アリシエ・オルレアン ⑨
私は高い丘の上で、遠くで行われている人々の戦争を眺めている。
争い合う人々の数はそれぞれ万を超えているだろう。
激しい戦闘による騒音は離れたこの場所まで届いてくる。
それはまさに地獄絵図と言える光景だった。
私はそれを呆然と眺めている。
「お前が守ろうとしたものは、こんなものか」
後ろから声をかけられるが、振り返ることも出来ない。
ただ、その戦場を私は見つめていた。
そんな私を無理やり振り向かされ、胸倉を掴まれる。
目の前には紅の瞳に長い黒髪をした女性がいた。
「答えろっ!!レグルスを犠牲にして、それでも守ろうとしたモノはこんなモノだったのか!?ヒメノ・スズッ!!」
彼女の怒声が響き渡る。
私は答えることも出来ない。
「何故だっ、何故お前は人間を助ける道を選んだ!?
この魔境の地を取り合う為だけに殺し合いをする馬鹿どもだっ!
尽きぬ欲望を剥き出しにする豚のような存在だ!
そんなモノを助ける為にレグルスまで犠牲になったぞ!
とうして!?
どうしてアイツを見捨てたんだっ!
他ならないお前がっ!
アイツに選ばれたお前が……どうして……ッ」
その声は怒声から嗚咽に変わる。
「……ごめんなさい……リドラ……」
私が声を絞り出すと、勢いよく殴られた。
私の身体は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「謝るなっ!!
謝罪など聞きたくもないっ!
アイツを犠牲にした理由を聞かせろと言っているのだっ!!
お前を誰よりも愛していたアイツを見捨てた理由を言ってみろ!ヒメノ・スズッ!!」
地面に倒れ伏す私を再度掴んで引き寄せ、リドラは声を上げる。
「……ごめんなさい……」
私は再度口にする。
リドラはその目を釣り上げ、再び拳を振り上げるが、しばし私を睨みつけた後、私を離し、拳も下ろした。
「もう……いい。
お前の事など知るか。
妾は妾のやりたいようにやる」
リドラはそう言って崩れ落ちた私に背を向ける。
「お前が守ろうとしたあの馬鹿共を皆殺しにしてやる。
何千、何万、何億とその屍を積み上げてやる。
そして、アイツから魔王の座を奪い取る。
必ずアイツを解放させる」
リドラはそう言い残し、私を残して去っていく。
その後ろ姿を、私はただ呆然と眺めていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」
私はその場に泣き崩れ、顔を地面につける。
その声は、もうどこにも届かなかった。
私は目を覚ます。
頬に手をやると、また涙に触れる。
また、何か夢を見た気がする。
今でも、胸が締め付けられそうな、そんな辛い何かを。
でも内容が思い出せない。
「なんだろう、夢なんて、あまり見なかったのに……」
身体が重い。
窓を見ると朝日が差し込んでいた。
重い身体を起こし、額に手をやる。
今日は迷宮に挑む大事な日だ。
しっかりしなければ。
気持ちを入れ替え、私は立ち上がる。
私がゆっくりと食堂に降りると、まだ朝食の準備をしている途中だった。
「おはようございます、アリシエ様。
……顔色が優れませんね?
大丈夫ですか?」
お皿を並べているシェリーが私に声をかける。
「おはよう、シェリー。
なんだか悪い夢を見たみたい。
しっかり眠ったのに、身体が重いわ」
私はそう言って椅子に座る。
「夢、ですか。
随分と早起きなので、てっきり空腹に耐えられなくなったのかと思いました」
「なんでよっ!?」
シェリーは軽口を叩くとフフ、と笑う。
「突っ込む元気があるなら大丈夫ですよ。
暖かい飲み物を用意します。
少し休んで下さい」
シェリーはそう言って厨房へと向かった。
彼女なりの気遣いだったのだろう。
シェリーが戻ってきて、私の前にホットミルクを置いた。
「ありがとう、シェリー。
リーファはどうしてるの?」
「大分疲れているようでして、イビキをかいて眠っています。
寝相が酷すぎて私が寝不足です」
シェリーはそう小言を漏らす。
しかし、その顔は怒ってる訳ではなさそうだ。
「ベッドで眠るなんて久々だと言っていました。
朝食まで眠らせてあげましょう」
そう続けるシェリーを私は頷いて眺める。
なんだかんだ言って、シェリーはとても優しい娘だ。
私が微笑んでシェリーを見つめていると、シェリーか怪訝そうな顔をする。
「なんですか?
私の事をジッと見つめて。
新しい世界に目覚めないで下さいね。
そっちの気はありませんので」
シェリーは片手を突き出して拒否を表す。
「違うわよっ!
別に私だってそういう気はないから!
