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29 隠し事

 この世界の満月の周期は十六日で、二日後が丁度その日に当たる。

 その夜に王宮の池にサイラルを呼び出し、その血を池に落とし、帰るための道を作りだす。


 そのためにサイラルを王宮の池に呼び出す作戦として、シガルが泰貴に持ちかけたものがキリアンに協力を仰ぐという案であった。

 元の女性の姿で李花を再度呼び戻すために一度帰す必要があることを、キリアンに説明しサイラルを説得させる。

 最初は李花がサイラルに話を持ちかけるという案も考えたが、どう見ても「彼女」があの宰相と渡り合えるわけがないと却下した。


 李花の部屋を出てから、すぐにシガルは王の寝室へ向かう。

 王の叔父といっても、役職は一介の近衛兵なので面談には手続きが必要だ。今回は緊急なので、姉に教えてもらった抜け道を使う。

 もしもの時は王を守ってほしいと教えてもらった道で、このような形で使うとは思ってもみなかった。


 外壁の一部を押し、入り口を出現させ、中に入ると階段がある。それを最上階まで昇れば王の寝室への隠れ扉が出現する。

 扉を叩くか迷ったが、そのまま開けた。


「誰だ?」


 扉を開けると、剣の切っ先が真っ先にシガルを出迎える。


「叔父上?」


 しかし、相手はシガルとわかるや否や、キリアンは剣を下ろす。剣を下ろしたキリアンは年相応な表情をしていた。しかも相当驚いたらしく、久々に叔父上とシガルを呼んだ。


「陛下」


 だが、生真面目なシガルは己の身分を忘れない。

 片膝を床につき、臣下の礼を取る。


「陛下。こんな形で申し訳ありません。至急にお話したいことがあります」

「……わかった」


 キリアンは表情を王のものに戻すと、剣を鞘に収めた。


 ★


「はあ」

  

 李花は何度目かとなる溜息をつく。

 自分だけが結局抜け者にされ、物事が進んでいるのが気にくわなかった。

 

 眠れるわけもなく、ベッドから体を起こす。

 扉を開けて、外を窺うと誰もいなかった。


「ボットさん……?」


(どこにいったんだろう。あ、でも昼もいなかったよね。何してるんだろう。休憩?)


 扉を閉め、再びベッドに戻り、腰かける。 

 結局あの後、ろくに話をすることもなく、シガルと泰貴は外に出て行った。


(なんか隠してる?何を?日記の内容だよね。絶対)


 立ち上がり、窓辺まで歩き、体を乗り出し隣の部屋を覗くと明かりは消えていた。


(もう寝ちゃったか。でも起きていても絶対に日記は渡してくれないだろうな。そうなると日記盗み出すしかない?読みずらい字でも、努力すれば読めるかもしれないし)


 窓から下を見ると、背筋に冷たい汗が流れる。

 しかしこのまま、一人だけ何も知らないままは嫌だった。


「頑張れ。私!」


 気合をいれて、窓の柵に手をかけたところで、急に背後から誰かに抱きしめられた。


「リカ。何しているんですか?」


 服越しに感じる彼の体温、耳元で囁かれた彼の声。

 李花は動揺しすぎて石のように彼の腕の中で硬くなる。


「私の真似でもして隣の部屋に行くつもりでしたか?」


 そう続いて囁かれ、「彼女」は完全に乙女モードに入ってしまった。


(何、どきどきしてるの。私は!しかも今は男なのに!)


「は、放してください!」


 李花がそう叫び、シガルはやっと自分の行動に気が付く。


「すみません。あまりにも危なかしくみえたので」

「いえ。私もちょっと軽率でした」

 

 小さい時から運動は得意じゃなかったので、シガルが止めなければ今事どうなっていたかわからない。

 さすがの李花も自分の浅はかな行動を後悔した。

 

「軽率とか。リカでもそう思う時があるんですね」

「し、失礼な。私だって思いますよ!」


 両拳を握って怒りを表す李花を、シガルは穏やかな優しい青い瞳で見つめる。

 「彼女」は彼の瞳に気取られて、怒りなどどこかにいってしまった。


「本当。あなたは可愛い人だ」

「え?」

「あ、なんでもありません」


 こほっと咳をして、シガルはくるりと背を向けた。

 彼の耳が少し赤くなっているような気がする。


(今、可愛い人って言ったよね?あのボットさんが?)


