夜襲
俺は扉をノックする。
「どうぞ」
アーシェの返事がする。
震える手でドアノブを回す。
やべぇ、手の平汗で湿ってるよ。
ソッと中に入って扉を閉める。
ベッドにはシーツを胸元まで抱え込み、体育座りをしているアーシェ。
アーシェを見ると心臓がまた激しく動き始める。
落ち着け俺…素数を…。
「立ってないで、こっち来て」
アーシェはそう言ってベッドの隣をポンポンする。
まだ素数15までしか数えてないぞ。
あ、15は素数じゃなかったわ。
俺はベッドの隅にポスッと腰を下ろす。
緊張し過ぎてアーシェを見れない。
「そんな隅に座ってられたら気になって眠れないじゃない…。
隣で横になって。
わたしも横になるから」
こ、これは…。
さ、誘ってんのか?
そうなのか?
こういうのエロゲーでしか体験した事ないんだよ。
エロゲーだと絶対このままヤっちゃう流れだけど、そういう事?
俺は「はぃ」と小さく返事をして横になる。
アーシェには背を向けている。
心臓はもうトップスピードで血液を送り続けてる。
下半身にもな。
いや、落ち着け、別にやましい気持ちはない。
…ないこともないが、俺は紳士だからやっぱりない。
背中にアーシェの背中がくっ付いてくるのを感じた。
どうやらアーシェも俺の反対を向いているようだ。
「…ご、ごめんね…」
急にアーシェは謝ってくる。
な、なにがでございましょう?
「騎士なんてやってる癖に、不安で夜も眠れないとか、軽蔑するでしょ…」
ん?どうやらシリアスな話なのか。
桃色の展開ではないのだな。
心臓が落ち着きを取り戻してくる。
それならそうと早く言ってくれよ。
「あの街の光景がね…頭から離れないの」
俺は黙って聞いていた。
「炎龍の姿。
口から放たれた炎弾。
衝撃と熱風。
破壊された街。
そして炎…。
その熱さ…」
俺もその光景は目を閉じると思い出せる。
忘れもしない。
その直後の彼女の姿も、だ。
「思い出すと震えてくるの。
恐怖と、悲しみと、怒りと、孤独に…。
家族もいない。
友達もいない。
隣のおじさんもおばさんも、行きつけの食堂のお姉さんも、その妹も。
近所の子供達も、お年寄りも。
みんな…いなくなって…しまった…うぅ…」
アーシェは泣いていた。
日中、気丈に振る舞っているけれど、こうして夜になって一息つけば思い出すのはあの光景なのだろう。
初日、野宿した晩もアーシェは俺に寄りかかってきた。
きっと、怖かったのだろう。
制御出来ない自分の感情があり、それをどこに吐き出していいかもわからない。
あの日から、彼女はこの感情とずっと戦っていたのだ。
ただ黙って、俺はその言葉を聞いている。
「私はもう一人になってしまった…」
涙を流してアーシェは言う。
「一人じゃ…ないだろ」
俺は口を開く。
「アーシェは一人じゃない。
少なくとも、今は俺がいる。
アーシェの言葉に耳を貸すし、話しも聞く。
一人で眠れない時は、一緒に添い寝くらいしてやるよ。
それに、俺だってこんな世界に飛ばされて一人ぼっちだ。
似たもの同士だろ?」
だから一人なんかじゃない。
そう俺は言った。
我ながら臭いセリフだと思ったから、背を向けたままだ。
顔を見ながらこんな事は言えない。
その背中に、アーシェの身体が重なってきた。
「…ありがとう…」
震える声でそう口にする。
「アキト…私の傍にいてくれて、話しをきいてくれて、ありがとう…」
俺の背中にピトリと身を寄せて、アーシェは顔を埋めてくる。
せ、背中に…。
おぱ…おっぱ…当たってます!
心臓が再度バクバク鳴り響く。
ええーい、鳴り止め、シリアス展開だと言ってるだろうが、自重しろ。
気付けば後ろからは寝息が聞こえてくる。
どうやら本当に安心出来たらしい。
まぁ、俺の背中で安心するのならそれで良いんだけれど。
しかし、これじゃ俺は眠れそうにないなぁ。
そんな事を考えていると、村の外に複数の気配を感じた。
しかも感じからして悪いもの。
そして出会った事のある種類の気配だ。
アーシェを起こそうかとも思ったけれど、ようやく寝ついたのだ。
昨日のこともあるだろうし、寝かせてあげたかった。
ソッと俺はベットから離れ、アーシェを見る。
安らかな顔をして眠っているが、瞼の下には涙の跡が残っていた。
俺は静かに宿屋を後にする。
村から10分ほど歩いた場所にそいつらはいた。
人間より一回り大きな体躯に、太い棍棒を手にして村へと近づくそいつらは紛れもなくオーク達だった。
「悪いが、こっから先は行かせられない」
まだオーク達との距離はあるが、声を上げて警告する。
オーク達も急に声がしたので驚いたように立ち止まる。
しかし、一人きりなのを確認するとニヤニヤと笑い出す。
「可笑しいか?
正直お前らみたいな蛮族の相手なんか俺もしたくは無いんだけどさ。
今夜は静かにして欲しい思いが俺にはあるから、こっから先は通さない」
俺はそう言って身構える。
すると2匹のオークがこちらに突っ込んでくる。
強く地面を蹴ると30mほどの間合いを一気に詰めて、一番手前のオークの顎を全力で打ち抜く。
巨体が宙を舞い、音からして首の骨も折れただろう。
そして真横にいるオークの顔面に回し蹴りを叩き込み、太い幹に頭を打ち付ける。
幹に血をベットリ着けて、ズルズルと力無く崩れるオーク。
俺はそれを眺めてから集団のオークに視線を移し、まだやるか?と尋ねる。
オーク達は一瞬たじろくが、「オオオォォォ!」と雄叫びを上げて恐怖を打ち消し、一斉に襲いかかってくる。
俺は溜息をついて、再度身構える。
静かにしろって言っただろうが。
しかし、どうやら俺は戦いにも慣れてきたようだ。
この人数差ですら、もう恐怖は無かった。
合計十二のオークがたった一人の丸腰の人間に蹂躙される様を遠くで眺めている存在がそこにいた。
オークより身体つきは少し小さいが、その内に秘める魔力と闘気は比べるべくもない。
額からは小さな二本のツノがあり、手には大鉈を持っている。
その存在はオーガ。
鋭く尖った歯大きく見せて笑う。
面白い存在だと、オーガは思う。
人間の姿をしているが、中身は別物。
俊敏性も、筋力も、反応速度も人とは思えぬ。
しかし、魔法の類は使っていないようだし、魔力を操作する気配もない。
どうやら魔法は扱えないと見える。
ならば、苦戦する事もあるまい。
オーガは不敵に笑いながら森を駆ける。
あのオーク達は全滅するだろうが、他にもオークの群れがここに向かっている。
村はそいつらに任せ、あの獲物は俺が頂くとしよう。




