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宰相の結婚 後編

 翌朝、隣に誰もいないことに少しだけ違和感を覚えて、サイラルは目覚めた。支度を整え居間に向かうと、彼女がすでに席についていた。


「サイラル様」

「マリエール。疲れはとれましたか?」

「はい」

「それならよかった」


 二人の会話はそれだけ。サイラルは軽く朝食を取るとすぐに王宮へ向かった。


 マリエールは部屋に戻りぼんやりとサイラルの事を考える。彼はマリエールのことを気にかけてくれる。それは彼女にとっては嬉しいことだった。

 この結婚は、子をなすことが目的であり、目的を達したら離婚されるかもしれない。その場合は、責任を持って行き先を斡旋すると叔父であるマグリートに説明され、母とマリエールは頷いた。 

 マリエールは今年で二十二歳。四姉妹の長女であり、姉妹の中では父親似で器量がよくなかった。十五歳の一番下の妹以外はすでに結婚をしており、完全に行き遅れだった。そのため、本人は既に恋人や結婚に夢を見るのはやめるようになっていた。

 そんな時に飛び込んできた話で、母が即効で断ったのだが、マリエールは興味を持ち、深く話を聞いた。

 これは秘密にしてほしいだけど、という前置きで、マグリートは半年前の騒動について教えてくれた。

 もちろん、これは秘密裏に話され、彼女が外に漏らさなければ情報がもれることはない。

 マリエールは話を聞くと、妻の役割を引きうけるとすぐに答えていた。それはサイラルの出生に同情心を覚えたこともあるが、自分でも役に立てるかもしれないという、気持ちからだった。

 彼女の体付きは母親に似てお尻が大きく、子どもを生みやすい体型。行為には自信はないが、数をこなすことが大事だと母に力説された。母は、最初は反対していたが、マリエールの決意が固いことを知り、応援に回ることに決めたようだった。


「数……」

「奥様。何でしょうか?」

「な、何でもありません」


 思わず自身が漏らした言葉に、マリエールの顔が真っ赤に染まる。

 使用人頭はそんな初々しい彼女の姿に目を細めた。

 彼女に穏やかに微笑まれ、それがますますマリエールの恥ずかしさを増大させる。


「あの、私、少し横になってもいいですか?申し訳ありません」

「奥様?大丈夫ですか?お加減がすぐれないのですか?」

「大丈夫よ。少し横になったら大丈夫だから」


 薬師を呼びそうな勢いで問われ、仮病であるマリエールは慌てて首を横に振った。


 ☆


「サイラル。おはよう!」


 マグリートは通常は用事がない限り自身の屋敷で職務をこなすことが多い。だが、昨日と同じで今日も王宮にきており、彼の到着を待っていたかのように登場した。


「おはようございます。マグリート。何か御用ですか?」

「うん。ちょっと部屋を借りたい」

「わかりました」


 王宮に彼の部屋はない。何の話だろうかと、サイラルは彼を昨日同様自室に招きいれた。


「昨晩はどうだった?」


 ソファに座るとしたり顔で聞かれ、サイラルは不快感を隠さずにあらわす。


「あなたには関係ない」

「関係なくないよ。可愛い姪のことだから」

「……何も問題はありません」

「本当?」

「ええ」


(何を答えれば満足するのだろうか。問題はない。マリエールも快適だと言っていたし)


 彼は諦めのため息をつくと、明日も来るからと出て行ってしまった。

 

 今日も王宮は平和で、キリアンとも特に重要な議題を話すこともなく、時間が過ぎていく。そうして、日が傾いていくと同時にサイラルは憂鬱になってきた。

 サギナの視線にとうとう観念して、サイラルは重い腰を上げた。


「お帰りなさいませ」


 屋敷に到着すると昨日と同じで、マリエールが玄関で出迎えてくれる。

 出迎えは必要ないといいそうになったが、昨日はそのことで強く言い切られてしまったことを思い出し、ただ返事をした。


「マリエール」

「何でしょうか?」

 

 昨日と異なり、彼女を頬を赤く染めることなく、ナイフとフォークをテーブルに置くと顔を上げた。

 それにサイラルは内心がっかりしていたのだが、声をかけてしまったので、何かを話をしなければと考える。


「マグリートとは親しいのですか?」


 結局出てきた質問はそんなもので、マリエールは目を見開き、顔色を変えた。

 なぜ彼女が動揺するのかわからず、いぶかしげに思っていると彼女が弁解するようにまくし立てた。


「マグリート様は母の兄なのです。母はフォーネ家とは全く関係がないとされてますが、マグリート様が何かと気を使ってくださってまして……。親しいといえば親しいかもしれませんが、そんな間柄ではありません!」


