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第一章十三話「臆病者」

「おぉーっ!」


 目の前のテーブルに並べられた湯気をたてるご馳走に、圭太のテンションは急上昇した。

 木をくり抜いて作ったエルフの少女の自宅に圭太とシャルロットは招かれた。道すがら教えてもらったがエルフの少女はナヴィアというらしい。


「いいのか? こんなご馳走」

「恩人に感謝を示すのは当然です。それにわたくしは矢を放ってしまいましたし」


 シャルロットが尋ね、ナヴィアは恥ずかしそうに頬を赤くする。

 別に気にする必要はないと圭太は思う。敵だと誤解されるような態度を取ったのは圭太のほうだ。ナヴィアが申し訳なく思う理由はない。


「なあなあこれ全部食っていいのか?」

「はい。人間のお口に合うか分かりませんが」

「絶対合うって! うんめぇー!!」


 控えめなことを言うナヴィアに言い返しつつ口に運んで、あまりのおいしさに圭太は舌鼓を打った。


「エルフは自給自足で生活しているからな。魔王城に食材を提供してくれるときもあるんだ」

「我々は森に育まれ、森を育みます。無遠慮に森を荒らす方々では味わえない食べ物も多いんですよ?」


 シャルロットとナヴィアが二人がかりで食材の新鮮さを訴えてくる。

 なるほどこの美味さは食材が新鮮なおかげなのか。納得した。産地直送どころか農場で採れたてを直接調理しているようなものか。畑で採ったばかりの野菜をおいしそうに食べる様子はテレビでよく出てくるから似たようなものなのだろう。


「うめぇーうめぇー」

「聞いてませんね。褒められて嫌な気はしないのでいいですが」

「すまないな。魔王城は今の状況だからあまり食べさせられていないんだ」

「構いません。ところで、どうして魔族が?」


 無心で食べ物を口に運び続けている圭太にエルフと魔族はため息を吐いて、二人だけで話を続ける。


「エルフに協力を申し出に来た」


 シャルロットは真剣な表情でナヴィアを見ている。嘘など吐いていないと証明しているかのようだ。


「エルフが魔族に協力? 千年の歴史上一度も手を取り合っていないのに?」

「発案者はそこで大食いしている人間だ。わたしとて簡単ではないと理解している」


 シャルロットは大食い選手もビックリの大口で骨付きチキンをくわえ込む圭太を指差した。


「なるほど。簡単ではないと理解しているのについてきたのですか。四天王最強の剣士である貴方が」


 ナヴィアの言葉に、食べ続けていた圭太の手が一瞬止まった。


「知っていたか」

「有名ですからね。魔王と肩を並べることもできなかった臆病者は」


 ナヴィアは侮蔑の視線を叩きつけ、シャルロットは反論一つせず顔を俯かせ侮蔑に耐える。

 今日はシャルロットの知らない一面をたくさん見れた。悔しいというのは、きっと今の彼女のことを言うのだろう。元の世界では一部のスポーツ選手だけしか見せなかった感情だ。


「それは違うと思うぞ」


 ただ、勘違いしているらしいエルフの少女の誤解は解かなければならない。

 圭太は食事の手をいったん止め、薄っぺらい笑みを浮かべた。


「あら。何が違うと言うのです?」


 ナヴィアがシャルロットから視線を外し、圭太に純粋な興味を見せる。多分さっきのシャルロットへの目も悪意あってのことではない。ただ前評判を聞いてしまえばどうしても見下すような評価をつけざるをえない。肩を並べなかった理由によってまた評価は変わるはずだ。


「今も魔族はあの城に残っている。エルフたちは王を死んだと誤解していたよな。確かに封印はされていた。誤解されても仕方ない状況だ」

「ケータそれは」

「黙る必要はない。もう封印は解かれた。魔王は完全復活したんだ」

「確かに、そうだが……」


 魔族にとってトップシークレットな情報を話され、シャルロットが難しい顔になった。


「なぜ魔族が主なき城に残り続けていたと思う? 素人目で見てもロクに戦えない魔族たちを、いったい誰が守ってきたと思う?」


 今も魔王城に残る魔族は人間を恐れ、戦闘を回避しようと考えている連中だ。悪だとは言わないが、使い物にはならない。戦力として数えることはできない。


「それがシャルロットだと?」

「これは俺の予想だが、多分シャルロットはこんな命令を受けたんじゃないかな?」


 コトンと首を傾げるナヴィアに、圭太はドレッシングが付いている人差し指を立てて左右に振る。


「魔王なき後も魔族を守り抜け。そのためにお前は勇者に見つからぬよう隠れておれ、とかな」

「――どうして、それを」


 シャルロットの表情は驚きの色に染まっていた。


「どうやら俺の予想は当たっていたみたいだな。何、簡単だよ」


 圭太は指先のドレッシングを舐め取り、食事を再開する。今度は二人と話をしなければならないため、一度に口に含む量は控えめだ。もう半分以上は食べているから、正直もうお腹いっぱいなのだ。


