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48 古玉家の秘密

「私から補足説明をします。お二人とも、信じられないと思いますが、少し聞いていただけますか?」


 自己満足に浸っている李花の横で、泰貴は冷静に二人に話しかけた。

 

「君も、関わっているのか?」

「はい」


 しっかりと頷いた彼に、幹夫は少しだけ落ち着きを取り戻す。


「話は今から百年前にさかのぼります」


 そうして泰貴は彼の曽祖父の姉達の話を始めた。



 ★


「……本当の話だったんだな」


 泰貴の話を聞き終わり、幹夫が最初に口にした言葉がそれだった。


「信じてくれる?」

「うん、ああ。私もそんな夢のような話があるなんて、今まで信じたことはなかったが、これでわかった」

「お父さん?」


 何やら目を輝かせ始めた幹夫に李花は心配になってくる。それは竜太も同様で、彼自身、まだ異世界トリップの話を信じていなかったので、父親の様子に気でも触れたかとそういう意味で不安になった。


「実はな。わが家にも言い伝えがあるんだ。私は信じたことがなかったが、これで信じる気になった」

「お、お父さん?!」


(言い伝え?そんなものが?)


「わが家、古玉家の先祖は異世界から来たと伝えられている」

「え?」

「はあ?」


 李花と竜太だけでなく、クールに決めていた泰貴も顔を歪めて驚きを表した。


(えっと、つまり元々はアヤーテ王国の人だったこと?)


「お父さん。なんかぶっとんだ話だけど。大丈夫?」


 竜太は急に心配になり父親の両肩に手を置き、顔を覗き込む。


「竜太。大丈夫だ。この話はずっと前から伝えられてきたが、私は馬鹿らしいと思ってお前たちに話したことがなかったんだ。だって、ありえない話だと思うじゃないか」

「確かに、ファンタジーというかSFぽい。でもどういうことなの?俺たちの先祖が異世界人?」

「なんでも二百年前に私たちの先祖は日本にやってきたらしい。ちょっと待ってろ」


 少し興奮ぎみの幹夫は三人にそう言うと席を立ち、自室に向かう。


「なんか。お前ってアヤーテ人だったのか」

「はあ。そうみたいですね」

「意味がわからない」


 居間に残された三人は大きな溜息をつきながら、それぞれ言葉を漏らす。

 しばらくして幹夫が戻ってきたが、その手には小さな箱が握られていた。


「これが何でも異世界人である証拠とか」

 

 そう言って幹夫が箱の蓋を開き、中身を取り出す。現れたものは古く汚れたハンカチで、ボット家の紋章が刺繍されていた。


「シガルさんの家の紋章……」

「え?となるとやっぱり、お前の先祖はボットとつながっていたのか」

「シガルさん?ボット?」

「姉ちゃん、長井さん。俺たちにわかるように説明して」


 竜太から請われ、李花が説明しようとしたのを遮って、泰貴が話を始めた。彼が話したほうが正解で、不信感たっぷりだった竜太も最後にはこのファンタジーな話を信じるようになっていた。


「それで、今度行ったら姉ちゃんは戻ってこないんだ」

「うん」

 

 弱々しく弟に確認されたが、李花は頷く。


「俺は反対だ。絶対に!」


 我侭など言ったことがなく、母が亡くなった時も静かだった竜太が声を荒げた。


「長井さん。長井さんも止めてよ!だって、長井さんが本当は姉ちゃんと結婚するつもりだったんだろ?」

「竜太」


 何も答えない泰貴、泣きそうになっている李花に変わり幹夫が声を掛けた。


「これは運命だ。しかもあの流されやすい李花が決めたんだ。素直に送り出そうじゃないか」

「お父さん!なんでそんなに。運命って。関係ないじゃん」


 竜太は肩に置かれた幹夫の手を振り切ると、居間から飛び出す。李花は躊躇なくすぐに彼を追いかけた。


「竜太!」


 サンダルを履き、玄関を出た彼女は小さい頃から遊び場として慣れ親しんだ公園に来た。そこで弟の姿を発見し安堵する。ベンチで座っていた彼の横を確保して、弟に向き合った。