アキト一筋だから、私は!」
「朝っぱらから惚気ないで下さい。
食べる前から満腹になってしまいます」
シェリーは冷たくそう応え、テーブルに朝食を並べ終え、そしてベルを鳴らす。
一目散に降りてきたのはリーファだった。
「おはよう、リーファ。
しっかり眠れた?」
私が尋ねると、リーファは私を見てペコリと頭を下げる。
「おはようございます、アリシエさん、シェリーさん。
とてもグッスリ眠れました。
布団に入って眠ったのは本当にいつぶりか」
リーファは嬉しそうにそう言った。
「おはよう。皆早いのな」
最後に来たのはアキトだった。
「おはよう、アキト」
アキトと目が合う。
アキトは少し恥ずかしそうに頬を染めたので、私まで思わず顔が熱くなる。
「お二人とも、いきなり桃色空間を作り出さないで下さい。
朝食を終えたら出発の準備ですよ」
シェリーが急かしてきたので、私達は我に返って席に着く。
そしてみんなで手を合わせる。
リーファも真似をしていた。
「いただきます」
口を揃えて皆が言い、食べ始める。
「これは何なんですか?ご飯食べる前の儀式ですか?」
「食事をする事への感謝よ。
食べ物に対しても、食べられる事に対してもね」
私が得意げに言う。
するとリーファはなるほど、と言って強く頷いた。
朝食を終えると私達はすぐに支度をして、再度集合する。
当然、リーファ以外の私達は変化の魔法をかけている。
それぞれ頷いて、ヒポグリフに飛び乗るとすぐに飛び立った。
時間は限られている。
今日、金貨500枚分の品が手に入らなければアキトが奪われる。
もしもそうなった時は必ず奪え返すが、基本的には力技でどうこうしたくはない。
そして、リーシェリアの冒険者ギルドの通りを抜け、一際目立つ建物の前に私達は着いた。
看板には“リジェリア大迷宮”とある。
その目の前に、スカーレットは立っていた。
隣にはクロムウェルもいる。
「流石に早いな。今が朝の七時。
時間はかなりあるが、はたして何処まで潜れるかな」
スカーレットさんはそう言って笑う。
「ずっと待ってたのか?もしかしてあんたは暇人なのか?」
アキトが呆れたように問い掛けたが、スカーレットさんは気にも留めずに答える。
「朝のうちに来ないようなお粗末さなら、私は呆れて帰っていただろうさ。
しかし、ちゃんとやってきたな。
餞別だ。
受け取れ」
スカーレットさんは丸い何かをアキトに投げ渡してきた。
それは懐中時計だった。
「中に入れば時間の感覚もわからなくなるだろう?
時間を忘れて没頭して約束の時間に遅れるなど馬鹿げた結果は勘弁してもらいたい。
それに、私は時間にうるさい方でな。
一秒でも遅れれば許しはしない」
スカーレットさんは威圧を込めて言ってくる。
相変わらず、この人の威圧は凄まじい。
けれど、普通のお嬢様がこのような威圧をを放てるのだろうか?
彼女にはまだ知り得ぬモノが沢山ありそうだ。
私達はスカーレットさんの横を抜け、受付にお金を払うと中に入っていく。
最後に私は振り返り、スカーレットさんに言い放つ。
「レグルスは渡さない。
絶対に」
睨みつけてそう言うと、スカーレットさんは不敵に笑う。
「そうでなくては楽しみ甲斐がない。
精々足掻くといい、小娘」
スカーレットさんはそう言って背を向けて去っていく。
私も背を向けて、建物の中に入って行った。
程なく歩くと中には巨大な門が見えた。
その門の口には水面が出来ている。
「なんだ……こりゃ?」
アキトがその水面に触れると、水面が脈打った。
「ここから先が迷宮です」
リーファが口を開く。
「手を繋いで入った方が良いそうです。
そうしないと、別空間に飛ばされるらしいので。
入る度に迷宮の中が違うのは、異空間に作られてあるからと聞いたことがあります」
そうリーファが言って、手を差し出した。
私達は手を繋いで、入り口へと向かう。
「そんじゃあ、行きますか」
そう言ってアキトが水面に突き進み、飲み込まれる。
次いで私も続く。
水面に触れると冷たい感触が伝わるが、中が水の訳ではない。
膜を通り抜けた感覚があり、すぐに地面にも足がつく。
そこはさっきまでの薄暗い建物とはまるで違う、洞窟だった。
私達全員がそこに着くと、皆が辺りを見回す。
洞窟には灯りがないのに、仄かに壁は光っていた。
そして、洞窟の奥へと視線は向く。
私達は変化の魔法を解き、身構える。
いよいよ、この迷宮攻略が始まる。
この挑戦は、私達の想像を超える試練となって、立ちはだかった。




