アリシエ・オルレアン ⑧
目を開くと、視界がボヤけていた。
頭も少しボーッとしている。
しかし、次第に視界も、思考もハッキリしてくる。
辺りを見回すと、そこは装飾が施された綺麗な小部屋だった。
私は椅子に縄で縛られている。
隣を見ると、シェリーが項垂れて同じように椅子に縛られて座っていた。
「シェリー、大丈夫?」
私が声をかけると、シェリーがゆっくりと顔を起こす。
「……ここは……っ!?」
すぐに自分の状況を理解するシェリー。
「アリシエ様はご無事ですか?」
心配そうに私を見てくるシェリー。
「ええ、身体には特に異常はないわ。
怪我もしてないようだし」
ただ、服は少し汚れていた。
砂埃でも被ったのだろうか?
「ここは……何処なのでしょうね。
見た限りでは上質な部屋ですが、どこかの屋敷でしょうか?」
辺りを見回しながらシェリーはそう言った。
「そうかもしれないわね。
……誰か来るわ」
私はそう言うと扉の方に顔を向ける。
コツコツと床を歩く音が近付いてくる。
ガチャっと勢いよく扉を開けて入ってきたのは丸々太った背の低い男だった。
身につけてる服やアクセサリーはとても高価な物なのだろうが、全てチグハグである。
おまけに服がはち切れそうになってる程お腹が出ている。
腕や脚も短くて太い。
顔つきは鋭く細い目に、丸い鼻。
唇は厚く、醜悪な笑みを浮かべ、私たちをジロジロ見てくる。
「うむうむ!ま、間違いなくエルフなんだな!
し、しかも二人もいるっ!よ、よくやったな、クロムウェル!」
吃りながらその男は私達を見てそう言うと、その後ろから黒いローブを纏った男が入ってくる。
「ハーフエルフの少年は取り逃がしましたが」
そう太っちょの男に報告したが、太っちょはそれを無視して私に近付いてくる。
「や、やはりエルフは、う、美しいんだな!
ぼ、僕の嫁に相応わしいんだなっ」
そう言ってニタニタ笑う太っちょ。
「あなた、勝手に私を嫁にしないでくれる?
そもそもあなたは誰?
エルフを攫ってるのはあなたなの?」
私は睨みながらそう言うと、太っちょはしかめっ面になる。
「こ、こいつ、生意気なんだな!
ぼ、僕の嫁になるなんて誉れ多い事なのに、お、お前は嫌なのか!?」
「嫌に決まってるでしょ。
誰かも知らないし、第一印象は最悪よ、あなた。
それに、話し方からして性格も歪んでそうね」
私がそう言うと太っちょは地団駄を踏む。
「い、言わせておけば、こ、こいつっ!」
そう言って私に張り手を飛ばしてきた。
私は頬を打たれたが、大して痛くはない。
「な、生意気なエルフには、お、お仕置きなんだなっ!」
そう言って再度手を振り上げたので、私は足に力を入れて頭突きを顔面にいれる。
椅子に縛られた体勢なので、勢い余って私も転びそうになるが、なんとか踏ん張る。
吹っ飛んで床を転がる太っちょ。
鼻から血を出し、顔を抑えながら床を転がり回る。
「ひ、ヒギイッ!い、痛いぃっ!」
なんとも情けない声である。
シェリーもその姿を見てフッと失笑している。
そんな私の髪の毛を黒いローブを纏った男が掴み、持ち上げて床へと椅子ごと叩きつけた。
「勝手な事をするな。自分の立場を弁えろ」
そう言って倒れている私を見下してその男は言う。
「ハエルド殿。
この気性では正直、ハエルド殿には荷が勝ちすぎではないかと思いますが」
ハエルドと呼ばれた太っちょは鼻を抑えながらゆっくり立ち上がる。
「こ、こんな乱暴な奴はいらないんだなっ!
僕の嫁には相応しくな、ないんだなっ!」
そう言って、今度はシェリーへと近付く。
「こ、こっちのエルフの方が好みなんだな!
む、胸も大きいし、お前を嫁にしてやるんだな!」
そう言ってシェリーの身体をジロジロと舐め回すように見て間近まで迫ってくる。
シェリーは汚物でも見るような目でハエルドを見て、その股間を勢いよく蹴り上げた。
「生憎、この胸が大きいのはあなたの為ではありません。
穢らわしいので近付かないでもらえますか?」
シェリーが冷酷な眼差しで股間を抑えて倒れ込むハエルドを見下す。
黒いローブの男はその光景を見て溜息をつき、シェリーへと近づくと、その首を片手で持ち上げ、締め付ける。
シェリーの顔が苦しそうに歪む。
「シェリーッ!」
私は叫び、腕に力をいれる。
しかし、流石に何重にも縛られた縄は簡単には解けない。
男が手を離すと、椅子ごと落ちたシェリーはゲホゲホと咳き込み、息を吸い込んでいる。
そして、掠れた声で呟く。
「“アクア・フラム”」
小さく詠唱したシェリーは、水の刃を作り出して縄を切り裂く。
「……魔法も封じていないなんて、随分甘いのですね」
ゆっくり立ち上がり、フーッと深呼吸するシェリー。
次いで、もう一度詠唱して私の縄も切り裂かれた。
私もゆっくり立ち上がり、黒いローブの男を睨みつける。
男は再度溜息をついて、身構える。
「ハエルド殿、存外に此奴らは厄介な存在のようです。
エルフと見て少し舐めていましたな。
再度取り押さえねばならないようです」
それを聞いたハエルドは顔を抑えながら喚き出す。
「こ、今回のエルフもダメだったんだなっ!