(言葉が足りなかったか。勘違いさせてしまったようだ)


 そう思ったが、彼女の慌てた様子が可愛らしくサイラルは自然と顔を綻ばせる。

 馬鹿な女は好きじゃない。

 だが、サイラルはどうもルイーザといい、李花といい、普通とは異なった女性を可愛いと思ってしまう傾向があるようだった。

 そんな自分に気づかされて、サイラルは舌打ちしそうになった。


「あの、本当にマグリート様は、」


 サイラルが苦笑したり、微笑んだり、渋い顔をしたりしている中、向かいに座るマリエールは戸惑うしかなかったが、誤解されたままだと困ると再度口を開こうとする。


「ご安心なさい。そのような意味で聞いたわけではありません。マグリートからあなたが姪であることは聞いている。ただ、彼があなたのことをとても心配しているようなので、少し聞いただけだ」

「心配?マグリート様が?どんなことを話されてましたか?やはり私はふさわしくないということでしょうか?」


 安心させる意味で言ったのに、彼女はまた誤解してしまったようだ。


「大丈夫だ。ただ彼は純粋に姪を心配しているようです。今回の結婚は契約に近いですから。マリエールもよく引き受けてくださいました」

「引き受けるなんて。もったいないお言葉です。ただ、私が役目を全とうできるかは、わかりませんが。精一杯がんばりますのでよろしくお願いします!」


 食事中だというのに、マリエールは力が入ってしまったらしい。 

 決意を込めた彼女は面白いと思ったが、その内容が内容なので、サイラルは複雑な心境に陥るしかなかった。

 そうして、就寝の時間になり、寝室へ向かうと扉の外に使用人の姿を目にする。

 サイラルを見ると、なぜか責めるような視線を送られた。だがそれも一瞬で、彼女は頭を垂れると廊下の奥へ姿を消す。


「入ります」


 今日はどんな格好なのか、ある意味妙な高揚感を覚えながら、彼は声を掛け中に入った。


「サイラル様」


 視界に入ったのは、全裸ではなかったが、かなり薄い生地のローブを羽織った彼女がおり、サイラルは背中を向けてしまった。

 全裸ではない、そうは思っていた。だが、全裸よりもある意味妖艶な格好で、妙な汗が背中を伝った。


「サイラル様。やはり、私では役不足でしょうか?」


 背中を向けたままなので、彼女の表情はわからない。しかし、その声質から彼女が落ちこんでいるのがわかった。


「いえ、あのですね。その格好がとても」

「とても?」


(どう伝えたらいいのか。淫らというのは適切ではない)


 一瞬しか視界に入らなかったのに、彼女の姿は脳裏にくっきりと残っていた。

 彼女は思ったより、胸が大きく、羽織ったローブからその下着と共に形が綺麗に見とれた。腰の部分は紐で結ばれており、括れを強調している。その紐を引いて、中身を堪能したいと思わせるくらいだ。

 

(結婚の目的は、子をなすこと。彼女は間違っていない。だが私は)


「サイラル様?お気に召しませんか?やはり私ではだめですか?」


 沈黙の中、彼女の声がどんどん小さくなっていく。

 サイラルは、覚悟を決めた。

 

(私の責務を果たす)


 言い訳。そうに違いなかった。

 だが、彼は自分にそう言い聞かせて振り向いた。


「サイラル様?」


 ベッドの近くで佇む艶めかしい生贄……マリエールが怯えた表情を見せた。

 その怯えもサイラルの気持ちを煽るしかない。


「マリエール」


 触れるほど近い距離で、彼は彼女の名を呼ぶ。

 何が恥ずかしいのか、マリエールは俯いてしまうが、サイラルはその頬を包み、腰をかがめると唇を重ねた。


 責務。

 サイラルのその名を借りて、彼女を誘う。

 

 役目。

 マリエールはその名を借りて、彼の誘いに答えた。


 責務と役目。

 恋や愛などとは遠い言葉で始まった二人の結婚生活であったが、その後五人の子に恵まれ、離縁することもなかった。

 予定通り、最初に生まれた女児はその十五年後、キリアンの妻、王妃におさまることになる。

 こうして、第九代目国王ライベルとその二人目の妻タエの子孫の血は、再び王宮に還り、アヤーテ王国の繁栄に寄与した。



 

 

 

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