32 ハッピーエンドと本当の気持ち
「なんだろうな」
「はい」
なぜか初日に来た立派な服を着せられ大広間に案内されると、キリアンを始め宰相と三大臣が勢ぞろいしていた。
しかも財務大臣と国防大臣は、あの時とは打って変わり、機嫌よさげにしている。
「おお、ナガイ殿、コダマ殿。参ったか」
国防大臣のリカルドは二人の姿を見ると、率先して隣の席に座るように進める。断る理由もなかったので、言われるがままに席についた。
「ナガイ殿は、本当に美しく、画家に肖像画でも描いてもらえばよかったな」
(な、なに?)
あれほど年増扱いしていたのにこの代わり様。
気持ち悪くなるくらいで、泰貴も少し引き気味だった。
「君たち、明日帰れることになったよ。よかったね。しかも戻ってこなくてもいいから」
「は?」
「え?」
マグリートから爆弾を落とされ、李花と泰貴は顔を見合わせる。
(だって、私たち、後で戻ってくるからと嘘をついて、帰る計画じゃなかったっけ?)
「陛下がサイラルの娘と結婚することにしたから、君たちは用無しになったよ」
「はあ?用無し?」
軽々しくそう言われ、泰貴が口を歪めて、マグリートを睨み付ける。
(そうだよね。勝手に呼ばれて用無しって。っていうか、宰相様、娘さんいたんだ。だったら最初から。え?でもシェリルさんは日記に血を繋ぐなって書いてなかったっけ?)
「宰相様、結婚してたんですか?」
「そんなわけないでしょ。今からするんだよ」
「今から?だって、そんな気が長い話」
「余は気が長いのだ。まあ、十五歳ほど年が離れることになるがな。それもいいだろう」
キリアンが見かねて口を挟み、李花に笑いかける。その斜め隣に座っているサイラルは無言で、少し疲れているようだった。しかし、以前のような棘のある様子はなく、李花は安堵する。
(なんか、すごい展開で、ちょっと意味わからないけど。これでいいのかな。宰相様は私たちを許してくれたのかな)
「……本当。脱力するしかないな。でも、まあ。これがハッピーエンドってやつか?」
(そうだよね。立派な王妃候補も立って、誰も不満がない。しかも私たちも帰れるし。ハッピーエンドだよね?)
李花はそう自分に言い聞かせるが、何か釈然としない思いを抱えていた。
★
「君はこれでいいのですか?」
大広間の扉の外ではシガルとサギナが待機していた。
会議の後に再び呼ばれ、シガルはマグリートから新たな決定事項を聞かされた。
キリアンはシガルの嘘などに騙される事はなかった。
そして、一番いい方法を見つけた。
「そういうお前はどうなんだ」
「私はサイラル様が幸せなら、それだけで構いません。あえて言うならコダマ様が王妃にならなくてよかってってことですかね」
サギナは辛辣にそう答え、シガルに探るような視線を向ける。
「そう言う君はどうなのですか?」
「当然納得している。これが一番いい方法に決まっている」
「……本当。馬鹿ですね」
「馬鹿?どういう意味だ?」
「メリルがかわいそうに。私は決してメリルを君に渡さないから」
「どうしてそこにお前の妹の名前が出てくる。渡さないってどういう意味だ」
「いくら妹が君のことを好きでも、他の者を想っている男に妹は渡せません」
「メリルが俺を好き?なんだ。それは彼女に失礼だぞ」
「本当、阿呆な男ですね。君は。まあ。いいですけど。メリルにはあきらめてもらうから」
「阿呆?お前、本当に最近ますます口が悪くなってるな」
「そうですか?」
サギナは嘘臭い笑顔を顔に貼り付けると、視線を正す。
「そろそろ昼食会も終わりそうですよ。明日からサイラル様の警備は忙しくなりそうです。あなたは明日が最後のお守りになりますね。精々最後の日を楽しんでください」
彼の言葉が合図なはずではないのだが、タイミングよく部屋の中から歓声が聞こえ、大広間の扉がゆっくりと開けられた。
★
「うわっ。懐かしい」
十五日ぶりに自分が身に着けていた服と対面し、李花は妙な感慨に浸る。
昼食の後、李花と泰貴はサイラルに呼び止められた。
用事はアヤーテ王国にトリップした時に、彼女たちが身につけていたものの返還だった。
洋服や鞄、ハンカチなどはすべて綺麗に洗われており、携帯電話は乾かされていたが、完全に沈黙していた。
「携帯はだめだな」
「充電しても無駄でしょうね」
少し落ち込んだが、帰れると思えば諦めもすぐについた。
「帰れるな」
「はい」
「……私は謝りませんから」
嬉しそうな二人に、サイラルは水を差すようにつぶやく。
「わかってるよ。そんなこと。お前のような性格の奴が謝るわけないからな。まあ、俺の先祖のせいでもあったしな。お前はこれからもっと大変だけど、頑張れよ!」
「余計なお世話です」
上から目線の物言いにサイラルは怒りを露骨に表す。
美女と美男の対立に李花はふとあることに気がついた。
「二人とも、よく見れば似てますよね。自分が頭いいと思っているところなんて、そっくりじゃないですか」
「……思っているっていうか。事実だろ。お前と違って」
「そうですね。コダマ様とは違いますから。だからナガイ様は王妃になってもやり遂げていたはずですよ」
「戻すなよ、話を。俺は嫌だからな。男とするなんて、考えただけで身震いがする」
「……下品な方ですね。やはり異世界日本の血はろくでもないですね」
「お前だって入っているだろ」
「少しだけですから」
二人はいがみ合い、なぜか喧嘩モードに突入する。
「ちょっとやめてくださいよ。ほら、もう明日帰るんだから、笑顔。笑顔!」
李花が二人の間に割って入り、口論をとめた。
こうして、サイラルから衣服と鞄などを返してもらい、二人は自室に戻る。
李花はすっかり疲れており、そのままベッドに飛び込んだ。
睡魔はすぐにやってきて、「彼女」は夕食の時間にも起きることなく、夜まで眠りについた。
(やばい!ピンチ)
その夜、薄暗い部屋の中で李花は眼を覚ました。
それはトレイに行きたいという生理的欲求で、あの壷でも持ってきてもらおう彼女は扉を叩いた。反応がないので、開けるとシガルと目が合う。
(うわ、ボットさん。なんでこんな時間。っていうか今は何時なんだろうか)
「厠ですか?」
そう聞かれ、李花は頷いた。
「ちょっと待っててくださいね。取ってきますから」
彼はそう言って立ち去ろうとした。
(待って!)
