
圭太とナヴィアに首を振られ、途端に自信をなくしてしまった。
「なんだ、そんなことも知らずに助けたのか?」
「知るか。オレの手助けになるならなんだっていい」
「まあ、牢獄にいるような奴は大体恨み持ってるわな」
キテラに復讐したいと言っていた。
仲間にするなら同じようにキテラに敵対心を抱いている存在だ。牢獄ならその項目を埋めるのも簡単だ。
「でも、迷わず来たよな。今も足取りに迷いはないし」
シリルはまるで最初から道を暗記しているかのように軽い足取りで進んでいく。
「誰の手を借りた? 違うのなら、どうして牢獄の道をすべて知っている?」
とても違和感があった。
キテラを憎んでいるだけなら分かる。認めたくはないけど潜入の技術が圭太より優れているのも分かる。
だけど牢獄の道を暗記しているのは普通ではない。行きに覚えたのだろうと言われるかもしれないが、それにしても迷いがない。例えば十字路で、他二つの道を見もしないのだからどう考えても異常だ。
「まだ疑ってるのか」
「当然だ。俺たちからすればお前は素性が知れない。疑って損はないだろ」
シリルは足を止めてうんざりとした顔で振り返る。
慎重になりすぎて害はない、はずだ。そりゃあ一秒を争うようなときは害にしかならないが、今は焦っても意味がない。
圭太はシリルを正面から見つめ返した。
「オレが裏切って何の意味があるんだ」
「裏切っているわけではなくても、俺たちの不利益になる可能性はある」
例えば、一緒に戦えお前は囮な。みたいな状況だ。
確かに嘘は吐いていないし裏切ってもいないし何ならキテラを倒すという目的も達成されているが、そればかりは安易に頷けない。
キテラは今まで相手してきた英雄の中で別格の女狐だ。魔王なき今、力任せほど愚策もないだろう。
「だから疑ってるのか? でも今はオレに頼るしかないだろ?」
シリルは子供のくせにも生意気にマウントを取ろうとしてきた。
だがしかし、シリルが思っている以上に相手が悪い。
「そうでもないさ。なあナヴィア」
「はい。牢屋から出られればあとはわたくしが感知しますから」
圭太が働き者でしっかり者のエルフに目配せすると、ナヴィアは自信満々に胸をはった。
ナヴィアの、エルフの魔力感知は人間の数倍秀でている。
敵の位置や動きはもちろん、移動経路や人口密度果ては空気中に溶けている魔力の濃度から牢獄の構造を把握することができる。
正直言って一番難易度が高い檻を開けるという作業が終われば、圭太たちは余裕で逃げ出せる。
「俺たちが看守と遭遇していない理由が分かったか?」
「素人丸出しの動きしてるのはそういうわけか」
「うるせえよ」
合点がいったと手を合わせるシリルに、圭太は不機嫌になった。
確かにシリルのように姿勢を低くしていないが、何なら大声で話していたりするが、それはナヴィアを信頼しているからだ。一人で行動していたらバッチリスニーキングするとも。
「ケータ様、敵が来ています」
圭太が今度俺の本気見せてやるからな覚悟しとけよと内心で巻き舌しながら騒いでいると、ナヴィアのとても冷静な声をかけられて熱くなっていた気持ちを冷まされた。
「やり過ごせるか?」
「難しいと思います。人間の動きが活発になりましたから」
ナヴィアが目を閉じて、多分魔力の感知に意識を集中させているのだろう、ゆっくりと首を横に振った。
「逃走に気付かれたか。どうするんだシリル」
「ついてくれば大丈夫だ」
何か策があるのかと聞いたつもりだったのだが、シリルは頼もしく任せてくれと断言した。
「本当か? 秘密の抜け道ってやつか」
「そんなところだ」
「マジかよ冗談だったのに。なんで牢獄にそんなものが」
もしも本当だったらワクワクするよなぁと思いながら言ってみたらシリルに頷かれ、圭太は逆に驚いてしまう。
「オレが知るか。壁に穴が開いているんだ」
壁に穴か。なるほど正面からではない抜け道があるのなら、幾分か潜入も楽になる。きっとシリルもそこを通ってきたのだろう。
「脱獄した誰かが残したのか。でもどうして放置されているんだ?」
「まだ気付いていないんだろ」
「そんなバカな。いくら何でも間抜けすぎる」
あのキテラが抜け穴に気付かないとは思えない。罠として利用しようと考えるならともかく、気付かないなんてことがあるのだろうか。あのキテラが。
「逃げ出そうとしても捕まえられるという意思の表れでしょうか?」
「だとしても残す理由はないだろ。俺だったらすぐに修復するぞ」
キテラと考えは似てる、と圭太は感じていた。
利用できるものは利用し、常に相手の上に立てるよう策を巡らせる。
