表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/63

53 運命の月

 王宮の池の取り壊しの儀式を無事に終え、キリアンにも挨拶をした後、二人はボット家に戻った。

 

「お帰りなさいませ」


 出迎えるのは老年の執事だ。

 マグリートのフォーネ家に仕えていたやり手の執事で、彼がボット家に来た今はその息子がフォーネ家の執事を代行している。マグリートの推薦で雇っており、新しい使用人ばかりのボット家で大変重宝されていた。

 ちなみにボット家は、主人のシガルがほとんど戻らなかったため、使用人はいなかった。新たに李花を迎え入れることになり、使用人を雇うことになったのが、なぜか使用人のほとんどは女性で男性は老年ばかりだった。



 上空に青く澄み切った空が広がる。

 キリアンが立会いとなる結婚式のため、会場は王宮内になった。

 王宮内で場所を選んでもよかったので、李花は王宮の森の中にした。

 招待客は貴族たちの力の均衡も考え、池の取り壊しの儀式の参加者に匹敵する人数だ。もちろんその費用はシガル持ちだったため、マグリートからは条件付で借用金の申し出があったぐらいだ。

 しかし、十四歳から兵団に入り、無駄使いを一切していなかったシガルだったため、資金を借りることなく、結婚式を執り行う算段がついていた。そのことに大変残念そうなマグリートはサイラルから冷たい視線を浴びていた。


 ウエディングドレスの型は李花自身が仕立て屋と話して、決めた。

 ふわりと丸い袖は肩から肘までを覆う。胴体の部分は襟なしの大胆な形。スカートは何重ものレースを重ねて縫いこみ、裾が大輪の花のように広がっていた。色はもちろん純白で、髪はメリルに編みこんでもらい、スカートと同じレースで髪を覆う。李花としてはベールをつけたかったが、そのようなしきたりがないため、髪飾りの一部としてベールのような形にした。


「……」


(え?変かな?)


 臨時の控え室になっているあの小屋に入ってきたシガルは、彼女の可憐さに目を逸らした。鈍い李花は変なところがあるのではないかと、自分の姿を確認する。


「あなたが魅力的すぎて目を逸らしてしまったのですよ」


 最近はすっかり打ち解けたメリルがそう説明し、シガルの顔が一気に火照った。


「そうなんですか?」


 嬉しくなって、近寄り仰ぎ見て聞き返すと「そうだ」と息絶え絶えに彼が答える。

 メリルは首を横に振った後、式が始まると二人に声をかけた。



「い、行こうか」

「はい」


 ぎこちなく差し出されたシガルの手をとり、彼女は立ち上がる。

 スカートは足首までなので、歩きやすく、それでも足元に気をつけながらゆっくりと足を進める。


 王宮の池だった場所は完全に埋めたてられ、花園に生まれ変わっていた。

 庭師に先に話を通していたため、土を入れた後、すぐに別に育てられていた花を移植した。よって、花園は驚くべき速さで完成している。

 美しい花々はそれぞれの色と形を競うように咲き誇り、色鮮やかだった。

 そんな中、純白の壇上で、正装のマントを羽織り、キリアンが待ち構えている。

 壇上に向かって歩きながら、李花は自分の手が緊張で汗ばむのがわかった。しかしシガルが安心させるように握った手に力を込め、微笑む。それでどうにか落ち着くことができ、キリアンの元まで辿り着いた。

 

「シガル・ボット。お前はこのリカを永遠に愛し、妻として慈しむことを誓うか」

「はい」


 最初に問われたのはシガル。

 彼は間髪置かず答える。


「リカ。お前はこのシガル・ボットを永遠に愛し、夫として慈しむことを誓うか」

「はい」

 

 次は李花で、彼女もすぐに返事をした。

 二人の答えを聞き、キリアンが大きく頷く。

 

「それでは二人の誓いを正統とみなし、王の名の下、二人の結婚を祝福する」


 そう宣言がされ、二人の婚姻は正式なものとなった。



「いよいよ、これでコダマちゃんもボット夫人か。リカちゃんって呼んでもいい?」

「ええっと」

「ボット夫人とお呼びください」


 返事に躊躇しているとシガルがすかさず答えた。


 王宮の池だった花園は大勢の人で溢れ返っている。池の片鱗など全く感じさせなかった。


(そういえば、タエさんの墓は?!)


