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第一章十五話「嫌ってる?」

 イブと圭太、ナヴィアの三名はエルフの村へと戻ってきた。道中かなりの頻度で魔物に襲われたがすべてイブが指一本動かさず葬った。

 魔物も難儀な存在だと思う。魔力に引き寄せられる性質のくせに、魔法に対して特別強力な耐性を持っていないのだから。飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのことだ。


「じゃーかーらー、手伝えと何度言えば分かるんじゃ!」

「何度も言っているだろうが! エルフは侵略に手を貸さぬ」

「侵略じゃのうて防衛じゃ分からず屋!」

「はてさて、三十分この調子なわけですが」


 イブとスカルドが言い争っている様子を眺め、圭太はため息を吐いた。

 魔王直々に話をするというから圭太は後ろに控えていた。魔王が出てきたからかスカルドはすぐに出てきた。前に来たときも裏でスタンバってたなとか色々思うところはあったが、二人の会談を傍聴していたわけだ。

 だが、進展はほぼなかった。ずっと平行線を辿っていた。

 イブは交渉の経験があまりないのだろう。先ほどから自分の要求を言ってばかりで融通しようとしない。スカルドも頑固で、ずっと拒み続けている。簡単に言うと堂々巡りをしていた。


「あのイケメンおじさんはナヴィア、さんの父親なんだよな?」

「ナヴィアでいいですよ。そしてあのいつまでも成長しない腐れ野郎は確かにわたくしの父です」


 チラリと横に立つナヴィアの様子を窺う。彼女はツンとした表情をしていた。


「言い方にトゲがあるな。これが反抗期の娘ってやつか」

「何をしみじみとしているのですか?」


 口の中で呟いたつもりだったのだが、どうやらナヴィアには聞こえたらしい。


「いやなんでもない。それでさっきの話の続きなんだけど、ナヴィアはエルフ内でもかなり立場が上なのか?」

「父親がエルフの長だからその娘も偉いのではないか。ということですか?」

「まあそうだな。キチンと説明されると我ながらいい気分はしないけど」


 確かに聞いた内容はナヴィアの言う通りだったが、簡単に魂胆を明かされるといい気分ではない。権力者の娘に取り入ろうとしている人間が言い方を気にしたところでなんだという話はなしだ。


「まあエルフの同年代の中では発言力があると思いますよ。さすがに長老衆には敵いませんが」

「長老衆?」

「父をはじめとした、エルフの誕生から働いてきた方たちです。ほとんどは騒ぐだけの老害です。父と同じですね」


 エルフの登場が果たしていつ頃なのかは分からない。だがスカルドの立場が予想以上に高かったことに圭太は感心した。

 魔族一の剣士が冷や汗を流していたのも頷ける。背負ってきた年季が違うのだろう。


「ナヴィアってもしかしなくても父親のこと嫌ってる?」

「いいえまさか。土に還れとか思ってません」


 その割には怖い目ですね。まるで本気で嫌悪しているようですよ。


「そうか思ってるのか。父親ってのも大変だな」


 圭太は嘘が下手なナヴィアに呆れて、超絶クソイケメンに初めて同情した。

 どれだけ容姿が優れていようと娘の反抗期には勝てないらしい。それはとても痛快であると同時にとても悲しい話だと思った。


「同情は結構です。どうせあんなのですから」

「辛辣だなあ。俺も結婚とかしたらこんな扱いされるのか。今から泣きそうになってくるぜ」


 勇者として召喚された一般人がそう簡単に結婚できるとは思えない。圭太は自分の命ですらも交渉材料として考えていたのだから、誰かと愛し合うなんてことができる未来は思い描けない。

 ただ、結婚したとしても最愛の娘に辛辣な態度を取られるぐらいなら、いっそ結婚しないのもアリかもしれないと圭太は思った。


「それで、わたくしに発言力があったらなんなのですか?」

「ああ、意見として聞かせてほしいんだけど」


 遠い目でスカルドに同情の目を向けていた圭太は本題に戻るために一度咳払いをした。


「ナヴィアが魔族に協力する条件ってなんだ?」

「エルフがですか? 長老衆が――」

「違うよ。俺はナヴィアに聞いてるんだ。エルフがどうとかは関係ない」


 エルフそのものを味方にするのは簡単だ。長老衆がいるのならそいつらを説得すればいいだけだ。スカルドのような頑固者の相手は骨が折れるが、地道に時間をかけるしかない。

 だが上の立場を説得したところで駆り出されるのは若いエルフだ。世代的にはナヴィアたちだろう。

 若い世代を説得しなければ本当の意味で戦力になるとは思えない。しかし逆を言えば、若い世代だけでも説得できれば協力関係を築けるということだ。

 イブが交渉下手な以上、圭太は若いエルフたちが動くよう考えるしかない。そのためには協力するうえでの条件が必要だった。


「わたくしに、ですか。そうですね。人間に勝てると確証が持てれば協力すると思います」

「人間を滅ぼしたらってことか?」


 人間を倒すための協力なのに人間を滅ぼさなければ味方になってくれないのは、いくらなんでも世知辛い。


「それほど大規模なものではありません。この大陸の北にある人間の町を陥落できたら確証には十分です」


 北にある人間の町というのは多分シャルロットが言っていた町だろう。奴隷として捕えた魔族やエルフを一時的に保管し、自分たちが住んでいる大陸に移すための町だ。圭太の当面の目標でもある。


