第五章二話「やぁーっと着いた」
「やぁーっと着いた」
門を潜り往来に到着して、シリルは両手を広げて体を伸ばした。
石造りの建物と道が広がっており、埋め尽くすように人が行き来している。旅人を引き込むためだろう、所狭しに乱立している露天からは枯れた声が聞こえてくる。往来を歩く雑踏と合わせると軽い騒音だ。しかしその場から離れるにはあまりにも魅力的な匂いが立ち込めていた。チラリと視線を巡らせるといくつもの煙が上がっていた。煙の一つ一つが露店で準備されている食べ物だろう。口の中に唾が溜まる。
魔界に進出していた町もなかなかの規模だと思っていたけど比較にもならない。
そして何より目を引くのは、奥へと進むにつれて高くなっていく地形。最も高い場所に建つ最も荘厳な建物だ。
白亜の塔に青いとんがり帽子が乗っており、下にはそれぞれの塔を繋ぐためか長方形となっている。遠目でも確認できる窓の小ささから察するに最低でも五階建てだろう。
この世界で初めて見るファンタジーの象徴の一つ、ヨーロッパ形式の城に圭太は感嘆の息を漏らしていた。
「初めての長旅お疲れさん」
シリルの頭に手を置いて、サラサラの髪の感触を楽しむ圭太。
圭太の視線はひっきりなしにあっちこっちへと飛び回っていた。はたから見れば初めて上京した田舎者だ。
「ケータたちは何ともないのか?」
「慣れたからな」
「元々森で暮らしていましたから」
圭太と同じように目を輝かせているナヴィアは、なけなしの理性で暴走寸前のイブの車イスを掴んでいた。
ナイス判断だ。気になるからと各自で行動すれば、たちまち迷子になるだろう。それだけ規模が大きい往来だ。もしかすると戦闘用にとバカ広い空間の魔王城謁見の間ぐらいの幅がこの往来にはあるのではないか。
「伊達に革命を手伝うだけはあるよなあ。次元が違う」
最年少のくせに一番落ち着いた様子のシリル。
圭太とナヴィアは子供っぽく見られたくないという見栄のために心を落ち着かせる。揃って深呼吸する姿は兄妹のようだ。
「ふん。その程度で音をあげおって情けない」
「ふんぞり返っているお前にだけは言われたくない」
「なにおう」
「落ち着けって。イブが怒ったら手に負えないんだから」
鼻で笑って挑発するイブが、逆に挑発されて顔を真っ赤にして身を乗り出す。
圭太は慌ててイブの両肩を押さえ込んだ。魔王様が全力を出せばどれだけ立派な町でも一瞬で消し炭だ。気が気ではない。
「そんときはオレが抑えるっての」
「ほう。随分大きく出るではないか。格の違いを教えてやらねばならぬのう」
「魔法しか能がないんじゃオレには勝てないぞ」
「そこをどけケータ。小童に叩き込んでくれる」
イブが額に青筋を走らせて微笑みを浮かべた。
「ダメだイブ。頼むから抑えてくれ。大人だろ?」
「むう。嫌じゃ」
「いや、嫌とかじゃなくてだな」
首を横に振るイブに圭太は苦笑した。
「いいじゃないですかケータ様。魔王様の好きにさせれば」
一歩引いた位置でニコニコと微笑んでいるナヴィアがイブの怒りに油を注ぐ。
「おいナヴィア。本気で言っているのか?」
「もちろんです。自信満々だったのに手も足も出ない魔王様に興味があります」
圭太が渋い顔をするとナヴィアは笑顔でとんでもないことを言った。
そういうことを言うからイブが怒るんだろうが。
「……なんじゃ混ざりたいならそう言えばよかろう」
「混ざりたいだなんてそんな。魔王様の泣きっ面を安全圏で眺めるから楽しいんじゃないですか」
「よかろう。二人まとめて高い授業料を払わしてやる」
「だからダメだっつってんだろ。ナヴィアも面白がるな」
