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50 最後の異世界トリップ

(あー。やっぱり内風呂がよかったな)


 露天風呂につかりながら、李花は痛いほどの視線を感じていた。

 もちろん女性からだけだが、乳白色に浮かぶ彼女の豊満な胸に目線が痛いほど突き刺さる。


(そんなに見なくてもいいのにな)


 女性にとっては羨ましい、男性にとってはそそられる巨乳なのだが、本人には邪魔でしかなく、結局李花はお風呂を楽しむことなく、浴室を後にした。

 浴衣を着て人前で歩くのは好きではないので、持参してきたTシャツと薄めの生地のズボンを着て、廊下を歩く。

 庭に面した廊下から空を仰ぐと三日月よりも細い、弓のような月が浮かんでいた。




「李花、決意は変わらないか?」


 翌日、親子三人と他人一人の一行は、安寧湖で提供されているボート遊びに挑む。

動物型のペダルボートで乗るのは、通常は子供が小さい親子か、カップルなのだが、幹夫の手漕ぎだと疲れるという理由で、幹夫と李花、泰貴と竜太に分かれて乗ることになった。


「李花、決意は変わらないか?」


 漕ぎ出してから五分ほどして、幹夫は口を開く。

 アヤーテ王国に戻ることを反対したことがなかった父親に改めてそう聞かれ、李花は少し動揺した。

 しかし、頷くと頭を下げた。


「はい。ごめんなさい」

「謝る必要はない。お前が幸せなのが一番だからな」

「ありがとう」


 涙で視界が滲む。

 頭を下げたまま、李花はハンカチで涙を拭う。


「頭を上げて、泣くんじゃない。私も泣いてしまうだろう」


 幹夫は苦笑交じりにそう言うと、優しく李花の頭を撫でた。


 そうして、午前中はボート遊び、午後からは釣りと湖の遊びを楽しみ、四人は日暮れまで湖の畔にいた。

 部屋に戻り、日が湖に沈んでいくのを眺めていると隣に竜太がやってきた。


「姉ちゃん。長井さんのことは心配しないで。今日、好みをばっちり聞いたから、誰か探してみる」

「え?あんた、中学生でしょ?」

「長井さんが若い方がいいっていうからちょうどいいよね」

「いや、まだ中学生。犯罪でしょ!」

「つばつけるだけって言ってたよ」

「だから、」


(もう。なんて話してるの。あの人は!)


 怒りながら、それでも少し元気になったみたいで少し安心する。

 泰貴はやはりいつもと調子がおかしく、しかし何も言えない李花は彼と距離を置いていた。


「ねえ。姉ちゃん。あともうちょっとで帰るでしょ。最後に長井さんときちんと話したら?俺と父さんは十分だからさ」

「……うん」


 頷いたものの、李花は行動に移せず、夕食時間になる。

 そして三日月が頭上に輝き始めた。



「姉ちゃん!」


 濡れても体型がわからない服を着て、浴衣姿の三人と湖の遊歩道を歩く。そこで、竜太は不意に李花の背中を思いっきり押し出した。


「竜太!」


 後ろを向いて文句を言うと、竜太は少し怒った顔をして、先を歩く泰貴を指差す。


(泰貴さん、か。このままじゃ確かに失礼だ。すごく大切にしてもらって、元気付けてもらった。だから私もちゃんと言わなきゃ)


「泰貴さん!」


 小走りに彼に近づき、声をかけた。

 泰貴は無言で振り返る。


「あの、今まで本当にありがとうございました。こんな私を好きになってくれてありがとうございます」


 何の捻りもない言葉しか出てこず、李花は自分自身にがっかりした。

 しかしそれは偽りのない言葉で、他に言葉を捜してみるが見つからなかった。


「ほーんと、可能性ゼロなんだな」


 一瞬驚いた顔をした後、泰貴は笑顔を浮かべる。


「はっきり振ってくれてありがとう。俺もちゃんと諦めるよ」


 そういったはずなのに、彼は手を伸ばすと思いっきり李花を抱きしめた。


(え、何? 言葉と逆?)


 必死に彼の腕から抜け出し、彼女は文句を言おうと構える。


「最後。最後の思い出だ。ありがとう」


 素晴らしく美しい笑顔でお礼を言われ、李花は観念するしかなく、身構えた腕を下ろした。


「そろそろ湖の側に行ったほうがいいぞ。幹夫さんと竜太を呼ぼう」


 時間は午後八時過ぎだった。

 前回の時間を考えると妥当な時間で、李花は幹夫達と共に湖の柵を越え、水際に近づく。


「月だ。満月が映っている」


 真っ暗な水面に黄金に輝く満月が映し出されていた。

 竜太が興奮ぎみに声をあげ、幹夫は少し寂しげに娘を眺める。


「幸せになりなさい」

「はい」


 父の言葉に頷く。


「姉ちゃん。今までありがとう」

「うん。私こそ。竜太は最高の弟だからね」


 弟の笑顔に瞼が熱くなる。


「……じゃあな」

「はい」


 愛情深く、優しい元上司の別れの挨拶は短く、李花は泣きながら頷いた。


「行ってきます。さようなら」


 もう戻ってこないと決めている李花は、そう言うと湖に足を浸した。

 


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