「人間の町の壊滅か。簡単そうには聞こえるな」

「簡単、ですか?」


 予想していなかった言葉だったのか、ナヴィアは小さく首を傾げた。


「ああ、全盛期の魔王と配下たちがいればの話だけどな。イブ一人いれば人間と全面戦争ぐらいできるだろ?」


 魔王の実力に詳しいわけではないが、テンプレ通りなら予想は簡単だ。

 イブは勇者以外には負けない。一騎当千は比喩ではなく、人間がどれだけ束になろうと負けはしないだろう。

 もちろん足が自由だったならという条件付きだが。


「話に聞いていた通りの怪物なら可能でしょうね」

「どんな話だったんだ? おとぎ話みたいな感じか?」

「はい。無限の魔力を持ち、世界中の生命のおよそ半分を生んだ母であるというおとぎ話です。この大陸も魔王が作ったと言われているんですよ」

「おいおいどんだけ壮大な話だよ。神話クラスじゃないか」


 イブの実力が尋常ならざるものなのはなんとなく理解できる。彼女は魔王だし、嘘か本当かは謎だが千年以上生きている。不老不死だし勇者召喚だってやった。

 この世界に来て日が浅い圭太は、まだイブ以外の魔法使いに出会っていない。魔法使いそのものが珍しい可能性も高い。

 だが、だからと言って神話に名を連ねるような存在だとは思っていなかった。


「実際魔王様の実力には底が見えません。例えば今不意を突いたところで手が届く未来はまったく思い浮かばない」

「イブは両足が動かなくなったんだぞ? それでもか?」

「ええ。勝てるとは思えません。恐らくエルフ総出でも傷一つつけられないでしょう。父が戦って初めてその場から動かせるぐらいだと思います」

「結構な実力者のナヴィアが言うと説得力が増すな。まああのシャルロットをあごで使えるぐらいだしなあ」


 確かに道中の魔物は指一本動かさずに瞬殺していた。テンプレなら魔法には詠唱が付き物のはずだが、イブは一度も呪文を口にしていなかった。

 エルフは魔物より強いのだろうが、それでもイブの敵ではないようだ。シャルロットが冷や汗を流すほどの圧力を持つスカルドでようやく動かせる程度とは、イブの全力はどれだけ強大なのだろう。


「まあいっか。サンキューなナヴィア。話のタネにさせてもらうぜ」

「えっ? どうするつもりですか? ちょっと」


 狼狽するナヴィアに後ろ手で手を振って、圭太は未だ言い争いという論争を続けている二つの長に近寄る。


「図体ばかりデカくなったが器はてんで変わらんの! むしろ小さくなったのではないか!?」

「貴様こそ幼稚な性格は変わっておらんじゃないか! そんなだから勇者ごときに後れをとるのだ!」

「なんじゃとぉ!」


 イブが右手を上げて、黒い球体を作り出す。

 圭太は慌てて彼女の右手首を掴んだ。


「落ち着けイブ。いやマジで。辺り一面焦土にする気か?」

「むっ離すのじゃケータ。こやつには格の違いってものをじゃな」

「格の違いなら存分に見せつけているさ。ほら周りを見てみろよ」


 イブは不機嫌そうに眉間にしわを作って辺り一面に控えていたエルフたちに視線を送る。

 圭太では足元にも及ばない美男美女たちの表情は恐怖によって醜く歪んでいた。


「むぅ。なんじゃ人を化け物みたいな目で見おって」

「実際化け物みたいなもんだろうが。魔力のない俺でも分かるんだ。とんでもない魔法だろこれ」

「むっ」


 どうやら図星だったようだ。

 圭太は魔法が使えない。だから魔力を感知することはできない。恐らく生まれた世界に魔法がなかったからだろう。本人は気にしていないし仕方ないと割り切っている。

 だが、魔王の手が添えられている手のひらサイズの黒い球体からはとても嫌な予感がしていた。本能が訴えてくる。この黒い球体は存在しているだけで命の危機だと、喧しいぐらいの警鐘が鳴らされていた。


「大人なんだから。怒りを収めろ。な? 格の違いを見せるなら戯言ぐらい笑って許そうぜ?」

「むぅ。ケータの言うことも一理あるか」


 イブは小さく唸って、右手を振って黒い球体を消した。

 その場にいたイブ以外のすべての生命が、球体が消えた瞬間に安堵した。


「スカルド。貸し一つな」

「余計な真似を」

「減らず口を叩くのは勝手だけど、せめて冷や汗を拭いてからにしようぜ?」


 汗を拭こうと腕を額に当てて、スカルドは何かに気付いたように圭太を睨んだ。


「なんだよ。乗せられるほうが悪いんだろ?」


 圭太はニヤニヤと笑って、見事に口車に乗せられたスカルドをからかう。

 スカルドは滝のような汗を流していた、というわけではない。はたから見れば虚栄を張っていることもあり焦っているようにはとても見えなかった。だから焦っていたかどうかは本人しか分からないわけだ。

 汗を拭おうとしたスカルドは、本心では冷や汗が止まらなくなるぐらいイブに恐怖していたと自ら証明したことになる。


「次に来るときまでにどう貸しを返すか考えておいてくれ」

「むっ? どこか行くのか?」


 ゆっくりと車イスを押すと、片手間でその場にいた人間を皆殺しにしようとした魔王が子供のように首を傾げた。


「ああ。敵地に視察へ」


 準備があるので一度魔王城に戻る必要はあるが、エルフの力を借りるための条件を満たさなければならない。

 人間をこの大陸から追い出さなければならないのだ。

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