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49 川安村に再び

 それから泰貴が古玉家を訪れることはなかった。

 幹夫と竜太は寂しく感じているはずだったのだが、李花にその素振りを見せることはなく、また数日が過ぎる。



 李花は異世界に戻ることを決めてから、三日に一度は墓参りにきていた。

 母親が眠るお墓は、自宅から徒歩で三十分ほどで、バスで行くことが普通だが、李花は歩いて通っていた。

 今日は幹夫と竜太も共に来て、花を添え、線香を上げる。


恵李えり


 幹夫が妻の名を呼び、目を閉じた。

 そのまま動かず、祈るようにしていたので、李花と竜太はお墓を少し離れる。


 そうして近くの寺まで歩いてきたら、見覚えのある顔に出くわした。


「泰貴さん……」

「長井さん!」


 竜太は嬉しそうに彼のところへ小走りで近づく。


(兄のように思っているのかな)


 弟が泰貴を慕っている事実が、李花の決意を揺るがそうとした。

 それに負けないように彼女は目を閉じる。

 考えるのは彼のこと。


(シガルさん)


「李花。いいところに!お前も見舞ってくれ」

「え?」

「タエさんの遺髪の半分を供養してもらうんだ」


 泰貴は気まずい李花とは異なり、普通に話かけてきた。

 そしてタエの遺髪の行方について説明した。


 安寧湖で李花と別れた翌日から、泰貴は現地に残り川安村について調べた。そして「鬼」の話から、シズコとその母親の墓を探り当てた。鬼のことで、村人が近づかなくなった大樹に二人の墓はあった。

 木の札に二人の名前が刻まれており、泰貴はそこにタエの髪の半分を埋めた。残りは永代供養されているタエの両親と弟夫婦つまり泰貴の曾祖父母のお寺で供養してもらうことで話をまとめていた。


「そういえば、お前の家とシズコさんの繋がりを調べたけど、シズコさんの曽祖父まで遡ってもわからなかった」

「そんなことも調べていたんですか?」

「気になるだろう?」


(うーん。あまり)


 興味なさげの李花に泰貴は脱力する。

 竜太に父と一緒に先に帰ってもらうようにして、彼女は泰貴とともにタエの遺髪の供養に同席する。

 一時間程度で終わったが、責任を感じて李花は寺を出るまで彼の側についていた。


「じゃあな。今日はありがとう。安寧湖に行くときは連絡しろよ」


 寺の門を潜り、泰貴は笑顔で別れを告げる。

 その様子に李花は安堵して、笑顔を返した。彼は終始普通で、可笑しな誘いをかけることもなく、彼女はすっかり安心していた。

 なので帰り際の笑顔も素直なものだった。


「……どうしようもないのにな」


 数歩歩き、振り向くこともない彼女を見て泰貴がつぶやいた言葉は届くことはなかった。




「姉ちゃん、タエさんって長井さんの曾お爺さんのお姉さんだっけ?」

「うん」


 家に戻り夕食の準備をしていると、先に帰っていた竜太が台所に現れた。冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出し、グラスに注ぐ。

 姉にもそれを渡しながら、自分の分を勢いよく飲み干した。


「その人の供養だったの?」

「うん。まあね」


 半分だけの遺髪。

 残り半分は川安村のシズコたちの墓に眠る。


(そうだ。墓参りしようか。私が行っても喜ばないと思うけど、あの国へ戻る前に行っていたほうがいいかもしれない)


 キリアンより五代前のライベル王の最初の后で、十代目王カリダの実母。

 戦いの女神と歌われた勇敢な女性。


(泰貴さんもすっかり普通だったし、案内してもらっても大丈夫だよね)


「竜太。ごめん。安寧湖に行くの、一日早まらせる」

「え?」

「竜太達は後から来たっていいから。大丈夫。アヤーテ王国に行くのは十三日で変更ないから」

「そんなの。俺だって一緒にいく。父さんだってそうだと思うよ」

「でも会社が」

「姉ちゃんの見送りだもん。最後だから。絶対に一緒に行く。父さん!」


 李花の返事を待たずに竜太は居間で新聞を読んでいる父の元へ向かう。


(学校は休みだとしていいけど、会社があるのに。でもシズコさんの墓参りは行ったほうがいいと思うから)


 彼女はそう決めると、ガスコンロの火を止め、泰貴に電話した。すぐに電話に出た彼から色よい返事をもらい、古玉家一行は二日後に再び安寧湖に行くことになった。



 安寧湖付近、しかも川安村の徒歩圏にある旅館は、湖水館しかなかった。

 しかし、今回は三人部屋でお風呂は別にしたため、かなり宿代が節約できた。料理も部屋で食べるものではなく、旅館内の食堂ですませる。

 竜太がその方法で旅館を予約するのを見ながら、李花はいかに前回贅沢したか、思い知った。


(でもそれはそれ。これはこれ)


