係長と幼馴染の男装女子 前編
15歳未満閲覧禁止内ですが、大人の内容です。
係長の性格にうんざりする可能性が高いので、ご注意ください。
一年前、泰貴は恋に破れた。
六歳も年下で、部下だった女。
信じられない経験もして、夢だと忘れられそうな失恋。
彼自身、彼女を見送り、すぐに忘れられると思っていた。
しかし満月が来る度にあの苦い気持ち、どうしようもない喪失感が襲ってきて、泰貴を苦しめた。
(忘れたい)
そう願いながら、彼は日々を送り、満月の夜は必ず誰かと飲んだ。
半年前に、仕事先の展示会場で、久しぶりに幼馴染の遥と再会した。
男装女子と名高い彼女は、相変わらず長身でスラリとしていたが、髪が肩まで伸び、どことなく女性的になっていた。
一瞬目を疑った彼だが、話してみるといつもの「凛々しい彼女」で、その日から彼女は彼の飲み友達になった。
昨晩の満月の日も遥を誘い、深酒をしていた。飲みながら、満月の馬鹿野郎と何度か罵しったりと、付き合った方としては散々なものであったはずだ。
しかし、彼女は相変わらず豪快で、笑いながら泰貴の話を聞いていた。
時折見せる女性的仕草に、女に見えると彼が言うと、彼女はぎこちなく笑った。
恋なんて御免だ。
女はしばらく必要ない。
そんな気持ちでもあったが、遥は彼にとって「男友達」と同様だった。だから気軽に彼女を飲みに誘った。二人で飲んでいて、間違いなどは起きるはずがなかった。
そう、間違いなどは起きるはずがなかったのだ。
☆
(えっと、俺の部屋か)
泰貴が目を覚ますと一番最初に、見覚えある自分の部屋の天井が目に入った。
ぼんやりと体を起こすと、頭痛が走り、彼は頭を抱える。
(えっとなんで、部屋にいるんだっけ?)
記憶がまったくなかった。
自分の部屋にいるのは理解できる。しかし、どうやって戻ってきたか記憶が抜け落ちていた。
頭痛の酷さから、かなり飲んだようだった。
泰貴は額を抑えながら、ベッドの上から部屋を眺める。
床に広がるのは脱ぎ捨てられたままのシャツやパンツ。ゴミ箱に無駄な量のテッシュと使用済みコンドームが顔を覗かせており、彼の背中に冷たい汗が流れた。
「嘘だろう?」
不意に断片的に浮かび上がる映像。それは幼馴染のあり得ない色っぽい姿で、泰貴は呻いた。
遥は、とても堅い女だった。いや、男というのが正しいのか。男みたいに振舞うほうが楽だとかで、いつも男物の服を着て、再会するまでは髪は短かった。
顔は中性的、身長は泰貴と五センチ違いの百七十五センチ。体つきもスレンダーなため、高校までは一緒に歩いていても男同士に見えたくらいだった。
そんな彼女の名は佐東遙。家が隣同士だったため、気がつけば一緒に遊んでいた仲だ。
男といっても過言でないのだから、面倒なことにはならない。なので高校を卒業するまで、泰貴は遥とよく一緒につるんでいた。
「それを、俺は……」
泰貴は、体に残る性的な匂い、コンドームの残骸、途切れ途切れの記憶から昨晩彼女を抱いたことを確信していた。
「最低だ」
泰貴は前髪を掻き毟り、宙を見つめる。
一年前、李花に振られてから、恋するのが面倒になり、女から遠ざかっていた。
溜まればそれなりに発散していたが、元からそういう事はそこまで好きではなかったため、セフレを作る必要もなかった。
それなのに、彼は彼女としてしまったらしい。
携帯電話をつかみ、彼女の番号を探してみる。
「いや、電話して何を言えばいいんだ。謝る?そういうものか?」
泰貴は泥酔したことが今までなかった。
やる時はいつも記憶があったし、相手が望んでそういう関係に至った。
「俺としたことが……」
確かに、この一年、彼は弱っていた。
満月の日が特にいやで、その日は誰かと決まって飲んでいた。
「昨日は満月だった。だが、遥とそういうことになるなんて。ありえない」
二人の間に恋愛感情はなかった。
泰貴の好みはあくまでも、女性的丸みの帯びた体と保護欲をそそる天然系であり、スレンダーで独立精神が旺盛な遙は恋愛対象ではなかった。
それでも誘ったのは自分。
その自覚は彼にあった。
満月の夜のたび、未練がましいかな、彼は好きだった女――李花を思い出していた。
彼の好みをすべて満たした、可愛い系の彼女は、異世界の男に奪われた。いや、奪われたという言い方は正確ではない。結局、彼は彼女と付き合うことすらできなかった。
キスや抱擁などは彼女の隙をついて実行できたが、李花の心を射止めることは結局できなかったのだ。
「でも、よりにもよって、なんで遥なんだ」
昨晩のことをほとんど記憶がないが、ほぼ無理やりしてしまったのだろう。
目覚めたら綺麗さっぱり彼女が消えていたので、そうとしか思えなかった。
泰貴は額に手を当たると深く息を吐いた。
☆
「長井さん、どうしましたか?」
