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47 再び日本へ

 目覚めると天井には和風の電灯がぶら下がっている。


「起きたか?」


 そう声がして、視界に入ったのは泰貴だった。

 相変わらずのイケメン振りは健全で、少しだけ伸びた前髪は休日用のためセットされておらず、涼やかな瞳にかかり、色気を増していた。


(負けない!)


 圧倒されそうな雰囲気に押されないように気合をいれ、李花は体を起こした。


「えっと、ただいまです」

「おかえり」


 泰貴は、にこりと笑う。

 寝ている場所が和室で、浴衣を着ていることがわかり、思わず彼を睨んでしまった。


「誤解するなよ。何もしていない。着替えは仲居さんにしてもらったからな」

「あ、すみません。ありがとうございます」


 彼に対して必要以上に警戒したことを反省し、李花は素直に詫びと礼をする。


「あの、湖で助けてもらったんですよね」

「ああ。俺がいてよかったな。いなかったら溺死だぞ」

「そうなんですか?本当ありがとうございます!」


(これで死んだら本当、シガルさんに顔向けできない)


「それで、どうなんだ?」


 泰貴は覗き込むように彼女の傍に近づき、李花は反射的に体を背けた。


「あの、私。シガルさんと結婚することになりました!」


 突然結婚宣言に、彼は目を丸くした後、笑い出す。


「そうきたか!結婚か。おめでとう。だが、あと十六日あるな。俺にもまだチャンスはある」

「え?何言ってるんですか、ありませんよ」


(何、言っているの。この人!大体なんで、私みたいなのを好きなの?泰貴さんはこんなにカッコいいのに)


 至近距離にいるイケメンを改めて観察し、その美しい雰囲気に圧倒されそうになる。そんな彼女に気づき、泰貴は皮肉げに唇の端をあげた。


「どうかな。行く前も少しは可能性があった。今も、少しはあるだろ?」

「ありませんよ!」

「そうかな。これは最後の試練な。俺に惑わされるようなら、結婚なんてやめちまえ。今度帰ったらもう二度と戻ってこれないんだろ?それなら、俺は最後まであがいてやる」

「ちょっと、泰貴さん。何、言ってるんですか!」


(何か。おかしな台詞が聞こえたけど。いやいや、もう私はシガルさんのものなんだから!)


「まだ未婚。その調子じゃ、まだ体は、だろ?楽しみだな。全力行くからな」

「泰貴さん。本当、やめてください!」

「自信がない?そんな気持ちじゃ、日本に残るんだな。幹夫さんと竜太に説明するんだろ。半端な気持ちじゃ説得できないと思うぞ。まずは信じるかどうかも不明だしな」

「自信はあります!ふん。かかってきてください。私、負けませんから!」


(そう、私はシガルさんと一生を生きると決めたから。泰貴さんの誘いなんて絶対に乗らない!)


「はは。楽しみだな。李花」

 

 不意打ちに耳元に息を吹きかけられ、彼女は頬を赤らめた。


「あと十六日、だな」


 上気した耳と頬を押さえる李花に悪魔は微笑んだ。


 ★


 帰ってきてそうそう、泰貴は傍迷惑なことを宣言したが、落ち着くと李花不在の十六日間のことを説明した。


「えっと、父には旅行と。携帯がまた壊れたということで」

「ああ。俺と二人の旅行ね」


 片目を瞑られ、彼女は脱力する。

 さらなる誤解が生まれているのは明らかで、それから解く必要があると思えば気が重かった。


「そうしないと、警察とか面倒なことになるだろ。一度はいいが、二度は無断旅行でした、で通用しないからな」

 

 補足説明され、李花は頷くしかなかった。


「とりあえず家に帰るのだが先だな。でも本当に説明する気なのか?異世界トリップのこと」

「はい。だって、嘘はつきたくないし。もう多分戻って来れないから。海外なんて言えないですから」


 王宮の池は一ヵ月後、ちょうど李花達の結婚式のころには取り壊される予定だった。彼女が無事にアヤーテ王国へ戻ってきたことから、その血で日本から女性を呼び出せるのは、キリアン、シガル、サイラルの三人であることが裏づけられた。