火花を散らすイブとナヴィアの睨み合いを妨害するために、圭太は二人の間に体を割り込ませた。
途端にナヴィアはバツの悪そうに唇を尖らせる。
「申し訳ありませんケータ様」
「謝るなら俺じゃなくてイブだ。ほら」
「……申し訳ありませんでした魔王様」
主人に言われれば奴隷役であるナヴィアは断れない。
渋々といった表情で煽りすぎたエルフはイブに頭を下げた。
「不服そうなのが気に入らぬのう」
「いいだろ許してやれよ。そもそもイブが挑発に乗りやすいからいけないんだぞ」
「むぅ。すまなんだ」
圭太はナヴィアに向けていた人差し指をイブに向けて、今度は魔王を叱る。
イブはナヴィアと違って素直に頭を下げた。
「それとシリル。こんなでもイブは勇者の次に強いんだからな。からかうのはいいがほどほどにしとけ」
「こんなでもとはどういうことじゃ?」
「ゴメン」
「分かればいいんだ」
「のう。こんなでもとはどういうことじゃ? おーい?」
さらに体をひねって、圭太はシリルも叱る。
弄り甲斐があるのは分かる。だけど、爆発したら大惨事になるのだ。何事も加減がいる。
イブの声はとことん無視だ。
「それで、ケータ様はこれからどうするのですか?」
「いつも通り動くつもりだ」
「情報収集ですね。かしこまりました」
これからの方針を聞かれた圭太は即答し、ナヴィアは微笑みながら圭太の考えを言い当てた。
どう動くかを決めるためにはまず情報を集めなければならない。今さら違う行動を取るつもりはなかったが、やっぱりと言わんばかりの顔で笑顔になられるとちょっと思うところはある。息があってきたってことなんだろうけどさ。
「ふんっ、ワシを無視するケータが一番不敬じゃろうが」
「すねんなよ。子供みたいだな」
「なんじゃとう」
唇を尖らせて呟くイブにシリルがポツリと言って、再び魔王の怒りに火が灯った。
「おい二人とも。さっき言ったことをもう忘れたのか?」
再び喧嘩をしようとしているイブとシリルを、圭太は冷たい目で睨んだ。
底冷えするような目に二人は揃って首を横に振った。
「よろしい。じゃあ行こうぜ。これだけ大きい町となると店を探すのも苦労しそうだ。しっかりついて来いよ」
はぐれたら再会できないかもしれないぞーと言って早速人混みに消えようとする圭太に、イブとシリルは喧嘩する暇もなく後を追った。
情報を集める前に拠点を構えようという話になり、四人は適当な宿に入った。
「なあ。ホントに一部屋でよかったのか?」
「なんじゃ今さら」
「いやまあ、確かに今さらかもしれないけどさ」
すんなりと宿を見つけ、圭太はなんとも言えない顔になった。
部屋は木造の安っぽさと安心感が同居したような部屋だ。ベッドが部屋の中央にポツリとあり、窓からは冷たい空気にも負けず往来をよぎる人波が見える。
どう見ても一人用にしか見えない部屋に四人は集まっていた。
「今までと違ってせっかく部屋の空きがあるんだ。二部屋に分けてもよかったんじゃないか?」
混雑していたからたくさんお金はスってきたし、全員個室でも問題はないぐらいだぞ。
「いいですね。わたくしはケータ様の奴隷なので当然同室ですよね?」
「ならワシは妻じゃから一緒じゃな」
おいこらお前ら、と圭太は言葉の意味を理解しているであろうナヴィアとイブをそれぞれ睨む。
「だとすると、オレは」
「子供じゃな」
「子供扱いすんじゃねえ! でもケータが親か……それもいいな」
シリルがつい先ほど誰かが耽っていた妄想の海に片足を突っ込んで笑顔になっている。
ナヴィアはなんでか分からないけどふくれっ面になっていた。