「なんでもない」
泰貴は携帯電話から目を離すと鞄に入れる。
あれから一週間がたっていた。
彼は自分でも自分らしくないと思うのだが、遙に連絡ができないでいた。再会してお互いの番号を交換してからも、遙から連絡が来る事はなかった。連絡するのはいつも泰貴からで、飲みに誘った。
「このまま、フェイドアウトするのか。しかし、それはどうなんだ」
自分が誘ってそういう関係に持ち込んだ。何かしら行動しないと男が廃る。
「長井さん?行きますよ」
ロビーでぼんやりと立っていた泰貴に、同僚の松永が再び声をかける。
「おお、悪い。今行く」
「大丈夫ですか?体調悪いなら、僕一人で行きますよ」
「大丈夫。俺がいたほうが絶対うまくいくはずだ」
「そ、そうですね」
泰貴の自信に溢れた笑顔に、松永は頷く。
彼が再就職した先は、商社だった。途中入社の彼に初めのころは冷たかった同僚たちだが、その有能さを知り手の平を返すように態度を変えた。しかも彼は英語のほか、中国語も話せる。
今回の商談先は中国企業で、相手は日本語を話せるはずだが、中国語を扱える泰貴がいたほうが心強いのは確かだった。
「さ、行くぞ」
泰貴は頭の中から遙のことを追い出すと、エレベーターに乗り込んだ。
☆
受付で社名を名乗り、待っていると応接間に通された。
そこで、泰貴は言葉を失う。
「長井さん」
小声で囁かれ、彼はやっと我に返り挨拶をする。
『ファンファン』の社長の隣に立っていたのは遙で、無表情のままで、泰貴とは視線すら合わせようとしなかった。
(髪が、短い)
一週間ぶりにあった彼女は髪をかなり短く切っており、着ている白のパンツスーツがスレンダーで長身の彼女にあっていた。
「今日は大事な商談なので、通訳の佐東さんに来てもらいました。彼女が訳するので、よろしくお願いします」
どことなく、発音のおかしい日本語で社長はそう話し、遙が前に出る。
「通訳者の佐東遙です。よろしくお願いします」
頭を下げられ、松永に続き泰貴も挨拶をした。
そうして席に座り、商談が始まる。
彼女は冷静に社長の言葉を通訳し、仕事に徹する。それに対してなぜか少し苛立ちを感じながらも泰貴も負けずと仕事に集中した。
「成功ですね。さすが長井さんです」
『ファンファン』の入っているビルを出て、松永はご機嫌だった。商談はうまく進み、条件は色々出されたが、商品を扱わせてもらうことになった。
「この後、どうします?飯にしましょうよ」
「えっと、俺はちょっと用事がある。一時半には戻る」
「え?長井さん?!」
戸惑う松永にそう言って彼は足早にビルに戻る。
(あの醒めた様子が気に食わない)
この一週間自分ばかりに気にしていたのが悔しくて、彼は彼女と話をしたくてたまらなかった。
ビルに入り、ロビーのソファに座るとすぐに携帯電話を取り出した。
遙に電話をかけたのだが、取る様子はない。
二回ほどかけたところで、エレベーターから彼女が出てくるのが見える。
彼は立ち上がると遙に駆け寄った。
「遙!」
彼女は泰貴に冷たい視線をなげかけ、そのまま無視をする。
「おい。なんだよ」
彼は苛立ちを覚え、彼らしくなく乱暴に腕を掴む。
その様子を見ていた警備員が走ってきて、遥はやっと声を出した。
「大丈夫です。知り合いですから」
泣きそうな表情でそう言われ、泰貴は意味がわからなかった。警備員は疑い深く泰貴を見ていたが、遥が彼の腕を取り、歩き出したので、所定の警備場所に戻る。
「遙?」
「あれは間違いだったんだ。だから気にしていない」
彼女は腕を掴んだままそう言い、彼と共にビルを出る。
「それじゃ」
腕を放し、逃げるように背を向けた遥を泰貴は捕まえた。路地裏に引き込んだ後、彼女を詰問する。
「なんで、逃げるんだ。気にしていないなら逃げることないだろ」
「うるさいな。次に仕事があるんだ」
謝るべきなのだが、彼女の態度に苛立ち泰貴は彼女を逃さないように両手を壁に着き、逃げ場を奪う。
身長差はわずか五センチ。
ほぼ同じ目線で、二人は睨み合うことになった。
しかし、視線を先に外したのは遥で、横を向いた彼女の睫は濡れ、頬が羞恥に染まっていた。香水など使ったことがないはずなのに、今日は彼女から甘い香りが漂っている。
「俺、無理やりした?」
思わずそんな言葉を発してしまい、泰貴自身も驚くが、遥は眼を吊り上げ激怒した。
「馬鹿泰貴!どけ!」
遥はそう叫ぶと彼の胸を思いっきり叩き、彼がひるんだ隙に逃れる。
再び泰貴が彼女を掴もうとしたが、そのまま路地裏に走り去り見えなくなってしまった。
「くそっ。俺、何考えて」
自分の発言に自己嫌悪を覚えて、彼はその場にしゃがみこむ。
普通に謝るつもりだった。
それがなぜこんなことになったのか、彼自身理解できていなかった。




