第四章十二話「渡して」
「どっどうしたのですか勇者様」
半日かかった道のりを半分の時間で引き返すと、顔を青くしている村長が出迎えてくれた。
「しらばっくれるじゃない。アンタたちのしたことは分かってるのよ」
勇み足で村長の襟を掴み上げて、キテラはギラギラとした戦意を隠さない獰猛な笑みを浮かべている。
瞳の奥ではどうやって苦しめてやろうかと考えているのが見て取れる。
「なっなんのことでしょう」
「ボクの剣を盗んだよね?」
「ひっ」
キテラの横に並んだ琥珀が問いかけると、青い顔の村長がますます顔を青くした。
琥珀は冷静な声音のまま、キテラにそっと村長を下ろすように指示した。
「人の物を盗むのは犯罪です。まさか知らないわけじゃないですよね?」
「それもよりによって神造兵器だなんて。大罪もいいとこなの」
「どうされますか? 自分で罰を決めるというのなら聞き届けますが」
サンが剣を抜き、クリスが肩をすくめ、イオアネスが冷たく言い放つ。
「申し訳、ありませんでしたぁ!」
村長は観念し、彼にできる最上の早さでひれ伏した。
「平穏が欲しかったのです! 魔物に脅かされることのない平穏が!」
頭を地面にこすりつけたままの声は、悲痛な思いが詰め込まれていた。
その場にいる全員が、村長の気持ちは理解できた。その願いは全人類のものでもあるからだ。力を持たないすべての人間は平穏を望んでいるのだから。
「だから勇者の剣を盗んだと」
「我々では手も足も出なかった魔物を勇者様たちはあっさりと倒されました! その力をすべてとは言いません! しかし分けてもらうことはできるはずです!」
ゴブリンの群れだけでも村人総出でかからなければならず、オークなんて一匹いるだけで騎士団の応援が必要なレベルだ。琥珀たち五人では可能でも、小さな村が平穏を守り切るのは簡単ではない。
「確かに神造兵器であるコハクの剣があれば、魔物ぐらいには負けないの」
「僕たちを引き留める代わりにか。考えとしては妥当性があるかもしれない」
琥珀たちは足を止めるわけにはいかない。何度も村を守るように頼まれてきたからこそ、村長の気持ちはよく分かるし納得しそうになる。
「ないわよ! 盗みは犯罪、大罪よ! 覚悟はできているんでしょうね!」
しかし、キテラだけはそれをよしとはしなかった。
彼女の頭上で真紅の魔法陣が輝く。魔法陣は光を放ちながら回転し、中からキテラの怒りにも負けないくらい燃え盛った炎が溢れていた。
「ひぃっ! どうか命だけはお助けを!」
魔法による紅蓮の炎に気付いたのだろう。村長はさらに頭を地面に擦り付け、体は傍目でも分かるぐらい震えている。
「そうだよキテラ。いったん落ち着いて」
「そこをどきなさいコハク。コイツらを――」
「そんなにボクと戦いたい?」
「ぐっ」
村長を守るようにキテラの前に立ち塞がった琥珀は、静かに戦意を漲らせる。止まらないというのなら容赦はしない。琥珀の目はそう語っていた。
こうなってしまえば琥珀は死んでも意見を変えないと知っているキテラは、苦虫を噛み潰したような顔で唸り、それでも一歩引くことにした。
「村長さん。剣を返してください。アダムが余計なことをしたせいであの剣は勇者にしか扱えないんです」
キテラとの問題は解決したと判断して、琥珀は振り返って村長の元で跪く。
「死にたくないのなら、今すぐ持ってきてください」
「はいっただいま!」
静かながら先ほどのキテラよりも威圧感を覚えた村長は、老いぼれた体なのに全力疾走で村で一番大きな屋敷に入っていった。多分勇者の剣は村長の自宅で丁重に保管されているのだろう。
「どうするつもりよコハク。コイツらの肩を持つのはいいけど、盗みをした事実は変わらないじゃない」
赤く煌めく魔法陣を消したキテラはとても不服そうに腕を組んでいた。
「でも、だからと言って殺すのは間違っている」
「野放しにしていればまた繰り返すわ」
「更生するかもしれないよ」
「できないわ。少なくともこの世界では。前にも言ったわよね?」
キテラたちが生まれ育った世界と琥珀がいた世界は違う。文化はもちろん、魔法の有無や人間性だって違う。
この世界で生きる人間はほぼ全員、魔力という武器を持っている。悪人が武器を持っていて、使わないように我慢などできるだろうか。
「言っていたね。キテラが燃やそうとしたのもそれが理由だって覚えてる」
「じゃあ――」
「それでもボクは可能性を信じたい」
