第一章十四話「エルフと魔族」
「それで、帰ってすぐワシのところに来たんじゃな」
イブは呆れた顔でため息を吐いた。
「イブがいて助かるよ。いやホントに」
圭太は自分の右腕から傷が消えていく光景を見ながら、反対の手でカッピカピに乾いた口元の血を拭った。
「主も変態じゃな。傷を受けてここまで歩いてきたのか?」
「おう。後半目が霞んできたときはマジで焦った」
圭太は魔王城まで戻ってきていた。
調子に乗ってナヴィアと一対一で力比べをした。実力はエルフの少女のほうが何倍も上で、圭太はすぐにボロ雑巾同然となった。
そしてついに立っていられなくなった圭太はいつも通り治療を頼もうとして思い出したのだ。イブは魔王城にいて、体中を矢で貫かれてハリネズミみたいになっている人間を治療できる者はいないという事実を。
我ながらよく死ななかったと思う。大きな川が見えたときはもうダメかと思った。
「というか最終的に歩けなくなっていただろう。人に運ばせといて」
シャルロットが腕を組みながら圭太に冷たい視線を浴びせてくる。
彼女が圭太の足を持って運んでくれなかったらきっと間に合わなかっただろう。毛根は深刻なダメージを負ったが、魔王の治療魔法なら治してくれるからよしとしよう。
「いやー助かったよ。シャルロットがいなかったら野垂れ死んでた」
「まったく調子のいい」
やれやれと肩をすくめるシャルロットに、圭太は胡散臭い笑みを送って感謝した。
「なんだか嬉しそうじゃなシャルル」
「気のせいです」
「そう隠すな。ケータの面白さに気付いたんじゃろ?」
「はい。そんなところです」
相変わらずというか、素直すぎるだろう。隠そうとしていたのに、すんなり認めるのかよ。
圭太は呆れたが口には出さなかった。出せばシャルロットは照れ隠しに剣を抜くだろう。さすがに傷を治してもらって五秒でボロ雑巾に戻りたくない。今だって渋々治してくれているのだ。呆れかえったイブが投げ出さない保証はない。
「で」
生死をさ迷う致命傷を三十秒で完治させたイブがジト目になる。
「なぜお前がおる小娘」
イブの視線の先には、エルフの村からついてきたナヴィアが立っていた。その顔には柔和な笑みが浮かんでいて、イブとは対照的な態度だった。
「お久しぶりです魔王様。百年ぶりですね」
「百十年じゃ。子供には時間の感覚も難しいかの?」
「少なくとも魔王様よりは成長していますよ? いつまでも子供体形ではありません」
「ワシかて成長したらすごいんじゃぞ! ボンキュッボンのないすばでーじゃぞ!」
「成長しないじゃないですか。不老不死って大変ですね」
「ぐぬぬ~」
言い返せなくなったのかイブが不服げに唸る。
口ぶりからして二人はどうやら知り合いらしい。あまり仲は良くないようだ。
「……エルフと魔族は仲良くないのか?」
かたやにこやかに、かたや悔しそうに睨み合うエルフと魔族を眺め、圭太はシャルロットに聞いた。
彼女の手が腰の剣に回されているのは多分気のせいだろう。
「エルフというかナヴィア親子とだな。イブ様と対等に話ができる数少ない存在だ」
「ナヴィア親子? 母親とか?」
「既に会っているだろう。スカルドが彼女の父親だ」
「あ、そうなの。えっそうなの? マジで?」
一度聞き流してしまったが、信じられない話だったので圭太はもう一度聞き返した。
「何を驚いているんだ?」
「だって子持ちには見えなかったぜ? いや威厳はあったけどさ」
スカルドは超がつくほどのイケメンだった。イメージ的にはやり手の三十代といったところだ。
元の世界でいうところの保育園児くらいの子供ならいてもおかしくはないが、圭太と同年代の子供がいるとはとても思えなかった。
「イブ様ほどではないが、エルフも長生きだ。しかも人間と違って成人したぐらいから老けたりしない。いつまでも若い姿だ。人間基準で言えばだが」
「マジかよ。見た目は当てにならないってことか」
「というか人間ぐらいだぞ。老いが見た目に表れるのは」
外見では年齢は判断できないらしい。
マダムたちは羨ましがっているだろう。いくら年を取ろうがシワ一つ増えないのだから。
「そうなのか……ということはシャルロットも」
「それ以上口を開けば殺す」
「オーケー分かった。俺は何も気づいていない」
圭太は滝のような冷や汗を流して両手を上げ、神速で喉元に突きつけられた剣から離れる。
実力差があり過ぎるのも問題だ。冗談一つが命に関わる。
「というか二人はエルフの村へ行っておったのか。ワシに黙って」
ナヴィアと睨み合っていたイブが、恨めしげな目で圭太とシャルロットを睨む。
