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52 王宮の池

 午後はキリアンが会議で、李花は自由となった。しかし、暇があるなら、マナーと語学の勉強とメリルから指導を受けている。


 サギナ御用達の本を五頁ほど読み進めたところで、お茶の準備のためメリルは退出する。寛いで待っていると彼女は予想外の人物と現れた。


「コダマ様。彼女の墓に案内しましょう」


 サイラルが静かにそう言い、李花は彼の表情から感情を読み取ろうとする。


(だめ。あの笑顔。サギナより鉄壁の笑顔だ。なに考えているかわからない)


 だが、案内してもらえるなら断る理由はなかったので、彼女は彼の申し出を受けた。



(ああ、でも後悔かも)


 部屋を出てすぐに李花は後悔した。

 案内人はサイラル一人ではなかった。苦手意識が強いサギナが李花の後方を歩き、終始緊張する。メリルはサイラルの命で部屋で待機だった。

 王宮の森入り口の近衛兵に頭を下げ、森の中に入る。すれ違い様に口笛を吹かれ、振り返ると兵士たちが青ざめた顔をしていたので、李花は首を傾げるしかなかった。


「ここです」


 タエの墓は正方形の石が地面に埋められているだけの簡単な作りだった。アヤーテ語以外に日本語表記で、「谷山タエ」と彫られていた。


「日本語が」

「タエが息を引き取る前に王に願ったようです。本来なら王妃の墓は王族の墓地内ですが、それも断り、王宮の池の近くを選んだ、と聞いております」


(タエさん。彼女は本当に帰りたかったんだ。でも帰らなかった。どうして、十代目の、シズコさんの息子さんに頼めべすぐに戻れたのに。ああ、でも、帰っても居場所がない。きっと、彼女はシズコさんと同じ境遇になることを恐れたんだ)


 李花は両手を握り締め、墓を見つめる。


「私には彼女の気持ちが理解できません。いや、理解したくありません。理解してしまったら、私の、母の存在がなくなってしまう気がする。だから一生彼女を許すことはないでしょう。でも、あなたのことは嫌いではありません。馬鹿なところは許せないですが」


(えっと)


 サイラルに水色に近い灰色の瞳を向けられ、彼女はどう答えていいか迷う。


「エファン様、」

「やはり来ましたか。心の狭い男ですね」


 背後から急に声をかけられ、サイラルは呆れた様子で振り向く。彼の背中越しに、少し息を切らしたシガルの姿があった。


「シガルさん!」


(どうしてここに?サギナ?メリルさんが知らせたの?)


「そんなことはありえないのに。心配性ですね。サギナもメリルも」


 サイラルは李花の後方に控えるサギナに視線を投げかける。彼はいつもの笑顔を消し去り、少し情けない顔をしていた。


「サギナ。行きましょう。そろそろ一ヶ月。罰もこの辺でいいでしょう。しかし、ここは神聖な場所なので、それをわきまえるように」


(え、どういうこと?)


 状況が見えていない李花は、背を向けるサイラル、それに付き添うサギナに目線で問う。

 しかし、答えるはずがなく、二人はいなくなってしまった。


「お久し振りです」

「ああ」


 お互いにゆっくりと確かめ合うように近づき、二人で並ぶ。


「あれ、シガルさん。元気なさそうですね」

「ああ」


 彼は嗄れた声で頷き、李花を見下ろす。


(ちょっと疲れてる。声もおかしいし)


「大丈夫ですか?風邪ですか?」


 彼女は心配になって、背伸びして彼の額に触れようとした。すると手を掴まれ抱きしめられる。


「シガルさん!?」

「ああ、だめだ」


 シガルは眉間に皺を寄せ、彼女をすぐに解放した。


「あと二日。二日したら迎えにいくから」

「はい」


 熱い吐息とともにそう言われ、李花はどきまぎしながら返事した。



  

 二日後、シガルにとっての試練の一ヶ月は無事過ぎ、婚姻前であるが、李花は彼の実家に住むことになった。

 通常であれば公式に李花の実家になっているエファン家に婚姻まで住むところを、シガルが押し切り、キリアンが苦笑しつつそれを許可した。


 ボット家で結婚の準備を進める。

 この一ヶ月間で彼はほとんどの準備を整えており、残っているのはドレスの採寸など李花しかできないことばかりだった。


「結局何もお手伝いできず、すみません」

「いや。一ヶ月、何かしてなければ気が狂いそうだったからよかった」


 申し訳なさそうな李花にシガルは笑顔で答える。


「あと三週間であなたは俺の正式な妻になる」

「そうですね」


(いよいよ人妻か。緊張する。しかも近衛兵って、兵士の中でもエリートなんだよね。うう。その奥さんって)


 照れるのではなく、顔を強張らせた彼女に彼はちょっと顔を曇らせた。


「嫌か?」

「そんなわけ!ただ、近衛兵の妻って大変そうだなって」

「大丈夫だ。俺は三日に一度は必ず帰ってくるし、晩餐会などは参加しなくてもいいから」

「え?でも社交の場は必要だって」

「いいんだ。俺は、リカをこのまま俺だけのものにしていたいから」


(うひゃ!なんかすごいこと言われた!)


