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宰相の結婚 前編

「サイラル。もうすぐ陛下の十五歳の誕生だよね?」

「……わかっています」

「だったら、この中から選んでくれるかな」


 キリアンがサイラルの娘を王妃とすることを決めてから数ヶ月がたった。異世界の娘である李花はキリアンの叔父でもあるシガルと結婚し、仲の良い新婚生活を送っているようだった。

 お祭りと騒動大好きの外務大臣マグリートは、李花とシガルにちょっかいをかけるをやめ、サイラルの妻探しを嬉々として進めていたが、この半年成果はまったく上がっていない。

 あと三ヶ月でキリアンが十五歳になる。まだ妻すら娶っていないサイラルの娘と婚姻を結ぶのはいつになるか、そろそろ周りがうるさくなってきてた。

 一番不満な声をあげているのは、国王のキリアンで歳の差がますます広がってしまう、幼児趣味と後世で笑われてると嘆いており、さすがのサイラルもそろそろ伴侶を決めるべきだと、思い始めていた。


「こんなに候補者が多いのですか?」

「うん。出産に適した年齢、家柄と考えるとこれくらいにはなるよ」

「家柄は、なるべく王宮から離れている家にしているのに?」

「うん」

「それでは、条件を付け加えてもらってもいいですか?」

「どんな条件?」




「旦那様、お待ちしておりました」


 扉を開けるとそこにいたのは全裸の女性。

 サイラルは思わず扉を閉めてしまった。


「……服を着てください」

「ですが、すぐに脱ぎますよね?」

「……そうですが、まずは何かを着てもらえますか」


 扉越しにそんなやり取りを繰り返し、向こう側から了承の返事が返ってきて、しばらくしてからサイラルは扉を開けた。


 服……透けている生地のワンピースを身につけた女性がベッドに腰掛けており、サイラルは少し引きぎみになりながら近づく。

 そういう彼も寝間着である、薄手のシャツとパンツ姿だった。


 今日は、彼の結婚式が行われた日で、初夜である。


「服をお脱ぎになりますか?」

「いや、ちょっと」


 彼にしては動揺しており、立ち上がった女性から逃げるように後ろに退く。

 心の中では、マグリートに悪態をつきっぱなしだ。


 結婚の目的は、子をなすこと。

 そのために、彼は妻を娶った。

 多産型の女性で、家柄は王宮の中枢より遠い、人柄は地味で、無駄なおしゃべりをしない女性。

 それが条件で探した結果、サイラルは目の前の悩ましい姿をしたマリエールと結婚することになったのだ。


「私の義務はお子をなすことだと聞いております。母から子どもを宿すには数をこなすことをきいております。なのでサイラル様」

 

 雰囲気もへったくれもなく、マリエールはそう言い募り、サイラルににじり寄る。


「あなたの言っていることには正しいですが、性急すぎじゃありませんか?」


 この結婚は完全に契約みたいなもので、お互いに愛情はない。

 けれども肌を重ねるのだから、それなりに相手を知ったほうがいい思う。


 通常なら、サイラルではなく、女性側が主張することを彼が口にして、マリエールは目を丸くして口を閉ざす。そして急に俯いてしまった。


「今日は……疲れました。明日にしましょう」


 こうなると、そんな気分にもなれないので、サイラルはそう言ってベッドの端っこに横になる。マリエールはどうしようかと迷っているようだったが、結局寝ることにしたようだ。こちらは反対側の端っこで横になり、真ん中に人が一人入るくらいの隙間を空けて、二人は眠りに落ちた。

 そうして、サイラルの初夜は何も事を成さぬまま終わった。


 

 朝、サイラルは隣で眠る薄着の女性に驚き声を上げるところだった。それをどうにか堪えて、支度を整えると王宮に向かった。


「おはようございます」

「ああ」


 いつもより少し早い到着に関わらずサギナはすでに王宮の入り口で待機しており、サイラルに挨拶をした。

 

「どうかしましたか?」


 何か物思いにふけているようで、サギナはそううっかり聞いてしまい、後悔した。昨晩は彼の初夜だったのだ。

 サギナは騎士団に入団していることもあり、それなりの女性との付き合いはあった。それが本気かといわれると疑問だが、経験はそこそこあった。

 しかし彼の主……賢者と呼ばれる主が正式に女性と付き合ったことはなかった。経験に関しては、恐らくあるのだろうが、いやあっていてほしいと思うのだが、サギナは主のそのような話を知らなかった。

 サイラルの渋い顔から何かあったのかと勘ぐる。

 今回の結婚の目的は、子をなすこと。したがって、それに相応しい女性が選ばれている。女性のほうも目的を知っているのだから、問題は起きないはずなのだがと首を捻る。

 鉄壁の笑顔のサギナにしては珍しく思案顔で、サイラルはそれを見て彼が何か、そう彼の初夜について思いをめぐらせていることを悟る。

 それで、一気に昨晩の裸の彼女の姿を思い出し、目を閉じた。

 自分らしくないと思いながら。


「サイラル様。朝食は取られましたか?」

「まだだ。紅茶と何か軽いものを用意してもらえるか?」

「はい。執務室へお運びします」


 サギナに用事を頼み、サイラルは執務室へ向かう。王への謁見を済ませたら、まずはマグリートのところへ詰問に出かける予定だった。


「サイラル。今日は出仕しないかと思ったぞ」


 王室に入るなり、そう言葉をかけられ、サイラルは必死に笑顔を維持した。

 初夜なのだが、結局何もしていないなどと、キリアンは恐らく想像はしていないだろう。

 彼はまだ十四歳なのだが、一時は異世界の娘を娶るつもりだったため、それらの知識は豊富だった。実践はまだしていないが、もしかしたらサイラルよりも詳しいかもしれない、そんな風に思えるくらいキリアンはにやにやとサイラルを見ていた。


「ご心配ありがとうございます」

 

 なんと答えるか、迷いながらも彼はそう返す。


「心配などしてないぞ。相手はかなりの熟練者と聞いておる。すぐに結果が出るだろうな」


 結果……言わずもしれた子どものことである。


「どうしたサイラル?何か問題があったのか?」


 顔を引きつらせている彼に、キリアンが王座から降りて心配そうに尋ねる。

 

「何でもございません。ご安心ください」

「そうか、それならよいのだが」

 

 ご安心ください、という言葉が適切であるのかは、わからなかったがサイラルは咄嗟にそう答えると頭を垂れ、退室した。


 昨晩から彼は、彼らしくなかった。

 いや、そもそも結婚を決めたときから彼らしくなくなっていた。

 結婚相手の情報をよく確認しようともせず、結婚式まで顔を合わせるくらいで、話もしたこともなかった。当日も話といっても、言葉を交わしただけだ。

 結婚式は宰相の結婚式だというのに、簡易なものにして、貴族たちを招待することもなかった。王の前で誓いを立てるそれだけで終わったのだ。

 キリアンも驚くくらいであったが、サイラルは結婚式を行うことに価値を見出しておらず、むしろ子どもができたら離婚しようかと思っているくらいだった。


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