ナヴィアがもう終わりかとばかりにドヤ顔していたが、圭太は見なかったことにした。ハリネズミにされたときと同じ表情だったからだ。
「置手紙があったと思うんだが」
「ケータの手紙に書き足させましたが」
「ケータの世界の文字なぞ読めるか!」
「あそっか」
普通に日本語で書いてたわ。
圭太とシャルロットが首をひねり、イブが大きな声で怒鳴った。
だってしょうがないじゃないか。この世界の文字をなぜか圭太は読めるのだから。習ってもないし習う必要もない文字を書けるわけがない。
「どうしてワシを連れていかなんだ」
「だってお前魔王じゃん。忙しいだろ?」
「両足が使えぬワシが働けぬのは知っておろうが」
「後、どうせ一回で済むとも思ってなかったし」
再び唸り声を出すイブだが、圭太はしれっと言い訳した。
嘘は一つも吐いていない。圭太抜きで話をすれば早かったという可能性はあえて考えないことにした。
「イブ様。どうやらこの男は自分が死ぬ可能性すら計算していたようです」
「なんじゃと?」
イブの目が言い争いをする少女のものから魔王のそれに変わった。
「おいシャルロット。なんで言うんだよ」
「わたしは上司に報告しただけのこと。ふざけた計算をしていたお前が悪い」
「どういうことじゃケータ。詳しく話せ」
しれっと言うシャルロットをさらに責めようとしたら、剣呑とした魔王に説明を求められた。
どうやら逃げられそうにない。怒られると分かっているがゆえに、圭太の頰を一筋の水滴が流れた。
「あー、俺人間じゃん?」
「そうじゃな」
イブが頷く。
「エルフのことだから人間毛嫌いしてるじゃん?」
「まあそうですね」
ナヴィアが肩をすくめる。
「俺が一人で行けば間違いなく殺されるじゃん?」
「実際危なかったしな」
シャルロットがため息を吐く。
「俺が殺されれば魔王も黙っていないじゃん?」
「当然じゃ。全面戦争じゃな」
「その敵意を集中できたら人間に勝ち目ないだろ?」
イブがエルフを許さないと即答したことにちょっと嬉しくなりながら、圭太は立てた人差し指をクルクルと回した。
圭太を起爆剤として活用する。魔王の力が爆発を雪崩に変え、矛先は侵略者に向けられるはずだ。
シャルロットのお陰で必要なくなったが、圭太は魔王が侵略者たる人間をどうにかしたいと考えているという伏線を張るつもりだった。伏線を張るといってもただ目的を語るだけだが。
「そこまで考えてエルフの村へ来ていたのですか?」
「まあな。結局俺は死ななかったけど」
ナヴィアが異常者を見るような目になっているので、圭太はあえて即答する。
「何を考えておる。ワシの両足を奪っておいて、死ぬことを前提とした交渉じゃと?」
「結果的に目標達成できるんだからいいだろ。必要な犠牲なんだよ」
「たわけ。主に頼らずともどうとでもなるわ」
魔王の言葉には不思議な説得力があった。
「よいかケータ。勘違いしているようじゃから教えてやるが、ワシは主を戦力として見ておらぬ。元より主は余剰品。剣を抜けさえすればよかったんじゃからな」
「でも俺は勇者だ。勇者として皆を救わないと」
「たわけ。もう一度言うぞこのたわけ」
見た目的には十個ぐらい年が違う少女は静かな迫力を宿らせていて、圭太は反論する気すらなくなってしまった。
何を言ってもきっと彼女を言い負かせないと、察してしまった。
「主は勇者と同じ才を持つが勇者ではない。ワシを殺そうとする意思もなければ魔族に対する敵意もない。それにワシを倒した者がまだおる以上、勇者と呼ばれることもない」
それは当たり前だ。圭太は他でもないイブに召喚された。自分の主を殺そうとする勇者はいない。それはただの異常者だ。
「主はケータじゃ。勇者と違い代替えの利かぬものじゃ。じゃから自分の命を損得で考えるでない。それはいくらなんでも寂しすぎる」
圭太は目を逸らし気味だったから気付くのが遅れてしまった。イブの瞳にうっすらと光るものが浮かび上がっていることに。永遠を生きる彼女にしか味わえない孤独に。
銀髪の少女の子供のような我儘に、圭太は気付いてしまった。
「悪かったよ…………ゴメン」
「ふんっ。分かればよい」
イブは圭太から顔を逸らし、鼻をすすって正面を向き直した。
彼女の顔は、いつも通りの魔王のそれに戻っていた。
「さて、話も済んだことじゃし、今度はワシが動く番じゃな。シャルル。城は任せたぞ」
「はっ! お気をつけて」
「動くってどこに行くんだよ」
イブに頼られたシャルロットが嬉しそうに敬礼し、圭太は不可思議な主従関係に呆れながらたずねた。
「決まっておろうが。エルフの村じゃ」
不敵に笑うイブの言葉に、ナヴィアが本気で嫌そうな顔をした。