 シガルが同僚の近衛兵に連れ去られ、一人になり、一息ついていると彼女は池近くにあったタエの墓を思い出す。


 きょろきょろ周りを見渡していると、サイラルが姿を現した。


「彼女の墓ですか」

「はい」


(なんでわかるんだろう)


 様子を窺いながら頷くと、彼は少し離れたところを指差す。


「彼女の墓は動かしていません。囲いもつけてあるので荒さられることもないでしょう」

「宰相様」

「それくらいはしますよ。さすがに」


 サイラルは少し柔らかく笑う。


(もしかして、少しは許す気持ちになったのかな。でもそう簡単じゃないよね)


 期待はしたが、それは言うべきことではないと李花は口を噤んだ。


「あなたはナガイ様のことが好きだと思ってました。なのでシガルのために戻ってきたことは驚きでした」

「……そう見えてましたか?」

「ええ。ナガイ様はあなたを守るために必死でしたからね」

「そうですよね」


(泰貴さん、本当に私のことを好きだった人。でも私は答えられなかった。どうしても)


「エファン様」

「また、あなたですか。本当に心が狭い」


 サイラルは少し焦って現れたシガルに呆れた声を上げる。


(心が狭い。なんだろう。いつも言われているけど。そんなことないのに)


「まあ、私はここで退散します」


 彼はシガルの側を通り何かを囁く。


(何?)


 とたん険しい顔をしたシガルを見て、李花は心配になった。


「リカ」

 

 音量を一段と落とし、彼は彼女の側に立つ。


「何を話してた?」

「えっと、タエさんのお墓のことです」

「それだけ?本当に?」

「えっと、あの。泰貴さんのことを聞かれて」


 鋭い彼の瞳に隠し事は無理で、李花は素直に白状する。


「どんなこと?」

「えっと、私が泰貴さんのことを好きだって思ってた」

「……そうなのか」

「そんなことないですよ!」


(もう結婚してるのに!なんでいまさら)


「すまない。本当に俺は心が狭い男だ。エファン様のいう通りになるかもしれない」

「え?どういうことですか?」

「言わない。絶対に」

「え?」


 シガルは李花を抱きしめると強引にキスをする。


「ま、」

「待たない」

「人が、」

「関係ない」


 好奇な視線が二人を包み、近衛兵から冷かしの言葉が飛ぶ。

 そうして随分長い間キスをされ、李花は解放された。


 

 ★


 闇が空を覆い、黄金の丸い月が姿を現す。

 

「この日を選ぶとは陛下も人が悪い」


 式が終わり、二人のために用意された部屋で、窓から月を眺めていると拗ねた様にシガルがつぶやいた。


「……運命の日。私はこの日でよかったと思います」

「俺は怖いな。あなたがまたどこかに行きそうだ」

「そんなこと」

「そんなことない?だったら、こっちにきて」


 シガルは近衛兵の制服で結婚式に臨んでいた。今は制服を脱ぎ、薄い白いシャツにパンツ代わりのズボンを履いていた。


「えっと」

 

 そういう李花もドレスを脱ぎ、かなり薄手のワンピース姿だ。


「不安なんだ。それをかき消したい。だから今夜はあなたを抱く」


 シガルは彼女の返事を聞く前にその手を引き、ベッドに押し倒した。


「シ、シガルさん」


(だ、ダイエットしておけばよかった。ああ。馬鹿)


 こうなることはわかっていたはずなのに、食料制限してなかった自分を悔やむ。


「愛してる」


 そう囁かれ、キスをされ、李花から思考が飛んだ。



 恋人達の甘い夜は始まったばかりで、運命の月がそれを優しく見守っていた。





「ああ、今頃いいな」

「……マグリート。邪魔です。出て行ってもらえませんか?」

「なんで?君も失恋だろ?」

「は?何を言って」

「君、実はルイーザのことも好きだっただろ」

「ありえません」

「嘘だ」

「嘘ではありません」

「いいよ。いいよ。今度はさ。コダマちゃん似の子、探してくるからさ」

「必要ありません」

 

 サイラルは冷たくあしらうと執務を続ける。そんな彼を眺めながら、マグリートはワインの入ったグラスを煽った。

 


「余の短い初恋だったな」


 キリアンは王室の窓から月を眺め、呟く。それから窓の側を離れ、ベッドに身を投げた。

 王はまだ十四歳。

 多感な年頃で、今日ばかりは彼は王ではなく一人の少年として、ベッドの中で丸くなった。



「サギナ。どうぞ」

「お酒?」


 サギナは妹が持ってきたワインの瓶を見て驚く。


「一緒に飲みましょう」

「お前が?」

「はい」

「いいよ」

「……失恋に乾杯」


 メリルの言葉に目を細め、サギナは妹の持つグラスと自分のものを重ねた。


 ★


 ――黄金に輝く月の下、それぞれが想いを噛み締め、夜を過ごす。

 ある者は喜びを、ある者は悲しみを。

 


 数奇な運命を歩んだ二人の女性、そしてその子孫たち。

 解けた糸は再びつながり、新たなる糸を紡ぎ出していく。



 (完)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