第三章七話「子供扱い」
遠くから扉が軋む音がする。
「――やっと来たか」
圭太は直感した。
伺うように忍び足で近付いてくる気配こそ、待ち望んでいた希望なのだと。
「お前らは何者だ?」
足音は圭太の檻からは見えない位置で止まり、正体を勘ぐらせないためかくぐもった声が聞こえた。
「いたいけな善良市民さ。いや、旅人だから市民は違うか」
「何を言ってるんだ?」
「なんでもないよ。ったく冗談の分からないやつだ」
圭太からも見えないのだから声の主からは当然見えていないだろう。理解していたが圭太は調子よく肩をすくめた。
当然声の主に疑問符を浮かべられ、圭太はちょっと不機嫌になった。
「それで、質問の答えだが」
「なんでキテラの手のものにわざわざ名乗らなければならない?」
「なっ」
話を強引に戻そうとしたので、圭太は試す目的も込めて断った。
声の主は予想通り露骨に驚いた様子になった。
「何驚いているんだ? お前は素性を隠している。キテラが探りを入れていないと考えるほうが愚かだろ?」
本当はキテラと既に話をしている。騒ぎにしたくないからと魔法で隠蔽していたから、知っている人間はいない。
だから声の主も素性にかかわらず知らない。だから圭太の言葉が嘘だと見抜けないのだ。
事実を知っているナヴィアはきっと肩を震わせているだろう。暗がりで見えなくて助かった。
「オ、オレはあの人殺しの仲間じゃない」
声の主は動揺を露わにする。
上司であるキテラを人殺し呼ばわりするとは考えにくい。声の主はキテラの手の者ではないんだろう。
「じゃあ姿を現せよ。自分の保身のために隠れているんだろうが、説得力をなくしてるだけだぜ?」
「くっ」
圭太の言葉が刺さったのか、声の主は露骨に悔しがる。
交渉に不慣れなのだろうか。頭の回転が速いとは言えなさそうだ。
「ちゃんと俺と俺の奴隷に見えるようにしろよ」
圭太はしっかりと釘を刺す。
声の主がうぐぅと言っているが知ったことではない。
「わたくしは別に大丈夫ですよ? ケータ様の意思に従いますし」
「そういう問題じゃないんだナヴィア。せっかくのところに水を差すな」
「申し訳ありませんでした」
「悪い怒ってるわけじゃないんだ」
頭を下げられるほどではないので、圭太は内心で慌てながら頭を振る。
ナヴィアは色々と優秀なのだが、圭太に対して姿勢が低すぎるのだけは問題だ。
「くそっ、何が無警戒なバカだ。全然楽に話が進まないじゃないか」
「まだ葛藤していたのか?」
「うるさいっ。オレにも立場があるんだ」
声の主は明らかに怒気を孕んでいるが、圭太には関係ない。
一見立場は圭太のほうが低いように思える。だが、実際は逆だ。
声の主は圭太を利用したいと考えている。つまり脱獄してくれなければ困るのは声の主なのだ。
「じゃあ勝手に悩んでろ。俺たちは正体を明かさないからな」
「ぐぅぅううっ!」
葛藤する声がして、物陰から人が出てきた。
圭太は言葉を失った。物陰から現れた姿があまりに予想外だったからだ。
「…………子供?」
ナヴィアが驚いているのが声だけで分かる。
物陰から姿を見せたのはボロ切れのような外套を纏った人間だった。目は暗がりでも分かるぐらい輝いており、血色がよいのか唇の色はピンク色だ。
そして何より気になるのはその背丈。
圭太は決して背が高いとは言えない。高く見積もって成人男性の平均程度だ。
目の前の人影の背は圭太の腰ほどまでしかない。
「なんだその目は! オレを子供扱いするんじゃなーい!」
圭太とナヴィアが目を丸くしている理由を悟り、目の前の子供が両手を振り上げて怒り出す。
その様子がさらに子供っぽさを増していた。
「……あの、ケータ様」
「なんだナヴィア」
ナヴィアのなんだか申し訳なさそうな声が隣の檻から聞こえてくる。
「これがケータ様の待っていた救いの手ですか?」
「俺だって予想外だっての。まさか子供だなんて。誰かの使いか?」
圭太は裏に別の人間がいると踏んだ。
子供が一人で牢獄に潜入できるわけがない。誰かのアシストがあるのは間違いないだろう。
わざわざ子供をよこすというのは、圭太たちの警戒を和らげるつもりだろうか。
「わざわざ出てきてやったのにオレを無視するなーっ!」
子供はとても大きな声でドタバタと暴れだす。
お前潜入しているの忘れているだろ。まあいいけど。
「あ、ああ忘れてた」
「忘れてただと!?」
子供は驚いているけど、仕方ないよね。予想外の事態なんだもの。
「お前の後ろには誰がいるんだ? 一人ってことはないんだろ?」
「何を言っているんだ? オレは一人だ」
「嘘を吐くな。子供一人で侵入できるほどこの牢獄は簡単じゃない」
圭太は一通り歩いて回ったから分かる。いくら小柄で隠れやすいからと言っても限界がある。
というか子供は余裕で侵入できるなんて牢獄の名折れだ。即刻辞めちまえ。
「だからオレは一人だっての! こっそり入ってきたんだ!」
「ああそうか。俺たちが正体を明かさないから話さないんだな? 俺とナヴィアは魔王と一緒に旅をしている。勇者たちを全滅させるのが目的だ」
「だから違うって! というかそっちこそウソだろ! 魔王は死んだんだぞ」
圭太があっさりと今まで隠していた秘密を暴露する。どうせキテラには気付かれているのだ。勇者の耳にも入っているだろう。もう隠す必要がない。
