第三章六話「種族の差」
「大見得切ったのはいいけど」
圭太は檻の中で腕を組んでいる。
「どうしたもんかねこの状況」
圭太がウンウンと唸ったところで状況は一向に好転しなかった。
「捕まってから三日が経過しましたね」
隣の檻からナヴィアのため息が聞こえてくる。
長い時間だと感じていたが、気が付けばそんなに経っていたのか。イブの監視体制を見せつけられたのはいつだったのだろう。もしかするとキテラはほくそ笑んでいるかもしれない。
――というか。
「窓がない牢屋なのによく時間間隔が狂わないな」
檻には明かりがほとんどない。朽ちて穴が開いており、光が差してくるためかろうじて檻の中は見える。しかしその光が日光なのか月明かりなのかは判別がつかない。光量が変わらないせいで昼夜の判別がつかないのだ。
圭太がぼーっと唸っているのは、今が昼なのか夜なのか判別できないというのも理由だ。動くなら夜だが、いつ動いていいか分からないのでは何もできない。
「わたくしはエルフですから」
「やっぱ種族の差って大きいんだな」
「……冗談だったんですが」
なんだか声ががっかりしていた。どうやらツッコミが欲しかったらしい。期待には応えられなかったようだ。
「わたくしは奴隷の見た目ですからね。おかげで魔力を封じられていないんです」
イブは厳重な魔力阻害を受けていた。魔王は特別待遇とはいえ、恐らくこの牢獄に入った時点で魔力を阻害する効果がある首輪をつけられるのだろう。
ナヴィアは最初から奴隷の身なり。そして奴隷にも似た効果の首輪がつけられている。
しかしナヴィアについている首輪はあくまでも演技用の偽物だ。実際に魔力阻害の効果はない。
「魔力の感知も生きてますから人間の動きもある程度把握できるんです。昼か夜かぐらいは分かりますよ」
便利だな魔力探知。
魔力感知能力が皆無の圭太は素直に羨ましいなと思った。
「ああ、そういえばナヴィアの首輪は見た目だけなんだっけ?」
「はい。悪趣味なアクセサリーですが、今回は助かりました」
なんとなくナヴィアが嫌そうな顔をしているのは分かるが、圭太はあえて触れなかった。
「俺のイロアスも奪われていないしナヴィアのヒリアも無事。なんだ色々とできるじゃないか」
武器は無事だし魔力感知による探知も健在。
イブを奪われただけで、圭太たちの戦力はほとんど無事だ。手があるのならいくらでもやりようはある。
「どうしますか? 強行突破しますか?」
「いや、それはやめておいたほうがいい」
「どうしてでしょう?」
ナヴィアの血の気あふれる提案を、圭太は腕を組んで却下した。
心なしかナヴィアの声は不満そうだ。まさか却下されると思っていなかったのだろうか。
「魔力探知があるならイブの状態も分からないか?」
「……最下層にいますね。しかも周りには何人か人間がいる」
「生半可な実力者じゃないぞ。一人一人が俺よりも強い」
実際に見てきたからこそ、圭太は兵士と自分との戦力を如実に実感していた。
正面から正々堂々やれば圭太に勝利はない。サンほどではないにしても、簡単に倒せるような相手ではない。
「のようですね。離れていてしかも魔王様が傍らにいるのに感知できるなんて、普通の人間ではありません」
ナヴィアも兵士の実力は認めているようだ。
魔力感知があればやはり遠くからでも相手の実力をある程度図れるらしい。やっぱり羨ましい能力だ。
「俺たちが無理やり逃げ出したところであの人間たちの半分でも向けられたら勝ち目はない」
「そうですね。逃げ切ったとしても無傷では済まないでしょう」
「それに、俺たちだけが逃げてもイブは助けられない」
圭太はナヴィアの予想に頷き、次いで一番の問題を提示した。
このまま圭太たちだけで脱走したとして、何とか兵士やキテラの追撃を振り切ったとしても、無傷で済まないのは確かだ。下手したら二度と戦えなくなるかもしれない。
そうなってしまったらイブを助け出すことはできない。一人だけで逃げるのはさすがにつらいだろう。全盛期ならまだしも今のイブは両足が自由に動かないのだから。
「魔王様がいなければわたくしたちの戦力は激減します」
「どころか目的は諦めるしかないな。イブがいないんなら勇者を倒す理由もない」
圭太が勇者を倒そうと旅をしているのは、イブに見捨てられないためだ。
肝心のイブと再会できないのであれば、わざわざ命を賭ける必要はない。
「諦めるのですか?」
「まさか。勇者とかイブのためとか関係なくキテラは倒す。そのためにもイブの力は必要不可欠だ」
あの女狐には一発かましてやらないと気が済まない。効果がなかったとはいえイブを傷つけたのだ。タダで見逃すわけにはいかない。
そのためにはイブの、魔王の力が必要不可欠だ。
