戦いを終えて
アキトが走り出すと同時にオークもこっちに駆け出してくる。
間近で見れば何とも歪な顔をしている。
ひん曲がった鼻に茶色くなった太い犬歯。
額も大きく、瞼が腫れているのか、目が小さく見える。
歯もところどころ無くなって、顎は大きくしゃくれている。
「グオオオッ!!!」
涎を撒き散らしてオークが吼えて、太い棍棒を振りかぶる。
すれ違いざまにガラ空きの胴体をダガーナイフで切り裂く。
ダガーナイフの刃渡りはそこまで長くない事から、傷は浅い。
オークは一瞬呻いたがかまわず棍棒を振り下ろす。
棍棒が振り下ろされた場所にはもうアキトの姿は無い。
既にオークの背後に回り込み、背中にダガーナイフを突き立てる。
「グゥッ!!」
オークは痛みに呻き、腕と棍棒を振り回す。
ダガーナイフは思いの外深々と突き刺さってしまった為引き抜けず、自分だけ飛び退いた。
唯一の武器だったんだがな。
俺は空になった手をブラブラと振って、強く握り締める。
こんな脳味噌筋肉みたいな奴と肉弾戦とか、ホント前の世界にいた頃じゃ考えられないな。
オークは歯軋りをして、棍棒を強く握り締める。
そしてドシドシと地面を踏みつけて近づいてきた。
殴り合いとかした事ないが、ファイティングポーズをとる。
オークは棍棒を振り回すが、俺にはその棍棒が随分ゆっくりに見える上に、軌道が読める。
オークが棍棒を振る度に拳がオークの顔面を殴打する。
今涎が手についたぞ、くっそ汚ぇ!
顎を打ち抜き、伸びた身体の胴体を二度三度と殴りつける。
一歩強く踏み込み、鳩尾に蹴りを叩き込む。
オークの巨体が20mほど吹っ飛んで口からは紫の色をした血が吐き出される。
蹴った足には骨が折れた感触と臓器が潰れた感触も合わせて伝わってきた。
オークは地面に倒れれるとピクリとも動かなくなる。
なんか…思ったよりも呆気なく終わっちまったな。
アーシェの方を見ると、物凄い速さで広間を駆け抜け、ゴブリン達を切り裂いている。
ゴブリンシャーマンの杖からは雷が放たれ、アーシェを狙い打ってるようだが全く見当違いな方向に飛んでいく。
俺はオークの落とした棍棒を拾い上げる。
重そうだったけど、持ってみるとそうでもない。
一振り宙を切らせ、振るう事も問題ない事を確認する。
デカイバットと思えばなんとかなるな。
地面を蹴り、手近なゴブリンから棍棒で吹き飛ばす。
ゴブリンは槍を突き出してくるが、槍もろとも殴りつけ、粉砕する。
周辺のゴブリンを一通り片付けると、棍棒を振り被りゴブリンシャーマンに投げつける。
吹っ飛んでくる棍棒をゴブリンシャーマンは慌てて避ける。
しかし、避けたその先にはアーシェの剣が迫っており、ゴブリンシャーマンの首は呆気なく刎ねられた。
辺りの気配を探っても、もうゴブリンはいないようだった。
「怪我はない?」
アーシェが問いかけてくる。
「何とか、怪我もなく倒しきれたよ」
そう言うとアーシェはクスリと笑う。
「とか言って、全然余裕そうに見えたけど?」
うーむ、確かに苦戦という訳ではない。
「オークやゴブリンの動きが想像以上に鈍かったからな。
大振りばかりするから、隙だらけだったし」
「確かにオークやゴブリンの動きは単調だし、隙だらけなのは間違いないけど、アキトの場合は相手の動きに対する知覚が早すぎるんじゃない?」
アーシェはそう言って剣を鞘に仕舞う。
「アキト。
あなたは自分が思っている以上に、様々なスキルを持っていると考えて良いわ」
「スキル?そりゃなんだ?」
ゲームでいうところのスキルなのか?
そんなものまでこの世界には存在するのか。
「スキルっていうのは技能や能力を指すの。
例えば、炎龍の炎にアキトが耐えられたのも、火耐性を持っているからだし、
今回相手の動きが遅く感じたのも、知覚高速化というスキルを持っているからだと思うわ」
ほお。いつの間にそんなものを身に着けたのやら。
それなら自分のスキルが何を持ってるか気になるじゃないか。
「自分のスキルを確認するのはどうしたらいい?」
「うーん、確認するには鑑定士にステータス鑑定を行ってもらうか、鑑定石を使って見るかしかないわね。
鑑定士は大きな街にしかいないから、クレスタリアに着くまではお預けね」
ふむ、今すぐに確認とはいかないようだ。
残念。
「そんじゃ引き上げるかね」
俺はそう言って来た道を戻る。
アーシェはしばらく広間をキョロキョロとして、不思議そうな顔をする。
「どうしたんだ?」
俺が声をかけるとアーシェが答える。
「オークが1匹だけってのが腑に落ちないの」
「あー、確かに1匹だな。
村人の話じゃゴブリンとオークが暴れてるんだったっけ?