「イブはシャルロットの扱いが雑だが、アイツ以外が同じような扱いをすれば激怒する。車イスを作ったとき、確かにイブは俺に殺気をぶつけてきたんだぜ?」

「そ、そんなことが」

「魔王城に残ると言った俺を拒否しなかったのは、シャルロットの手助けができると踏んだからだろう。イブは万全じゃないからな。どうしても手が足りなくなる」


 イブ一人での移動方法はあるようだが細かい制御はできない。爆撃機のような戦い方はできるだろうが強敵との戦闘は絶望的だ。封印される前と比べれば手が回らない可能性ははるかに高い。


「やはり魔王は戦えないのですか」

「力を失ったわけじゃないけどな。一人で勇者には勝てなくなった」


 圭太はテーブルに最後まで並んでいたサラダを口に入れて、両手を合わせた。

 結局一人で全部食べきった圭太に、心なしか冷たい視線が刺さる。


「ま、そんなことはどうでもいいんだ」


 圭太は真面目な話をしているにもかかわらず冷めた視線を叩きつけてくる女性二人を無視して、平らげた皿を積み上げていく。


「ナヴィア。もし時間があるのなら、俺と戦ってくれないか?」

「なぜわたくしがそんなことをしなければならないのですか?」


 ナヴィアは渋い顔になった。

 いきなり戦えと言ったのだ。変な顔をされるのは予想がついていた。


「俺は強くなりたい。近接戦はシャルロットがいるからいいとして、遠距離のエキスパートが欲しかったところなんだよ」


 嘘を吐いているわけではないので、圭太はじっとナヴィアを見つめた。

 現状、圭太とシャルロットの実力差は大きく開きすぎている。一秒が三秒まで生き延びられるようになったがそれだけで、まだまともな戦闘とは呼べない。近接戦はシャルロットに一太刀浴びせられるまで彼女一人で充分だ。だが剣士のシャルロットでは鍛えられない部分もある。それが遠距離を得意とする相手との戦い方だ。

 イブに頼むという手もあるのだろう。しかし問題が二つある。一つは彼女の両足の問題。もう一つは魔王は手加減が苦手だということだ。訓練のつもりがうっかりで塵も残らないという事態になりかねない。


「真っ直ぐな瞳ですね。曇り一つない。だけどどうして貴方はそこまで強さを求めるのですか? ただの人間のくせに、本気で魔族を助けられるとでも思っているのですか?」


 命がかかっていると伝わったのか、ナヴィアは試すような目で圭太をジロリと観察する。


「まさか。そんなしょうもないことのために命懸けられるわけがない」

「なっ」


 笑いながら肩をすくめると、魔族最強の剣士が目を丸くした。圭太は触れないようにした。


「ならどうして?」

「俺はヒーローになりたいんだ」

「ひーろー?」


 首を傾げるナヴィアに圭太は一度頷いて言葉を続ける。


「どこかで誰かが泣きながら助けを求めている。俺はそんな人に頼りにされたい。任せろって言葉だけで泣き止ませられるような、そんな英雄になりたいんだ」


 せっかく異世界に来て、勇者になったのだから。

 どうせなら理想を目指すのも悪くない。物語の主人公のように、その場にいるだけで戦況を覆せるようなヒーローを夢見るぐらい許されるはずだ。


「偽善ですね。そんな夢が叶うわけがない」

「叶わないから望むんだ。笑い飛ばされたとしても関係ない。俺からすれば、勇者になることすら笑い話だ」


 圭太は知っている。数々の異世界転生の物語を。それを憧れる人間を。下らないと笑う人間を。

 現実なんてそんなものだ。魔法がない世界なんてそんなものだ。才能もない人間の見る夢などそんなものだ。

 ――――――それがどうした。

 圭太は夢物語の舞台に立った。有り得ないはずの勇者になった。

 ならば才能の有無など関係ないと証明したっていいはずだ。不可能はひっくり返すためにある。異世界に渡ったのだからその資格はある。


「勇者になれたのだから理想も叶う、と。なるほど道理です」


 ナヴィアはやれやれと頭を振った。


「分かりました。わたくし程度で良いのなら、喜んで力を貸しましょう」

「本当か!?」


 圭太はナヴィアの言葉に飛びついて、彼女の両肩を握りしめた。


「はい。わたくしも貴方の理想を見たくなりました」


 人間に奴隷として売り飛ばされそうになっていたエルフの少女は、柔らかく笑った。

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