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33 最後の夜

 背の低い木々は綺麗に剪定され、中庭を整然に保つ。

 人影は見当たらず、静まり返っていた。

 庭に松明などの照明はなく、明かりは空に浮かぶ限りなく満月に近い月と、廊下から少し漏れる松明の光だけだった。


 シガルは横に並ぶことはなく、前をゆっくりと進んでいた。

 李花は歩調を速め、その隣に強引に並ぶ。一瞬、彼の体が強張った気がしたが、「彼女」は見ないふりをした。


(今日で最後だから。少しくらい)


 そっと彼の顔を窺うが表情が暗くてわからなかった。


「ボットさん。本当にありがとうございました。おかげで助かりました」


 シガルには恥ずかしいところばかりを見られており、下の世話もしてもらった。

 

(だから余計に安心したのかな。彼に隠してもしょうがないって。係長にも泣き顔とか見られているけど、気持ちが違う。だから、私は戸惑ってしまうんだ。責任とって結婚まで言われているけど)


「リカ。俺こそ、ありがとう。正直言って最初は姉に似たおかしな人だと思っていた。でも、違った。楽しかった」


 彼は立ち止まり、李花を見ていた。青い瞳は薄明りで、いつもの輝きはなかったが、それでも李花は彼の瞳に囚われていた。

 彼の口調は丁寧語ではなく、彼本来の言葉遣い。それがますます彼女の動悸を早める。


(なんで、こんな時に。好きだって気づいてしまったから。嬉しいけど、つらい)


「リカ?」


(まずい!)


 怪訝そうな声で、李花は自分の変化に気が付く。


「なぜ、泣いて」

「えっと、これはなんでも、」


 手を振ってから彼女は乱暴に涙をぬぐった。でも涙が止まらず、李花はシガルに背を向けた。


(何やってるの!私。最後なのに。だけど最後だから。でもこんな時に泣いてもしょうがないのに)


「リカ」

「ボットさん?!」


 暖かい感触がして、彼女は自分がシガルに後ろから抱きしめられていることに気が付く。彼の顔がすぐ近くにあるが、その表情は見えなかった。


「すまない!」


 しかしそれは一瞬ですぐに彼は李花から離れる。


「ボットさん?」

「涙は止まりましたか?」

「え、はい」


 驚いたせいか、涙は止まっていた。


(えっと、このために?でもすまないって?)


 真意が知りたくて、顔を上げて彼を目で追う。


「戻りましょう。随分遅くなってしまったようだ」


 しかし、シガルは既に李花から距離をとっており、視線は建物に向けられていた。



「それではお休みなさい。夜食が必要な時はお知らせください」


 あれから一言も発することなく、彼は「彼女」を部屋まで案内した。

 扉を開け、李花が入るのを確認するとシガルは一礼する。

 視線を決して「彼女」と合わせようとしなかった。


「何だったの?いったい。でも期待してもしょうがない。明日帰るんだから」

「そうだな」


 暗がりの部屋。ベッドから突然黒い影が現れ、李花は悲鳴をあげそうになる。

 そんな「彼女」の口を押えたのは、泰貴だった。


「帰りが遅いから、ベッドを借りてた」


 彼女が落ち着いたのを確認して口から手を放し、「彼」は悪びれることもなく言った。


「こんな時間までボットとデートか?」

「デート?!」


 大きな声を出しそうな自分を押え、李花は言葉を続ける。


「そんなわけないじゃないですか。トイレに案内してもらっていたんです」

「ふうん。こんな夜分にね」

「ええ、まあ」


 泰貴は探るような視線を彼女に寄越す。しかし、別にやましいことはしていない。抱きしめられたことは、もしかしたらやましいことに入るかもしれないが、李花はまだ泰貴とは正式につきあってもないので、気にすることではなかった。


「期待とか言っていたな。何かされたか?ボットに」

「な。何も!何ですか。それ」

「動揺してるな。お前、わかりやすいな。でも俺は認めない。あんなの単なるシスコンの延長だろう?キリアンといい、まったく。まあ、どうでもいい!俺たちは日本に帰るんだ。わかってるな」

「わかってます。日本に帰ることが一番いい選択なんですから」

「そう。それで俺と結婚な」

「え。それは考えさせてください」

「贅沢な奴だな。俺のような好条件の男はもう現れないと思うのに」

「……すごい自信ですね」

「あったり前だろ。自信を持たないと人生楽しくない」


 泰貴は足を床にしっかりつけ、腰に手を当て、はっきりと宣言する。

 

「明日帰るぞ。おかしなことは考えるなよな。じゃ、俺は部屋に戻るな。女の体のまま妊娠するのはごめんだからな」

「は?何ですか。それ」


(なんてってこと言うの。この人は本当に!)


 怒りを表すが、泰貴はその怒りを軽くいなす。


「じゃ。おやすみ!」


 窓からいつものように帰るのかと思いきや、泰貴は扉まで歩いていき、普通に帰ろうとした。


「ボットさんが!」


 外に彼がいるはずなので、何かまた問題が起きるんじゃないかと李花は「彼」の後を追う。


「ナガイ様」


 やはり扉の外にはシガルがいて、「彼女」は泰貴の後ろで動きを止めてしまった。


「ボット。最後の夜だ。俺と飲まないか?」

「は?」

「え?」


(何言ってるの?この人)


 予想外の言葉に李花は口を大きく開け、対するシガルも珍しく怪訝そうな顔をする。


「俺とは嫌か?こんな美人と飲めるなんて一生に最後だぞ」 


(いや、係長。ボットさんが一緒に飲むわけないじゃないですか)


「いいでしょう。たまには」


(ええ?どういうこと)


 二人の顔を交互に見つめ、狼狽えている李花に泰貴は笑いかける。


「そういうことだ。俺とボットはこれからお楽しみだから。お前は素直に寝てろ。邪魔するなよ」

「え?はい?どういう意味で」


 「彼」の言葉にシガルは首を横に振る。


「冗談ですよ。ナガイ様とちょっとお話をしたいと思っただけです。リカは素直に寝ていてくださいね」


 二人にそう言われ、李花は頷くしかなかった。



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