 夕暮れ時で、子供達はそれぞれ親と一緒に家に戻り始めていた。普段はにぎやかな公園に静けさが訪れている。


「姉ちゃん……」

「ごめんね。お母さんも亡くなって、三人だけになったのに。でも、私、気持ちは捨てられない」

「……長井さんではだめなの?あの人、かっこいいし、姉ちゃんのことすごく好きだよ!」

「わかってる。でも泰貴さんじゃないの。私が好きなのは」

「好きって。そんな一時的感情で、遠いところ、しかも戻って来れないところに行くなんて」

「うん。かなりリスクがあるよね。でも意外に面白いところだよ。もし、もしも結婚がうまくいかなくてなっても頑張れる自信はあるし」

「何。姉ちゃん。もうそんな心配してるの?じゃあ、行くのやめなよ!」

「竜太。誤解しないで。心配してるわけじゃなくて、もしもの話だから」

「もしもの話って。そのシガルって男はどんな男?かっこいいの?だから好きになった?」

「かっこいいよ。でもそれだけじゃない。彼には嫌なところばっかり見られてるし、今さら何を見られても大丈夫なくらい安心できる人。それにすごく可愛いい」

「何それ。可愛い男って」

「うん。おかしい?」


 竜太に問われ、李花はシガルのことを改めて考えた。

 彼に対する愛しさが込み上げてきて、やはり好きだ、愛していることを自覚する。


「あーあ。すごい綺麗な顔してる。それじゃ、もう諦めるしかない。長井さんといてもそんな顔したことなかったもん」

「え、そう?」


 竜太に言われて自分の顔を触ってみる。しかし、本人にはまったくわからなかった。


「姉ちゃん。わかったよ。俺、応援する」


 彼はベンチから立ち上がり、空を仰ぐ。

 

「ありがとう」


 背丈は自分より少し高いくらいで、もう小さい弟ではないのだが、李花は急に懐かしさが込み上げてきた。そして、年甲斐もなく弟に抱きつく。


「姉ちゃん!」


 姉とはいえ、異性の豊かな胸が背中に当たり、どうにも微妙な気持ちになった。

 その上、公園にはまだ人もいたものだから、冷やかされることにもなり、二人は逃げるように後にした。


 

 ★


 親子、家族三人でいられるのも後十五日と、幹夫も竜太もできるだけ家にいるようにしていた。李花の作る食事を取り、一緒にテレビを見たり、将棋をしたりと夜を過ごす。


 時折、泰貴も訪れ、彼女に戯言を言う。

 誤解されかねないこともあり、李花はある日泰貴を送るといい、二人の時間を作った。


「泰貴さん。もうあきらめてください」


 自意識過剰であることは自覚していた。

 しかし、誘いをかける彼を見る父親の視線も痛かったし、彼にとっても時間の無駄だと思った。


「私はあと八日で日本を去ります。だから、泰貴さんは私のことなど気にせず、もっとふさわしい人を探してください」


 ふさわしい、自分で言いながらその言葉に少しだけ胸が痛くなった。

 シガルの妻として「ふさわしい」とは自分では思っていなかったからだ。しかし、好きな気持ちは忘れられない。ふさわしくなくても側にいるつもりだった。


「ふさわしいか。そんなの関係ないのにな」


 駅へと足を進めながら、泰貴は自嘲する。


「我ながら、馬鹿だと思う。だが、後悔するよりはましだろ?全力を出すといったはずだ」

「え?ちょっと」


 急に腕を掴まれ、抱きしめられた。

 

「日本に残れ。行くな。そのほうがお前のためだ」

 

 甘く切ない声は李花の理性を崩そうとする。

 彼の心臓の音が自分のものかと思うくらい、近くで聞こえた。


「いやです。離してください!」


 力いっぱい抵抗するが、彼は離さない。


「行かないと言え。そしたら離してやる」

「……離してください」


(そんなこと絶対に言えない。シガルさんが私の帰りを待っている)


 彼の子供っぽい顔、笑顔が李花の心を埋め尽くす。


「お願いします。離してください」


 懇願が涙まじりになり、泰貴は大きな溜息とともに彼女を解放した。


「……降参だ。だけど、ひとつだけいいか?」

「何ですか?」

「見送りはさせてくれ。そこではっきり俺も気持ちに決着をつける。邪魔はしないから」

「……わかりました。七日後、安寧湖にいくつもりなので、また連絡します」

「ああ、ありがとう。……送らなくていいから。気をつけて帰れよ」

 

 李花には彼の表情が見えなかった。

 泰貴はすぐに背を向けると駅へ歩き出す。


(わからない。でも私は泰貴さんを選べない。それが本当は正しい選択だったとしても、シガルさんが私を待ってくれてる)


 送り出すときに「愛している」と囁かれた言葉はまだ耳の奥で燻っていた。



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