理屈は理解した。でも従うかどうかは別問題だ。
文化は違う。でも世界が変わっても同じ人間だ。更生できないということはない。
更生できるかもしれないのなら、琥珀はどれだけ低くてもその可能性を信じてみたかった。それが琥珀という人間だ。
「負けだね。キテラ」
「サン」
「コハク様の頑固さは知っているだろ? ダメだと言ったらダメなんだ」
サンはキテラの肩に手を置き、肩をすくめながら首を振る。
琥珀の譲れない部分を説得するのは半端な覚悟ではできない。最初から諦めてしまったほうが楽なのだ。
「でもこの世界じゃそんな甘ったれたことは」
「そのために僕たちがいる。そうだろ?」
まだ納得していない様子のキテラに、サンはニコッと微笑みかけた。
「そうなの。甘ちゃんなコハクのために私たちがしっかりしないといけないの」
「クリスにだけは言われたくないんだけど」
琥珀がむすっとクリスを睨む。
クリスも聖人として道行く人が困っていれば手を差し伸べることが多い。琥珀と並んで優しい性格だ。
「でも私のほうがおねーちゃんなの」
「一個年上なだけだよね。しかも誕生日も半年しか離れていないのに」
「でもおねーちゃんなの」
「納得いかないよ」
ふふんとドヤ顔をするクリスとますます頰をふくらませる琥珀が睨み合う。
「……まあ二人は置いといて」
イオアネスは姉妹にしか見えない二人の様子に苦笑しつつ、キテラの目の前まで近付く。
「コハクはわたくしたちとはまったく違う常識の持ち主ですわ。非常識と言ってもいい」
「言いすぎじゃないかな」
「コハクは黙っておいてください」
非常識呼ばわりされた琥珀は睨む対象をクリスからイオアネスに変え、ますますふくれっ面になる。
「コハクがしたいというのはわたくしたちでは思いつきもしないことがほとんどですわ。でもこれからのこと、魔王を倒した後の世界ではきっとコハクの考えこそ正しいのでしょう」
「罪人を見逃すことが?」
「はい。罪には罰を。コハクだって考えなしで邪魔をしたわけではないはずです」
琥珀やクリス、サンとは立場がまったく違う裁く側であるイオアネス。彼女ですら罪人を見逃すことに賛成らしい。
キテラは現実主義者だ。希望的観測なんて鼻で笑う程度にしか思っていないし、楽天的な考えのせいで痛い目にあった経験もそれなりにある。
イオアネスも国を動かす王族として容赦はないと思っていたのだが、それはどうやら期待外れだったようだ。
「うっ、もちろんだよ。考えがあってのことさ」
イオアネスに突然話を振られた琥珀は、ふくれっ面をやめて慌てて頷く。嘘っぽい。
「ほらね? だから今回は怒りをお納めください。わたくしも仲間割れは嫌なのです」
「………………まったく。お姫様に頭を下げられたら断れないじゃない」
イオアネスにまっすぐ見つめられて、とうとう折れたキテラはため息を吐いた。
イオアネスはおそらく気付いている。キテラが一瞬でも自分に落胆したと。
気付いた上で道化を演じ、友人の願いを叶えようとしている。ここで渋れば悪役はキテラのほうだ。
「コハク」
「はいっ」
「考えが、あるのよね?」
名前を呼ばれ短く返事する琥珀に、キテラは試すように首を傾げる。
「うん一応。皆にも協力してもらわないといけないけど」
「いいわ。言ってみなさい。笑って許そうなんて言ったら許さないから」
「それもいいね。だけど解決にはならないよ」
琥珀はケラケラと笑って、少なくともキテラの予想とは違うと断言する。
「ボクの考えだけど、この村の人が盗みをしたのは魔物がいるからだと思うんだ。剣だけを盗んだのも守るためだって言ってたし」
「見たところこの村には戦える人がいない。多少なら追い払えるんだろうけど、強力な魔物が出たら騎士団に頼るしかない」
「サンの言う通り、この村は魔物へ対抗する手段がない」
サンの補足説明に頷き、琥珀はあごを人差し指で支える。
その解析は間違っていない。キテラも同意見だ。恐らくは他の二人も。
この村が、いやこの村だけの問題ではないが、力を持たない弱者なのが悪い。ひどい言い方になるが、それが真実だ。
「ないなら渡してあげればいい。勇者にしか使えない剣じゃなくて、誰にでも宿っているものを引き出せばいいんだよ」
「ねえ、コハクまさか」
「ボクたちでこの村の人たちを鍛え上げよう。魔物に怯えて暮らすことがなくなるぐらいに」
キテラが予想していたよりももっと悪い考えに、紅蓮の魔法使いは顔を真っ青にした。




