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異世界転移者はお尋ね者  作者: ひとつめ帽子
第三章 迷宮を超えて
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シェリー・メイ ②

 私は目を覚ます。

ゆっくりと身体を起こし、欠伸を一つ。

窓を見ると暖かな日差しが部屋を照らしている。

部屋はこじんまりとしているが、とても落ち着きのある部屋だ。

家具も天井も壁も全て木造。

フカフカのベッドから降りて、服を着替える。

あの忌まわしきクリステリアではメイドとして扱われ続け、そのまま着ていたこの衣服だが、一応魔力も帯びている一級品である。

そして、どうやらアキト様はメイドというモノに対して一応好感を持っている事も最近わかった。

この世界に来てからメイドとして生きてきたが、モノのように扱われ続けたこの身が非常に呪わしいとも思ったが、アキト様が少しでも喜んでくれると思うとそれも無駄ではなかったのか、と思える。


 服を着替えると、部屋を出て、まずは朝食の準備から。

調理場には他のエルフの女性も幾人か既に到着しており、挨拶する。


「おはようございます」


 私はペコリと一礼する。


「おはようございます、シェリーさん。

今日も早いのですね」


 そうエルフのイリスが言う。

エルフらしく長身で、金の髪を後ろで束ね、淡い緑のローブを纏っている。

そして、ローブの上からでも十分にわかるほど自己主張の激しい胸が特徴的だ。

うぅ…妬ましい…。


「タダで住まわせてもらっている身ですから。

少しでも働いてお役に立たねければいけません」


 私はそう返事をして、すぐに朝食の準備に取り掛かる。

私達が住まわせてもらっているのはとある宿舎。

そこにはおよそ二十ほどの部屋があり、その半分ほどが埋まっている。

そのうちの三部屋が私達が使わせてもらっているという訳だ。

そこで、朝食の準備は人数分、すなわち12人分作らなければならない。

とは言え、その程度の準備はまさしく朝飯前である。

クリステリアにいた頃、自分はろくに食事も与えられないのに何十人という聖教会の人々の御飯を用意していたのだ。

たったの12人分の朝食など、何も問題にはならない。

初めて私の手際を見たイリスは大層驚いていたものだ。




「これで、終わりですね」


 私は朝食をテーブルに配膳し終え、ベルを鳴らす。

朝食の準備が出来た合図である。

そして、誰が一番に来るかも知っている。


 アリシエ様だ。

食堂へいの一番に到着するとアリシエ様はいつものように目を輝かせる。


「おはようございます。アリシエ様。今日も垂れておりますよ」


 私はアリシエ様に挨拶し、口に指を当てて注意を促す。


「お、おはようシェリー。アキトがまだ来てなくて良かったわ」


 いえ、あなたはアキト様がいても涎が垂れています。

犬ですか、あなたは。


「うぃーす、おはよー。

あ、エルフの皆さんもおはようござーす」


 アキト様も食堂に到着し、眠そうに欠伸をしながら挨拶する。


「おはようございます、アキト様。

昨夜も遅くまで勉強を?」


「あぁ、文字の読み書きの練習から魔術書の読解もろもろな。

俺の部屋が本で埋め尽くされてるぞ。

メーティスがマジで鬼だから。

鬼教官過ぎるわ」


 そう、あの日からアキト様はこのエルフの里の大図書館に行き、この世界の読み書きの練習をしながら、あらゆる魔術書を読み漁っている。

なんでも読む事でアキト様が持つ叡眼が全て記憶し、その魔術を覚えれるんだとか。

とても便利な天眼である。

私も欲しい…。


「なぁシェリー、あとで部屋の片づけ手伝ってくれよ」


 アキト様は席につきながら私に声をかける。


「ええ、勿論構いません。

ただ、先に宿舎全体の掃除をしてからになりますが」


 私がそう答えるとアリシエ様が割って入る。


「ねぇアキトッ!なんで私に頼まないの!?普通恋人の私を先に頼るべきでしょうが!」


 そうプリプリ怒りつつ手を合わせるアリシエ様。


「いただきます。

あのな、アーシェ。

お前は飯食ったらすぐに森の見回りがあるだろうが。

俺も部屋掃除したら山菜と木の実を集めに出かけなきゃだしさ」


 アキト様も手を合わせてまず食事の挨拶を済ませてから反論する。


「そうだけど…私だってアキトと一緒にいたいのに…」


「今度見回り一緒に行ってやるから。

しょぼくれんなよ」


 アキト様はそう言って慰める。


「心配せずとも、アキト様はなんだかんだ言ってアリシエ様にベタ惚れですから。

私といても『今アーシェは何してんのかなぁ』とかボヤいてるアキト様を見ると張り倒したくなります」


「いや、この前本で殴られたから。

もう気持ちだけじゃなくて行動に移ってるから!