こいつらはいらないっ!
何処かに捨ててこい、クロムウェル!」
それを聞いた黒いローブの男、クロムウェルは眉間にしわを寄せる。
「まったく……人の苦労も知らないで、勝手な事ばかり仰るお方だ」
とても小さくボヤいたクロムウェルは私とシェリーを見る。
私達もそれぞれ身構える。
「拉致して監禁なんて犯罪よ。
あなた達、絶対に許さないから」
私はそう言うと、一気にクロムウェルとの距離を詰め、その顔面に拳を放つ。
しかし、その男はそれを躱すとクロスカウンターで私の顔面を狙ってくる。
私はその拳が頬に触れや否や、顔を捻って拳を去なし、そのまま身体を回転させて裏拳を放つ。
間一髪で頭を狙った裏拳を腕で防ぐが、その衝撃は物凄く、男は壁まで吹っ飛ばされる。
「っ!まったく……女の力とは思えんな。
しかもエルフがこんな怪力とは笑えてくるぞ」
男は僅かによろめくが、すぐに体勢を持ち直してそう言った。
その直後にシェリーの水弾が五発襲いかかるが、全て拳と脚で打ち散らす。
なかなか戦い慣れしているようだ。
しかし、実力は私達の方が上か?
そんな事を考えていると、横からハエルドがまたがなり出す。
「な、なにをやっているんだ!
エ、エルフの女二人くらい、お、お前の敵じゃないだろう!」
そう喚く男に水弾がぶつかり、壁まで吹っ飛ばされた。
ハエルドはそのまま床に崩れ落ちる。
シェリーは水弾を放った手を再度クロムウェルに向ける。
「言っておきますが、私たちをただのエルフと思ってやり合えば痛い思いをしますよ」
クロムウェルはハエルドをチラリと見て、再度私たちを見る。
そして構えていた腕をゆっくり下ろす。
「なるほど。確かに、思ってるよりも厄介な相手のようだ。
こちらとしても、ハエルド殿からはお前達はもういらないとの言質は取った。
正直、お前達にこれ以上固執するつもりもない」
クロムウェルはそう言って手近にある椅子に腰掛ける。
「ないが、しかしここから出す訳にもいかん。
もう時期私の主がここに来る。
それまでは大人しくしていろ。
暴れなければ俺も手出しはせん」
それを聞いて私とシェリーは顔を見合わせる。
この人の思惑がイマイチ読めない。
「……正直、すぐにでもここを出て行きたいわ。
力尽くでもね」
私はそう言って扉へと近づくと、クロムウェルが短剣を投げて、それが床に刺さる。
そこには私の影があった。
すると、私の身体がビクともしなくなる。
それに反応したシェリーだったが、シェリーの影にも短剣が刺さり、動きが止まる。
「大人しくしていろ。
何度も言わせるな」
そう言って腕を組むクロムウェル。
すると、勢い良く扉が開く。
入ってきたのは中年の男性だった。
煌びやかな服を纏っていて、知的な雰囲気を漂わせる男だった。
その男はまず倒れてるハエルドに、次いでクロムウェルを見て、最後に私達を見る。
「ど、どういう事だ……。
クロムウェル殿、なぜここに?
それに、エルフがまた……。
まさか、この馬鹿がまた買ったのですか!?」
その男はワナワナと震えながらクロムウェルに問いかける。
「ええ。今回は前回よりも高額で購入して頂きました。
けれど、ハエルド殿はもう要らないと仰っておりましたが……」
クロムウェルは立ち上がり、無表情でそう説明する。
「馬鹿なっ!?
この馬鹿息子の言葉をそのまま鵜呑みにしたのですか!?