キテラを倒さなければイブは解放できないのに、倒すにはイブの力が必要になる。矛盾しているが何とかしなければならない。無理難題は力技で解決することはできないのだ。
「ではどうするのですか?」
「やっぱり、今は待機だな」
「待機、ですか?」
隣の檻から拍子抜けとでも言いたげな声が飛んできた。
きっとナヴィアは首を傾げているのだろう。不満そうに眉間にしわでも作っているに違いない。
「しょうがないだろ手がないんだから。大丈夫だ。こういうときはご都合主義に話が進む」
もちろん漫画やラノベで読んだだけだが、圭太は自信満々に断言した。
「本当ですか?」
「信じてないな?」
ナヴィアが疑いの声を出すので、圭太は逆に問いかけてみた。
「いえそういうわけでは」
「嘘吐くなよ。下手なんだからすぐ分かるんだぜ?」
ナヴィアは演技力がないから、顔を見れば一発で分かる。声だけでも困惑していることぐらいは理解できた。
「……はい。正直言って楽天的だと思います」
楽天的か。確かにそうかもしれない。今までとは違い、来るかどうかも分からない助けを待つなんて。
「俺らしくないか?」
「はい」
「ははっ正直者は好きだぜ。そうだな。根拠はある」
即答で同意されてしまったら、圭太は笑うしかない。
仕方がないので、順序立ててちゃんと説明してあげよう。
「根拠ですか?」
「まあ当然だよな。根拠がなければ悠長に構えている場合じゃないって焦っている」
それこそ今のナヴィアのように、ただ待つなんてありえないと策を巡らせていただろう。
「一つはキテラが独裁者だからだ」
ナヴィアには見えていないのに、圭太は人差し指を立てる。
「魔王を討った勇者パーティ。その中でもっとも攻撃が得意な英雄に口を出せる命知らずはいない。誰だって自分が一番可愛いからな。多少の不満があっても呑み込むだろう」
圭太やクリスのように自分より他者を優先させる人間は少ない。命が絡めば余計とだ。
もしも意見を出して機嫌を損ねたら? もしも機嫌を損ねたからと魔法の一つでも撃たれたら?
きっとほとんどの人間は抵抗などできずに傷つく。死んでしまうのも珍しくはないだろう。
誰がそんな相手に口を開けるというのか。恐怖で口を閉ざし、小さく震えて怒りを買わないようにするしかないのだ。
「不満が溜まっているということですか? ですがそれではわたくしたちを助ける手立てにはなりません」
「もちろんそうだ。だからそこにもう一つの要素が絡む」
いくら不満があったからと言って、彼女が捕らえた犯罪者を勝手に解放なんてできない。怒りを買う可能性はもちろん犯罪者をまともだと考えるような輩もいないからだ。
いくら犯罪者が冤罪でも、それだけでは切り捨てられるのが関の山だ。
「それがイブの存在だ」
だからもう一つの要素が絡むことでようやく事態は動き出す。
「魔王様が? そもそもわたくしたちが捕らえられたのは」
「そうイブが魔王だからだ。でもキテラはミスをした。焦るあまり少々強引にことを動かしたんだ」
圭太たちが捕まったのは許可証がなかったからだ。だがそれだけで牢獄の最下層に捕らえることなどできない。せいぜいが圭太の隣の檻に閉じ込めるぐらいだ。
キテラは腹心に、最低でもイブを監視している兵士たちにはイブの正体を伝えているはずだ。
「魔王は人類の敵だぜ? それがどうして可憐な少女の姿をしていると思うんだ? 常識的に考えて、恐ろしい化け物が人間の子供と同じ見た目をしているわけがないだろう?」
イブは見た目だけなら普通の子供だ。内部の魔力を感知できるなら話は別だが、ただの一般人に見抜かれるようなヘマをするとは思えない。イブは性格こそ怒りっぽいただのクソガキだが、あれで意外と抜け目がない。
「油断しているというのですか? でもそんな理由で?」
「キテラは魔王が復活したと言って子供を牢獄にぶち込んだ。しかもたいそうな看守付きだ」
この大陸で魔王の本当の姿を見たものなどいない。だが人類の敵だ。とても恐ろしい見た目だと予想されているだろうし、昔話とかではそう伝えられているだろう。
それがまさか、人間の子供と同じ姿など誰が想像できようか。一体誰が簡単に受けいられれようか。
「不満を持っている人間は、キテラの言葉こそが嘘で偽りで、失墜させる隙になると判断するだろうぜ?」
独裁者とわざわざ周りの村でも伝わるぐらいだ。不満を持っている人間も多いに違いない。
それはキテラの身近の人間も含まれる。
「まさか、わたくしたちを救うのではなく利用する輩が現れるというのですか?」
「ああそうだ。用意周到な化かし合い。剣も魔法も使わない人間が得意とする戦争さ」
圭太のいた世界だけでも最低で二千年以上の歴史がある。
人間の本質は強さではない。底意地の悪い頭の回転とどす黒い腹の探り合いなのだから。