「……もう遅いので寝たほうがいい。明日は陛下との朝食がありますから」

「キリアンとの朝食……」

 

 シガルが気をそらせようとして言った言葉で、李花はキリアンの年相応、いや、大分幼い印象の彼の顔を思い出した。

 傍にいてほしいと母性を求める彼の瞳は、李花に胸の痛みを与える。

 それっきり黙ってしまった「彼女」に違和感を覚え、シガルは振り返った。

 そして李花の表情を見てしまい、「彼女」の痛みを知る。


「あと二日です。できるだけ陛下には優しくしてください。残酷のようですが」

「優しく、残酷……。ボットさん、何か隠してますか?後二日でいなくなるのに、優しくなんてできるはずがないですよ」

「そうですね。それでも、お願いします」

「嫌です」

「リカ」


 シガルは子供を諭すように彼女の名を呼ぶ。

 しかし李花は頷かなかった。


「あの日記に他に何が書かれていたのですか?どうして係長は日記を読んでくれないのですか?」

「彼はあなたのことを思っています。だから、日記の中身は」

「それはおかしいです。私には知る義務があるでしょ?」

「義務はありません。知らないほうがいいこともあります」

「それはどういう意味ですか?私が中身を知ってしまうとまずいのですか?」

「そんなことは、」

「だったら教えてください」


 李花はシガルの両腕を掴み、その青い瞳を食い入るように見つめた。


「黙っていてもしょうがないか。そのうちマグリート様が話すかもしれないし」

 

 彼は諦めたようにそうつぶやき、「彼女」の瞳を見返した。


「私は中身を知りません。でもその中身はあなたの同情を買うにうってつけの内容のはずです。だから、マグリート様は一度あなた達を日本に返してから、私の血を使って元の姿のあなたを呼び戻すつもりです」

「え?呼び戻す?そんなことが可能ですか?」

「こちらの満月の夜に、あなたが水の傍にいれば可能なはずです。ほかに親族で女性の方はいますか?」

「いません。親戚のことは聞いたことがないので」

「それなら確実にあなたが呼び戻されるはずだ。マグリート様はあなたを王妃にしたいのです」

「え?」


(王妃?まったく柄じゃないけど)


「なので日記を使ってあなたの同情を買おうとした。エファン様の母上に同情し、タエ王妃の決断を自分の事のように悔やんで、あなたがこの世界に再び戻ってくることを選択させようとしている」

「……それくらい、シェリルさんはひどい思いをされたんですか?私がそんな選択をしたいと思うくらい」

「私は知りません。あなたは元の世界に戻り、アヤーテとは関係なく暮らすべきだ。この国ことをあなたが気にする必要はない」

「どうして、」

「リカ。あなたがこの世界に再び戻って王妃になって、タエ王妃のように苦しまないと保証できますか?もしかしたらあなたの次の代も異世界から女性を呼ぶかもしれないのに」

「次の代?でも私親戚はいないし。お父さんと弟がいるだけ。あ、でも弟にもし娘ができた場合、その子が呼ばれる可能性があるんだ」

「そう。だから、あなたもタエ王妃と同じ道を選択してしまうかもしれません。それは結局歴史を繰り返すだけです」


 ――血を絶やす。異世界の者を二度と呼ばないために。


 日記の中のシェリルの言葉が脳裏に響く。


(自分の娘が突然姿を消したら、弟はどうするだろう。またこの世界に来ちゃった娘は?私がその時どうなっているかなんて保証ができない)


「リカ。あなたは帰るべきだ。わかりますね?」

「……」


(私だけの問題じゃない。だから、帰ったほうがいい)


「でもそれと私がキリアンに優しくするのとどう関係があるのですか?どうせあと二日で私は元の世界に戻るのに」

「私は陛下に嘘をつきました。あなたが自分の意思で再び戻ってくると」

「え?」

「そうしないとエファン様にも協力を仰げません」

「ボットさん、嘘なんて。あなたはどうなるんですか?私が元の世界に帰ってしまったら」

「私のことは気にしないでください。私は、あなたが苦しむ姿を見たくない」

「でもそれじゃあ」

「話は終わりです。早く寝てください」


 言い募る李花から離れて、シガルは背中を向ける。


「ボットさん!」

「おやすみなさい」


 背中を向けたままそう言って、彼は部屋を出て行った。


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