係長と幼馴染の男装女子 中編
それから、三日が過ぎた。
何度か携帯電話を取るが、その度に自分の阿呆な台詞を思い出し、連絡できずに時間だけが過ぎていった。
「泰貴。どういうことか説明してくれるかしら?」
三十歳手前には見えない可愛らしい顔、そしてむちむちのボディ。
顔と体だけなら泰貴の好みである若菜が、彼に詰め寄った。
二人はバーで隣同士に座っており、端から見ると完全に恋人同士。
しかし、若菜の表情は完全に据わっており、とても甘い会話を楽しむような様子ではなかった。
突然電話で飲みに誘われ、予定もなかったので、指定のバーに来たら、飲むというより尋問にあった。
「何が?」
「遥のことよ。何かしたの?せっかく伸ばし始めていた髪を短くきちゃって。おかしいのよね。聞いても答えてくれないし」
「……俺は知らない」
若菜は小学校からの腐れ縁で、遥の親友。泰貴と同じ大学に進学し、時折一緒に飲むくらいの付き合いはあった。しかし、泰貴と若菜の間にはまったく恋愛感情はない。それは若菜が姿に似合わず、中身は完全に親父だったこと。レズではないかと疑うくらい遥好きで、甘い雰囲気になるなどあり得なかった。またなぜか年々泰貴を敵視していて、今日も本当は断りたいくらいだった。
そういうこともあり、そんな彼女に真相を話したら、半殺しにくらいには合いそうで、泰貴は言葉を濁すしかなかった。しかし、癇が鋭い彼女はすでに二人の間に何かがあったくらいは気づいていた。
「あたし、ずっと我慢してきたのよね。わかる?もう我慢の限界だわ。泰貴。遥がすっごく可愛いこと知ってた?あの子。本当はピンクが好きで、縫いぐるみとか集めているのよね」
「は?」
突然始まった告白に彼は眉をひそめる。
大体、彼は遥の幼馴染で隣同士。彼女のことなら若菜より知っているつもりだった。遥の好みはもちろん、部屋にもいったことがある。しかし、縫いぐるみなど見たことがなかったし、好きな色は青色だと言っていた。現に彼女はいつも青色の男のような服を着ていたし、部屋にあるのは本だけで、女の子の部屋とは思えないものだった。
「あんたのおかげで、遥。どれくらい人生を損してきたのかしら。ここ数ヶ月やっと振り切ってくれて、女の子の自分を取り戻していったと思ったら、あんた!あんたが出てきて見事にぶち壊してくれたわ!」
「は?言ってる意味がわからないが?」
「あんた。遥がわざと男の子ぶってること、知ってた?本当の彼女、とても弱いのよ」
(弱い?そうか?)
泰貴の知っている彼女はいつも凛としており、弱い印象はまったくなかった。
首を捻る彼を若菜は敵でも見るように睨み付ける。
「アホ泰貴!あんたなんか消えてしまえばいいのよ。遥も遥よ!なんでこんな鬼畜に十四年も片思いを」
「十四年?片思い?」
「ふん。そうよ。もう全部ぶちまけてやるわ。だから、あんた、もう。金輪際、遥に近づかないでよね!」
それから、若菜は遥のことを語り始め、彼女が彼を解放したのは店が閉店を迎える午前三時だった。送るという彼を罵り、若菜はタクシーを拾って自分で帰る。
そのタクシーを見送りながら、泰貴は彼女から聞かされたことが信じられず呆然としていたが、頭は冴えていた。眠くもないので近くの二十四時間営業のファミリーレストランに入り、コーヒーでも飲むことにする。
家に戻る前に ゆっくりと遥のことを考えたかった。
☆
気がつけば遥は傍にいた。
どちらも一人っ子で、隣同士だったので自然と一緒に遊ぶようになった。
幼稚園に通い始め、ほかの友達ができた。しかし、彼女は一番の友達だった。男女との違いがわかるようになったが、それは変わらなかった。
小学校に入り、彼は告白されるようになった。子供のそれでしかない告白ごっこは徐々に真剣味を帯びていき、彼も成熟していく女の子に魅了されるようになっていった。
中学生のころには、彼女ができ、キスも経験した。
それ以上のことはしなかったが、そういう話も遥とはした。
彼にとって、遥は女の匂いがまったくせず、同性の友人のようであった。
だから冷やかされると「遥は男友達みたいなもの。みんなもそう思うだろ」と返し、周囲を納得させてきた。
だが、それは泰貴の間違いだった。
彼女――遥は彼のために、彼の友達であるために、男の子を演じていた。
高校に入ってもそれは続き、大学に入って進路が異なってからも彼女はそれを続けた。
泰貴に会うときは、ズボンと青色系のシャツを着るようにし、彼が来るときは部屋から可愛いものを隠した。
(馬鹿馬鹿らしい)
泰貴は店のシンボルが入ったマグカップの中の苦いコーヒーを口に含み、顔を歪める。
彼は、そんな彼女を友人と呼び続け、最後に「女」として抱いた。
しかも泥酔した状態で、記憶もなく。
「馬鹿なのは俺か……」
満月の夜はどうしようもなく寂しくなった。
手に入れることができたはずの存在を奪われた。
李花を愛し、その体と心を手に入れたいと願った。
だが、心がないのに、体だけ奪ってもむなしいだけだと、彼女を襲いたくなる自分を抑えた。
「なのに、俺は」
(好きでもないのに。俺は遥を抱いた。多分、李花の名を呼びながら)
「最低だ」
片思いの辛さを知っている自分が、それを他人に味合わせた。
しかも長い間ずっと。
彼女からもうずっと前からサインが出ていたはずだった。
時折彼女が自分を見ていたのを知っていた。
顔を近づけると、はにかんだことを覚えている。
(でも、俺は無視をした。気づかない振りをした。李花が鈍感だと頭にきたこともあったが、それは本当に知らなかったからだ。現に俺の気持ちを知ってから、彼女は距離を置いた)
泰貴は自分の無神経さに前髪を掻き毟る。
(俺に抱かれているとき、何を思ったんだろう。何で俺は)
いくら泥酔しているからといって、最低な行為で、彼は目を閉じて、遥を想った。
(謝ろう。それしかない)
泰貴はそう決めると携帯電話を取り、会う約束をするためにメッセージを遥に送る。展示会で会ったとき、彼女から名刺ももらっていた。だから、もし会えないなら、会社に迎えに行くと脅しとも取れる言葉を入れる。
(ひどいが、仕方がない。自分勝手だが)
謝りたい、その気持ちはひどく衝動的で、恋に似た気持ちに近かった。
それに少しだけ驚く。
その上、今、遥に会いたいと、気持ちが焦っていた。
半年前に遥に再会してから、李花を思い出さない日が増えた。
満月の夜。
それが来るたびに喪失感を抱き、いたたまれなくなった。
だから、彼女を誘った。
満月で苦しいから、遥に会う。
会えば気持ちが楽になり、それを口実に、半年前から満月の夜、泰貴は必ず遥を飲みに誘った。
(この気持ちはなんだろう。会えばわかるのか?)
メッセージを送り終え、彼は席を立つ。
時間はすでに午前五時。
始発電車が走る時間だった。