金など、もう雀の涙ほどしかありませんっ!」
その男は激昂しながらクロムウェルに詰め寄る。
「私に言われましても。
もうすぐスカーレット様がこちらに来られます。
詳しい事は直接聞かれては?」
そう言って動けない私達を見る。
「暴れたりしないと約束するのなら、動けるようにしてやるが、どうする?」
クロムウェルが私に問いかけてくる。
私は何とか口だけ動かし、「約束する」と小さく言った。
それを聞いたクロムウェルは床に刺さった短剣を引き抜く。
急に身体を抑える何かが消えて、自由が戻る。
この男、さっきは私達の方が実力は上かと思ったが、まだまだ底知れない。
私はクロムウェルに警戒しつつらシェリーに近づく。
「シェリー、大丈夫?」
私はシェリーに声をかけると、シェリーは頷く。
「問題ありません。
しかし、あの男……闇魔法を使えるようですね。
厄介な相手です」
そう言ったシェリーをクロムウェルが睨みつける。
「大人しくしていろよ。
次は影を縛るだけじゃ済まさんぞ」
そう言ってクロムウェルは警告してくる。
そして、入って来た中年男がハエルドの胸倉を掴み、どやし始める。
「起きろっ!馬鹿者がっ!
貴様、自分が何をやったかわかってるのか!?」
ブンブンとその首を揺さぶるとハエルドがようやく目を覚ます。
焦点があっていなかったが、すぐに胸倉を掴む男を直視する。
「ち、父上!?
こ、こいつらが、ぼ、僕に乱暴を!」
「黙れ!馬鹿者がっ!
貴様がここまで大馬鹿だとは……あれほど金を費やしてもまだエルフに固執していたのか!お前は!」
そう言ってハエルドを床に投げ捨てる。
ハエルドは父親を見上げて怯えた表情になる。
「そ、そんな……か、金ならいくらでもあると父上は、い、言ったではありませんか!」
そう反論するハエルドを父親が再度胸倉を掴んで壁に叩きつける。
「モノには限度がある!
お前がこの二年で散財した額を知っているのか!?
聖金貨10枚は使っておるのだぞ!」
「正確には聖金貨12枚に金貨650枚です。
そして本日、聖金貨5枚を受け取りにスカーレット様が直接来られます」
クロムウェルが訂正すると、父親はハエルドを離し、クロムウェルへと近付く。
「ま、待ってくれ!
聖金貨5枚!?
そんな大金はもう無いのだ!
エルフ二人にそんな大金など、聞いたことがない!」
「ハエルド殿は承諾し、契約は結ばれておりますので」
クロムウェルが淡々と述べると、父親は顔は真っ青になる。
そこに、執事が慌てて入ってくる。
「お取り込みの中、失礼致します。
スカーレット・ヴァンディス様がお見えになりました。
如何なさいますか?」
執事の顔も怯えた表情になって震えた声でそう告げる。
「ふむ、我が主が到着したようだ。
それでは、リカルド殿。
参りましょうか」
そう言ってハエルドの父親、リカルドに優しく声をかけるクロムウェル。
「お前達も付いて来い。
言っておくが、スカーレット様の前で暴れたら容赦はしない。
生意気な態度も許しはしない。
黙って、付いて来い」
強烈な威圧をもって私達にクロムウェルは言い放つ。
その迫力に流石の私達も冷や汗をかき、黙って頷いた。
私達は長い廊下を歩き、階段を降りると大きな広間に辿り着いた。
その広間の玄関に、その人はいた。
真紅と漆黒の色を合わせ、際どいドレスを見に纏った女性。
歳はまだ二十歳を超えたくらいだろうか?
燃えるような赤い髪を綺麗に束ね、銀の扇を仰ぎながら私達を待っていた。
そして、その隣には見知った顔もいる。
「あ、アキ……!」
私が名前を叫ぼうとすると、シェリーが私を小突いて止める。
そして小声で私に告げる。
「今のアキト様はレグルスという名です。
無闇に元の名を呼んではいけません」
私の耳元でそう囁いた。
私はそれを聞いて頷く。
私達を見たアキトはホッとした顔になる。
「アーシーも、セリーも無事か!?」
私の間違いを察したのか、アキトもしっかり偽名で呼んでくれた。
私達は頷く。
「フフフッ、言ったであろう?
私についてくればちゃあんと会わせてやる、と。
私は約束は守る人間だからな。
良い意味でも、悪い意味でも、約束は必ず守る」
そう言ってアキトの頬をその女性が撫でる。
私は思わず飛び出しそうになるが、アキトはその手を払いのけるのを見て思いとどまる。
「馴れ馴れしくすんなっつうの。
まだ、約束は果たしてないだろうが」
そう言ってドレスの女性を睨むアキト。
アキトの言動にクロムウェルが飛び出そうとするが、ドレスの女性が止める。
「落ち着け、クロムウェル。
ただの戯れだ。
だろう?レグルス」
ドレスの女性はそう言ってフフフッ、と笑ってアキトを見る。
この女、殴りたいっ!
そしてドレスの女性は銀の扇をパタン、としめる。
「さて!さてさて、それでは話そうか。
私の大好きな、金の話だ。
なぁ、リカルド伯爵。
お前のバカな息子は私と大きな契約を結んだんだ。
それを、今、ここで、履行してもらうぞ」
ドレスの女性、スカーレット・ヴァンディスは唇を釣り上げ、そう言い放った。