それじゃこの1匹のオークと大勢のゴブリンで暴れてたって感じか」
「その可能性もゼロじゃないけど、ゴブリン同様、オークも群れでどこかに拠点を持つというわ」
って事は、この1匹以外にもまだオークはどこかにいるって事か。
「…それを言い出しても、どうするこ事も出来ないだろう。
この洞窟以外の巣穴を俺達は知らないし、探すにしても多分そろそろ日も暮れるぞ。
一度村に帰ったほうが良い」
そう俺はそう提案する。
アーシェは「そうね…」と言いつつ、まだ割り切れない顔をしている。
その後、特に何事もなく俺達は村まで戻ってきた。
村に着いた時にはもう日が暮れていた。
村娘が丁度夕ご飯を作っているところだった。
「無事に退治できたようですね。
本当にありがとうございます。
大したお礼も出来ませんが、せめてご馳走だけでもと用意しておきます。
食事の前に身体を拭かれては?」
村娘は俺達にそう問いかけ、小さな桶と布を渡してくれた。
俺たちはそれを受け取り、井戸から水を汲んでそれぞれの部屋に入る。
返り血も大分浴びた上に洞窟の土ぼこりも被ったので、身体中が汚れていたが濡らした布で全身を拭き取る。
拭き終えた頃には桶の水はかなり汚れていた。
汚れも落とせてスッキリである。
食堂に向かうとテーブルに料理が並んでいた。
チキンの照り焼きに、クリームシチュー、サラダにパンが用意してある。
これは確かにご馳走だ。
肉もあるぞ。嬉しいな。
程なくしてアーシェもやってくる。
髪の毛も洗い流したのか、ほんのり湿っているのが艶めかしい。
アーシェは先の戦いで無双し過ぎたので、返り血を大分浴びたせいか、服も着替えてきたようで、薄茶のワンピースを着ている。
やっぱり美少女ってのは何を着ても綺麗に見えるもんだよなぁ。
アーシェが料理を見ると唇から涎がチロリと垂れ始めていた。
俺の視線に気付き、慌ててそれを拭っていた。
残念美人でもあるんだよなぁ。
「それじゃ、食べましょう」
アーシェが気を取り直して席に着き、アキトも早く、と促す。
俺も席につき、同時に手を合わせる。
「いただきます」
二人の声がハモった。
アーシェは微笑んで、食事を始める。
俺の教えを律儀に守ってくれるのは何気に嬉しい。
微笑んだ顔も可愛かったけど、食べ始めるとハムスターになっていた。
もうちょっと落ち着いて食べればいいのに。
食事を終えるとそれぞれの部屋に来る。
「そんじゃ、おやすみ。また明日な」
そう声をかけると、「あ、うん、おやすみ」と少し小さな声で返事をして部屋に入っていくアーシェ。
んー?なんか元気ないな。
ご飯の時は元気いっぱいにモリモリ食べてたのに。
気にはなったが、とりあえず俺も自分の部屋に入ってベッドで大の字になる。
ベッドで眠れるって幸せだなー。
初日は野宿だったから、起きた時は身体ガチガチだったし。
布団の生地はまぁそれなりだけど、全然文句ない。
屋根の下で布団に入って寝れるのがこんなに幸せな事だなんて。
横になって目を閉じる。
今日はこのまま眠れそうだ。
ウトウトし始めると扉がノックされる。
む、誰だろう。
「アリシエよ。
まだ起きてる?」
扉越しに声をかけて来るアーシェ。
「ああ、起きてるよ。
どうしたんだ?」
危うく寝るところだったけどな。
扉を開けると、俯いているアーシェが立っている。
どうしたんだ?
「あの…ね。
なんだかその、寝付けなくて…」
歯切れが悪くそう言ってきた。
「なんだ、眠れないのか?」
まさか眠れないからお話しようぜ、的なやつか?
俺は眠いが。
「う、うん…。
なんだか、心細くて。
それで、ね?
もし良かったら、一緒に寝てくれると…安心するというか…。
ほ、ほら、私のベッド、一人じゃ広過ぎて落ち着かないっていうかっ」
顔を真っ赤にして言ってくる。
つまり、SO・I・NEしてほしい訳ね。
全く、アーシェの可愛さが段々と天井知らずになってきてるんだが。
とは言え、俺も身体が石像のようになる。
「お、俺でいいならそれで構わないけれども…」
俺みたいな年齢=彼女いない歴プラス女友達もいません、みたいな男で良いのだろうか?
そんな奴が添い寝とか俺だったら怖いけど。むしろ殴るけど。
「アキトだったら安心だから。
一緒に寝てくれる…?」
上目遣いで確認してくる。
鼻血が出そうだったので鼻に手を触れてみるが、何も垂れてない。大丈夫だった。
「そ、それじゃ、枕持ってくるよ」
そう言って部屋に戻る。
やばい、心臓がバクバクしてる。
多分アーシェに負けないくらい顔が赤いかも。
女の子と一緒に寝るだと?
そんな奇跡が生きてる間に起こるなんて。
しかも美少女。
落ち着け。
素数を数えろ、俺。
こんな変なテンションで行けば鼻息の荒い童貞野郎だと思われる。
その通りかもしれないが、軽蔑はされたくない。
「この変態童貞野郎」と罵られて喜ぶ変態ではないのだ。
俺はノーマル。
平常心でいこう。
深呼吸をしてから、俺は枕を握り締め、アーシェの部屋に向かった。