 三人の子孫で、また日本から誰かを呼び出そうと考えるものが出てくる可能性もあった。だから、キリアンの代で王宮の池を完全に破壊するつもりだった。


「そうか。まあ、頑張れよ」


 泰貴はそう言い、李花の肩を叩いた。


 ★


「李花!」

「姉ちゃん!」

 

 最寄の駅から電話をかけ、それから李花は家に戻った。自分がいたほうが説明しやすいだろうと、泰貴も一緒にいる。

 玄関先で出迎えたのは父親の幹夫と弟の竜太だ。


「長井くんから連絡があったが、まったく電話もしてこないで心配したぞ」

「ごめんなさい」

「申し訳ありません」


 謝る李花の隣で、泰貴も深々と頭を下げた。

 その姿に胸が痛くなったが、彼女は唇を噛み、気持ちを切り替える。


「お父さん。ちょっと話があるの。竜太もいい?」


 隣の泰貴は、今すぐにその話を切り出すとは予想しておらず、怪訝な顔をする。

 幹夫と竜太は泰貴関連の話かと思い、驚いた様子は見せなかった。


(信じないと思うけど。話すしかない。今、話したほうがいい)


 泰貴との関係は二度の旅行で完全に誤解されており、誤解を解くのが長引けば余計な期待を持たせてしまう。

 戻ると決めているが、正直気持ちが揺らぐのが怖くて、李花は早く父親と弟に事実を告げたかった。


 荷物を玄関に置いたまま、李花と泰貴は家に上がる。

 

(頑張るから。シガルさん!)


 幹夫の小さく見える背中に視線を向けながら、彼女は心の中で愛しい人の名前を呼んだ。




「長井さんはコーヒーとお茶。どっちがいいですか?」

「お茶で」

「姉ちゃんもお茶でいい?」

「うん。ありがとう」


 気がつく弟は台所にすぐに走っていき、お茶の準備を始める。李花は父の向かいに座り、その隣には泰貴が腰を下ろした。

 状況からどうみても彼との結婚を父親に報告するようで、幹夫のほうもそう思っているに違いなかったが、李花は誤解だと口を開いた。


「お父さん。私、泰貴さんとは別の人と結婚するつもりです」

「え?」


 娘の突然の告白に、幹夫は唖然として思わず泰貴の顔を見てしまう。彼が驚いていないことに安心しながら、娘の顔に視線を戻した。


「どういうことなんだ?李花。お前は長井くんと付き合ってるんだろ?」

「いいえ。私は彼とは付き合っていません」

「本当なのかね。長井くん?」


 納得がいかないと幹夫は泰貴のほうへ尋ねた。


「はい」


 はっきりと答えられ、幹夫は動揺する。


「でも、君は、」

「私は彼女が好きです。でも彼女は別の人が好きなのです」

「え、はあ?」

「それ何?本当なの。姉ちゃん!」


 湯飲みをこぼす勢いで、持ってきたお盆をテーブルの上に置き、竜太も会話に加わる。


「ごめんなさい。私、別に好きな人がいます。その人と結婚したいと思ってるの」

「でも、お前は長井くんと旅行に行ったんだろう?」

「うん。でも、正確には違ってて……。私、別の世界に行ってました」

「別の世界?」

「お、姉ちゃん?!」


 気が触れたと思ったのか、竜太の声が上ずっており、幹夫は目を剥いて李花を凝視していた。


「私、別の世界、アヤーテ王国に行ってました。そこのシガルさんと結婚するつもりです」


(言った!わたし。ちゃんと言った!)


 そう思っているのは彼女だけで、隣の泰貴は目を閉じて首を左右に振り、向かいの二人はファンタジー発言を始めた李花にどう対処していいかわからず、狼狽していた。


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