だが、子供にはまだ早かったようだ。信じてくれず、嘘の情報を常識だとばかりに押し付けてくる。
「生きている。そしてこの牢獄の最下層に捕らえられているんだ」
「ウソだ」
「嘘を吐く理由がどこにある?」
死んだはずの魔王と一緒に旅をしているなんてハッタリにもほどがある。
圭太が嘘を吐くとしたらもっとマシな内容にする。少なくとも魔王と一緒に旅をしているなんて言わない。一体誰が信じてくれるのだろうか。
圭太は子供の予想通り過ぎる反応に、しっかりと答えることで応戦した。
嘘ではないと認識させるために自信満々で子供を見つめる。信頼を得るためには目を見て話をしなければ。
「ホント、なのか? 魔王がまだ、生きている?」
「だからそう言っている。今度はこっちの質問に答えろ」
子供は素直だ。圭太がちょっと見つめるとすぐに信じてくれた。ちょろいものである。
胡散臭い話を無理やり信じ込ませた圭太は話を変えた。
子供の正体も立派な情報だ。後ろにいる人間に目安がつけられれば、今後の動き方も決めやすい。
「オレはこの町の王に父さんたちを奪われた。だから今度は奪ってやるんだ」
「復讐者か」
独裁者という話だったからいつかあり得るとは思っていた。圭太とは違う理由で英雄に恨みを持っている人間が登場するのは。
予想はしていたが、実際に遭遇すると思うところがある。圭太がヒーローに憧れているのが大きな理由だろう。
「よく分からないけど、多分お前の言う通りだ。オレは許さない。父さんたちを奪ったことも、それで英雄ともてはやされていることも」
「だから俺たちの元まで来た」
「ああ。最近捕まったのに処刑されていない人間がいると聞いた」
そう言えば検問所の兵士は何かに怯えたような様子だったっけ。なるほど。ミスをすれば殺される可能性があるわけだ。命がかかっているのだから、そりゃあ雑談をする余裕はないだろう。
圭太のように囚われた人間は珍しいようだ。確かに牢屋に入っている人間は少なかった。
「俺たちのことだな。イブは処刑されないんじゃなくてできないんだが」
「そんなことはどうでもいい。お前たちならオレに協力してくれるんじゃないかと思ったんだ」
圭太たちが生かされているのはイブが魔王だろうなとはすでに理解していた。
圭太たちは人質であり、イブを拘束する鎖の一つなのだろう。最低でもキテラはそう考えているに違いない。
「――見返りはなんだ?」
「み、みかえりってなんだ?」
「そこは年相応なのな」
まさか見返りって言葉を知らないとは思わなかった。仮にも牢獄に侵入する肝っ玉のくせに、勉強はあまりしてこなかったようだ。
「どうするんだオレに協力するのか?」
「協力したいのは山々なんだがな。残念ながらここから出る術がない」
「ふふーん」
子供はズボンのポケットから暗闇でも輝く金属の集まりを見せびらかしてきた。
よく見れば、いやよく見るまでもない。
子供が取り出したのは圭太が喉から手が出るほど欲しかったもの。檻を開ける鍵の束だ。
「おまっ、それどこで」
子供だから忍び込むだけなら遊び半分でもできると思った。まあ牢獄としては最悪のセキュリティだけど、それは置いておくとして。
ただ、鍵の束はそう簡単ではない。看守を出し抜かなければ入手できないからだ。
「お前らが協力してくれるなら助けてやろうと思って、あらかじめ盗んでおいた」
「マジかよ。簡単に言ってくれるな」
これで少なくとも子供の実力は圭太の予想よりも高いことが判明した。
圭太たちが脱獄したとしても、子供のアシストがあれば楽になるのは間違いない。
「ケータ様、どうなさいますか?」
「無論乗るさ。この波は面白そうだ」
ナヴィアが主人に最終確認を取ってくる。
圭太は即答で頷いた。予想外の連続だが暇になることはなさそうだ。それだけでも子供の誘いを受ける理由にはなる。
「声だけで分かります。楽しんでますね?」
「さあ、どうだろうな」
ナヴィアの言う通り、圭太の口は緩く弧を描いていた。
「協力する。だから俺たちを解放してくれ」
「分かった。オレの後をついてきてくれ。安全に逃げられる」
子供の動きは素早く、圭太が頷いた数秒後には同時に檻の鍵が開いた。
瞬発力だけなら圭太より速いかもしれない。
「お前、本当に子供かよ」
「だから子供扱いするなって言っているだろ!」
檻を出ながら圭太が呆れた視線を送ると、子供が両手を振り上げて怒りを表現する。
「悪かったよ。俺は圭太。こっちのエルフはナヴィアだ」
「よろしくお願いします」
圭太は自分とナヴィアをそれぞれ指差し、ナヴィアは自分の数十分の一しか生きていない年下に頭を下げる。
「オレはシリルだ。すげーなエルフなんて初めて見た」
シリルはナヴィアに手を差し伸べ、握手しながらまじまじとナヴィアを観察していた。とことん素直だ。子供っぽい。
圭太は自慢の部下を褒められて鼻高々な上司の気分を味わっていた。
「よろしくシリル。安心してくれ。ナヴィアはかなり強いからな」
「それを言うならケータ様もですよ」
次いで圭太へと伸ばされる小さな手をしっかりと掴み、圭太はさらにナヴィアを自慢する。
ナヴィアもまた自慢の主人に胸をはっている。三日ぶりに見る二つの丘に、圭太は内心で手を合わせて拝んだ。