 病気ではないか疑われるほど顔を真っ赤に染め、李花は俯く。言った本人も頬を赤らめて天井を仰いでいた。


「えっと。だから、いいんだ。何もしなくて。ただ俺の妻として家にいてくれ」

「それは、」


(そんな食っちゃねしてたら、太るし。絶対に罰が当たりそうなんだけど)


「あの、御飯。御飯は作らせてください。料理は得意なんです!」


 使用人に掃除は頼むとしても、食事作りくらいはしたかった。


「あの、プロには適わないってわかってるんですけど」


 調理人も雇ったので、李花にやることはなかった。しかし、何か少しくらいは役に立ちたかった。


「プロ?何かわからないが。作ってくれるならうれしい」


 子供みたいに微笑まれ、李花は自分の心が溶けるのではないかと心配になった。



 一週間後、シガルと李花は再び王宮に呼び出された。

 それは王宮の池の取り壊しの儀式を行うためで、すべての貴族が王宮の森へ招かれた。

 李花はシガルが見立てた露出が異常に低いドレスを身にまとっていたが、下品にならない程度に体の線が強調され、彼女の魅力を引き出していた。

 黒髪に黒目という要素も加わり、李花は注目の的となった。


 今回が正式な李花のお披露目で、サイラルより、彼の遠縁で、シガルの婚約者であることを貴族達に発表した。社交の場が苦手なシガルだったが、この場合は避けることができず、いつものように無表情でありながら、必死に応対していた。

 池を取り囲み、貴族達が談笑していたが、キリアンが儀式用の白のローブを羽織り、現れると静まり返る。


「本日は余の命に従い、集まってくれたことに礼を言う。余、第十四代キリアン・アヤーテはここに宣言する。異世界との扉を永久に閉じ、今後、異世界からの召喚は一切行わない」


 彼の宣言に少しだけざわめきが起きる。


「余は異世界の力なくとも、この王国を平和で豊かな国にすることを約束する。そのためにもこれからも余に尽くし、力を貸してほしい」

 

 キリアンがそう続けると歓声があがり、強張った顔の彼に笑顔が戻った。

控えていたサイラルが宝剣を差し出す。彼はそれを手に取り、鞘を抜いた後、天に掲げた。そしてそのまま、池の水を切る。

それが合図となり、白装束を纏った大柄な男たちが、池と川の間の石で堰を作る。川の水を堰き止めることが、今回の儀式であり、その後は池の水を全て汲み上げ埋立て、花園を作ることになっていた。


「大丈夫か?」


 儀式の後は、盛大な昼食会が開かれた。

 大広間に立食式で、食事が用意される。全貴族が呼び出されることなど先代から数えても初めてのことで、料理人が各地方の料理を研究し、どのような好みの人にも答えられるように品数多く、作っていた。

 いつもなら食いつくはずの李花だったが、壁際に立ちぼんやりとしていた。


「大丈夫です。ちょっと慣れなくて疲れただけです」


(いろんな人に話しかけらるし、なんかじろじろ見られるし、疲れた。あと、ちょっと、さびしいかな)


 シガルの肩越しに、李花は王宮の森へ目を向ける。

 

「……後悔してるか?」

「そんなことありません!」


 憤って彼を見るが、彼女は息を止めてしまった。

 青い瞳に暗い影が宿っていた。


「後悔なんかしてません。たださびしいのは事実なので」

「寂しい……」

「えっと、でも後悔は本当にしてないんです。元々私はこちらの人間みたいですし」

「は?」


 間抜けな声を出され、李花はあることに気がついた。


(そうか、まだ言ってなかったんだ。うわ。私って馬鹿)


「あの、実はですね。私の一族はアヤーテ人だったみたいです。しかも多分ボットさんの親戚……」

「え?」

「ええっと。帰ったときに父から聞かされてボット家の紋章の入ったハンカチも見ました」

「……そんなことが」

「あったんです!」


 信じられないと首を振る彼に彼女は笑顔を向ける。


「だから、私の故郷はここだったんです。ほら、結局。私は戻ってくる運命だったんですよ」

「運命、」

「そう。私とシガルさんも結局好きになる運命だった」


(うわ、私なんてこと。小っ恥ずかしい!)


 自分で言った台詞で照れてしまい、彼女は俯く。


「運命。いい言葉だ。愛してるよ。リカ」


 人目もあるというのに、シガルは彼女の頬に触れながら囁く。


「し、シガルさん!」

「あれ、こんなところで」


 お約束ともいえるタイミングで、声をかけられ、シガルがあからさまに嫌な顔をした。李花は恥ずかしさでいっぱいだったので、少し安堵して振り返る。


「こんにちは。マグリート様」

「こんにちは。今日のドレス。可愛いね。とてもシガルの見立てとは思えないよ」

「えっと、はあ。ありがとうございます」


 返答に困ることを言われたが、とりあえずお礼を言っておく。


「マグリート様。何の御用でしょうか?」

「うわ、冷たいね。本当。心の狭い男はだめだよ。ほら、君たち、陛下に挨拶してないだろ。シガルは陛下の叔父といっても、一介の近衛兵だから、しっかりしないとね。しかもコダマちゃん、めちゃくちゃ目立ってるし」

「え?そうですか」

「目立ってる。目立ってる。まあ。みんな見ているところが一緒だけどね」

「マグリート様」


 聞こえるように咳払いをした後、シガルは彼を睨み付けた。


「はいはい。じゃあ、またね」


 マグリートがひらひらと手を振った後、シガルは李花の手をとった。


「挨拶に行こうか」

「はい」


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