李花は思わず彼の服を掴んでいた。
「コダマ様?」
「えっと、その」
(何やってるんだろう。私)
服は掴んだが、自分の行動が読めなかった。ただどこかに行ってしまうのが嫌で反射的に止めてしまった。
「厠に行きたいのですか?」
「そうです。あとついでに散歩をしたい」
(そう。そうだ。ボットさんとはまだぎくしゃくしたままで、なんかちゃんと話したかったんだ。私)
自分の行動に納得がいき、李花は頷きながらシガルの答えを待つ。
「……わかりました。着いてきてください」
彼は溜息を小さくついた後、歩き出した。
目的の厠にまずは行き、用を足す。
(このトイレとも明日でお別れか。本当、凄い経験したな)
臭い感傷に浸りながら、扉を開けるとそこには誰もいなかった。
「ボットさん?」
暗闇に一人。
廊下には松明の明かりだけで、その黄色い光は暖かみがあるものなのだが、李花にとってはお化け屋敷を連想させるもので、寒くもないのに鳥肌が立った。
(置いて行かれた?なんで。そんなに嫌いなの。私のことが)
不安に駆られて、「彼女」は自分を抱くように両手で腕を掴む。
(私が馬鹿だから。いつも迷惑ばかりかけて。今日も壺をとってくるだけでよかったのに、トイレにまで案内させて)
「すみません!」
「ボットさん?」
絶望的は思いに浸っていると、シガルが息を切らせて現れた。その手には桶が握られており、彼が不在になった理由を知る。
(馬鹿だ。私。例え、嫌いだったとしても彼は置いていくことなんてないのに)
「不安にさせてしまいましたね」
(……ボットさん)
彼は桶を床に置き、布を掴み上げきつく絞ると彼女の手を優しく包む。そしてゆっくりと拭き始めた。触れ合うような至近距離で、李花が見上げると彼の青い瞳が「彼女」を捉えていた。
(なんだろう。この胸に占める気持ちは。感謝?安心。この気持ちは何?)
「彼女」は自分の気持ちを図るため、彼の瞳から何かを探そうとした。
「終わりました」
するとシガルは逃げるように顔をそむけ、「彼女」から離れる。使った布を桶に入れ、廊下の脇に置いた。
彼の横顔から李花は目を離せないでいた。
短く切られた茶色の髪、鋭い青い瞳に、きつく締められた唇。制服を着ている為、細身のようだが、その胸板が厚いことを「彼女」は知っていた。
(ああ、私、彼のことが好きなんだ)
胸に宿る気持ちは恋だった。
彼といると安心した。
彼のちょっとした変化に喜んだり、悲しんだり、気持ちを掻き乱される。
(どうしようもないのに)
自分の気持ちを自覚したところで、意味はなかった。
李花は明日帰る身で、シガルは「彼女」のことを嫌っている。
優しくするのは彼の本来の性格からであり、「彼女」の顔が姉と似ているからに決まっていた。
(本当。馬鹿だな。私)
「コダマ様?」
「ボットさん。あのリカって呼んでください。そのほうが嬉しいので」
(明日帰るのに。名前で呼んでほしい。それくらいは許してほしい)
「わかりました。あなたがそう言うのであれば。リカ」
名を呼ばれ、見つめられる。
それだけで、鼓動が早まる。
(ああ、本当に好きなんだ)
この想いは本物で、李花は涙を流さないように目を閉じた。
そして、必死に涙腺に働きかける。
(これ以上迷惑をかけたくない。でも、今夜だけは、いいよね。明日帰るんだもん)
「ボットさん。部屋に戻る前にちょっと散歩したいです」
「そう言えばそんなこと言ってましたね。いいですよ。王宮の庭でも見ますか?」
「はい」
(庭ならすでに見たけど。ボットさんと一緒に見たい。きっとこれはいい思い出になるから)
李花が頷くと、シガルは歩き出した。