割とハードな形でっ」


 はて、そうだっただろうか。

しかし、私の気持ちを知っていながらのあの言動。

許すまじ。


「私といる時くらいは私の事を見て欲しいものです」


「…お前、結構ヤンデレ気質あるよな」


 アキト様が怯えた目をして私を見てくる。

ヤンデレ…褒めている訳ではなさそうだ。心外である。


「ふふ、アキトは何だかんだ言っても私の事が好きなのねっ」


 と上機嫌のアリシエ様。


「アリシエ様。とりあえず口元の汚れは拭いた方がよろしいかと。

それにしても、もう少し淑女らしく振舞った方が良いのでは?

アキト様に愛想をつかされますよ」


「うっ…!まるでお母様みたいな事を言うのね…シェリー…。

でもお父様は『そうやってモリモリ食べてるアリシエを見ているとこっちも元気になる』って言っていたわ」


「それは親バカというのです。お母さまが正しいのです」


 私は目を閉じて淡々と告げる。


「アキトはどう思う?ねぇ!」


 アリシエ様はアキト様の腕をグイグイ引っ張って問いただす。


「あー…まぁアーシェの食べ方は確かに見ていて気持ちいいくらい豪快だからな」


「…それ褒めてる?」


 アリシエ様の顔が引きつる。


「そんなアーシェも俺は好きだぜ!」


 アキト様がそう言ってサムズアップするとアリシエ様の頬が赤く染まる。

すかさず私は水鉄砲を二人の顔面に速射した。


「朝からイチャイチャしないで下さい。

周りの目も気にしてもらわなくては。

むしろ私の目を気にしてもらわなくては」


 そうして賑やかな朝食を今日も終える。

そんな私達は、あの日、ルシア様からの条件を飲み、このエルフの里に住まわせてもらって早二週間が経っていた。




私達は適材適所という形でそれぞれ仕事を割り振られている。

私は主にエルフの里の家事全般。

朝食、昼食、夕食の準備と、宿舎の清掃、里の掃除、そして細かな雑務をこなしている。

アキト様は叡眼と生体感知を利用し、森で食料の調達が主だ。

昔は魔物が多くいたこの森も、今となっては幻想結界でしか魔物は存在しない。

よって、動物達もそこに住むようになった。

その住み着いている鹿や兔、鳥も狩猟している。

アリシエ様は警備担当。

里の周辺、即ち森の中から外まで広範囲にわたり見回りをしている。

結界があるとは言え例外も存在する可能性もあるので、常にこの里周辺の警戒は怠れないらしい。

ならず者がいないか、新しい魔物が出ていないか、など見回りは欠かせない。


 そんな訳で、私達の一日はそれぞれの仕事を終え、夕方になると他のエルフの方と交代して休む事になる。

しかし、そこからが本番なのだ。

今日も今日とて、ルシア様の家を私達は訪れる。




「やぁやぁ、今日も来たね。

それじゃあさっそく始めようか」


 ルシア様は私達を歓迎し、居間に通す。

そして私達三人は木の杖を持って構える。

私とアキト様は険しい顔つきをして、アリシエ様は少し不安気な顔つきをしている。


「“メタモルポセス”!」


 同時に三人が詠唱する。

そしてそれぞれの身体が輝き、身体がみるみる小さくなる。


 私の視点は一気に低くなる。

床が目の前になり、視野が一気に広がる。

しかし、視界はぼやけてしまっている。

うーん…相変わらず“これ”になると動く事も難しい…。


 ボヤけた視界に移るのは隣にいる犬。

「ワンッ」と一声鳴くと、また身体が輝き始める。

そしてその隣には小さなカエル。

緑色のカエルがぼやけた視界に映っていた。

さて、私も解除しよう。

“解除”。


 また身体が光りだし、元の姿に戻る。


「相変わらずだね。

とは言え、この短期間で変身できるなんて大したものだよ、本当に」


「こ、こんなの…」


 元に戻ったアリシエ様が震えながら木の杖を地面にペイッと投げる。


「こんなのあんまりよっ!なんで!?