キテラとは戦う武器こそ違えど戦い方はとても似ていると踏んでいた。
「ずぼらなんだろ。もしくは面倒くさがりか」
「……シリル。しつこいがもう一度聞くぞ」
圭太はとても嫌な予感がした。
シリルの考えがあまりにも投げやりなものだったからだ。年相応といえば聞こえはいいだろう。
「情報提供者は誰だ。どういう繋がりだ?」
「オレは一人だ」
「協力者はいないってことだろ。違うんだ俺が気にしているのは」
頑なに認めようとせず、あくまでも協力者なんかいませんという姿勢を崩さないのは立派だ。
だが、本当に協力者などいなかったらどうする。
「予想だが、お前を利用して罠にかけようとしている」
「なっ……んだと?」
シリルは叫びそうになるのを自分の手で押さえてなんとか止める。
シリルの潜入技術は認めよう。圭太よりも優れているのは間違いない。
「お前を疑うわけじゃない。だがさすがに不自然だ。純粋なお前を利用しているとしか思えない」
だが、シリルはあまりにも疑うことを知らない。今まで親しかったから裏切らないという可能性をまるで考慮していない。
そして圭太のように人の性格を利用するタチの悪い人間からすれば、シリルみたいな子供は格好のカモだ。
協力者、恐らく施設内部の情報を渡した人間がいるのだろう。多分シリルはソイツに利用されている。
「恐らく情報提供者は秘密にしていろと言ったはずだ。後で話をするから速やかに脱出しろ。時間を無駄にするなとかもっともらしいことを言って」
「っ――」
まっすぐ圭太に見つめられているシリルは、どうしてそこまで知っているんだとでも言いたげな顔になった。
その反応が答えみたいなものだ。
「図星みたいだな。ナヴィア」
「はい」
「武器を出せ。これから俺たちは強行突破を図る」
「かしこまりました」
ナヴィアは気持ちよくなるぐらいの即答で頷き、耳に付けていたヒリアを弓の状態に戻す。
圭太もイロアスを腕輪から斧槍に変身させた。三日ぶりの相棒は心なしかいつもより鈍く輝き、持ち主の感情を表しているようだ。
「ちょっと待てよ」
「なんだ? どうせ待ち構えているんだろうが、あまり悠長にしている余裕はないぞ」
ここまで何の反応もなかったということは、間違いなく抜け穴の前に陣取っているだろう。そのほうがより絶望してくれるとか考えるに違いない。
まったく、なんと性格の悪い女だろうか。圭太は正確に思考を読み取れた自分のことは棚に上げてキテラに嫌悪する。同族嫌悪だ。
しかし、一般兵にはキテラの考えが伝わっていない可能性が高い。今の状況でナヴィアが嘘を吐くはずがないので、兵士が慌ただしくなっているのは確かだ。キテラの前に一戦起こる可能性も捨てきれない。
「罠だって分かったのにどうしてお前は挑もうとするんだ。別の方法を探さないのか?」
どうしてと聞かれても困ってしまう。どうせ戦わなければならない相手だ。何を躊躇う必要がある。
「あ? んあー、まあアレだよ」
「ケータ様は怒っているのですよ。あなたのような純粋の気持ちを利用した人間に」
圭太がどう説明したものかと言い淀んでいるとナヴィアがとんでもない説明をした。
「バッ違えよ」
「ふふっそうでしたね。ケータ様はあくまでも自分のために戦うのですよね?」
「こんの。後で覚えてろ」
大人な対応で微笑むナヴィアに、実際かなり年上なのだが、圭太は不満げな視線を送ることしかできない。
気に入らないという気持ちは確かにある。こんな子供を利用してまで罠に陥れようとするその根性が気に入らない。
いくら圭太でもそこまではしない。やるなら本人が乗る形を作る。純粋な子供を騙すような真似はしない。きっとそれをしてしまえば圭太は二度とヒーローになれない。
「確かに別の道があればそっちを進むさ。そうだな例えば、牢屋に戻れば俺たちは無事だ」
このまま道を引き返し、何もなかったと振舞えば圭太とナヴィアは被害を免れるだろう。罠と判明しているのだからわざわざ乗ってやる理由はない。
「でも、お前はどうなる? シリルは罠にかけられた。誰に裏切られたのかは知らないが、反乱分子を処刑するには最高のタイミングだ。十中八九殺される」
このまま抜け穴に一人で向かえば、きっとシリルは何も用意なくキテラに遭遇してしまう。牢獄に潜入した時点で大罪だ。無事では済まない。
「思惑はあるんだろうけど、シリルは俺たちを助けに来た。仲間を見殺しにするのは俺のポリシーに反する。だから戦うのさ」
圭太は困惑した表情を浮かべているシリルの頭を軽く叩いて、不敵に笑ってみせた。
ヒーローたるもの子供の味方でなければならない。子供を裏切ってまで貫かなければならない正義など存在ないのだから。




