51 王様の世話係
(暖かい)
李花はそう思って、目を覚ました。
最初に目に入った天井は石造りで、帰ってきたのだと安堵する。
「リカ」
「シガルさん!」
体を起こすよりも先に李花はシガルに抱きしめられた。身じろぎできないほど、背中に回された腕に力が篭っている。
「帰ってこないかと思っていた」
彼は顔を彼女の肩と枕で隠し、掠れた声で囁く。不安が凝縮された言葉に李花は胸を抉られた。
「信じていなかったんですね」
「そうじゃない。ただ不安だったんだ」
顔を隠したままつぶやくシガル。小刻みに震えているようだった。
「ごめんなさい。不安にさせて。我侭を聞いてくれてありがとうございます」
一度戻りたいという願いを聞き届け、半強制的に送り返してくれた。シガルがそうしなければ彼女は日本に戻り幹夫と竜太、そして泰貴に別れを言うこともできなかった。
「そんなこと、本当に戻ってきてくれてありがとう。俺は、あなたを一生大事にする。けして泣かしたりしないから」
急に体から圧迫感が消え、シガルが体を起こしたのがわかる。
彼の顔は李花の鼻先にあり、その青い瞳に静かな炎が宿っていた。
「リカ……」
「シガルさん」
彼が彼女の頬を両手で包む。
「コダマちゃん!」
勢いよく扉を開ける音と明るい声。
「あれ、お邪魔だった?」
わざとしか思えない間で登場したのは、「邪魔をする」宣言したマグリートで、彼の背後には申し訳なさそうな顔を作っているサギナが控える。
「陛下がお待ちだよ。コダマちゃん、知ってる?このシガルは、陛下に内緒で王宮の池を使ったんだ。一度ならず二度も陛下を騙すのは重罪だよね」
「え?」
すっかりいいところを邪魔され、体を起こしていた李花は驚いてシガルを見る。
(そうだよね。唐突だったから。でも重罪って?)
「罰としては結婚式の延期。あとはコダマちゃんには一ヶ月、陛下のお世話係りをしてもらうことになってるから」
「え?あの、」
(それが重罪?別にいいけど)
李花はそう思っていたが、シガルは険しい顔をしていた。
メリルに身支度を整えてもらい、李花はシガルと共にキリアンのいる王室へ向かう。
「シガルさん、大丈夫ですか?」
「ああ。この程度で済んでよかったと俺も理解している。だが、」
シガルは彼女を見下ろし、大きな溜息をついた。
「ど、どうしたんですか?何か粗相が?」
「いや、何も。リカ。俺があなたのドレスを用意する。それを身に着けて陛下の世話係りをしてくれないか?」
「え、いいですよ。でもどうして?」
(わざわざ用意しなくても、マグリートさんが作ってくれたドレスもあるのに)
今身につけているドレスもマグリートの仕立てで、見事に胸が強調されたつくりになっていた。
「……お願いだ。あまり深く聞かないでくれ」
苦しげにそう答えられ、李花はそれ以上突っ込むことができなかった。
王室に辿り着くと、近衛兵が合図をして、扉が開けられる。
キリアンは一番奥の王座に掛けたまま笑顔で出迎え、隣にはサイラルが控えていた。
室内にはマグリートもおり、自分の見立てたドレスを着た李花に熱い視線を送っている。それを遮り彼女を隠すように、シガルは膝をおり、キリアンへ臣下の礼を取る。
李花もあわててそれに習い、メリルの教えを思い出しながら腰を落とし、頭を伏せた。
「リカ。よく戻ってきたな。まったく、叔父上には困ったものだな。勝手に王宮の池を使い、リカを戻すなど」
叔父上という言葉を強調して、キリアンは不平を漏らす。
「……申し訳ありません」
「まあ。叔父上だから、ささやかな罰で許してやるつもりだ。先日言い渡したように、シガル・ボットとリカの婚姻は延期、リカは一ヶ月間、余の世話係りとして仕えてもらう」
「……かしこまりました」
「はい」
(なんで、そんなに辛そうなんだろう。たかが一ヶ月なのに。私が粗相をするからかな。世話係りってどんなこと?でも食事を持って来たりだよね。掃除用のメイドさんは別のはずだし)
シガルの心配は別のことであり、自分の肉体的魅力に無頓着な李花は気がつくことはなかった。
こうして慌しく、新しい生活が始まった。
部屋はサイラルの親戚として用意されたものをそのまま使い、キリアンの元へ通う。ドレスは襟ぐりが浅く、胸の谷間がまったく見えない形で、丈の長いもの。体の線が出ない、野暮ったいデザインであったが、シガルが用意したものなので、身に着けた。
マグリートには会うたびに不満を言われたが、苦笑するしかなかった。
世話係といっても、ほとんどのことはメイドがしてしまうため、話し相手になることが主な仕事だった。
三食美味しい食事をいただき、お茶も一緒にするため、李花はこれが罰でいいのかと首をひねるばかりだった。
しかし、シガルにとっては地獄で、同じ敷地内にいるにも関わらず二人きりになる時間はなかった。
「先代の王たちの墓?」
「はい」
ある日、李花は勇気を出してキリアンに聞いてみた。
シズコの墓を訪れた際に考えていたことだった。
(私が祈ったところで、意味はないかもしれないけどシズコさんの想いを届けることができるかもしれないから)
シズコは九代目のライベルとその息子十代目のカリダを愛していたに違いなかった。だから、村人に話してしまった。それが結果として彼女の命を奪うことになったのだが。
「シズコか。いいだろう。明日にでも案内しよう」
翌日キリアンは約束どおり、先代の王たちが眠る墓地へ李花を連れて行った。一代目からキリアンの父の十三代目までが眠る墓地は、王宮の森の外れの平地にあった。花々が咲き乱れる庭園の中、墓石が並んでいる。
「ここです」
サイラルが案内を務め、キリアンと李花はその後に続く。
メリル指導の下、文字の勉強を続けていたため、墓石に刻まれていた言葉は理解できるようになっていた。
――勇敢で偉大な王ここに眠る
他国からの侵略を押し返し、国内に改革をもたらした九代目ライベル王の墓石には短くそう彫られていた。
――聡明で慈愛の王ここに眠る
十代目のカリダの評価は高くない。先代が偉大すぎて掠れてしまっている。しかし、その人柄は人々に愛されており、墓石にも色濃くそれが表れていた。
李花は目を閉じ、シズコの墓標を思う。
寂しげに作られた墓。
魂があれば、どうか再会しているようにと願った。
キリアンは少し離れ、新しい墓石の近くに立っている。
それは十三代目で、彼は目を閉じ、祈りをささげていた。
「あの、えっと、タエさんのお墓ってあるんですか?」
王族の墓地を出て、王宮の森を散策することになった。
緑の匂いを芳しく思いながら、足を進めていると彼女のことがよぎった。
サイラルの顔色が変わり、まだ彼の傷は癒えていないと思い知る。
「タエの墓は、池の近くだ」
短く答えたのはキリアンで、李花は見舞っていいか聞くことを躊躇した。
「……髪は無事に埋葬できましたか?」
そんな彼女にサイラルは尋ねる。
「はい。あの、タエさんのご両親と弟さんのお墓と、シズコさんのお墓に半分ずつ」
「そうですか。きっと、彼女も満足したでしょう」
サイラルはそう言って黙ってしまい、キリアンを探しにきた近衛兵のこともあり、そのまま李花達は王宮に戻った。