シェリーは兔でアキトは犬、なのになんで私はカエルなの!?」


「落ち着けってアーシェ。

俺、カエルってそんなに嫌いじゃないぜ?

アマガエルとか可愛いじゃんか」


「私も嫌いではないですよ。

ケロッと鳴いてみてもいいんですよ?

ケロリン様」


「アリシエよっ!かすりもしてないから!

もーっ!この練習が一番私の精神にくるわっ!」


 美しい髪を掻きまわしながらアリシエ様が悶える。


「スキルの精神耐性が上がるんじゃね?」


 アキト様はあっけらかんと言う。


「すでに限界値よ…アキト…」


 そう言ってガックシと膝を落として手を床につけるアリシエ様。


「…はやく人間になりたい…」


「それなら、練習あるのみだね。

さぁもう一度いこうか」


 ルシアは笑顔で頑張って♪と励ましてくる。

おそらく、この方はこの状況も楽しんでおられるだろう。


 そんな訳で、私達は夜になると変化の魔法を特訓する。

なんでこのような事をしているか、というのは、とても重要な事だからだ。

それは迷宮を制覇する為にどうしても必要なモノである。

即ち、結界石の探知を掻い潜って街に入る唯一の方法だからだ。







「迷宮の最深部を目指すのは理解しました。

しかし、どうやって街の人に騒がれずに迷宮へと入るのですか?

そもそも、迷宮に入るには冒険者ギルドの登録も必要です。

お尋ね者の私達が登録できるとはとても…」


 私はあの説明を受けた時、すぐに反論した。

すると、ルシア様は木の杖を取り出す。


「君たちは変化の魔法を知ってるかい?」


 そう問いかけてくる。

変化の魔法…確か、自身の身体を変質させ、別の生き物や別のモノに変化させる魔法だったはず。


「一応、存じておりますが…使った事はありません」


「私も知ってはいるわ。使った事はないし、使う人も見た事はないけれど」


「俺は知らない。まだこの世界に来て数日しか経ってない身なんで」


 それぞれが答える。

するとルシア様は木の杖を構えて言う。


「実際に見てみればわかるさ。

“メタモルポセス”」


 ルシア様が唱えると、その身体は光り出し、身長が少し伸びる。

そして耳が長耳になり、髪の色も銀髪から輝く金髪へと変わる。

顔つきも元々整っていたのだが、優しい顔から鋭い顔つきへと変化する。

それはまさしく、エルフの姿だった。


「こんな感じ。

サエキくん、僕をステータス鑑定してごらん?」


 そう言ってアキト様に声をかけるルシア様。

アキト様の瞳の色が翡翠色に変化し、ジッとルシア様を見つめると目を見開く。


「…種族が…。

エルフになってる。

名前も変わってる…。

しかも、ステータスがそこまで高くない?

スキルも…それほど多くはないし、転移者ってのも表示されてない。

これって…」


 アキト様にはどうやら今のルシア様のステータスが確認できているようだった。


「そう、変化の魔法は極めればステータス鑑定すら欺ける。

当然、結界石の感知も免れる。

その状態で1日維持できるようにして、街へと行き、冒険者ギルドに登録する。

そうしてようやく君たちの迷宮挑戦は始まるんだ。

だからまず…君たちがやるべきは変化の魔法を習得する事だ」


 そう言ってルシア様は木の杖を三本私達に手渡した。






 そんな訳で、私達はあの日から毎日ルシア様の指導の下、変化の魔法を鍛えている。

それだけでかなりマナを消費し、疲れるのだが、この後でアキト様は勉学に勤しむのだ。

本当に、頑張り屋な方である。

そんな姿を見ていると、私も頑張ろう、と思える。


「“メタモルポセス”!」


 今日も三人の詠唱が夜の里に響いていく。


「もーっ!なんでぇええ!」


 アリシエ様の声も虚しく響く。

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