「……なるほど。意味ないって言いたいんだなそうですか」
圭太は諦めて重たいため息を吐いた。
どうやら仲間は一人もいないらしい。
「そもそも、なぜ急に部屋を分けようなぞと言うのじゃ? 道中はずっと四人で寝ておったではないか」
「……俺一人男だし。やっぱり気にしたほうがいいのかと思って」
「それこそ今さらじゃな」
イブの心ない言葉が圭太の胸に刺さる。
「ぐっ、いやだってシリルは普通の人間だし」
「ほう。聞き捨てならぬのう」
「ではケータ様はわたくしや魔王様は魅力的ではないと言うのですね? 人間じゃないから」
イブが片眉を上げてあごをさすり、ナヴィアが目元に両手の甲を当てた。
「だぁーっ! 違うって。泣くなよ」
「うえーん」
「……さすがに分かるだろ」
ナヴィアの声はどう考えても棒読みで、思わずシリルは呟いた。
「何か言ったかシリル」
「いや何も」
圭太に聞かれるがシリルは顔を背けて否定する。
手の隙間から睨んでくるナヴィアの目が怖いのだが、本当のことを言っては本当に大変な目にあうと理解していた。
「ワシや小娘はもちろん、人間もケータが同じ部屋で文句はないのじゃ。むしろ今まで同じ寝床だけだっただけに違和感がある」
「それは、そうかもしれないけど」
「なんじゃ。主は文句があるようじゃな」
歯切れ悪く答える圭太に、イブが訝しげに眉間にしわを作る。
「ベッドが一つしかないのはどう考えても足りないだろ」
そう。どうして圭太が今さら部屋を分けようと提案したのか、その理由はこの部屋が原因でもあった。
さすがに四人で一つのベッドで寝るのは難しい。せっかく宿の部屋を取ったのだ。どうせならゆっくりと休みたい。
「わたくしは奴隷ですから床でよいと判断したのでしょうね」
「ワシらは小柄じゃしの。いくらケータの図体が大きゅうても詰めれば寝れぬことはあるまい」
ナヴィアとイブがそれぞれ店主の判断した根拠を並べ立てる。
確かにナヴィアの首には偽装のために奴隷につける首輪が巻かれているし、イブもシリルも見た目はまだ子供だ。
理屈で言えばベッド一つで足りないこともない。そもそもの前提が違うので納得はできないが。
「いやナヴィアを床で寝させるぐらいなら俺が床で寝るからな」
「じゃあオレも床だ。ベッドなんて慣れないし」
「いえいえ。わたくしは奴隷ですから。ケータ様を差し置いてベッドは使えません」
「ワシはベッドがよいが、寝ぼけて落ちるやもしれぬのう」
圭太が一歩引くとシリルが肩をすくめてナヴィアが対抗してイブが悪戯っぽく笑った。
「もしかして、四人全員床で寝るかベッドに寝るしか選択肢がない感じか? 場所を変えるつもりもない?」
「もちろんです!」
「慣れないからな」
「仲間外れは嫌じゃな」
圭太の口の端をピクピク痙攣させながらたずねると、ナヴィアは全力で頷きシリルはあくまで仕方なくと言った調子で呟きイブは全部察した上で肩をすくめてニヤニヤ笑っている。
圭太一人が譲ればいいのならと思って床を選んだのに、全員が譲る気はないようだ。
ちなみに店主の予想通りナヴィアを床で寝かせて後はベッドという選択肢もあるが圭太に選ぶ気はなかった。誰かを床で寝させて自分はベッドなんて罪悪感でどうにかなってしまいそうだ。
「――はぁ。分かったよ。どうせ四人で寝るならベッドで窮屈に寝よう」
全員が床で寝るならベッドがある意味がなく、誰かを床で寝させることも選べないのなら、もう選択肢は一つしか残っていない。
程度に差はあれど全員の顔に朱色が混ざり、圭太はコイツら……という気持ちでいっぱいになる。
タイミングぐらいは考えて欲しかった。