 そう思うことで自分の罪悪感を消そうとしたが、なかなか難しかった。


 朝一の電車に乗り込むため、午前五時に駅で泰貴と待ち合わせて湖水駅を目指す。

 家族三人と他人一人の旅。


 前回の贅沢を思い出しながら、李花は一人元気なく窓の外を見ていた。男三人はトランプを持ち出し、ポーカーやババ抜きを楽しんでいる。しかし駅弁はしっかり平らげ、眠気を戦っているうちに、湖水駅に辿り着いた。


 旅館から出迎えた車に乗り込み、山道を揺られ数分、旅館の全貌が見えてくる。前回同様圧倒されながら玄関に入ると、女将と二人の仲居が笑顔で迎えてくれた。

 泰貴はイケメンぶりを発揮し、女将たちの心をまたしても虜にしていた。それを見て、竜太は「イケメンになりたい」とぼやき、幹夫は「若いことはいいことだ」とずれたことを言い、李花は苦笑するしかなかった。

 荷物を部屋に置き、一行はすぐに川安村に向かう。

 幹夫が日ごろの運動不足を発揮し、結局竜太と共に旅館に戻ることになった。泰貴が帰ることを提案したが、李花は村に行くことを主張し、結局二人で村へ向かう。


「えっと怒ってますか?」

「別に」


 隣を歩く泰貴は彼らしくなく、無言で足を進めていた。


(なんか変。行きたくなかったのかな。でも明日は帰る日だから、今日行ったほうがいい)


 李花は彼の様子を気にしないようにして、同じように口を閉じたまま歩く。

 そうして、重苦しい雰囲気のまま村に到着した。


「こっちだ」


 自然とタエの生家に足を向けた李花の腕を引き、森のほうへ方向転換させる。それは少し乱暴で、すぐに手を離すと再び歩き出した。


「泰貴さん、やっぱり怒ってますよね?実は私と来たくありませんでした?」


 彼の進行方向を遮って、李花は強引に尋ねる。


「ああ。墓参りしたら戻るぞ」

「……はい」


 短く答えられ、彼女は頷くことしかできなかった。


(なんでだろう。だったら、最初からいってくれればよかったのに)


 不満をぶつけたいが、それを堪えて彼の後に続く。

 そして、目的地に辿り着いた。


 五メートルほどの高さで横広がりの広葉樹が、深緑の葉を携え、空に向かって木の枝を伸ばしている。枝からは何重もの茶色のつたが垂れ下がっていた。


「……いかにも鬼の木ですね」

「まあな。墓はこっちだ」


 蔦の下を潜り、泰貴は李花を手まねして呼ぶ。そこに小さな木の札が立てられていた。


「タエさんの名を書こうかとも思ったけど、それはやめた」


 彼はそう言いながらリュックサックからライターと線香を取り出し、李花は慌てて手に携えてきた花を木の札の側に添える。


「シズコさんとお母さんのお墓。誰が立ててくれたんでしょうか」

「タエさん、だったりな」


 シズコとタエは同じ年齢で、従姉妹であり隣同士。貧しい生活の中、共に支えあって暮らしていたことが想像できた。泰貴は二人が親友に近い間柄だったのではないかと、李花に話す。




「さあ、戻るか」


 森から離れた平地で、早朝に購入したサンドイッチを食べ、ペットボトルのお茶を飲む。

 曇り時々晴れ。

 天気予報通りで、風は優しく二人を凪いでいく。

 相変わらず言葉少ない泰貴に対して、李花はどう対応していいかわからず、ただ口を閉じるしかなかった。


 行きと同じく黙々と帰り道を歩いていると、不意に泰貴が声を上げた。


「……あー、やっぱりだめだな」

「え?」


 驚いて李花は足を止め、彼の顔を仰ぐ。

 眉を寄せ、唇を噛み、泰貴は真摯な瞳を向けていた。


「二人でいると、色々ちょっかい出したくなる。だから二人きりは嫌だったんだ。お前の気持ちもわかってるし、駄目ってことも理解している。でも気持ちが追いつかない。子供でもないのにな」

「泰貴さん……」


 彼の気持ちが痛いほど李花に伝わる。

 でも彼女はそれに答えられなかった。


(なんて嫌な女。でも私は、私の気持ちを誤魔化せない。流されたら終わりだ。多分、今はいいけど、きっと泰貴さんをもっと傷つける。そして、私はシガルさんをずっと忘れられなくて、自分が許せなくなる)


「そんな目で見るな。……時がくれば、多分忘れられる」


 泰貴は吐息と共にそう言うと、李花に背を向け再び歩き出す。


(……何も言えない。何もできない)


 彼女は唇を噛むとその後姿を追った。



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